Webの登場に伴う産業構造の変化

及川卓也氏(以下、及川):みなさんこんばんは。デンソーの技術顧問をしております及川と申します。よろしくお願いいたします。

今日は、産業構造の変化というところから先にお話しさせていただきたいと思います。

Webというものが出て、もしくはスマートフォンをはじめとしたスマートデバイスというものが出て、いろんな消費行動というものが変わったというところが1つあるのではないかなと思います。

今Webでなにかを見ようとしたときに、みなさんはそこではじめからなにかを買う必要があるとは考えないと思います。基本タダ。なにか特別なことをやるときだけ価格が提示される。そういった体験が基本になっていると思います。

これは事業者側からすると、ユーザーに使い続けてもらっている、でもどうやって収益化をするかというのは別に考えましょう、ということです。マネタイズという考え方ですね。今でこそWebやスマートフォンですとかほかのデジタル産業が普及し、マネタイズという言葉は一般用語になっていると思いますが、私がMicrosoftという会社でWindowsを作り、そのあとGoogleに転職して一種のWeb業界に入ったときに、マネタイズと言われても、頭ではわかっていても今ひとつ自分ごととして理解できていなかったんですね。

なぜかと言うと、Microsoftで私が作っていたWindowsというのは基本的には売るものだからです。なので、これをどうやって収益に結びつけるかなんてことは考える必要がなかったわけです。

でも、Webというのはまずユーザーに支持されて、どうやってそれを収益に結びつけるかというところをいろいろ考える。ユーザーから直接お金を頂くというだけでなく、収益の多様化が進んだということが言えるわけです。

これはぜんぜん網羅性がないんですけれども、例えば一番上が従来型のやり方ですね。製造業で言うならば、なにか物を作って、それを売ることによって収益化ができる。

2つ目にあるのはよくあるパターンで、サブスクリプションということで使い続けてもらう。それによって「1ヶ月いくらいただきます」「1年間の契約ならば若干ディスカウントが入ります」といったもの。

3つ目は例えばゲームを使ったゲーム内課金でアイテムを買うとき、もしくは基本機能は無料なんだけれども、そのうえで特別なことをやろうとしたとき、特別な機能を使おうとしたときなどにお金をいただきますという考え方。

これ以外にも収益は多様なものがあるんですけれども、こういったかたちでマネタイズということを考えていく必要が出てきています。

収益化のために“使われ続ける”サービスを

こういった産業の変化に合わせて、ソフトウェアやシステムの開発も変容していく必要があります。

ここ数年言われていることなんですけれども、従来型のソフトウェアシステムの開発はデータを扱うものであると。

簡単に言うと、元々職場にコンピュータが入ったのは給与計算とかそういったものから入ったんです。いわゆる会社内の業務に必要となる業務アプリケーション的なものでした。人がやっている処理をできるだけ効率化しましょうといったもので、基本はデータのトランザクションというところで行われる。なのでSystem of Recordというものです。

ですが、今必要になっているのは、先ほど言ったように使い続けていただくことでそこから収益化を図るという考え方なので、ユーザーとのつながり、エンゲージメントが大事であると。なので、System of Engagement(SoE)と言われているのはこういった流れで、この両輪が必要になると言われています。

それぞれ必要ないろんな考え方があります。技術要素というのは、例えばUX、体験型であるとか。

あとここ(スライド)に赤い字で書いてあるのはSystems of Insightということで、基本はエンゲージメントなんですけれども、いかにユーザーの理解をするか。ユーザーの行動パターンを把握するか。そういったことが必要になるときにはデータ分析が必要ですし、デザイン思考、サービスデザインといったものが必要になってくる。

ポイントは、先ほどから言っているように、使われ続けるものを作る必要があります。最初から使われるものを作る、正解を当てるということは難しいので、最初は仮説から始めて本当に最小限の機能を作り、ユーザーの多様性、ユーザーのニーズの拡大に伴いそのサービスやシステムを育てていくという考え方が必要になるわけです。

今の多くのWebやスマートフォンは、ユーザーの目に見えるかたちのNPS(Net Promoter Score)などのスコアを見たり、アクセスログを見たり、いろんなものを使って仮説検証を繰り返すことによってプロダクトやサービスを育てていくということをやっています。

実際にはまず多くの方々に認知していただき、そこで興味を持っていただき、もしアプリならばダウンロードしてインストールしていただくと。ずっとアクティブに使い続けてもらい愛用してもらうことにより、どこかで収益化が図れる。でも、スマホアプリを開発運用された方だったらご存知のとおり、1回使ったけど使わなくなるアプリがいかに多いことか。

ユーザーが本当にそのサービス、アプリケーションを好きならば、おそらくほかの人を誘うでしょう。その仕組みをいかに作っていくか。

これはファネル(漏斗)のかたちになっていますから、どんどんユーザーは途中で離脱していくんですね。それを離脱させない仕組みを考えていく。これが“育てる”という考え方になります。これはいわゆるグロースハックと言われている考え方です。

デジタルマーケティングですとか、Webやスマートフォンのアプリケーションのグロースというものは、こういったことを行っていることになります。こう考えると開発と運用も従来の考え方とは違います。

いかに仮説検証を早く回していくか

大企業のお堅いシステムというのは、今でも開発と運用が別フェーズです。1年かけて開発したものを、運用フェーズになると違う人が担当します。開発部隊は、しばらくプランニングしたら次の開発に走ります。

私がMicrosoftにいたときも、実はこの考え方でした。Windowsの開発というのもそれが終了すると、一旦小休止。保守は別の担当者が行う。ですけれども、Web業界に入ったらそれがまったく違うんですね。リリースしてからが本番になる。そうなると、開発と運用は別のフェーズではなくて一体化しています。

そういうことをやるときに、開発運用者と利用者が直接結び合ってエンゲージされていて、利用者の利用状況を把握するということが理想なんですけれども、実際には、今までは途中の中間業者がいたりした。もしくは、法人向けエンタープライズBtoBのシステムですと、例えば事業者がヒアリングに行きたいと言っても会えるのは情報システムの人間であり、本当のエンドユーザーの声が拾えなかったりするんですね。

ですけれども、クラウド型、もしくはスマートフォンというのは、アクセスログは間の人を仲介することなく、実際の利用状況を把握することができる。これにより仮説検証を迅速に行うことができ、育てていくことが可能になるわけです。こういったことが一体化されているのがDevOpsというかたちになるんです。

さらに今、DevOpsのところだけの側面をお話しましたけれども、この仮説検証を回すというところはそもそもの企画やプランニングの段階……『リーン・スタートアップ』という本をご存知だと思うんですけれども、それに代表されるリーン開発の考え方、および開発そのものはアジャイルの考え方です。

こういったことを繰り返し、いかに仮説検証を早く回していくかということがプロダクトを育てていくところでは大事になります。

自動車業界は100年に1度の転換期を迎えている

ただ、これはあくまでも型なんです。これをやれば成功するわけじゃないんですね。ウォーターフォールをやっていても大成功した会社はアメリカにもあるわけです。

方法論が問題ではなくて、もちろん武器を持ったほうがいいわけですけれども、方法を使うのは人であり組織であるというところなので。これを使えばうまくいくわけではなくて、これを使ってなにをするかというところがより重要であるということを、我々は忘れないようにしなければいけない。

自動車業界は100年に1度の転換期を迎えているわけです。「CASE」という言葉があって。

Connected、Autonomous、Sharing、EV。

もしこれが本当に普及したならば、例えば自動車の部品点数が3分の1になると言われています。そのような破壊的なイノベーションが起きると同時に、産業もサービス化していきます。

ところで、このCASEという言葉なんですけれども、見たときに「なんか変だな」と。

ロジカルシンキング的に言うとなんか変なんですけど、わかりますか?

どこが変かと言うとConnected、Autonomous、EVというのは技術なんですけれども、Sharingはサービス。ニーズなんですね。

こう考えたときに本当はCASEという言葉はおかしいんじゃないかなと。Sharing以外にもたくさん移動体のサービスがある。言葉の定義に拘り過ぎる必要は無いかもしれないですが、Sharing以外のサービスも含めたものを総括すると、MaaS、Mobility as a Serviceと言う、サービスとしての移動になる。

今までは、カーメーカー、およびカーメーカーに部品を提供していた部品メーカーというのは、基本的にクルマを納品したらどう使われるかは考えなかった。考える必要があまりなかったという言い方がいいですね。

ですけれども、移動におけるクルマ以外のところ、たとえば、歩くこともそうですし、飛行機などの公共交通機関に乗ることもそうです。そのような移動全体をサービスとして見た時に、クルマの部品メーカーとしては何ができるか。もしくは、部品メーカーという立場を離れて、こういった移動のサービス全体の中で何を提供していくかということを考えなければいけないのがMaaSというマーケットですし、カーメーカーや部品メーカーが考えなければいけないものになるわけです。

サービス提供者として何ができるか

今までクルマというのは一番左側にあることになっていました。OEMというのはカーメーカーです。トヨタ、日産、ホンダ、そういったところです。Tier1といったところにデンソー、Bosch、Continentalをはじめとして何社かいて、さらに下の部分に部品メーカーがいるという構造になっています。

売り切りのビジネスとしてとらえた場合、ユーザー接点があるのはトヨタさんなどのカーメーカーです。ディーラーに買いに来ていただきますし、定期点検のときに来ていただきます。お金もディーラーで接点があります。

今はどうなっているか、どうなりつつあるかと言うと、クルマの上のサービス事業者が移動というときに一番ユーザーとの接点を持つことになるんです。ここにMaaSのいろんな企業が入ってきます。

もう1つ、もしこの構造のままでいったとしても、業界でSoft Tier1と言われている存在がいます。WaymoというGoogleの兄弟会社で、今、自動運転で注目されている会社ですけれども、この人たちが非常に力を持つ。要は、Waymoの自動運転のソフトウェアが動くクルマが価値を持つということになってしまう可能性もあるということです。

パーソナルコンピューター市場の構造

ここで少しプラットフォームのお話をさせていただきたいんですけれども、GAFA(Google、Apple、Facebook、Amazon)などのプラットフォームプレーヤーはなにができているかということを考えるときに、歴史を遡ってパーソナルコンピューターが市場に出た70年代、80年代はじめまで戻りたいと思います。

左側にあるのが、Appleが2代目に出したAppleⅡと言われているコンピューター。右側がIBMが出したIBM PC。基本的に、パーソナルコンピューターと言われたら、これの流れがいまだに生きています。

左側にあったAppleⅡはクローズドシステムなんです。2人のスティーブ、スティーブ・ウォズニアックとスティーブ・ジョブズが共同創業者なんですが、ウォズニアックはエンジニアなので、自分の作ったものを多くの人に使ってほしいから拡張性があるようにしたい。でもジョブズはそれを許さなくて、クローズドのシステムになっています。

IBM PCはオープンなんですね。実はそれまでのIBMは基本的に自社開発技術しか使ってこなかった。その最初の大きな例外がIBM PCなんです。

ですが、IBM PCを出してパーソナルコンピューター市場に入るときに時間がなかった。なので、時間を金で買うかたちでいろんなものを調達したんです。そこで調達したものの中にMicrosoftのOSとIntelのプロセッサがあり、その後のWindows・Intelで「Wintel」と言われている黄金期のはじめになったわけです。

そのときにIBMにとっては誤算、ほかの市場メーカーにとっては朗報だったのが、仕様が公開されていたことです。それによってIBMじゃなくても同じマシンを作れるようになり、互換機という市場が広がったのです。

構造を見てみると、基本的にパーソナルコンピューターを使いたい人たちはアプリケーションを使うんです。その下に基本ソフトやいろんな部品があるという構造になっているわけです。

今のクルマの状況で言うと、一番接点があるべきアプリケーションを作っている人がプラットフォーマーになってもいいはずなんですけれども、現実は違ったわけです。OSの部分と主要な部品の1つであるプロセッサを作っている人たちがプラットフォーマーになりました。

なぜか? それは彼らがエコシステムとしてパートナーをたくさん集め、自分たちの技術が代替不可能なものというところまで昇華させたからです。

ですので、今まではOEMがトップで主役であり、代替可能度がピラミッドの下に行けば下に行くほど高いという構造だったんですけれども。パーソナルコンピューターでは本来なら一部品にすぎなかったところが代替不可能になったことで、実はパソコンというものはもはや主役ではなく、Windowsが動くもの、Intelのプロセッサが入っていることがすべて、という構造になったわけです。

それで、クルマはどちらに向かうのか。もしかしたら、先ほど言ったようにMaaSのサービス事業者になるかもしれない。もしかしたら、従来の構造のまま今のカーメーカーと部品メーカーの構造が続くかもしれない。

パソコンのように、Waymoが動くのであれば、あとは多少の嗜好性はあるかもしれないけどほぼ一緒という。言っちゃ悪いけど、Windowsパソコンはそんなに違いがなくなっちゃっていますよね。いわゆるコモディティ化という現象です。多くのパソコンベンダーが撤退したのはそこに理由があるわけですよね。

クルマというのは、それと同じになってしまう可能性、危険性を秘めている。

もちろん、パソコンのように簡単にはクルマは作れません。人の命を預かるということで品質基準もとても高い。しかし、EV化などを踏まえると、将来はどうなるかわからないと考えておいたほうが良いでしょう。MaaSという流れの中で、今までの産業構造とは違う事業者が主役になる可能性もある。今後のMaaS市場においては、今説明したプラットフォームやエコシステムを理解したうえで、サービス展開を考えなければいけません。

Society 5.0におけるデンソーの開発展開

今、日本はSociety 5.0と言われていて、狩猟から始まって農耕、工業。ここ(工業)で日本は大発展したわけです。そして、情報化社会で負けました。今、サイバーとフィジカルの融合というところが5.0で、IT系の主要なプラットフォーマーとのせめぎ合いが始まっているわけです。

デンソーは、いわゆる自動運転にもう少しで届くような技術、レーダーと言われているものは全部持っていますし、画像認識の技術も持っています。実際に多くのクルマで使われています。

わざわざ「○○というメーカーのこの車種にはデンソー技術が使われています」みたいなことを言わないので、あまり知らないかもしれないんですけれども、基本的に全部持っている。

こういう状況のなかで、サービス側をどう作るかというところで「デンソー社内にシリコンバレーを作る」と言っています。

デザイン思考の考え方、テクノロジー、あとはプロセス。この3点がシリコンバレーでサービスを作れているところの3種の神器だということで、同じものをまず使おうということです。ただ、これを入れれば全部解決するわけではないので、あくまでも型として入れるというかたちです。

(スライドを指して)実際のアーキテクチャです。いわゆるIoT基盤になります。ですから、車載のものからいろんなデータが上がってきます。位置情報や、ブレーキを踏んだ、アクセルを踏んだといった情報など、必要なデータを全部取ってきて、それをIoT基盤で解析し、その解析結果をいろんなかたちでサービスとして使うと。

基本はすべてプラガブルなかたちをとるようになっていますので、一番上の構造はマイクロサービス化するし、下の構造も含めてできるだけコンポーネント化をします。

なので、どこかのマネージドのクラウドの上でも動くようにはするけれども、絶対に特定のクラウドベンダーにロックインされるようなことはなく、自社のオンプレの、一種のデンソークラウドで全部動くようにしているし、必要に応じていろんなパブリッククラウドを使うというかたちをとっています。

実際、部品メーカーというかたちがあるので全部提供することもできるけれども、この部分が必要だといったときにそれだけ切り出してご提供することも可能、という開発展開をしています。

一例としては、1月に出たもので「mobi-Crews」というものがあります。これは、車両の中に車載器を入れて、それで運行管理をするシステムです。

その車載器とクラウド側が連携したものになっていて、例えば急ブレーキがあってヒヤリが発生したとすると、リアルタイムで管理者がそれを把握し、それに対して運転者に確認したり、最終的にいろんな指導をするということができるようになると。これをクラウド、および車載器、ビジュアルで実現しています。

これは第1弾なんですけれども、今これと同じようなMaaSの開発が行われています。

それを行うときにはフィジカル、サイバーを連携するときに、デジタルツインと言われている、いわゆる物理世界のシャドーのような存在なんですけれども、そういったものですべてクラウド側で再現することによって、いかにサービス化していくかということをやっていくことになります。

今申し上げたとおり、こういった構造のなか、いろんな破壊的なテクノロジーが出てサービス化が進むというなかで、次に何がやれるか。

せめぎ合いと言うと、なんか不安なところもあるかもしれないですけれども、実にいろんなことが考えられる。今、技術領域でも本当にホットでおもしろいところの1つではないかなと思います。

以上となります。このあとの話もみなさんと一緒にできることを楽しみにしています。どうもありがとうございました。

(会場拍手)