カオスに満ちたソフトウェア開発からの脱却
“愛される職場”を作るためにできること Part1

Keynote by Rich Sheridan #1/3

Regional SCRUM GATHERING® Tokyo 2018
に開催

2018年1月11日から13日の3日間、第8回目となるRegional Scrum Gathering® Tokyoが開催されました。スクラムの初心者からエキスパート、ユーザー企業から開発企業まで、立場の異なる様々な人々が集まる学びの場である本イベント。世界中からスクラム開発におけるエキスパートたちが一堂に会し、最新の情報や自身の知見を惜しげもなく語ります。1日目のKeynoteに登壇したのは、『ジョイ・インク 役職も部署もない全員主役のマネジメント』の著者であり、Menlo Innovations CEOのRich Sheridan氏。自身のビジネスマンとしての半生と、自社で取り組んでいる組織づくりの工夫を紹介しました。講演資料はこちら

『ジョイ・インク』著者による基調講演

Rich Sheridan氏:本を執筆する際には、多くの人に読んでもらいたいと願いますが、ビジネス書の表題に「喜び」「愛」などといった言葉が並んでいれば、あまり真剣に受け止めてもらえないのではないかと心配になります。

私の著書を和訳して下さったすべての関係者の皆様、ありがとうございました。さらに、私をこの場にお招きいただき、感謝いたします。さて、講演を開始する前に、弊社について、1分半ざっと説明をさせていただこうと思います。これから動画を上映しますが、これは私の本の宣伝動画です。しかし、これをお見せするのは本の宣伝のためではなく、弊社について、簡単な紹介をするためです。

(動画が流れる)

多くの企業は、自社のカルチャーについて熟考する時間を割くことができません。多くの企業では、業務はカオスの様相を呈しています。

人は皆、大きな仕事をしたいと願っています。私がそうでした。私は情熱を感じる業界に飛び込みましたが、すぐに幻滅の谷に落ちました。1997年には商品開発部の副部長に昇進しましたが、もう辞めたい、この業界からできる限り離れたいと思っていました。この業界を変えようと思い立ったのは、そんな時期でした。この本には、そんな物語がつまっています。

ミシガン州アナーバー市の駐輪場地下にあるこのスペースには、世界中から人々が、多くの人が探すものを求めて集まります。人々は、意識的に「喜び」の文化を作るにはどうしたらよいかを学ぶためにやって来るのです。

想像してみてください。プロジェクトに取り組むにあたって、チームの半数が喜びを感じ、もう半数は感じていないとすれば、あなたが所属したいと考えるのは、どちらのチームでしょうか。

弊社の見学ツアーには、たくさんの申し込みがあるため、世の中のためにこの物語を別の形でシェアするべきだと気がつきました。そこで、私は本を書こうと思い立ったのです。

社内はフレキシブルスペースで、2人で1台のコンピュータを使っています。ペアは指定制で、割り当ては5営業日ごとに変更されます。このような組織にした結果、フロアに足を踏み入れれば、喜びに満ちた人間のエネルギーを実感できるほどになりました。

私の名前はRichard Sheridan。『ジョイ・インク 役職も部署もない全員主役のマネジメント』の著者です。

(動画終わり)

はい。今日ぜひ本を買ってください。

(会場笑)

Richard Sheridan氏が本を書くに至るまで

では、私が本を書くに至るまでについて、自己紹介をさせていただきたいと思います。1971年、私はプログラミングを始めました。想像が難しいとは思いますが、コンピュータは1971年にはすでに存在していたのです。

当時のコンピュータの仕様は、現在とは少々異なるものでした。1台のコンピュータに2本のプログラムを入力し、「RUN」と入力しますと、大量の用紙に反映され出力されます。当時のコンピュータは、このような物でした。私は、コンピュータにコマンドを打ち込み「HI, RICH」とプリントアウトさせたりしていました。

こうして1971年13歳の時に、私は生涯プログラミングをしていこうと思い立ちました。昨年60歳になりましたが、いまだソフトウェア業界で働いていますので、まあ、こういったことが好きなのでしょうね。

1973年、今で言う所の「ファンタジー・ベースボール」のプログラミングで賞を獲りました。寒いミシガン州の冬の間でも、友人とメジャーリーグの話をして遊ぶことができるように、メジャーリーグのプレイヤーの名前をすべて入力したものでした。この初めての受賞が、プログラマーとしての初めての仕事につながりました。自分が大好きな趣味としてやっていることに、お金を払ってくれる人がいることが信じられませんでした。

私は仕事を続け、1982年ミシガン大学でコンピュータサイエンスとコンピュータ工学の学士号と修士号2つの学位を取得しました。その後に続くキャリアは、すばらしくて、完璧なものでした。

夫婦仲は良く、より大きな仕事をもらえるようになり、昇進し、責任ある仕事と良いオフィスや大きなチームを任され、ストックオプションも増え、昇給しました。世俗的な成功の観点から言えば、完璧でした。

成功を収めたにもかかわらず、愛着が持てなくなった

問題点が、ただ1つありました。

スライドでは、ここにもう1本、線が伸びていますね。私は、一生涯続けたいと願うほどだった自分の専門分野に対し、愛着を感じられなくなってしまったのです。さて、この時点で何が起きたか、これほどまでに成功を収めた業界で、どうして私が失意を覚えたのかをこれから説明します。

私は、カオスの世界に生きていました。ソフトウェア業界のカオスについては、ご存じの方もいらっしゃると思います。カオスとは、消火作業のようなものであり、あふれかえった問題であり、たくさんのバグです。締め切りに間に合わず、家族に長い間会うこともできません。

仕事の後に、くたびれ果てて帰宅すると、妻が言います。「あなた、とてもくたびれているようね。たくさん成果を挙げたの?」。そこで私ははたと気がつきました。私は今日丸一日かけて、何の結果も出してはいなかったのです。一生懸命、長時間働きました。しかしその結果、何の成果も挙げてはていません。

ネガティブイベントがもたらすもの

カオスに満ちたソフトウェア業界では、悪いことが起こります。私はそれを「ネガティブイベント」と呼んでいます。私が本に書いた悪いできごとは、私の身の上に起きたことではありません。ニューヨークの疲弊したプログラマーに起こったことです。

あるプログラマーが、勤め先である「Knight Capital Group」社のためにプログラムした、ニューヨーク証券取引所プラットフォームソフトウェアにミスがありました。45分、つまり1時間足らずの間に、このプラットフォームソフトウェアは、不必要な70億ドル相当の株の売買を行いました。このことにより「Knight Capital Group」は、45分間で4億ドルの損失を計上しました。これは、みなさんの会社でもネガティブイベントと言えますよね? きっとね。

ネガティブイベント、つまり悪い物事が起こると、組織が反応を起こしますよね。ソフトウェア業界であれば、それは分厚い本のようなものです。文書による承認、委員会の招集、ミーティング、誰かが承認しないといけない申請書で埋め尽くされた分厚い本です。ソフトウェア開発のライフサイクルといった書類です。私たちは、カオスから脱却しないといけません。そしてその分厚い本を司るプロジェクトマネジメントオフィス(PMO)を設立します。

そして官僚主義に至ります。全く仕事が終わらない状態(カオス)から脱却しようとしたのに、今度は仕事を始めることすらできなくなるのです(官僚主義)。待つ必要があるからです。サイン(ハンコ)、書類の承認、委員会の会議、誰かが何かを決めることを待たねばなりません。そしてもちろん、そんな状態でも仕事しないといけないし、終わらせないといけません。

そしてシャドーITが根を張ります。皆、物事を終わらせるために、システムの外側で作業を始めるのです。その結果、私たちはカオスと官僚主義の両方に同時に放り込まれます。

これがまさに私の人生でした。ここでまさに、私は自分の専門分野に対して心が折れてしまったのです。

さて、ここで何が起きるかと言いますと、まず誰かがある朝、目を覚ましてこう言います。「官僚主義はもうたくさんだ。少し後戻りをしよう。このプロセスの軽いバージョンを作ろう。書類と承認と会議を減らそう」。

これがまた新たな官僚主義となり、物事がうまく回ることはありません。結果として全てがキャンセルになり、官僚主義のプロジェクトマネジメントオフィスをクビにして作業をアジャイルにすると宣言します。しかし、たいていはカオスに後戻りするだけです。

これが私の人生でした。行ったり来たりを繰り返していたのです。こんなことは、もう二度と御免だと思いました。先ほどのスライドの下り線は、このようなあらましだったのです。自分は、この職業に対してうんざりし、もう辞めたいと思っていました。

著者に会う旅に出る

ところが、私は楽観主義者です。よりよいやり方があるはずだと確信し、それを絶対に見つけようと決意しました。

さて、この時点で私がやろうと決めていたこととは、再び学生になり、また勉強を始め、本を読み、著者に会う旅に出ることでした。テクノロジーの本ではありません。組織の形成方法、効率のよいチームの作り方などについての書籍です。これが私の旅でした。

1999年に、私はとある本を読みました。この本については、後ほどお話しします。さらにあるビデオを見ました。その瞬間、私にはこれから何をするべきかわかったのです。さらに2年後、古い公共企業の商品インターフェイスシステム開発部の副部長に就任した時、私は組織改革を行いました。みなさんが動画でご覧になったものと似たような形の改革でした。その2年間で、私は再び喜びを取り戻したのです。

そしてその喜びは、今日に至ったかもしれない、という時期に、2001年にインターネットバブルがはじけ、勤務先の会社が倒産しました。私は帰宅し、妻に失業したことを伝えました。妻は目に涙を浮かべ、私を見て言いました。「あなたは失業してしまったの?」 私は妻に言いました。「いいや、私は起業家になったんだよ」

起業を決意した理由

さて、この当時私が起業を決意したのは、世の中が変化して企業が倒産し、私の職や肩書、権力、オフィス、給与、ストックオプションが奪われたためでした。すべてが無になったのです。しかし、この2年間で私が学んだことは、奪われませんでした。私が2年間で学んだのは、効率のよい組織の形成方法でした。このスライドに示したカオスと官僚主義の間の完璧なバランスのことではありません。それが正解ではないのです。

本当の答えは、スライドに示したこの図表そのものを、まったく別物に置き換えることでした。「シンプルな人・組織の構造」です。

「シンプル」で「再現性」があり、「計測可能」で「見える化」がなされたものです。また「人と人の信頼性」に基づくものです。人々がもっと緊密に、一緒に働くにはどうしたらいいか。「人々に活力を与える」組織を形成し、毎日一緒に働きたくなるよう、チームを面白くするなるようにするにはどうしたらいいかです。

以上のことを世界各地で講演する時、私は「喜び」について話します。「喜び」という言葉がビジネスで使われることはたいへん稀ですよね。仕事を考えるにあたり「喜び」について考察することはあまり無いでしょう。

さて、私は「喜び」について深く考察する必要がありました。なぜなら、私の著作の表紙にはっきりと「喜び」と印刷されているため、世界中の人から「なぜ『喜び』という言葉を使ったのですか」と尋ねられるからです。

「喜び」の原体験

私が初めて「喜び」について考えた時、13歳の子どもの頃、わくわくした出来事を思い出しました。私は、自宅のコンピュータに2本のプログラムを入力しただけで、興奮していました。目の前に、まっさらな未来、生涯を捧げることのできる何かが広がっていたからです。

しかしテクノロジカルな達成感、取り組む価値があれどテクノロジーそのものは、「喜び」の源では無いということに気が付きました。

私は人生のもっと初期、まだ10歳の頃を思い起こしました。両親が組み立て式の棚を買ってくれたことがありました。イケアで売っているような品です。幅、高さはこのくらいで(手で示す)、箱に入っており、組み立てる必要がありました。両親は買って来た箱を、車庫にしまいました。

ある晩、父母は映画を見に食事にでかけ、私は一人留守番をしていました。突如エンジニア魂がむくむくと頭をもたげ、私は棚を組み立ててやろうと決意しました。私は車庫に行って箱を開封し、棚を完成させました。

棚はきれいで私の身長よりも高く、広げた両腕よりも幅広いものでした。しかし、私はすっかり悲しくなってしまいました。棚を車庫で組み立ててしまいましたが、母はこれをリビングルームに置くつもりだったからです。

(会場笑)

そこで、私は事態を何とかしてやろうと思いました。棚を1インチずつ引きずって車庫から出し、家の外を回り、キッチンを通過し、ようやくリビングルームに運び込みました。そして棚に、自分のダンスの本や母の彫刻の置物、小さな装飾品を並べ、ステレオを繋げました。

父母が玄関から入って来た時に、レコードで母の好きな音楽をかけたところ、母は涙を流しました。これこそが「喜び」なのです。

私が自分自身の物語で気がついたのは、他者の役に立つことで「喜び」が生まれたことです。自分の心や手、頭脳を使い、前向きな方法で他者の役に立つことができれば、「喜び」が生まれます。

会場のみなさんのうち、ソフトウェアエンジニアの方はどのくらいいらっしゃいますか? 私が思うに、エンジニアにとっての「喜び」とはただ一つ、自分たちの仕事がが世に出て、人々に喜びを与えることです。これがエンジニアにとっての「喜び」だと私は考えます。

これが、今回私が「喜び」についてお話しする理由です。ビジネスにおける「喜び」です。お話ししてきた通り、私は常に「喜び」を感じて来たわけではありません。キャリアの最初期に感じた興奮は、すぐに恐怖へと変わりました。家族と離れて時を過ごし、家族の大事なお祝いの行事に参加することもかなわず、カオスの世界、官僚主義の世界に住んでいたからです。

悲しみについて

私が自分の考えを大きく変える以前に使っていたのは、このようなプロセスです。

それは、さながら毎日出勤してたばこを吸い、吸殻をまき散らしながら灯油タンクを持ち歩いているようなもので、そこかしこから火の手が上がっていました。なぜなら、私たちは悲しみを感じていたからです。

悲しみについてお話ししましょう。この業界におきるもっとも悲しい物語は、例えば非常に長時間、一生懸命働いていたのに、ある日上司が来て「この案件はキャンセルになった。もうやめだ。この仕事が世に出ることは決してないだろう。新しいプロジェクトがあるからとりかかってくれたまえ」と言われたときなどです。プロジェクトが葬られると同時に、自分の一部も消えてしまいます。

私はそういった経験をしていました。そして探求の旅を始め、この本にたどり着きました。ケント・ベック著『エクストリームプログラミング』です。

エクストリームプログラミング

『エクストリームプログラミング』をご存じの方はどのくらいいらっしゃいますか。スライドで表示されている表紙の本です。みなさんほぼご存じですね。

そして私は、カリフォルニアにある商業デザイン企業IDEOの動画も視聴しました。まず書面で読んでから、動画を見たのです。するとその瞬間、私の頭の中で何かがカチッとはまりました。すべてのことが突如はっきりと明快になり、私は自分のやりたいことがわかりました。

オープンスペースではなく、オープンなカルチャーを作る

さて、次は弊社の「喜び」についてお話ししましょう。これから私が、弊社がどのように物事にアプローチするかについてお話しします。果たして「喜び」がどのように関与しているのか、ちょっと考えてみてください。目で見えますか、感じとることはできますか、触れることはできますか、ビジネスの成果を出すことはできるでしょうか。

メンローのオフィスを見学するために、世界各地から大勢の人が訪れます。メンロー見学に来てくださった方は、会場にどれくらいいらっしゃいますか。ああ、あなたはメンローに来てくださっていましたね。他にはいらっしゃいますか。みなさんいずれ来てくださいね。

私たちのやり方を見学するために、世界各地から年間3千から4千人が訪れます。見学者が大きな入り口のドアをくぐると、見えるのはこの光景です。

広々としたオープンな環境です。多くの見学者はオープンスペースをあまり好まず、いやがります。オープンスペースは、ソフトウェア開発の環境としては良くないのではないか、と考える人が大勢います。「リッチ、オープンスペースはうまくいかないと説く本を何冊も読んだが、なぜメンローではうまくいったのだろうか」と聞かれます。

私はこう答えます。「私たちが作ったのは、オープンスペースではありません。オープンなカルチャーです。このスペースは、私たちが根底に持つ、風通しの良さ(オープンネス)、透明性、コラボレーションといったカルチャーの価値観を反映しています。私たちの職場は騒音であふれていますが、これは働く時に立てる物音であり、週末に応援するスポーツチームの得点についておしゃべりする声ではありません。働く音なのです。

テーブルを自由に移動できる

私はよく他社のオフィスに招かれて、チームが働いている所を見せてもらいます。他社の役員に、チームの現場を見せてもらう時は、だいたいこんな感じです。私たちは見渡す限りの薄暗いパーテーションの海を歩き、案内の役員が私にそっと囁きます。「リッチ、ここが私たちの部門が働いている所だよ。今、みんな一生懸命考えているんだ」私たちは傍らを静かに歩き、ふと1つのパーテーションを見ると、プログラマーたちはドアを背にキーボードで入力し続けています。私たちはプログラマーたちの顔を見ることができません。みんなイヤホンをつけて音楽を聴いているので、私たちがひそひそ話していることにも気がつきません。

私たちは「一生懸命考えている」みなさんのお邪魔にならないよう、忍び足で戻ります。そして役員は、ドアを閉めるやいなや、私に言うのです。「リッチ、うちの会社のコミュニケーションの問題について、相談に乗ってくれないか」ショッキングですよね。

メンローでは、チームワークを実際に目で見ることができます。組織図上のものではなく、チームワークが物理的に見えるのです。人が皆、隣り合った席で、共に仕事に取り組んでいます。

スペースはフレキシブルです。テーブルを簡単に動かすことができます。天井から電源ケーブルがぶらさがってますので、テーブルを好きな場所に動かすことができるのです。スペースの仕様を変えるのに、何の許可も必要ありません。チームがどこへ移動するかを決めるのは、チームなのです。上司に「テーブルをここからここへ移動してよろしいでしょうか」などと聞く必要はありません。ただ動かせば良いのです。スペースは、毎日こまごまと姿を変えます。チームが飽きてくれば、大規模な模様替えが行われます。

私は他の社員と一緒のスペースに席を設けています。私はCEOですが、特に専用の角部屋オフィスや仕切りのドアは設けておりません。他のみんなと同じサイズのテーブルを用意するよう頼んでいます。この写真では、私のオフィス、つまり私のテーブルはここですね。私の日本での滞在予定は8日間ですが、帰国すれば、恐らくチームが私のテーブルを移動してしまっていることでしょう。

(会場笑)

ガラスドアの外に出されていなければ良いのですが。

(会場笑)

2人で1台のコンピューターを使う

さらに、私たちは学習を担当する部署を立ち上げました。

世界のどこの企業であってでも、私たち企業が直面しているもっとも大きなチャレンジだと考えています。本棚は、弊社において大きな場所を占めています。社内には、たくさんの本があります。しかし、メンローで本当の学習が行われるのは、本からはありません。仕事をしている時に学習が行われるのです。

メンローでは社員は知的(「2つの頭」のスライド)、感情的(「2つの心」のスライド)、物理的(「4本の手」のスライド)に繋がっています。

メンローでは、2人1組が隣り合って1台のコンピュータを共有し、同時に同じタスクに取り組んでいます。これは、仕事を手伝ってもらうためではありません。一緒に取り組むべき、私たちの仕事ということの表れなのです。

このペアは指定制であり、5営業日ごとに入れ替えられます。つまり、すべての人が、すべての人と一緒に働くチャンスがあるわけです。

あえて直接コミュニケーションを取る

次に私たちが変革を行う必要があったのは、対話の方法です。3種類の対話を変える必要がありました。

まず、社内で個々人同士が行う対話です。さらに、変革が必要だったのは顧客との対話です。メンローの業務は、カスタムソフトウェアのデザイン・開発と顧客への提供ですが、顧客は世界各地から訪れ、ソフトウェアの開発を依頼します。さらに、私が言うところの「テクノロジーに取り残された人々」との対話も変革する必要がありました。後ほど詳細をお話しします。

私は、ジョン・ネイスビッツのこの言葉が大好きです。非常に興味深いのは、ネイスビッツが、1982年に刊行された『Megatrends』という本でこの句を書いているということです。

Megatrends: Ten New Directions Transforming Our Lives

35年前、ネイスビッツはすでに現代にタイムリーなこの言葉を書いているのです。

「21世紀最大の発明は、技術そのものではなく、人間とは何かという概念を拡張するものになるだろう」

この言葉は、技術を軽んじているわけではなく、人間の方がより大切であると訴えています。私たちは時にそれを忘れてしまっているように感じます。

そこで、社内の対話を変革するためには、デジタルに頼らないことにしました。Slackでもメールでもなく、メッセージアプリでもありません。私たちの言うところの「ハイスピード・ボイス・テクノロジー」です。

(会場笑)

ハードウェアは、生まれた時からインストール済の声帯、鼓膜です。そして脳の聴神経は、ボディランゲージと眉の動きにより補強されます。

(会場笑)

職場でミーティングがある方はどのくらいいらっしゃいますか? メンローの社員は、ミーティングが大嫌いです。ミーティングとは、思考力を鈍らせ、心を腐らせ、エネルギーを排出してしまうマネージメントのデバイスだと思っています。ですから、実際にミーティングを行う時は、ごく短く済ませます。

さて、ここで実験をしようと思います。私たちが「オールカンパニーミーティング」と呼んでいるミーティングを行います。これから私が「ヘイ、メンロー」と呼びかけますので、「ヘイ、リッチ」と答えてください。いいですか。

Sheridan:ヘイ、メンロー!

会場:ヘイ、リッチ!

Sheridan:このやり取りの時は、メンローの社員はみな静かになり、身動きはせず、カンファレンスルームを横切る人もおらず、カレンダーをチェックする人もいません。「ヘイ、メンロー」「ヘイ、リッチ」が、ミーティング開始の合図です。私が話したいと思うことを話し、「ありがとうございました」と言えば、ミーティングは終わりです。「オールカンパニーミーティング」の長さは、通常の場合15秒です。

(会場笑)

一斉送信メール、スケジュール調整、会議室の予約、会議室をのぞき込んで「まだ始まりませんよね? ちょっと行ってコーヒー取って来ます」などとそわそわする、10分間のミーティング・ダンス、すべて不要です。「ヘイ、メンロー」「ヘイ、リッチ」。平均15秒、会議終了。そして仕事に戻ります。

バイキングの兜を使う、デイリースタンドアップミーティング

メンローには、ミーティングがもう1つあります。これを「デイリースタンドアップミーティング」と言います。「デイリースタンドアップミーティング」は、朝10時にダート盤の目覚まし時計のアラームが止まると始まります。なぜダート盤に目覚まし時計があるのかは不明です。

(会場笑)

毎朝10時、アラーム時計が「ボーン、ボーン」と鳴ると、全員が立ち上がり、円陣になります。

デイリースタンドアップミーティングには、60人から70人が出席します。(写真を指して)全員が出席します。犬も出席します。

(会場笑)

そして、バイキングの兜を廻します。

本を購入していただくと、表紙にプラスティックのバイキングの兜があしらわれているのがわかると思います。この兜は、スライドにも写っていますね。

私たちがなぜバイキングの兜を使うのかといいますと、ミーティングにおいて非常に便利な話順の目印になるためです。

私たちはペアで仕事をしていて、ペアで発表をするために起立します。バイキングの兜が回ってくれば、ペアのパートナーとあなたが、自分たちが今やっていることを話す番なのです。話し終われば次のペアに兜を渡します。話し終われば、さらに次のペアに兜が渡されます。兜は70人の手を渡り、全員が話し終わると、テーブルの上に戻されます。こうしてミーティングは終了します。通常30分くらいの長さです。

考えてみてください。70人が、招集をかけられ集合し全員が話し、終わるとバイキングの兜を置いて仕事に戻る。これだけがわずか30分で終わるのです。先ほどお話しした通り、私たちはミーティングを開く時は、極力短くします。

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Regional Scrum Gathering® Tokyoは、スクラムの初心者からエキスパート、ユーザー企業から開発企業、立場の異なる様々な人々が集まる学びの場です。

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