及川卓也氏が振り返る自身のキャリア
エンジニアとして生き残るための「偶然と必然」とは何か

技術者としての成長のための技術トレンド #1/2

MANABIYA -teratail Developer Days-
に開催
2018年3月23日から24日にかけて、レバレジーズ株式会社が主催する国内最大級のエンジニア向け技術イベント「MANABIYA -teratail Developer Days-」が開催されました。同社が運営するITエンジニア向けのQ&Aフォーラム「teratail」の中で解決できない問題を解くため、一流エンジニアたちが一同に会して、プレゼンテーションやパネルディスカッションを行いました。トークセッション「技術者としての成長のための技術トレンド」では、フリーランスのエンジニアリング・プロダクトアドバイザー、及川卓也氏が登場。技術者として成長するために必要なことを語ります。

及川氏の3つの顔

及川卓也氏:おはようございます。朝早くからありがとうございます。及川です。

今ご紹介いただきましたように、「技術者としての成長のための技術トレンド」と題して、40分ほどお話しさせていただければと思います。

技術の進化が早いなか、我々技術者というのは技術トレンドに対してどう向き合っていけばいいのか、という内容でお話しさせていただきます。

私はこのIT業界に約30年いる人間です。現在は独立して、フリーランスとしていろんな企業のお手伝いをさせていただいております。基本的には主に次の3つのかたちでのお手伝いをさせていただいております。

1つが技術軸で、技術選定のお手伝い。アーキテクチャーのレビューをしてください、というようなところ。

もう1つが製品戦略。いわゆるプロダクトマネジメントと言われてるもので、「こういった製品を作りたい」とか、「製品を作ったけどグロースさせたい」というところをお手伝いする。

3つ目が組織作りというところで。エンジニアの採用・育成・評価・カルチャー、そういったところをお手伝いしています。

本当は私はこれらを3割・3割・3割と、33パーセントずつしたかったんですが、本人の意思とは関わらず、圧倒的に最後が多くなっています(笑)。

組織作りばかりやっていて、カンファレンスなどでもそういったところでの声がかかることが多く、知人に言わせたら「及川さん、そっちの専門家になってますよ」、組織構築カウンセラーみたいになってると言われていますが、そういうつもりは全くありません。

第2次AIブームにDEC入社

今自己紹介させていただいたんですけれども、技術トレンドということなので、簡単に自分の経歴を兼ねて、技術トレンドの移り変わりに対して自分がどう取り組んできたかを最初にとっかかりとしてお話しさせていただきたいと思っております。

先ほど私、「もう30年くらいこの業界にいる」って言いましたが、これからお話する話は、古い話なので、皆さんの中には生まれていない方もいるかもしれないし、物心ついてない方もたくさんいるかもしれないので、基本的に年寄りの昔話だと思って、最初の10分くらいお付き合いください。

DECという会社が、社会人になったときに最初に入社した会社です。

ご存じない方もたくさんいると思うんですけれども、コンピューターの歴史上、重要な技術が作られた会社です。例えばUNIXというシステムもこの会社のマシンの上で作られましたし、C言語もEmacsも、X Windowやイーサネットもそうです。並べるときりがないほどの技術が生まれた会社です。

私が入った頃はちょうど、ミニコンと言われている分野を開拓し、IBMに追いつくか追い越すか、と言われるほどに勢いがあった時期になっております。今は第3次AIブームと言われているんですけれども、そのときがちょうどAIの第2次ブームが起きていた時期です。

第2次AIは、今のような機械学習ではなく、ルールベースのエキスパートシステム。要は人間の専門家の頭の中をコンピューターシステムに置き換えましょう、ということをやっていた時期になります。

この時期に私が入社した、このDECという会社にはAI技術センターがあり、「ナレッジエンジニア」と言われているソフトウェアの職種を持っていたり、そういった養成コースをお客さんに対しても提供していました。

これは私の友人のブログから持ってきた楯(の画像)なんですけれども。数ヶ月のトレーニングを経てこの「ナレッジエンジニア」というのを養成するんです。バブル時代とは言え、なんと540万もかかるコース。それがもうすごい人気で、なかなか参加できないと言われていた。そういった時代でした。

今もまたAIがブームになっておりますけれども、この時期はAIというトレンドが一旦私の周りに起きていた時代になります。

ダウンサイジングの流れのなかで

このAI、人工知能。花形部署で世間からも注目されていたので、「AI技術センターに私も配属されたいな」と思っていたんですけれども、私が配属されたのはなぜか営業サポートで、プログラムを書く部署ではなく。ここにある薄汚れた写真なんですけれども、今となっては死語となっている「オフィスオートメーション」と書いてありますね。

今だったら「グループウェア」って言ったほうがわかりやすいと思いますけれども、文書をフォルダに入れましょう、メールで送りましょう、といったことをやる製品を販売するところに配属されました。

これはどうでもいい話なんですけど、この製品、製品名が「ALL-IN-1(オールインワン)」って言うんですね。

社内では「A1」って略して「エーワン」って言われたんですよ。私がやりたかったのは「AI」なんですね。

(会場笑)

配属されたのはA1だったという。「ちがーう!」と思ったんですけれども……。ここでラッキーだったのが、ちょうどオフィスにパーソナルコンピューターが普及した時期だったんです。ここにあるPC-9800シリーズというのがベストセラーになって、売れたんです。一方、DECの持ってるマシンは、使いにくい……いわゆるホストコンピューターなんですね、簡単に言うと。そしてダム端末が繋がっていますと。

そんなものよりも普及してきたパーソナルコンピューターで。当時ワープロといえば一太郎、表計算といったら1-2-3。まぁどうでもいいんですけれども、そういったものを使いたいってことで、その連携ソフトを書くということをやり、このソフトを普及させることができたんですね。

この時期、メインフレームからミニコンピューター、ワークステーション、パーソナルコンピューター、というふうにコンピューターのサイズが小さくなっていく、ダウンサイジングというトレンドが起きたんです。DEC自身が引き金を引いたんですけれども、DECもそれに乗っかることができた。私もそのトレンドを体感しております。

そして、このDECという会社。世の中の人から見るとUNIXの会社に思われるかもしれないんですけれども、実はそんなことはなく。シングルアーキテクチャーということで、VAX/VMSって言われている……。これを語らせると3時間くらい語っちゃうんですけれども、非常に優れたハードウェアとOSのアーキテクチャーを持っていて、それを主流製品としていた会社です。

ですので社内のほとんどのエンジニアも、基本的にはそのメインストリームのVAX/VMSをやっていたんですけれども、私はそれではなく亜流を選んでいきました。

この時代は、先ほどのダウンサイジングの流れにあるように、パーソナルコンピューターが登場し、Windowsが出てきて。Windowsの最初のほうの製品って、タイル型ウィンドウシステムって言って、ウインドウを重ねることさえできないんです。そういったものであまりまともに使えなかったんですけれども、3.0、3.1という時代から使えるようになってきました。

Microsoftの製品って、今では言われないかもしれないけど昔は、「バージョン3からやっと使える」って言われてたんです。本当にそうで、Windowsもバージョン3ですごく使えるようになったわけです。

「おもちゃ」から本格的なWindows開発へ

ただ、当初のパソコンやWindowsって、本格的なコンピューターから見ると「おもちゃ」だったんですね。ホビーストのホビー、玩具だったんですよ。

ちょっと大変なことやらせようと思ってもシングルタスクですから、1個仕事を終わらせない限り次の仕事を立ち上げられませんでした。ですがそんな制限があっても、未来を感じ、魅力を感じ、私はやっていました。

当時このダウンサイジングの流れの中で、2つの流派があったんです。1つがワークステーションのUNIXで、というパターン。もう1つが今「おもちゃ」って言ったパーソナルコンピューター、Windowsの流れ。この2つがありました。

社内でもUNIX系の人が多かったり、業界の中でもUNIXを支える人が多かったんですけれども、私はこの中でパーソナルコンピューター、Windowsというトレンドを選んでいったんです。

そういうこともあり、経緯はいろいろあったんですけれども、MicrosoftのほうからWindows NTと言われている今のWindowsの基礎製品、その開発に「日本から誰か参加してくれ」と言われました。

私が勤めていたDECはその頃、経営状態がめちゃくちゃ悪くなっていて、その後、Compaqに買収されて、そのCompaqもHewlett-Packardに買収されてとなって、最後は無くなってしまうのですが。そういった経営状態が悪くなった会社というのは、起死回生の1発を撃とうと狙うわけですね。(スライドを見せる)この左下にあるのがAlphaというプロセッサです。

高速の64ビットRISCプロセッサで、本当に速く優秀な製品だったんですけれども、だいたいプロセッサというのは、めちゃくちゃ生産設備に対してお金がかかります。結局、Alphaへの投資が逆に起死回生の1発どころじゃなくて、致命傷になったとあとから聞きました。

ちょっと脱線しましたが、このAlphaプロセッサの上に、次世代のWindows、要はおもちゃじゃない本格的なWindowsを作ります、という開発をやっていたんです。そこに日本人として行け、ということで1年間。Microsoft本社のあるレドモンドというところに行きました。

DECが買収され、会社が消滅するとともに、Alphaプロセッサはそのあとなくなっちゃって、Alpha版のWindowsもWindows 2000からないんですけれども……。この時代くらいから、IntelとWindowsの蜜月が始まり、トレンドとなっていきます。私は、図らずもその黎明期に関わっています。

インターネット黎明期にMicrosoft社へ

90年代初め、ちょうど私がMicrosoftの本社へ行ってたときからくらいなんですけれども、一般にインターネットが普及し始めるという時期が来ます。

このときインターネット、最初は一般と言っても研究職の人たちから使われ始めていて、主にUNIXのX Windowの上で使っていたんですけど、私は普及してきたWindowsで個人でもいろいろやり始め、仕事にも絡めるようにしてきました。

そのようなこともあって、O'Reillyさんからこういった2つの本が。

(本を見せる)これは両方とも翻訳本なんですけれども、そこに日本語版の解説を書かせていただいたり、監訳をしたりしました。インターネットって言われているものをこの時代にすごく自分で体験しました。

このあとMicrosoftに転職し、Windows及びその関連製品を9年間作っていました。Windowsは、90年後半~00年前半というのはもう絶好調で、ライバルがいなくて。私がWindows Vistaを作ってたときに上司から言われたのは、「ライバルは他製品じゃないぞ、Windows XPだ」って言われたくらいです。

自分の過去の製品がライバルであり、ユーザーがアップグレードしないという状況が1番恐れる話だというくらい、本当に強かった時期です。

業界の標準技術の習得、そしてwebへ

その時期に私は、少し危機感を覚えるんです。「Windows以外わからない」と。どこかに転職しようと思ってもMicrosoft関連企業しか行けないよ、ということを知り合いのカウンセラーやヘッドハンターに言われました。そのときに「これはまずい」と思い、「Windows以外の技術をやりたいな」と思いました。

ちょうど時代が2000年。森首相がいらっしゃって、所信表明演説でIPv6を言ったということで話題になったんですけれども。要は日本をIT先進国にする、IT立国にする、ということで「e-Japan戦略」ということをやったんですね。

e-Japan戦略にはいくつかの要素があるんですけれども、1つが電子政府で、もう1つが国土にブロードバンドネットワークを引くことでした。この2つを実現するために、国が投資したのがPKIとIPv6でした。

政府や業界の方々からWindowsにこういうふうに振る舞って欲しいといういろんなリクエストが来るようになり、誰か日本のMicrosoft社員が受けなきゃいけない、というときに、私が手を挙げました。そのような活動を行うようになった結果、WindowsというMicrosoft固有技術だけではなく、インターネット一般の技術というところを習得することができましたし、人的ネットワークも広がりました。

ここでのトレンドは、インターネットです。初めは私の専門はPC、Windowsというところからだったんですけれども、業界の標準の技術に、自分から飛び込んでいったことで、習得することができました。

その後のトレンドは、インターネットの中でもWebというところに明らかに移って来ます。私自身は引き続きWindowsを作ってたのですが、お客さんもWebに移行することを検討するところが増えてきて、「これはイノベーションのレイヤが変わったな」って思ったんですね。

だけれども、ちょっとMicrosoft社内で見てみたところ……。これツイートしないようにお願いしたほうが良いかもしれないんですけれども(笑)。

(会場笑)

悪口ではなく、まぁ、当時の正直な気持ちとしてお聞きください。

当時、Windows Liveという製品がWeb関連製品でありました。ただ、見てみても私には失敗しそうとしか思えないような製品で、う〜んと考えてしまって。Webをやりたいんだったら外に行こう、と思い、そのときもう気になってしょうがなかったのがGoogleでした。その後、運良く転職することができました。

Googleにも9年いたんですけれども、最後のほうにはChromeやChrome OSと言われているWeb標準を推進し、Webのうえでアプリケーションサービスを全部完結して使えるようにする、という技術に携わることができました。

なので、このインターネットからの流れで、Webのトレンドを、自ら作り出したほうにも回れたんじゃないかな、と自負しております。

「エンパイアホッパー」の異名

ここまで、急いで私の業界歴を聞いていただきました。AI、ダウンサイジング、Wintel、インターネット、Webというトレンドと自分との関わりについてお話しました。AIは、トレンドに乗ると言うかそこの技術を学ぶこと、職業・仕事として学ぶことはできなかったんですけれども、自分のすぐ隣の部署がAIの部署だったということもあり、身近に感じたというところがあります。

このAIのように、自分自身がトレンドに乗れなかったとしても、その中に体験・体感していることが非常に大事だったな、と思います。

あともう1つ言えるのは、私けっこう当ててるんですよね。UNIXかWindowsかという時期にもWindow当ててるしとか、いろんなことを当ててるんです。

インターネットというのも実は、そのプロトコルであるTCP/IPを振り返ると、ほかに選択肢があって。OSIとかがそうですね。電話帳みたいに分厚い仕様書で誰もこんなの実装できなくて失敗したやつなんですけれども。実はIPv6の標準化のときにもOSIに下位レイヤーを入れ替えるって話があったりしてたんですが。いずれにしろ、TCP/IPかOSIかというときにも、「いやこれはシンプルなTCP/IPだ」って思って当てた、というところがあります。

ただ、これはその時点じゃわからなかったんですね。当たらなかった可能性もたくさんあるわけです。たまたま私は当てて……。

余談になるんですけれども、私「エンパイアホッパー」って言われていました。DECという会社も一時IBM抜くというくらい言われていて、Microsoftもちっちゃかったのが大きくなって、Googleも私が入ったときにはまだ日本の法人なんて80人くらいしかいなくて。というようなこともあり、「帝国渡り歩いてるな、お前」って言われるくらいなんです。

おもしろいのが……、時間ないのにこんなこと話しても仕方ないんですけど。

(会場笑)

アメリカの入国審査のときのことです。たまに入国審査官って、話盛り上がるといろいろ聞いてくるんですよ。「おまえどこに勤めているんだ?」って言うから「Googleだ」って言ったら、「その前どこいたの?」「Microsoft」、「その前は?」「DEC」って言ったら「おまえすごいな! 次どこ行くか教えてくれ」って言われて(笑)。

(会場笑)

株でも買おうかって話だと思うんですけれども(笑)。それはともかく。大事なのは当たるかどうかじゃなくて。その時点では当たるかどうかはわからないというところです。

偶然と必然

これはあとでも話しますが、どれに乗るかの判断は「偶然と必然」です。自分で戦略的に選ぶ「必然」の部分と、周りの環境、例えばMicrosoftから依頼されてWindowsの開発にレドモンドに行った、というのは一種の「偶然」のところもあるわけです。どのトレンドに乗るかは、こうしたことの掛け合わせがあるだろうと思います。

この「掛け合わせ」は私の経歴での例で言うと、PC、Windowsをやったところと、最初にインターネットのとっかかりを作ったというところになります。

例えばインターネットの専門家って、日本にはたくさんいたんですね。当たり前ですけど、私よりも詳しい人は山ほどいるわけです。同じく、PKIでもたくさんいるわけです。けれど日本では特に、インターネット業界の人は昔はMicrosoft大っ嫌いだったんです。そうするとWindowsを知らないわけです。

逆に私はWindowsの専門家で、インターネットに入ることで自分のバリューを出せた。Windowsとインターネットという掛け算でバリューを高められたと思うのです。

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1 及川卓也氏が振り返る自身のキャリア エンジニアとして生き残るための「偶然と必然」とは何か
2 エンジニアはどう生きるべきか? 及川卓也氏が説く、技術者の成長戦略

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