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塩見賢治氏インタビュー(全2記事)

「やったほうがいい正解」を捨てるのがマネジメントの本質 意思決定を「勘」に頼っていたSansan創業メンバーが辿り着いた判断軸

【3行要約】
・「やったほうがいい正解」が溢れる現場において、リソースの限界から「今」を選ぶ優先順位付けこそがマネジメントの真髄です。
・かつては勘やトップダウンで失敗を重ねた塩見氏ですが、経験を通じて「視座を上げ下げする判断基準」を磨き、失敗の確率を減らしてきました。
・2,000人規模の組織になっても現場の「5パーセントの手触り」を握り続けることが、リーダーとして正しい決断を下すための武器になります。

35歳定年が当たり前だった時代のキャリア観

——これまでのキャリアを振り返って、ご自身のマネジメント観が大きく変わった瞬間はありましたか? もしあれば、いつどんなかたちであったのか、おうかがいできればと思います。

塩見賢治氏(以下、塩見):僕はSIerでシステムエンジニアとしてキャリアをスタートしたのですが、1990年代中盤当時は、「プログラミングは20代まで。チームリーダーは35歳まで。35歳からはマネジメント、それこそプロジェクトマネジメントに専念する」というキャリアパスが一般的でした。

むしろ、そこまでにマネジメントスキルを身につけておかないとプロとしてやっていけない……。そんな時代だったんですよね。

今はもうちょっと違いますよね。当時は、プロフェッショナルとして現場でずっとやり続けるなら、それこそ博士号を持っているとか、誰にも負けない突き抜けた専門知識があるとか、「選ばれし人」じゃないと生涯現役は無理、というような雰囲気が、前提としてあったんですよね。

なので、「やっぱりマネジメントを学んでいかなきゃいけないな」とは当時から思っていました。 そもそもSIerという仕事柄、年次を重ねるごとにプロジェクトの規模がどんどん大きくなっていくんですよね。そうなると、必然的にやるべきことの比重もマネジメントに移っていくので、当時から「どんどん難易度が上がっていくな」という感覚を、肌で強く感じていました。

やはり一番大きかったのは、当時、携帯電話のプロジェクトを任されたことですね。 1990年代だったので、ちょうど端末がデジタル化されて、通話だけでなく「メールが送れる」「写真が送れる」「インターネットにつながる」といった、まさに黎明期。

世の中に計り知れないインパクトを与えるプロジェクトに携われたからこそ、本当に多種多様な立場の人たちと関わる必要があったんです。そこでの経験が、自分の中ではすごく大きかったですね。

単にコンピュータシステムだけの話じゃない。規制への対応やユーザー体験の設計など、とにかく多様な要素が絡み合っていました。

それまでは「システム屋」としての視点が中心でしたが、「プロダクトとして世の中を動かしていくには、技術者だけを見ていてはダメなんだ」と。多種多様なステークホルダーと手を取り合い、全体を巻き込んで回していかなければ「物」は作れない。 時代の追い風もありましたが、その重要性を肌で感じたのは、僕にとって本当に大きな経験でした。

だから当時から、「技術さえ学んでおけば安泰だ」という感覚はあまり持っていませんでした。世の中の変化も、技術の移り変わりもとにかく激しい時代でしたから。

もともとSIerに入った時は、「これだ」という一つの技術を突き詰めたいと思っていたんです。自分は何者なのか、と問われれば、結局はスペシャリストになりたかったんですよね。


「待っていられない」激動のインターネット黎明期

——スペシャリストになりたかったんですね。

塩見:「まずはスペシャリストにならないとダメなんじゃないか」って、当時は思っていたんですよね。職人として技術を極めてから、少しずつマネジメントを覚えてゼネラリストになっていく……それが当時の標準的なイメージでしたから。

でも、一つのことを突き詰めるよりも、もっと広くいろいろなことを学んでいかないと、もう太刀打ちできないなと感じ始めて。

5年、10年かけて「この道のプロになります」なんて悠長なことは言っていられないんですよ。だって、5年も経てばまったく違う技術に置き換わってしまう世界じゃないですか。まさにそんな激動の時代に、いきなり放り込まれたという感覚がすごくありましたね。

僕は1994年入社なのですが、当時はまさにインターネット黎明期。Windows 95が出る1年前でした。とはいえ、SEとして入社したので、仕事自体は今とそれほど変わらず、パソコンを使い電子メールでやり取りし、設計書を書く……というスタイルだったんです。

ただ、そこからデバイスが劇的に進化し、インターネット前提のサービスが次々と生まれる中で、「昔の技術だけでは太刀打ちできない」という状況を目の当たりにしました。だからこそ、特定の技術に固執せず、ゼネラルに幅広く動けるようにならなければ、と強く意識していたんです。

90年代半ばから後半にかけては、単なる技術の進歩以上に、世の中の仕組みそのものが変わっていく「インターネット・バブル」の真っ只中でした。 技術者だけの狭い視点ではいられない。ハードウェア担当、ビジネスサイド、そして多様なステークホルダー……。そうした異なる背景を持つ人たちを巻き込み、マネジメントしながら一つのサービスを作り上げていく。そんな経験を20代後半という早い段階で積ませてもらえたことは、自分にとって本当に大きかったですね。

マネジメントに対する意識も、そこで大きく変わりました。 当初は「技術者をマネジメントすればいいんでしょ?」くらいのイメージだったんです。でも実際はそうじゃない。まず必要なのは、サービスやプロダクトそのものをどう成立させるかという視点。その目的があって初めて、チームや組織をどう動かすかというマネジメントがついてくる。

そんなふうにイメージをアップデートできたのは、やはりあの激動の時代に立ち会えたからこそだと、今振り返っても強く感じますね。


マネジメントの核は「優先順位」と「合意形成」

——サービス、プロダクトに関わる人たちと協業していかなきゃいけないという意識を持ってマネジメントをしていく中で、一番難しかったことや困難だったことは何ですか?

塩見:やはり、一番難しいのは「優先順位の付け方」ですね。プロジェクトを回していれば、当然みんなから「やりたいこと」「やるべきこと」が次々に出てきます。どれも一つひとつ見れば、やったほうがいい「正解」ばかりなんです。

でも、リソースには限りがあるから、全部はできない。「じゃあ、どういう優先順位にする?」という話になりますよね。そこで、メンバー間に「Aからやるべきだ」「いや、Cだ」というコンセンサスをどう作るか。

初めはうまく説明できなくて、ついトップダウンで決めてしまったこともありました。でも、本来は冷静に考えれば、それが最適解だと説明できるはずなんですよね。そこをちゃんとプランニングして説明しきらないと、マネージャーとしての責務を果たしたことにはならないな、と。

とはいえ、これが本当に難しい。「やったほうがいいに決まっている」という相手に対し、一段上の視座で「今はこっちが正しいんだ」と決断しなきゃいけない。正直、やってみなきゃ分からないことも多い中で、経験が足りないと最後は「勘」や「フィーリング」に頼ってしまって……。

当然、それで失敗したこともよくありました。今でもゼロではないですが、その失敗の確率が、経験とともに少しずつ減ってきたということなのかな、と思っています。

2,000人規模になっても失わない「5パーセントの現場感覚」

——Sansanの創業メンバーとして、事業と組織の両方を見てきた中で、「マネジメントとは何をすることか」という定義に変化はありましたか?

塩見:いやぁ、どうですかね。もちろん規模によって向き合うテーマはだいぶ変わります。初めはもうとにかくなんでもやるという話ですから、むしろ、プレイングマネージャーじゃないと話にならないというところもあるし。

例えば5人をマネジメントするというのは、まだ全員の動きがダイレクトに見えている、いわば「手触り感のある」規模ですよね。でも、これが2,000人規模になると、当然自分では手を動かせないし、プレイヤーでい続けることも不可能です。

ただ、「じゃあ一切手を動かさなくていいのか」と言われれば、僕はそうは思わないんですよね。やはり細部まで見ないと判断できないことはたくさんあるし、自分でやってみて初めて納得できる部分も出てきます。

もちろん、全部を見ることは物理的に無理です。でも「やれることは自分でもやる」という姿勢自体は、昔から変わっていません。 かつては100パーセントグリップできていたものが、今は5パーセントしかできていないかもしれない。けれど、その「5パーセント」をどれだけ深く握れているか。それがマネジメントの姿勢として、何より重要だと思っているんです。


失敗を積み重ねて磨かれる「視座の転換」

——初めてマネジメントをする立場になった時にぶつかった壁や失敗はありますか?

塩見:最初のキャリアはSIerだったので、とにかくプロジェクト単位の動きでした。最初は小さな規模からのスタートでしたが、当然そこでも失敗の連続で。

自分の仕様書がミスっていて、お客さんとの約束とはぜんぜん違うものを作らせてしまったり、チェックが甘くて納期間際まで問題を引きずってしまったり……。協力会社さんとの連携がうまくいかなかったり、「みんな疲弊しているから仕方ない」と自分に言い訳をして納期を遅らせ、こっぴどく怒られたこともありました。

ただ、じゃあ「別の選択をしていれば完璧だったか」と聞かれると、そうとも言い切れないんです。その時々では、自分なりにベストを尽くしていたという自負もあるんですよね。

もちろん「なぜあの時、あそこまで考えが及ばなかったのか」といった振り返りはしますし、改善できるところは徹底的にやります。でも、結局同じシチュエーションなんて二度と訪れないじゃないですか。だから過去は参考にしかならなくて、ある意味では「常に失敗の連続」なのかもしれません。それはSansanに入ってからも、名刺アプリ「Eight」に関わってからも同じですね。

失敗を重ねる中で、判断基準が磨かれてきた感覚は確かにありますね。 先ほどお話しした「優先順位」にしても、結局は視座を上げないと決まらないものじゃないですか。現場目線では「これが一番」であっても、プロジェクト全体、あるいは会社全体で見れば違うかもしれない。今の自分のポジションで、どの高さの視点が求められているのか。その見極めができるようになったのは大きいですね。

おもしろいのは、常に高いところに居ればいいわけじゃなくて、「今は下(現場)に降りて見るべき時だ」という判断も必要だということです。 マネジメント経験が浅かった頃は、自分のポリシー一つだけで、いつも同じ視点からしか物事を見ていなかったなと思います。

今は、状況に合わせて視点の高さを変えられる。それが、経験によって得られた一番の「ブラッシュアップ」かもしれません。

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