「1つのことにフルコミット」は人を不幸にする? やり散らかす生存戦略
藤井:やはり新聞社の人とか、特に吉田さんもそうですけど、すごい忙しい人というイメージがやはりある中で、あえて時間の中でまたさらに学び直すというのは、大変かなと思うのですが。
忙しい人のほうが学んだほうがいいのはわかるんですけれども、やはり時間を作るのは難しいなと個人的には思っちゃうんです。私も「やりたいな」とは思いつつも、「その時間を作るのをどうやって作ればいいんだろう」と思っちゃうんですけど、それってどうやって考えられていますか?
吉田:でも「忙しいでしょう」と言われますけど、「確かに端から見ると、いろんなことをやっているように見えるよな」とは思いますが、やりたくないことは基本的にないので。手数は多いなと思いますけど。
例えば授業で、「この本を読め」みたいなことを言われるわけですよ。言われて、「なるほど。確かにこの日程で読むのは大変だが、課題である以上読まなあかんな」と思ったら読むじゃないですか。社会人ってそういうことじゃないかな、と。
そう考えると、やるか・やらないかだけの問題で、「やるって決めたんだからやるか」ぐらいの感じでしかなく、意識はあんまり高くないですよ。
藤井:(笑)。
吉田:でっかい目標があって、その目標から逆算してやっているわけじゃなくて、とりあえずおもしろそうなものを集めてみたら、「ん? なんかやることがいっぱいあるな」というので。1つひとつ目の前のことをこなしているというだけの感じです。
気がついたらけっこういろいろやっている気もするが、「いや、体系的じゃなくて、やり散らかしているだけだ」というふうには思っています。
藤井:今はやりたいことだけをやっているだけだと。逆に言えば、やりたくないことはやっていないという感じだと思うんですけど、その取捨選択はどういう基準でやっているんですか?
吉田:たぶん、やりたくないことってほとんどないんですよね。あえて人を傷つけるとか、そういうのはやりたくないですけど。
ただ、もしかしたら自分が痛い目を見たりするかもしれないぐらいは別にいいと思うので、それよりはやったことがないことをやらせてもらえるんだったらやりますね。
ただ、ずっと同じことをするのは嫌かも。1つのことをずっとするのは向いてないなと思いますね。
藤井:いろんなことをやって、パッパッと切り替えたほうがやりやすいというか。
吉田:はい、ぜんぜんストレスにならないです。ぜんぜん違うことをやっているので、まったくストレスにはならないですね。
ちょうど昨日、そんな授業を受けていたんですよね。ウェルビーイングとマーケティングの授業みたいなのがあって、おもしろそうだなと思って参加していたんですけど。
そこで「前回は50年後に必要だと思うサービスを想定したけど、それを50年後に残すために、今この2、3年で何かやるんだったら、どういうサービスがいいかを考えてみましょう」みたいな授業だったんですよ。
グループワークだったんですけど、周りにいるのは大学院生なので、22〜23歳の子とそんな話をしていた時に、今は同じことをずっとやり続ける人。専門家で、「やり続けてそれだけやりたいです。そしてそれに熟達したいです」という人が、うまくその立場を得られた時が、いちばん幸せな世の中なんじゃないか、という話になったんです。
藤井:なるほど。
吉田:例えば「ずっとアニメを作っていたいです」という人で、アニメスタジオで重要なお仕事を得た人は、24時間絵を描いていても本当に嫌じゃない人もいるわけじゃないですか。
そういう人は(そこでは)幸せな世の中だけど、「いや、あれもこれもやりたいんです。絵も好きですが、8時間ぐらいでいいし」という人からすると、それはそんなに幸せじゃないかもしれない。
そういえば、実例でおもしろいのを聞いたんだよな。ふだんは平日会社員をやっているけど、土日だけマジックをやっているという人が、マジックの世界チャンピオンになったという話を聞いて、その人曰く、ふだんは会社員だからこそ突き詰められるみたいな話を聞いて。
職業というものがこの世に生まれてから、良いことと悪いことが両方起きているんですけど、良いこととしては、仕事などでフルコミットすることが得意な人が幸せになった。でも一方でいちばん不幸なのは、何にでも「フルコミットせよ」って、言われちゃうことじゃないですか。
「でも、フルコミットばかりが幸せではなくないですか?」ということを言ったほうが良いんじゃないのと思っていて。「二足のわらじ」って言いますよね。「その人に新たなわらじを提案するサービスとかどうでしょう?」みたいな話を、昨日の(大学院での)授業でしていました、そういえば。
藤井:へぇ。それって副業じゃないですけど、1つのことだけやらずにもっと別のものを、いろんなものを提案していくみたいなことですか?
吉田:副業である必要もなくて。別に僕もいろんなことをやっていますけど、正直まったく儲かってないものだらけで。
藤井:なるほど。
吉田:まったく儲かってないけどやっていたら楽しいし、逆に「まったく儲からないな」と思ってやっていたことが、「あれ? でもこれをやっていたことによって、別の業務で、そこで得た知識がめちゃくちゃ役に立つぞ」みたいな時もあるわけで。
でもそんなの、前もって計算できないですからね。だから、みんなが「もっとやり散らかしてていいよ」という状態になったほうが、世の中全体の行き詰まっている感じみたいなのはなくなるんじゃないかなと僕は思いました。
藤井:確かに。そうするためには、けっこう今言った「フルコミットするのがいいですよ」みたいな考え方を、変えなきゃいけないじゃないですか。
吉田:フルコミットはもちろん、すごい人はすごいじゃないですか。芸術家でフルコミットしたくて、フルコミットして結果が出ているという人はいいですけど、全員がそのタイプじゃないだろうというふうに思いますね。
だから今、フルコミット至上主義なんですよ。特に日本人はそれが好き。
藤井:(笑)。そうですね。
吉田:「この道一筋」という言葉に「おぉ」って思うじゃないですか。「そば打ちを50年やっています」みたいな人がいたら、「絶対すごい気がする」って思うけど。
でも、そのタイプでうまくなる人もいるんだけど、「いや、はじめの5年はフランス料理を作ったんですけど、今はそばだなと思って、そばを始めたんですよ」という人のほうが、おいしいものを作れても不思議はないですよね。
だから同じ。すごいパフォーマンスを達成することがすべてでもないし、みんなが「楽しいな」と思って日々の何かに取り組んでいないと、結果的に幸せではないのではと思っています。
藤井:なるほど。専門職というか専門家というのも1つの生き方としてあるけど、もっと多趣味的な、いろんなものに好奇心を持つみたいなところも、1つの幸せじゃないかみたいなことですよね。
吉田:ノーベル賞学者の研究があるんですけど、ノーベル賞学者って、1つ目の研究分野でノーベル賞までたどり着いている人ってあんまりいなくて、だいたい3つ目とか4つ目ぐらいの研究分野で獲っている人が多いんですよね。
だから、寄り道は悪いことじゃないし、もし悪いことがあるんだとすると、「興味がないけど惰性でやっている」のが、たぶんいちばんいろんなことで良くないんじゃないかなって。
藤井:確かに。言い方はあれですが、飽きることも別にいいんじゃないかということですよね。
吉田:まぁ飽きるんじゃないですかね、向いてないことには。「同じことばかりやっているのに、なんで飽きないんですか?」と言われて、「確かに飽きないですね」というものは、向いているということじゃないですか。僕だってずーっと漫画を読んでいますけど、まったく飽きないですから(笑)。

(次回へつづく)