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「見たことのない本」で、出版業界の未来を拓く(全3記事)

「明石から来るの?じゃあ会うわ」 料理研究家リュウジ氏も驚いた、地方出版社が「東京」に勝てる意外な理由

【3行要約】
・多くの出版社が自転車操業に陥る中、明石の出版社ライツ社は少数精鋭で70パーセントの重版率を実現しています。
・代表の大塚氏は「本を出した時点でお金になる」従来モデルを脱し、「売れると思う本だけを丁寧に作る」方針を貫いています。
・地方拠点という特性を強みに変え、著者との信頼関係を築く「わざわざ感」が、出版業界に新たな可能性を示しています。

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「重版率70パーセント」を生み出す、業界の常識へのアンチテーゼ

「明石から来るの? じゃあ会うわ」——料理研究家リュウジ氏との出会いは、この一言から始まりました。東京一極集中の出版業界で、あえて地方に拠点を置く価値とは何か。新幹線で3時間かけて会いに行く「わざわざ」が信頼を生み、重版率70パーセントという結果につながる。年間数冊しか出さない明石の出版社が実践する、逆張りの経営術を聞きました。

藤井創(以下、藤井):御社は重版率70パーセントという驚異的な数字を誇っていますが、その秘訣は何なのでしょうか?

大塚啓志郎氏(以下、大塚):それはもう、経営方針というか、経営のやり方の違いでしかないと思っています。

昔からの出版社の経営モデルというのは、本を出した時点でいったん取次から入金される仕組みなんです。メディアの方ならおわかりになると思いますが、例えば1万部作って出したら、その1万部分がいったんお金になる。後で返本されればマイナスになりますが、また次の本を出せば「いったんお金になる」。これを繰り返すことで経営が成り立つという、いわゆる「自転車操業モデル」なんです。

その場合、たくさん本を出せば出すほど、一時的にキャッシュが入ってくるので、後でどうなろうと経営自体は回っていく。でも、冷静に考えたらこれは健全じゃないですよね。

僕らは、「売れると思う本だけを出す。それが売れたらお金になる」というモデルでやれています。これができたのは、最初に4,000万円を借りられたからなんだと今になって思います。「無理に点数を出さなくていい」という環境を最初に作れたのが大きかった。

藤井:最初から資金があったからこそ、自転車操業にならずに済んだと。

大塚:そうです。4,000万円分は失敗してもいいって、冷静に考えたらすごいアドバンテージですよね。2年目こそ年間9冊出しましたが、売れ始めてからは7冊、6冊、4冊と自然に減っていきました。

そうすると、出版点数が少なくなった分、作り手は勝手に丁寧に作るようになったんですよ。営業もそうです。例えば、ジュンク堂書店明石店さんに案内に行く時、10冊の新刊を持って行って「これお願いします」と1冊1分ずつ説明するのと、自信のある1冊だけを持って行って10分間じっくり説明するのとでは、どちらが良い注文を取れるか。明らかに後者ですよね。

結局、少ない冊数を丁寧に作って、丁寧に営業できたら、単純に重版率が上がった。ただそれだけのことなんです。実は当たり前のことをやっているだけなんですが、多くの出版社は経営モデルが自転車操業になってしまっているから、それができない。僕らはゼロの状態からスタートさせてもらえて、最初にお金を借りられたから、その当たり前を実行できたというのが一番大きいと思います。

藤井:やはり一度自転車操業になってしまうと、点数を出さざるを得なくなってしまうんですね。

大塚:そうだと思います。点数を出す理由が「売上を上げるため」ではなく、「自転車を回すため」にどうしてもなってしまうんじゃないですかね。だから、どれだけ現場が疲弊していても「いっぱい出せ」と言わざるを得ない矛盾がある。編集者は、そこに苦しんでいると思います。

一般的に編集者は年間6点〜10点作らなきゃいけないところを、僕らは3点、つまり半分くらいでいい。それなら、一冊に対して倍以上の力を注げるのは当然ですよね。

藤井:一度そうなってしまうと、なかなか抜け出すのは難しいですよね。

大塚:そうですね。会社の方針を一人の編集者が変えられるわけではないですから。でも、ダイヤモンド社さんは、そこを明確に切り替えて成功されていますよね。ダイヤさんの編集者も年間2、3点しか出さないからこそ、あれだけ売れる本を作れる。サンクチュアリ出版さんもそうですね。僕らよりはるかにすごい、僕らの上位互換だと思います(笑)。

「色がない」のがライツ社の色 ノンジャンルだからこそできること

藤井:これまで出された本を見ると、『リュウジ式 悪魔のレシピ』のような料理本から、『放課後ミステリクラブ』のような児童書まで、ジャンルが非常に多岐にわたっていますよね。その中で「ライツ社らしさ」というのはどう考えていらっしゃいますか?

大塚:ライツ社らしさというのは、僕らが考えたことは一度もないんです。たぶん、うちってあんまり「色」がないんですよ。ノンジャンルだし、毎回デザイナーも違う。書店員さんからも「色がないのが特徴だね」と言われているくらいです。

逆に僕らがよく並べて紹介していただける出版社として、京都のミシマ社さんがあります。僕らの10年前にできた会社ですが、あそこはバリバリ色がある。「あ、これミシマ社さんが作った本だね」とすぐわかるのがいい。でも僕らは、フェアでもしない限り「あれもライツ社だったんだ」と驚かれることが多いんです。

ただ、「write, right, light」という名前のとおり、「明るく照らせる本かどうか」という基準はあります。そして、先ほどの話につながりますが、出版点数が少ない分、ものすごく時間をかけられる。ノンジャンルであっても、どの本にもものすごく時間をかけています。

だから、「手の込んだ作りになっているね」とか「装丁が凝っているね」という評価を、どのジャンルでもいただけるんです。手抜き感がまったくない、120パーセント頑張った感じが出ているのかもしれません。それが他者から見た「ライツ社の特徴」になっているんだと思います。僕らが意識してそうしているわけではなく、全力で作ったらそうなった、という感じですね。

藤井:最近だと『PLURALITY』のような専門的な本も出されていますよね。私も読みましたが、かなり内容が濃くておもしろかったです。

大塚:『PLURALITY』、読まれたんですね! あの分厚さを、すごい(笑)。

藤井:あとは『読まない人に、本を売れ。』も読みました。ストーリー性をすごく大事にされている印象を受けます。

大塚:それはたぶん、僕やみんなの趣味嗜好ですね。僕らはハウツー本をあまり読んでいないですし、作り方も正直わからないんです。だからライツ社にはビジネス書でもハウツー本はありません。単純に僕らが作り方を知らないのと、僕らが「読みたい」と思う本を作っていたら、それがハウツーではなかったということです。

やはり「ストーリーの力」というものを信じているんです。いろんなメディアや情報発信がある中で、本ほどストーリーの力で物事を伝えられる媒体はないと思っています。時間をかけて、2時間以上かけて読む媒体の価値はそこにある。だから、無理やり短くしたり、スパッとしたりするのではなく、しっかりとストーリーを届けたいんです。

藤井:最近はWebメディアでも「タイパ」重視で短くする傾向がありましたが、AIで簡単に作れるようになってからは、逆にストーリーや文脈が大事になってきていますよね。

大塚:そうですよね。僕らもnoteで記事を書きますけど、結局1万字を超えるような記事のほうがぜんぜん「いいね」がつきますから。基本、1万字を超えていますね(笑)。


「明石」という場所が持つ、意外なブランド力と「わざわざ」の価値

藤井:本を出すにあたって、著者さんとの打ち合わせはどこでされるんですか?

大塚:基本的には会いに行きますね。1、2回はお会いして、その後はZoomでいいという方はZoomにしますし、直接会いたいという方にはずっと会いに行きます。フットワークはかなり軽いです。

実は明石って、西明石駅に新幹線が停まるし、神戸空港へも電車で40分くらいで行けるんです。だから、めちゃくちゃどこへでも行けるんですよ。東京にも行きやすいし、西日本にも出やすい。東北はちょっと行きづらいですけど、すごく便がいい場所だなと思っています。

明石出身で、まさか明石で仕事をすることになるとは思っていませんでしたが、いざ帰ってきて仕事をしてみると「めっちゃ便利やん」と思いました。

藤井:出版社というとやはり東京に集中していますが、関西、特に明石に拠点を置くメリットについてはどう感じていますか?

大塚:意識的にやっているわけではないですが、やはり関西の方とは心の距離が近いですよね。以前、『売上を、減らそう。』という本を出した時、著者は京都の「佰食屋(ひゃくしょくや)」というステーキ丼専門店のオーナーさんでした。当時すごく話題になったので、東京の出版社からもオファーが殺到していたんです。でも、「せっかくだったら同じ関西で、同じ規模の小さい企業とやりたいです」と言ってくださって。そういう仲間意識はすごく感じます。

あと、うちからも本を出してくださった本田直之さんが言っていた言葉で、「同じ能力や同じことをやっていても、場所を変えればそれが特徴になる」というのがあります。ラーメン屋でもハワイに行ったら目立つ、みたいなことですよね。

僕らがやっていることって、めちゃめちゃ普通の出版社なんです。でも、それを明石でやっているからこそ、こうやってログミーさんが取材に来てくれているんだと思います。普通のことを明石でやっているだけで、西日本や関西の作家さん、書店さんは「同じ西日本として頑張ろうね」と言ってくださる。

逆に、僕らが東京に行くと、「わざわざ来てくれたね」と言ってくださる方が多いんです。今は時間が一番の価値じゃないですか。東京の出版社が東京の著者に会っても、どうしても「数撃ちゃ当たるで会ってるんでしょ?」と思われてしまうこともあるかもしれない。でも僕らは、3時間かけて新幹線で行くわけです。

料理研究家のリュウジさんも、最初に会った時に言ってくれたんです。「えっ、明石から来るの? じゃあ会うわ」って。僕らは意図しているわけじゃなく、3時間かけて行くしかないから行っているだけなんですが、相手が「わざわざ時間をかけて私に会いに来てくれるんだ」ということを価値に感じてくれる。これはありがたいですよね。

藤井:確かに。「明石」という場所の知名度も絶妙ですよね。

大塚:そうなんです。明石より西に行くと、今度はちょっとキツくなるんですよ。交通の便も悪くなるし、「どこ?」から始まってしまう。でも明石は、小学生の時に「東経135度」として習うし、明石焼きも有名。さらに創業のタイミングで泉房穂前市長が爆発的に明石の知名度を上げてくれたので、だいたい「明石」と言えば通じるんです。

これが神戸や大阪、京都だと特別感はない。「明石の出版社です」と言うと、絶妙に地方感が出るくせに知名度もあって、交通の便もいい。これは後になって「ラッキーだったな」と思いました。

「強くてニューゲーム」で始める組織論

藤井:現在7人で運営されているとのことですが、今後もっと人を増やしたりする予定はありますか?

大塚:あんまり考えていないですね。最初は4人でスタートしました。僕と髙野だけでは力が足りないことがわかっていたからです。自分たちがそんなにすごくないので、ちゃんと事務をしてくれる人や、編集の補助をしてくれる人がいないと無理だと。

そこから「営業がもう一人いないとキツイ」となって増やしたり、『放課後ミステリクラブ』を作るために児童書を作れる人が必要だとなって入ってもらったりして、今の7人になりました。これからも、自分たちがやりたいことのためにどうしても人が必要なら増やすかもしれませんが、基本的には今のサイズ感がいいと思っています。

一番避けたいのは、人数が増えることで「マネジメント」が発生することなんです。前の職場で事業部長になった時、人事考課の面談や他部署との調整、理念のブラッシュアップ会議とか、本作り以外の仕事で週の半分以上が潰れていました。「自分は何をしてるんやろ」と思っていましたから。

藤井:確かに、組織が大きくなると会議や調整ごとが増えますよね。

大塚:そうなんです。『放課後ミステリクラブ』を担当している感応(嘉奈子)という社員が入社後に言ってくれたのが、「内向きの仕事の時間がほぼないのがすごくいい」ということでした。社内調整のような本作り以外の仕事がないのがいいと。

僕らは、自分たちがおもしろいと思う本を出して、売って、稼いで、自分たちも書店も読者もハッピーになる。それを繰り返したいだけなんです。それ以上でも以下でもない。組織を拡大してそれ以外の仕事が発生するのはアンハッピーなので、増やすとしてもあと一人くらい、この部屋に収まるくらいが限界かなと思います。

出版業界のおもしろいところは、少人数でも爆発的な大ヒットを生み出せる仕組みがつくられていることです。取次というシステムがあって、そこから全国の書店に本を行き渡らせてくれる。だから僕らのようなたった数人の会社でも、いきなり20万部売れる本を作ることができる。これこそが出版業界ならではの夢のあるストーリーだと思うんです。

僕らが出版業界自体を変えることはできないけれど、「こんな小さい出版社でもおもしろい本を作って売上を上げられるよ」という事実をつくり続けることで、業界の明るいニュースにはなりたい。いろんな人の心を燃やすガソリンのような存在になれればいいなとは思っています。

(次回へつづく)

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