【3行要約】
・日本では「休まない美徳感」が根強いものの、慢性疲労による生産性低下が企業経営の重大な課題となっています。
・『疲労学』著者の片野秀樹氏は「移動時間もPCを開く現代では、オフタイムの確保が困難になっている」と警鐘を鳴らします。
・ビジネスパーソンは体からのアラートに素直に従い、戦略的に休養を取るべきです。
この25年で「疲労」している人が2割も増加
——今回の書籍
『疲労学:毎日がんばるあなたのための』は疲労をテーマにされていらっしゃいますけれども、片野さんは今のビジネスパーソンを見て、どんな課題感をお持ちになっていますか。
片野秀樹氏(以下、片野):まず、日本リカバリー協会が毎年アンケート調査を行っているんですね。これは10万人規模のアンケート調査で、男性5万人、女性5万人、全国の方々を対象にしています。この中に「疲労感」という調査項目があるのですが、これを2017年から経時的に追いかけています。
疲労感が年々増えていて、元気な方が減り、疲れている方が増えている傾向が、だんだん強くなってきているんです。さらに顕著なのは、慢性的に疲れている方が今の世の中だと半分近くまで増えてきたことです。日々のお仕事や活動の中で解決できないものが蓄積してしまっている。そんな状況が年々高まってきているところを、私たちは協会として危惧しています。
今から約四半世紀前、1999年に国が調査したデータがあります。この時に同様の疲労についての調査を行っていて、当時、「疲労を抱えています」という方々が約6割という報告が残っています。直近の我々の10万人調査だと、今や8割強になっているんです。
——この25年で2割も増えているんですね。
片野:このトレンドのままいくと、25年後には100パーセントになります。さらに今は、過去の25年よりも時代のスピードが速くなっています。デジタルデバイスができたり、情報通信機器も発達したりしている背景の中で、この25年を待たずに100パーセントに近づいていってしまう。そんなリスクがあるだろうなと思っています。
私たちはそこに対して警鐘を鳴らし、みなさんの対策や一人ひとりのリテラシーが必要だと考えています。一つの方法として、書籍『休養学:あなたを疲れから救う』を出させていただき、おかげさまで反響があったのはうれしい反面、やはりみなさん、課題感を持っている人はこれだけ多いのかと。であればもう少し違う切り口で今回、「疲労」というテーマで出版してみようというのが、本を出した経緯です。
常に会社とつながっている現代の働き方
——先ほど、ここ25年で20パーセントも疲労を感じる人が増えてしまったということなんですけど、その原因はどこにあるんでしょうか?
片野:おそらく、私たちの見解としては、やはり社会の環境が変わってきたところが一番大きいのかなと思っています。
25年前は携帯電話もパソコンも今ほど普及していませんでしたから、今とはまったく違った働き方がされていたと思います。当時、例えば営業なら、まずは会社に出社し、ホワイトボードに「外出」と書いて、訪問先を3件、4件と実際に足を使って回ってくるのが通常の訪問の仕方でした。
この時、余白があったと私たちは考えています。どういうことかというと、合間の時間を自分自身の時間として使えたということです。
——確かに。
片野:会社から一歩出ると、会社と「つながらない」ことができたんです。ある意味で自分の自由にできる時間であり、会社との接点が切れたことで精神的にもストレスがだいぶ減る環境だったと思います。もちろん訪問先で仕事をするのは当たり前ですが、その間は自分がある程度コントロールできる時間だったんです。
移動時間に自分の好きな本を読んだり、あるいは少し早く着いてしまったら喫茶店でお茶を飲んだり、公園でちょっとぼーっとしていようかな、なんてこともできた。この合間の時間を、自分自身でオンとオフのバランスを取る時間として利用できたんです。
もちろん、訪問先を回って会社に帰社し、残務を終わらせて帰るとなると、比較的勤務時間は長かったかもしれません。でも、「会社とつながらない時間がある」という安心感の中でオンとオフのバランスが取れた時代だったと思っています。
今は残念ながらそうはいかず、いつも会社とつながっている状況です。チャットで常に連絡を受けざるを得なかったり。途中の移動時間でもパソコンを広げてメールを打ったり、ミーティングをしたりもできるようになってしまった。そうなるとオフの時間がなくなってしまっています。
——リモートワークが普及したことで、どこでも仕事ができる環境が整えられていきましたよね。いつでも会社とつながれる感覚があるので、心が休まらないというのはすごくわかります。
片野:そうですね。あとは、社会的な今の風潮として、「タイパ」という言葉がありますよね。余白を埋めることが良いことだという意識が強い方が多いんですね。私たちの体は、当然オン・オフのバランスがとても大切ですが、オンタイムばかりを意識し過ぎてオフをないがしろにしてしまっている時代が今来ています。
過去はなんとなくオフが取れましたが、今は自分から意識的にオフを取りにいってバランスを確保しないといけなくなったんですね。
周りの目を気にして休めない日本人
——日本のビジネスパーソンの慢性的な疲労の原因は、どういうところにあると思いますか?
片野:日本人には大きく2つの特徴があると思っています。1つは「休まない美徳感」が強い。これはおそらく学校でもそう教えられてきたところが強いと思います。昔からステレオタイプ的に、私たちは休まないことや会社に行くことが良いことだと植えつけられています。
もう1つは、周りの目です。日本人は全体主義が強い。個人主義だと、ある程度自分の体調が良くないと個人が判断して休もうという選択がしやすいと思います。一方で全体主義だと、周りの目を気にしてしまう。
——確かに。周りが残業している中で自分だけ早く上がれない、というのはありますよね。
片野:そうですよね。自分を押し殺してでもなんとかがんばらなければ、という意識になってしまっているところが日本人は強いと思います。これはある意味では文化に近いと思うので、変えようといってもなかなかできない。
本来健康になるためには、運動と栄養と休養が大切だと、1978年に厚生省(現:厚生労働省)が発信しています。この3つのワードはみなさん、なんとなくご存じですね。
運動と栄養については学校で勉強していますから、みなさん、これに関するリテラシーをしっかり持っている。問題は休養です。これを習っていないんです。そうすると、なんとなく休むことが後ろめたかったり、あるいは休むことに対して共通認識としての理解が取られていない。「体調が悪いなら休んだほうがいいよ」という人もいれば、一方で「それって怠けじゃないの?」という人もいたり。
——なるほど、「休む」ことに対して認識がバラバラなんですね。
「疲労が溜まる」は間違い
——今おっしゃっていただいた「慢性的な疲労」を放置しているとどうなってしまうのでしょうか。
片野:まず、半年以上続いている疲労を慢性疲労と呼ぶんですね。疲労したまま活動を続けていることによって、慢性的な疲労になっていると考えられます。スポーツの分野では、疲労蓄積によるパフォーマンス低下をオーバートレーニングという表現をします。疲労したまま活動すると、当然活動能力が低下してさらなる疲労の状態に陥ります。

この疲労の状態に陥った時に、一定の休養時間、休息時間をしっかり取ると、また活動能力がリセットされます。このリセットされた状態でまた活動すればいいのですが、休養時間が足りない中では、活動能力が低い状態でスタートするわけです。そうするとどんどんパフォーマンスが下がっていきます。
本来動物は、疲労感をアラートと捉え、素直に従って防衛本能として「待機」「休む」選択をするのですが、人間だけできることが1つ増えました。前頭葉が発達したことで、疲労感をマスキングできるようになったんです。使命感とか責任感、あるいは時にはドリンク剤などで疲労感を覆い隠してしまうことができるんですね。
——なるほど。
片野:「ここで踏ん張らなければ」ということで、疲労感を覆い隠してしまう。そうなった時には、活力が低下しているということを自覚できないんですね。
その状態でまた活動すると、自分自身では「あれ? 活動能力は落ちていない」と感じて、継続できてしまう。しかし本質的にはもう活動能力が下がっているので、本来のパフォーマンスはぜんぜん出ないんですよ。
そうするとどうなるかというと、パフォーマンスが出ないので生産性が落ち、「残業しよう」「週末、家に持ち帰って仕事しよう」という長時間労働が常態化して、どんどん生産性が落ちる悪循環に陥ってしまうんです。
不調なまま働く人による損失は年間約56万円
——社員の生産性が落ちてしまうのは、企業にとっても大きな問題ですよね。
片野:はい。国が出している調査報告の中に、健康関連総コストというものがあります。これは、会社が健康に関する悩みや障がいを持っている部分で、従業員に年間どのぐらい負担しているかというコストです。それによると、会社は従業員1人に対して年間72万5,000円を負担しているんです。
その内訳は何かというと、例えば傷病手当を申請したとか、医療費がかかったというのもあるのですが、この中で一番多いのが、プレゼンティーイズムです。会社には行っていますが、本来持っている能力が発揮できない状態で会社に行っている人。
——本来のパフォーマンスを発揮できていない状況ですね。
片野:はい。例えばちょっと体調が悪い中でも会社に行っているという方もいらっしゃると思います。そういった方々のコストが、72万5,000円のうちの約80パーセントなんです。だから、会社は本来体調が良い状態で来てもらえれば払わなくていい金額を、1人当たり約56万5,000円払っているんですよ。
その56万5,000円のうち、疲労関連がその4割を占めています。でも疲労って、比較的自分自身の意識次第で対策できる部分だと思うんですよね。
対策できるようになれば、当然会社としてはコストを負担しなくていいわけですよね。逆に言うと、会社はこの分、生産性が高まるわけです。つまり社員の疲労対策をすることによって非常にメリットがあるので、会社としてやるべきだと思うんですね。
でも難しいのは、個人のプライベートの時間がけっこう大事だという点です。そこに会社がどう介入していくか。プライベートの時間の意識をどう変えるかというところですよね。
——残業が続いていても「まだ元気だから大丈夫」と思ってしまうことがありますが、気づかぬうちにパフォーマンスが落ちていることが多いんですね。一人ひとりが意識的に休んでいくことが大事だとわかりました。