【3行要約】
・秒速8キロで飛ぶ衛星を半径1キロの精度で着地させる技術は、宇宙輸送の複雑な課題を解決する鍵となっていますが、実現には高度な制御が必要です。
・ElevationSpace小林氏によれば、日本だけが実現した「揚力誘導技術」は世界最高峰の制御技術であり、2030年には宇宙産業が商業的時代に突入します。
・2040年には複数の宇宙ステーション間をつなぐ交通網が実現し、「宇宙×○○」で無限の可能性が広がるため、自分の専門と掛け合わせる視点が重要です。
秒速8キロからの帰還。有人宇宙機に求められる複雑な技術
――秒速8キロで飛行する衛星を、狙った場所に正確に着地させる。国産有人宇宙機の実現を目指す株式会社ElevationSpaceの小林稜平氏が、再突入技術の複雑さと、2040年に向けた宇宙産業の展望を語りました。半径1キロの精度で海上回収を可能にする「揚力誘導技術」は、小型衛星では日本だけが実現した世界最高峰の制御技術。宇宙ステーション間をつなぐ交通網の構築から、「宇宙×好きなこと」で広がる無限の可能性まで、宇宙輸送インフラが切り拓く未来について聞きました。
藤井創(以下、藤井):有人宇宙機の開発についておうかがいします。再突入技術というのは、主にどういうところが大変なのでしょうか。
小林稜平氏(以下、小林):再突入といっても、本当にいくつかフェーズがありまして。そもそも通常の衛星は大気圏に突入する時に燃え尽きてしまいますし、何もしなければ衛星は基本的にはずっと同じ軌道を回っていて、徐々に高度が落ちてくるので、時間をかけて大気圏に突入して燃え尽きるっていうのがだいたい衛星の一般的な運用です。
我々のこの再突入衛星というのは、狙った時にタイムリーに燃え尽きずに狙った場所に戻ってくるということが重要ですので、秒速8キロくらいで地球の軌道上を回っている人工衛星で、まずエンジンを噴射して衛星を減速させるんですね。減速すると、今度は高度が下がってきますので、減速をさせてまず狙った場所に戻してくるというので、この減速させるエンジンの技術が非常に重要な1つの技術になってきます。
その後何もしていないと、例えば人がいる場所とかに落ちてしまうと大変危険ですので、非常に高度に衛星を制御して狙った場所に戻す、カプセルを分離して戻してくるんですが、こういった制御の技術というのが2つ目の技術として非常に重要なものになってきます。
今度、大気圏に突入した時にも、通常は衛星は燃え尽きてしまいますので、1,000度とか2,000度になるような高温環境になります。燃え尽きずに、かつ中に実験物が載っていますので、この中を30度とか、そのくらいに抑えられるような燃え尽きないための技術。
そして最後、パラシュートを展開して海上の狙った場所に着水して、それをちゃんと見つけて沈まないようにして回収するっていう、この回収の技術とか、大きくは4つぐらいの技術というのが、この再突入を実現する上では重要です。
これは今言ったフェーズというのは、通常の衛星の機能にプラスアルファで必要になってくる技術ですので、当然通常の衛星を作る技術というのは我々も持っています。そこへプラスアルファで今のフェーズが加わっているという、これが再突入、戻ってくる衛星の技術的に難しいところであり、複雑な部分ですね。
藤井:「ここに落としましょう」というのは、打ち上げる前からプログラムしていくのですよね。
小林:はい。宇宙空間で再突入を行うっていう最後のスイッチはこちら側で押しますけれども、指示をしたら後はもう自動で位置とか場所とかを計算して戻ってくることになります。
ただ、そこは自動の中で、ちゃんと不具合があったら安全に止まる機能も必要ですので、そうした高度な安全性、安全のための制御の技術なども備えた上でやらないと、打ち上げの許可というのも下りません。
そこはしっかりとそういう安全性を証明した上で内閣府からも許可をもらって打ち上げて、実際に戻すというところになってきますので、そう考えただけでも、ちょっと複雑な……。秒速8キロで飛びながら自律的に判断をして安全に戻すと。
ここが非常に難しい技術ですし、ナレッジとして日本がこれまでに、JAXAさんが中心となってプロジェクトで培ってきた技術でもありますので、そこも活用できれば、というところですね。
藤井:海上に落とす精度は、かなり厳しいのでしょうか。
小林:我々、実際にサービス提供の中で提供していこうと思っている衛星においては、半径1キロくらいの空間の中に落としてくるというのを目指していまして、そのくらいになってくると回収もかなり容易です。
藤井:それはかなり精度が高いですね。
小林:そうですね。400キロ以上離れたところから秒速8キロくらいで飛んでいる中からそこに戻してくるというところですので。
ちなみに、この再突入カプセルを離した後も、カプセルの中にスラスターエンジンを搭載して、主にガス系のエンジンなんですけど、制御しながら戻ってくるんですね。誘導をかけて狙った場所に滑空しながら戻ってくるようなイメージでして、それによってこの半径1キロっていう円の中に戻すことが可能になってきます。
この制御の技術がまさに小型では世界で、日本でしか実現できていない。これは揚力誘導技術と呼ばれる技術なんですけども、そこが我々の大きな強みですね。
藤井:その先に、有人のところの話になるんですけど、有人宇宙機となると、また生命維持システムやランデブー・ドッキングみたいな技術も必要になるかと思います。そこらへんの開発はこれからという感じでしょうか。
小林:まず有人宇宙機を実現する上で必要な技術項目というのは、いくつかに分けることができます。
大きく、まず今我々が培っているもので言いますと、戻ってくるためのエンジンの技術ですとか、衛星のバスと呼ばれる制御とかソフトウェアとか通信とか、そういった一般的な機能の部分と、あと再突入と回収技術と。これは人が乗る宇宙船にとっても戻ってくることが必須ですので必要な技術になります。
それプラス、人が乗る宇宙船になると大きく3つほど重要になってきまして、1つがランデブー・ドッキングの技術。これは物によっては必要ないんですが、宇宙ステーションとかに物や人を運んで戻してくるっていうふうになると、宇宙ステーションに近づいて、接続するための技術が必要となってきます。
やはり人が乗る宇宙船ですので、より高い安全性、信頼性。例えば万が一があった時に途中で脱出する機能ですとか、異常を検知する技術ですとか、こういった安全性の技術、高い信頼性を作るっていう技術と、あとは今おっしゃっていただいた有人環境の技術ですね。生命維持システムですとか、そういったところも含めた技術が必要となってきます。
最初の3つの部分はすでに自分たちの衛星で開発しているところで、ランデブー・ドッキングの技術に関しましても、今基礎的な研究開発プロジェクトを走らせていますので、ここも別プロジェクトの中で技術獲得に取り組んでいるところになります。
また、有人の信頼性、安全性というところに関しましては、初期的なものに関しては、まずRS事業に関しては、宇宙ステーションと実際接続して戻ってきますので、そこの部分で初期的な技術が獲得できるというところと。
実際に、万が一の時に離脱する機能、こうした機能の基礎的な研究開発も我々は今始めようとしているところですので、この点の要素技術の開発というのは始まってきているところですね。
有人環境とかECLSS周り、生命維持ですとか、そういった技術に関しては、基本的には周りの企業さんとの連携が非常に重要かなと思っていますので、そこはパートナーをしっかり見つけていって獲得していく部分かなと思っています。
藤井:宇宙エレベーターの話もありますが、あれも人や物を運ぶという意味では近いかと思います。競合するのか、それとも手段の一つというイメージでしょうか。
小林:そうですね。基本的にはいろんな手段があるっていうことになるかなと思っています。
例えば宇宙エレベーターは、そもそも技術的なハードルも非常に高くて、そこの不確実性もありますが、仮に実現したとしても、それが世界中に何個もあるかっていうと、そもそも場所も赤道上じゃないと成り立たないですとかいろいろ制約があるので、限られた場所にしかないですと。
そうすると結局、そこに行くまでの輸送も含めて必要になってくるので、けっこうリードタイムがかかると思うんですよ。
一方で、宇宙から地球にオンデマンドである場所に輸送するみたいなサービスっていうのは絶対に必要だと思っていますので、そういう意味では宇宙エレベーターができたから、この再突入のサービスとか技術が必要ないとかではぜんぜんないと思っていまして、両方が共存していく世界には基本的になるのかなと思っていますね。
