2030年は高級路線、2040年にスーパーへ 細胞性食品の未来予想図
藤井:最後のほうの質問になるんですけど。例えば2030年ぐらいに細胞性食品ってどうなっているイメージはありますか?
吉富:2030年、けっこう近いですね(笑)。
藤井:5年後。いや、10年後にします?(笑)。
吉富:(笑)。じゃあ2040年も考えて。
藤井:今の細胞生食品がどういうふうに広まっているとか、日本においてでも世界においてでもいいんですけど、どうなっているか。理想でもいいんですが、吉富さん的にはどう思っているのかなって。
吉富:たぶん足元5年ぐらい、2030年ぐらいまでは高級路線というか。貴重な、もしくは希少な動物種だったり、大量生産が難しい種類のものに対しての細胞性食品開発が進むんじゃないかなと思っています。
ここから、たぶんまた10年後ぐらい、2035年ぐらいにようやく、小売での大規模販売とかになってくるのかなと。スーパーとかで販売するってなると、それぐらいかかるかなと思っていますね。
個人的にはどうなってほしいかというと、やはり食料安保とか食料供給という観点で、細胞性食品がもっと頼れる柱になってくれたらいいなと思っています。
またその頼れる柱である細胞農業分野の中で、日本の技術……それは食品加工の技術だったり、エンジニアリングの技術だったり再生医療の技術だったりが、光る状態になっているといいなと思っています。
食品加工もさっきのカニカマの例だけではなくて、冷凍食品とかフリーズドライとかいろんな技術があるので、そういった技術との組み合わせで消費者の方に受け入れてもらえるような工夫をしていったりとか。
で、ゆくゆくはそういう日本の強みを、純粋に製品を作るところだけじゃなくて、ルールづくりにも活かしたい。国際的な議論でも強みを出して「日本がこういうんだったら、こんなルールでいいんじゃないか」みたいになったら一番理想かなと思っていますね(笑)。
藤井:それはけっこうハードルもいっぱいあるとは思うんですけど、叶いそうな感じがしますか?
吉富:ポテンシャルはすごく大きいかなと思っていて。良くも悪くも海外企業からは日本の市場とか企業との連携可能性って、すごく期待を持たれているというか。
日本で生産して、それをアジア市場に売るんだ、みたいな海外の会社もいるんですね。細胞性ウナギの会社とか。しかも不思議なんですが、イスラエルの会社でユダヤ人なんですけど、ユダヤ人はウナギを食べないんですよ。でも日本の京都に生産工場を建てて、京都からアジア市場に売るっていう構想を最近発表していて(笑)。京都産の細胞性ウナギを海外へ、みたいな感じですね。
例えば和牛の資源も、良くも悪くもたぶん注目されると思います。そうなってくると例えばシャインマスカットとかの二の舞にならないように、じゃあ和牛の細胞をこの分野で使うのであればどういうルールが必要か、とかも考えないといけなかったりしますし。実はそれはもうすでに昨年度時点で、NEDOの助成金を使って素案を作ってみてはいるんですけど。
ブランド力とか食文化を守りつつ、細胞農業の分野でも活かせるようにしたいですし、ソフトパワーだけではなくて技術力もそうやって活かしていくことで輸入国から輸出国になっていけたらいいなと(笑)。アフリカとか、ODAに組み合わせたりとか。
在来種の細胞保存と味のチューニング 食の新しい可能性
藤井:今回「未来をつくる」というテーマでやっていて、食の未来を考えた時に細胞性食品が一番ワクワクする気がしていて。
私もそもそも技術畑というか、テクノロジーが好きな関係もあるかもしれないんですけど。今あるものをちゃんと未来に残すことも1つは当然大事な「未来をつくる」ことだと思うんですが。本当に新しいもの、食の明るい未来を作るみたいな意味で、細胞性食品というのはけっこうあるのかなとは思ってはいるんです。そういう可能性ってありますか?
吉富:それでいうと、個人的に関心を持っているんですけど私1人じゃできないので、誰かほかに関心を持ってくれる人がいないかなと思っているものが、いくつかあるんですが(笑)。
1つが種の保存と発展みたいなところで、例えば竹の谷蔓牛(たけのたにつるうし)のような、日本の在来種。あとは例えば沖縄の今帰仁(なきじん)アグーとか、日本の在来種で個体数が少ないものと細胞性食品の掛け合わせです。
例えば牛の在来種を増やすためにお金をもらっていても、その牛が売れるようになるまでは「2年かかります」とか。しかも種を守っている生産者さんが、経営状態が別にものすごく高利なわけでもないっていう中で、もしかしたら知らないうちに廃業しちゃうかもしれないじゃないですか。
特に和牛とかだと、人気の牛の組み合わせとか血統が決まっていて、神戸牛以外は値段がなかなか高くならない。そうなると、いざじゃあ霜降りいっぱいのお肉から「いや、私はこのお肉が好き」って多様化の時代になってきた時に、でも実は蓋を開けてみると牛の違いがもうわからなくなっていて。そこからまた多様化させていくのはすごく大変です、とか。
本当は在来種をもっと守っておけば、もしかしたらそこに本当の意味での「地元の牛」的なお肉の再発見があったかもしれないけれども……。そういう状況がもし来るんだとすると、もったいないなと思っています。
そういう在来種の細胞を取っておいて保存しておいて、いつでも培養できるようにしておく。バイオリソースをちゃんと保持しておくというのは、重要かなと思っていて。
もちろん、そこからできるお肉が「カニ」にはならないです。たぶん「カニカマ」だとは思うんですけど、だとしても。
もちろん元のお肉の良さがどれぐらい残るかとかは、まだ検証が業界全体でもされていないので、もしかしたらそういう検証も含めて日本でやったほうがいいのかもしれないんですけど。もしそういう価値が残るのであれば、ぜひそこは細胞性食品というかたちであっても残したいですし。
量産化できたら、例えば海外に、日本人がやっていない寿司バーみたいなのがあるじゃないですか。そこでアボカドロールとか食べて、「本物食べたいな」って思って日本に来るじゃないですか(笑)。
それと一緒で、なんちゃってであっても名前がついていて、海外で売れるような規模になったら……。例えばレストランで小規模でもいいんですけど、ちょっとでも売れるようになっていれば、それをきっかけに例えば日本の地方のレストランにも来てくれる人が増えるかもしれない。そういう地方創生的なところと組み合わせができたらいいなって思ったり。
あとは今、日本のお菓子メーカーがアメリカのチョコレート会社に投資をしているんですけれども、これはカカオの細胞培養で、ココアパウダーとかを作っているらしいんです。
その人たちが言うには、カカオそのものの味をものすごく引き立てるかたちで「○○産のカカオだとこんな味の特徴」みたいなのをもっと尖らせて、本当はメーカーさんの舌が肥えている人にしかわからないような違いをもっと彩度を高くして、消費者にもわかるようにするとか。そういう「味のチューニング」ができるんじゃないかって言っていて。
でも、その会社のチョコレートを食べたんですけど、けっこう酸味が強くてですね。「こんな味のカカオなの?」って聞いたら「いや、これはなんか培養工程で味がついちゃったんだよ」みたいに言われて(笑)。
藤井:(笑)。
吉富:たぶんまだまだなんだろうなと思うんですけど、ただ細胞培養という技術を使うと、そういう今までの楽しみ方とはまた違う食材の側面みたいなのを際立たせて、実はそれが楽しみにつながるみたいなところもあるかもしれないな、とは思っていますね。
藤井:なるほど、それは楽しみですね。