ウナギやウニの代替品 消えゆく食文化を守る選択肢
藤井:今言われたいろんな危機、食料危機とか環境問題に対しての細胞性食品と、もう1つはたぶん今までの食とは違う食べ物も作れるのかなってイメージがあるんです。そういう新しい食文化への期待みたいなのもあったりはするんでしょうか?
吉富:新しい食文化のところは、細胞性食品でしかできないことは何か、という深掘りがもっと必要かなって個人的には思っていて。
新しくはないんですけど、最近話題になっている細胞性のウナギ。放っておいたら消えてしまうかもしれないものに対して、選択肢を残すっていうものについては、まず食文化の維持的な意味で必要かなと思っています。
実はある消費者団体さんにその話をしたら、「フォアグラなんて動物倫理上かわいそうなんだから、別に消えゆくものを止める必要はないんじゃないか」みたいに言われて(笑)。
藤井:(笑)。
吉富:確かにそうかもしれないですけど、それだったら捕鯨はどうなんだろう、とか。
その文化に根付いているものがあって、それを国際的な議論に照らして「これはクルーエル(残酷な、むごい)だからやるな」って言っても、それがその土地の人のアイデンティティになっていたりするので一概にそんなことは言えない。そういう意味で、(種の)保存というところは1つあるかなと思っています。
あとは、今までにないものを作ることについては、例えばアニサキスのアレルギーとかで、お魚の生食を控えていた方向けのものとか。あとはカニとか、無心になって身を殻からほじるじゃないですか。あれをしなくてもいい(笑)。あれが醍醐味っていう人もいるので、それが楽しいかどうかは置いておいて。
ウチ(JACA)にアシスタントで入っている方が、「最近ウニがめっちゃ高いんです。一舟で3万円とかしたんです」とか言っていて。どんな高級なものを食べているのやらと思ったんですけど(笑)。でもそういうふうなウニとかウナギとかによらず、そういうものを作ったりとか。
イメージとして、ウニとかだと……スーパーって利用しますか?
藤井:はい、よく利用します。
吉富:私の近所のスーパーには「ビヨンドとうふ」って、ウニのペーストが入っている豆腐製品があるんですよ。これはたぶんウニがちょっとだけ入っていて、あとは豆腐なんですけど、私のような貧乏人だとけっこうそれで(笑)。海苔とかに巻いて食べると本当にウニの味がして、1カップ300円かその前後ぐらい。
なのでカニカマとカニの関係性じゃないですけど、カニにはなれないんだけれども、カニカマとしておいしかったり楽しかったり、という使い方はあるのかなと思っていますね。
藤井:なるほど。それこそ絶滅したりもそうですし、いろんなものがだんだん高くなっていく世の中で、確かにそこは一定需要がありそうな気はします。
吉富:そんな気がしますね。カカオもカカオショックとか言って、良いカカオが取れにくくなってきたっていうのが、一時期ニュースになりましたしね。
藤井:確かに、そういうのもそうですよね。
吉富:それこそウナギの場合は、和牛よりもキロ単価が高い場合があるみたいなので、もしかしたらアジア市場としては、そういうところを狙ってもいいんじゃないか、という話もあるみたいです。
なぜ制度設計が重要か 過去の遺伝子組換え問題から学ぶ
藤井:もしかしたら、少し話が戻っちゃうかもしれないんですけど、今言った技術的にいろんなことをやるとこういうものができるよとか、こういう未来が見えるよっていうところがある一方で。
先ほどからずっと吉富さんがおっしゃっている、制度設計がすごく大事ですよっていうところ。これはどうして制度設計が大事なんでしょうか?
吉富:体系立てて整理できているわけじゃないんですけど、特に食の場合は、例えば歴史を振り返ってみると、遺伝子組換え食品が知らないうちに流通していたりとか。それによって食への信頼だったり、そういうルールを作っている、もしくは本来作るはずの行政に対して不信感みたいなのが出てきたり。
歴史を考えると、特に新しい食品の分野は、先にみなさんの信頼を得てから市場に導入する、という方法があり得るんじゃないかと。
そうじゃない方法もあるとは思うんです。「先に売ってから考えよう」みたいなのもあると思うんですよ(笑)。ただ、特に日本の大手食品会社さんは、レピュテーションがすごく大事なので、なかなかそういう判断はできない。
あと一方で食の分野は、それに限らずかもしれないですけど、やはり輸出入があるので。海外企業が日本の市場に売ろうとする。そうするとやはり明確にルールが決まっていないと、そこで知らないうちに、っていうところが出てきます。
特に細胞性食品の場合は今、販売できる国がすごく限られているので。いろんな企業が自国だけじゃなくて、ほかの国でも販売できるところはないかって、みんな探しているところなんですね。
そんな中で、販売に対して、いわゆる止めるルールもない、かつ日本の企業間では自制に委ねている日本の状態は、若干問題があると思っていて。日本だけだったらいいんですよ、阿吽の呼吸みたいな。でも海外企業とかもいると、ハイコンテクストな状態ではいけないので、そういった意味からも、ルールの明文化は必要かなと思っていますね。
藤井:なんとなく最近のお米の騒動もそうで、なあなあというわけじゃないですけど。すごくおいしいものは作るけど、それで終わりみたいなところはある。
吉富:そうなんですよね。良いものを作れば売れると思っているんですよ。確かに「良いものを作ることに100パーセント振るのだ」みたいなのは、ものづくりの精神としてはすばらしいのかもしれないんですけど……(笑)。
今、ちょうど政府のある事業の委員としても関わらせていただいてるんですけれども。その中でもやはり「企業側で良いものを作るので、国際標準化とかルールづくりは省庁さんお願いします」みたいな。
でも省庁さんも人員が限られていますし、それが例えばAIとか量子コンピュータとかならまだしも、いろいろプレイヤーがいて、どの技術が勝つかまだまだわからない。そんな中で、国のリソースだけに頼って特定の技術の標準化を進めようとしても、たぶんなかなか難しくて。
新しい技術は本当に何千種類とあるので、企業側からも歩み寄りというか、国際市場で日本の製品が高く評価されるために「こういう場所でこういうルールを提案してほしい」「誰にお願いしてほしい」っていうところまで作って、初めて省庁さんも動いてくれるというか。陳情じゃなくてですね。
藤井:確かに、なるほど。
吉富:なので、そこの連携が必要なのかなと思っていますね。
日本の食文化とエンジニアリング 国際ルールづくりへの期待
藤井:私もテックの(メディアをやっていた)時に、ブロックチェーンとかAIとかWeb3.0みたいなこととかがいろいろ言われ始めて、でもモノはあるんだけど、どうやっていいかがぜんぜんわからなくて。そうやっているうちにいつの間にか海外のほうが有名になったりってこともあったので。
吉富:そうなんですよ。“欧米”って一括りにするのも雑かもしれないんですが、やはりルールを作るのがうまくて。
EVとかもそうじゃないですか。先に「ここからここまでのCO2を見ますよ」って言って、「いや、でもその電力はどこからくるんですか?」みたいなところで。実は電力までさかのぼるとハイブリッドカーと比べて……みたいな話もあって。
なので、自分たちに都合のいいルールを作ることがうまいのが、海外勢だと思うんですね。ヨーロッパも、じゃあ本当はそういうモチベーションではないかもしれないですけど、「テックでは無理だからSDGs」っていう(笑)。
藤井:(笑)。
吉富:で、SDGsがまた輸入されてきて、みたいな。アジアの人は、まあ「ふーん」って思いながら、ちょっとずつビニール袋が有料になったりして。
藤井:確かに(笑)。
吉富:でも食の部分は、日本は世界的な評判もありますし、新しい食ってやはり信頼関係が大事なので。「ジャパンが提案している」というのがけっこう説得力になると思うんですよね。
こういう新しいルールを作る時に、説得力ってすごく大事だと思っているので、そういう意味では、今消費者庁さんががんばってくれてはいますけど、早くルール整備を進めて販売事例を作る。
ほかの国にとっても参考になるような動きとか、いろんな国が日本の、例えばシェフとかと連携して、細胞性食品のおもしろいやり方を一緒に模索できるような場になったらいいなと思っています。
(次回へつづく)