【3行要約】・AIスタートアップの成功には技術力が重要だと思われがちですが、実際は営業力の差が明暗を分けるという側面があります。
・シバタナオキ氏は、AIアプリケーション開発において学習データの収集力こそが競争優位の源泉だと指摘。
・若手ビジネスパーソンは、AIを駆使して上司の仕事を疑似体験し、人との対話力を磨くことで変革期をチャンスに変えることができます。
前回の記事はこちら AIスタートアップで伸びるのは「営業力が強い会社」
——投資家の目線でシバタさんが伸びる会社とそうでない会社を見分ける際、どこに注目されていますか。
シバタナオキ氏(以下、シバタ):AIスタートアップで言えば、私は5つのレイヤーで見ていますが、基本的に投資するのは一番上のアプリケーションレイヤーの会社です。

AIアプリケーションを作る会社は、LLMを自社では作っていません。OpenAIやGoogleなどが作ったものを使い、その上に研修を施してAIエージェントを作っています。
みなさん、技術力が大事だと思いがちです。もちろん技術力も大事ですが、一番大事なのは研修に相当する部分、つまり学習データをどれだけ他社よりも多く集められるかです。ですから、私は営業力が強い会社に投資しています。
逆説的ですが、AIというと技術をイメージするものの、スタートアップはLLMそのものを作るわけではないので、結局みんな同じようなLLM基盤を使うことになります。同じ基盤の上でより賢いAIエージェントを作るには、他社よりも上手に研修ができなければなりません。そのためには学習データが必要であり、学習データをたくさん集められるだけの営業力が強い会社が勝つと考えています。
——学習データを集められる営業力が大事とのことですが、スタートアップはどういったデータを収集する必要があるのでしょうか。
シバタ:クライアントがどのように業務を行っているか、ですね。基本的に、スタートアップは自社にデータを持っていません。データはお客さんのところにあります。ですから、お客さんのところへ行き、売上をもらうだけでなく、データもいただかないとサービスが作れないのです。これは非常に難易度の高い、ウルトラCのような営業ができる人がいないと、会社は立ち上がりません。
例えば編集者のAIエージェントを作ろうと思ったら、私は編集ができないので、ログミーさんに営業に行き、売上をいただくことに加えて、社内でどのように編集しているかというデータをもらわないと、AIエージェントは作れません。お金をもらう上にデータももらうというのは、営業としてはかなり難しい交渉です。
「普通の人の10倍はつまずいてきた」シバタ氏のキャリア
——なるほど。若手ビジネスパーソンのキャリアについてもうかがいたいのですが、シバタさんが20代から30代で大きくつまずいた経験はありますか?
シバタ:私は新卒で楽天に入り、基本的にずっと新規事業や新サービスの立ち上げに携わってきました。新規事業の担当者としては打率が高いほうだと思いますが、それでも半分以上は失敗します。野球と同じで、打率が3割あれば非常に優秀、という世界です。
その後も自分でスタートアップを経営したり、今はベンチャーキャピタルで投資をしたりしていますが、投資した会社の半分くらいは潰れます。ですから、普通の人よりはかなり失敗に慣れなければいけない仕事をしてきたと思います。
自分で会社をやって成功裏に売却したこともあれば、清算したこともあります。投資家の方々に「申し訳ありません、もう無理なので会社を清算します」とお伝えした経験もありますし、新規事業でうまくいかなかったことも数え切れません。つまずいた回数で言えば、普通の人の10倍はつまずいていると思います。
新規事業の成功に欠かせないもの
——大企業では新規事業が生まれづらいとよく聞きますが、成功させるためのポイントはありますか?
シバタ:新規事業は、最後は気合いのようなところがあります。特に会社が大きくなるほど、さまざまな仕組みが「変な社員が変なことをできないように」作られています。楽天ではオーナーがすぐ近くにいる環境だったので、従来の大企業に比べればまだやりやすいほうだったと思いますが、それでも新しいことをやろうとすると、ものすごく摩擦がかかります。その摩擦に耐え抜いて突き抜けなければ、何も実現できないのです。
多くの人に反対されたり、うまくいかなかったりすることはたくさんありますが、それに耐えて最後までやりきることが一番大事なのではないでしょうか。少し精神論のようになってしまいますが。
——最終的には精神力も問われるのですね。自分の思い入れのある事業だからこそがんばれる、という側面もありそうですね。
シバタ:間違いなくあると思います。そこはもう、新規事業をやっている人の「やりたい」という強い思いしかありません。その思いが摩擦に負けてしまったら、新規事業はできないし、うまくいきません。
AIを使って「上司と同じ仕事」をしてみる
——20代から30代の若手に向けて、キャリアアップやスキルアップのためにやっておいたほうがいい習慣はありますか。
シバタ:今はAIの時代なので、非常にやりやすいと思います。AIを使い倒して、自分の上司と同じ仕事をしてみるといいのではないでしょうか。例えば、20代の平社員で、マネージャーの下に5人のチームメンバーがいるとします。そのマネージャーがやっている仕事を、AIを駆使し、AIエージェントを5機用意して自分でもできるか試してみるのです。
——AIに教えることを通じて、マネージャーとしての育成スキルも磨かれそうですね。
シバタ:そうですね。若い人がキャリアアップする上で、AIをうまく使える人と使えない人とでは、ものすごく差が出ると思います。逆にAIが使える人は、これまでの通常のキャリアパスよりもはるかに速いスピードで昇進する人が出てきても、まったく不思議ではありません。特に若い人にとっては、今が一番レバレッジが効くタイミングです。
AIに代替されない「人と会話する力」
——今後10年ほどで、AIに代替されにくいスキルとして注目されているものはありますか。
シバタ:人と会話をする力だと思います。私も今年(2025年)の前半から、自分の仕事をかなりAIに任せるようにしたら、だんだん仕事がなくなってきました。最近の私の仕事は、基本的にミーティングに出てニコニコし、他の人には出してくれないような情報を引き出すこと、ほぼそれだけです。
すぐにロボットが普及するわけではないと思うので、表情や感情を持って人間と会話するということに関しては、まだ人間に優位性があります。人を説得したり、交渉したり、やる気にさせたり。そういう、人間としての身体性が必要な仕事は、すぐにはAIに置き換わらないと思います。
——最後に読者へのメッセージをお願いします。
シバタ:今は大きな変革のタイミングで、ストレスを感じる人も多いと思いますが、一方で大きく飛躍したい人にとってはチャンスしかないタイミングです。今日ずっとお話ししてきたとおり、遅かれ早かれこの新しい変化に適応しなければならないのは間違いありません。これを大きなチャンスと捉え、人よりも早く変化に対応して成功する人が増えればいいなと思っています。
——シバタさん、ありがとうございました。