【3行要約】・シリコンバレーの投資家シバタナオキ氏によると、AIは万能ではなく「偏差値75の新入社員」として扱うべきです。
・最新AIモデルはIQ110近くの優秀な新人と同様に、適切な教育とフィードバックが必要です。
・成功している企業はAIを「コスト削減」ではなく「スピード向上」に活用し、社員が一つ上の階級の仕事を担えるようになることで、生産性を高めています。
前回の記事はこちら AIは“偏差値75の新入社員”のように扱う
——グローバル企業と日本企業を比較した上で、AIを現場に導入する際に外してはいけないポイントはありますか。
シバタナオキ氏(以下、シバタ):これは日本、アメリカにかかわらずですが、AIを「何でも完璧にできるブラックボックスのスーパーマン」だと思わないことです。私がよく言うのは、「毎年4月に部署に配属されてくる新入社員と同じように扱ってください」ということです。
当然、知らないこと、経験したことがないことはできません。大学を卒業したばかりの学生を4月1日に部署に配属して、いきなり「業務をやれ」と言っても絶対にできないですよね。
仕事のやり方をきちんと教えなければいけませんし、教えてもまだミスをします。ミスをしたら、メンターや上司がOJTで「これはこうしちゃダメだから、次からは気をつけようね」と優しく教えるわけですよね。AIも新入社員と同じように扱うことがすべてだと思います。
——日本企業は新入社員へのOJTや研修が非常に手厚いですよね。AIに対しては、専任で教育する役割を置いたり、マネージャーが教えたりする必要があるのでしょうか。
シバタ:係を置くこともそうですが、みんなのメンタリティが重要です。AIが少し間違うと、みんな「ハルシネーションだ」と騒ぎますよね。でもそんなことを言ったら、私なんか毎日ハルシネーションを起こしまくっていますよ。知らないことはできないし、やったことがないことは間違えるわけです。
人間だって、プレイヤーとしては優秀でも、マネージャーになればまた新しいことを覚えていく中で失敗しますよね。それを上司が教えながら、少しずつ仕事を覚えていく。AIにも同じプロセスが必要です。
少しミスしただけで「ハルシネーションだ!」と騒ぐのではなく、ミスを繰り返す中で、AIに任せても大丈夫なことと、まだ危ないことの線引きがはっきりしてきます。AIがミスするところは、また新しく教えてあげればいい。そうすればAIもどんどん成長していきます。
最新のAIモデルはIQ110越え
——シリコンバレーの企業でも、実際にそのようにしているのですか。
シバタ:うまくいっているところはすべてそうです。LLMは本当に賢いですが、基本的に、人間がどのように思考するかを真似させて学習させているので、人間と同じように間違えます。
昔のモデルはこの左側にあるように、あんまり賢くなかったんですけど、最新のモデルは、IQで言うとすでに110を超えています。僕もまだギリギリ勝っているかもしれないけど、そのうちすぐ抜かれると思います。

GPT-5も出て、もう120に近いです。これからもどんどん賢くなっていくことを考えると、偏差値75くらいの超優秀な新入社員が入ってきたような状態です。
とはいえ、偏差値75でも知らないことはできないし、やったことがないことは間違えます。ただ、賢いのですぐに覚えます。ですから、本当に東大や京大卒の天才新人が部署に入ってきたかのように扱ってあげると、うまくいくと思います。
シリコンバレーの企業はAIをどう使っている?
——シリコンバレーの企業では、例えばどんなふうにAIに業務内容を学習させているのでしょうか。
シバタ:人間に教える時は自然言語で会話しますが、AIに教える時は機械学習なので、トレーニングデータ(訓練データや学習データ)を準備してファインチューニングを行います。プロトコルは違いますが、考え方は同じです。
例えば、カスタマーサポートのAIエージェントを作る場合、まずその会社がどのようなサービスやプロダクトを提供しているかを教えなければ、サポートはできません。当たり前ですよね。次に、カスタマーサポートのベテラン社員が、どのような質問にどう回答しているかを教える必要があります。
これは、新人がカスタマーサポートに配属された時と同じです。会社のサービスに関する研修を受け、その後はベテラン社員の横について、先輩がどう受け答えしているかをシャドーイングするでしょう。それと同じことをAIにしてあげればいい。先輩社員が過去にどのような質問にどう回答したかというデータをきちんと作り、それをファインチューニングしてあげるのです。
AI導入で「平社員」が「マネージャー」の仕事を担う?
——AIの導入によって、リーダーシップのスタイルやマネジメントのあり方は、どのように変化すると思われますか。
シバタ:AIをうまく使いこなせている会社では、人間の社員は今までよりも1つ上の階級の仕事を担うようになっています。平社員だった人がマネージャーの仕事をし、マネージャーだった人が課長の仕事を、課長だった人が部長の仕事をする、という具合です。
今まで自分がやっていたタスクをうまくAIに任せられるようになると、自分の視座が上がり、これまで上司がやっていたような仕事ができるようになります。これが、見ていて一番うまくいっているケースです。
AI時代のリーダーは「コスト削減」ではなく「スピード」を追求する
シバタ:そして経営陣は、仕事のスピードを上げることに注力しています。例えば、ログミーさんで週に5本のインタビューをしているとしたら、それをAIを使って1人あたり10本にするにはどうすればいいか、残業やブラック労働をさせずに生産性を2倍にするにはどうすればいいかを考えているのです。
これにより結果的にコスト削減にもなりますが、彼らはコスト削減を主目的にしているわけではありません。どちらかというと、競合他社よりも早く動ける組織を作る、という文脈で生産性を上げようとしています。人を半分にして同じことをやるのではなく、同じ人数で2倍の成果を出すにはどうすればいいかを考えている。そういう会社がうまくいっています。
——ある程度AIによって業務が効率化され、生産性が上がると、新規事業で新たな価値を出すなど、他社との差別化がさらに必要になりそうですね。
シバタ:必ずしも新規事業だけではありません。既存事業でも、特にエンジニアリングと営業の領域では、AIを使い倒している会社の生産性はどんどん上がっています。同じ従業員数でも、営業なら商談数が2倍になったり、エンジニアなら2倍以上のソースコードを書けるようになったりするわけです。
なので、AIの登場をチャンスと捉え、既存の業務フローをゼロベースで見直し、営業なら商談数を2倍にする、エンジニアなら同じ人数で2倍速く開発するといったことにチャレンジできるかどうかが重要になります。
AIは採用ミスマッチをどう解消するか
——書籍の中ではHRテック分野の最新動向についても触れられています。現在、多くの日本企業で採用後のミスマッチによる早期離職が課題になっています。HRテックは、この課題をどのように解消できるのでしょうか。シリコンバレーでの活用事例などがあれば教えてください。
シバタ:HRの領域には、本当にたくさんのAIスタートアップがあります。私もAI面接官の会社に個人で投資していますが、それは極端な例かもしれません。
他にも、Zoomなどで行った面接の録画をAIが分析し、その企業とのカルチャーフィットに関する懸念点を事前にリストアップしてくれるようなサービスもあります。もちろん、最終的には人と人なのでミスマッチをゼロにすることはできませんが、「こういうミスマッチのリスクがありますよ」とAIが事前に示してくれることで、最終面接でその点を確認する、といった対策ができます。
ミスマッチの可能性をAIが事前に分析してくれる、コパイロットのようなサービスはかなりたくさんあります。
——シリコンバレーでは、面接をAIで行う企業は多いのですか。
シバタ:それは会社によりますね。それを嫌がる会社もあります。面接そのものをAIに任せるかどうかは好みが分かれると思いますが、面接にAIが同席して評価シートの下書きを自動で作成してくれる、といった支援ツールについては、ほとんどの企業が使っているのではないでしょうか。
——多くの企業が、何らかのかたちで採用や人事の領域でAIを活用しているのですね。
シバタ:そう思います。逆に、使わない理由があまりないと思います。
絶対に使うべき採用ツール
——シバタさんは、HRテックのどのような点に注目されていますか。
シバタ:本にも書きましたが、2つあります。1つは採用プロセスです。採用は、候補者とのやり取りや面接、面接後の評価シート記入など、非常に手間がかかるプロセスです。これまで人間が手動でやらざるを得なかったことをAIが代替できるのであれば、非常に良いと思います。面接そのものをAIがやるのが最適解かはわかりませんが、少なくとも採用プロセスをAIが支援してくれるツールは、絶対に使うべきです。
2つ目は、採用後の社内人事です。特に日本企業では、1つの会社に長く勤める人が多いので、自分のスキルや経験を言語化しないまま、長い時間が経ってしまっている人がけっこういるのではないでしょうか。ふだんの仕事や、四半期・半期ごとの人事面談などの機会に、AIをうまく使って自分のスキルや経験を「見える化」するのは、非常に良い活用法だと思います。
採用は外部の人を内部に入れるプロセス、人事は内部の人をどうマネジメントするかという話ですが、その両方でAIは非常に有効だと考えています。
——日本企業では人事異動もありますが、個々の社員のスキルや経験がAIで可視化されれば、慣例ではなく、個人に合った人事異動が実現できそうですね。
シバタ:はい。もっと突き詰めれば、その人の性格もかなりわかるようになると思います。例えば、新しいことにチャレンジするのが得意で好きな人もいれば、オペレーションをきちんと回すことに喜びを感じる人もいます。どちらが良い悪いではなく、会社には両方のタイプの人が必要です。
既存事業を安定的に回すことが好きな人に「新規事業をやれ」と言っても、本人にとっては酷な話です。本人の性格と仕事内容がずれているわけです。逆もまた然りで、新しいことに挑戦したい人を、堅実なオペレーションが求められる部署に配置したら、それもミスマッチです。
LLMなどを活用してスキルデータベースをきちんと構築すれば、これまでよりもミスマッチを減らせるのではないでしょうか。結果的に、会社にとっても本人にとっても良いことだと思います。
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参考サイト:
『アフターAI 世界の一流には見えている生成AIの未来地図』シバタ ナオキ/著(日経BP)