【3行要約】
・実は「新卒一括採用」という日本独自の慣行がAI時代の強みになる可能性があります。
・『アフターAI』著者のシバタナオキ氏は「日本は課題先進国であり、社員教育のノウハウをAIに応用できる優位性がある」と語ります。
・企業は業界特化型AIアプリケーション開発に注力し、ビジネスパーソンは早期にAIスキルを習得することが重要視されています。
『アフターAI』著者・シバタナオキ氏にインタビュー
——まずAI業界の現在地についておうかがいします。著書『アフターAI 世界の一流には見えている生成AIの未来地図』を出版されましたが、なぜこのタイミングでこのテーマを選ばれたのでしょうか。執筆の背景にある問題意識や狙いについて教えてください。
シバタナオキ氏(以下、シバタ):AIの話は日々いろいろなニュースを騒がせていると思いますが、さまざまなレイヤーの話が混同されている気がしています。特に日経新聞などでよく見るのは、一番下のレイヤーであるエヌビディアの株価や決算がすごい、といった話です。

あるいは、OpenAIが新しいモデルを発表したとか、高額で人材を引き抜いたとか、そういった話も多いです。一方で、実際にビジネスで使おうと思っても、エヌビディアのチップを買ってくるだけでは何も起こりません。OpenAIのChatGPTをそのままビジネスで使うのも、かなり難しいと思います。
実際にビジネスで使う場合は、一番上のレイヤーである「業界特化型アプリケーション」として、LLMの上にアプリケーションを構築することになります。しかし、世の中の報道を見ていると、この業界特化型アプリケーションの話がまったく出てきません。多くの人が「AI=ChatGPT」だと思い込んでいるのではないか、という誤解があるように感じています。
私はシリコンバレーで、特にこの業界特化型アプリケーションのスタートアップに数多く投資をしています。こうした事例をみなさんに知っていただくことで、よりイメージが湧き、AIをビジネスに導入しようと考える人が増えるのではないかと思ったのが、執筆の理由の1つです。
GAFAMに敗れた日本が「AIで勝てる」理由
シバタ:もう1つは、この10年ほど、日本はスマホとクラウドという2つの分野でアメリカ企業のサービスを大量に購入するようになり、いわゆる「デジタル赤字」が非常に大きくなっています。国会でも問題になるほどの社会問題になっていると思います。
一言で言えば、GAFAMなどにスマホとクラウドをすべて押さえられてしまったわけです。日本の企業もほとんどがそれらを利用しています。私もスマホはもちろんiPhoneかAndroidですし、それ以外の人を探すほうが難しいでしょう。クラウドも、AmazonやGoogle、MicrosoftのAzureを使っている人が多いはずです。
しかし、今回のAIに関しては、日本が必ずしもアメリカのデジタル植民地にならない可能性も十分にあるのではないかと考えています。
——なるほど。「デジタル赤字」が問題視されている中で、どういった点で、日本に可能性があるのでしょうか?
シバタ:特に、一番上の業界特化型アプリケーションに関しては、日本は国内で独自にさまざまなことができる可能性があります。うまくやれば、逆に日本から海外へアプリケーションを輸出することもできるのではないか、と思います。
——今まさにシリコンバレーで、この業界特化型アプリケーションが盛り上がっているのですね。
シバタ:そうですね。去年(2024年)から今年にかけて、かなりたくさん出てきている感じです。
——ここが日本でなかなか盛り上がらない要因は何でしょうか。
シバタ:単純に時間差だと考えています。「タイムマシン経営」という言葉がありますが、好むと好まざるとにかかわらず、ソフトウェアの世界ではシリコンバレーで最初にさまざまなことが起こる傾向があります。そして、だいたい1年から2年遅れて他の国に伝播していく。
そういう意味で、この業界特化型アプリケーションを見ても、日本はちょうど1年から1.5年ほど遅れていると感じます。これまでのさまざまなトレンドと比較すると、それほど大きく遅れているわけではないと思います。
「アフターAI」で働き方はどう変わるか
——書籍のタイトルは『アフターAI』ですが、どんな世界を意味しているのでしょうか? 現状との違いという点で教えてください。
シバタ:私も当初は、LLMはそれほど大したものではないと思っていました。しかし、さまざまな実例を見たり、多くの企業がAIで新しいことを始めたりするのを見て、これはかなり大きな変革になりそうだとリアリティを持って感じられるようになりました。産業革命に匹敵するほどの大きな変化かもしれません。
ネガティブなレイオフのニュースもたくさん出ていますが、それも含めて、かなり大きな変化が起こるのではないでしょうか。みんなの仕事の仕方が、おそらく大きく変わるタイミングだと思います。
パソコンが登場した時もそうだったはずです。私たちはパソコンがあるのが当たり前の世代ですが、それ以前から仕事をしていた人たちにとって、仕事でパソコンを使うというのは、仕事のやり方として非常に大きな変革だったと思います。それまではすべて紙でやっていたわけですから。
それと同じくらいの大きな変化だと考えています。執筆に当たっては、ビジネスにどう導入して経営的に競争を勝ち抜くかという点もそうですし、ビジネスパーソンがAIをどう使い、どう共存していくかをきちんと理解できる本にしたいと思いました。AIが世の中に行き渡った後の会社の姿や、私たちの仕事の仕方をイメージできるような本になればいいなという思いで、『アフターAI』というタイトルにしました。
「AIに仕事を奪われる」は本当か?
——ビジネスパーソンがAIとどう共存していくかという点についてうかがいたいです。「高性能なAIが低コストで利用できるようになったら、仕事を奪われるのではないか」と焦りを感じるビジネスパーソンも少なくないと思いますが、どのようにお考えですか。
シバタ:これは本当にパソコンが登場した時と同じで、きちんと仕事をするためには使わざるを得なくなると思います。今、「パソコンは使えません」と言ったら、ホワイトワーカーの仕事は普通できないですよね。それと同じ状況になるでしょう。遅かれ早かれ、誰もが覚えなければならないツールの1つになるはずです。
ですから、どうせ覚えるなら早く覚えたほうが有利です。「早く覚えましょう」というのが一番のメッセージです。
——将来、仕事を奪われるという側面は、やはり避けられないのでしょうか。
シバタ:一時的なレイオフや人員配置は当然起こるでしょう。産業革命の時もそうだったと思いますが、産業革命以前は人口の90パーセントが農業に従事していました。しかし、産業革命後、一定期間を経て農業従事者は10パーセントになり、残りの人々は工業、つまりエンジニアリングに携わるようになりました。
中長期的に見れば人の仕事がなくなったわけではありませんが、移行の過程で仕事の質は当然変わります。まさに今はそういうタイミングだと思います。短期的には、やることが変わるということです。
今の仕事はなくなるかもしれませんが、人類が豊かになっていくにつれて、仕事の仕方や内容は変わっていきます。かつては製造業が中心でしたが、今はサービス業が中心になっているように。今はAIを使わずにさまざまな仕事が行われていますが、今後はAIを使う仕事が増えていくかたちで、減る仕事もあれば増える仕事もあると思います。増える仕事の側に早く行ったほうがいい、ということです。
——必ずしも悲観的になることはないが、長期的なキャリアを考える上では早い段階でAIのスキルを身につけておく必要があるんですね。