新卒一括採用は「AI時代に超ポジティブ」な強みになる
——「日本企業ではAI導入が進まない」とよく言われますが、原因はどこにあると思われますか。
シバタ:私は、必ずしも日本企業のAI導入が進んでいないとは思いません。単純にアメリカに比べて遅れているだけで、LLMを開発しているアメリカと中国以外の国はみんな遅れています。ですから、そこまで悲観的には考えていません。
ただ、日本が遅れているとすればなぜか、という話でいくと、比較対象をどの国にするかによります。アメリカと中国は当然先行しているので、そこと比べるのは少し気の毒な気もします。
やはりアメリカは、良くも悪くもCEOの報酬がかなり株式報酬になっていて、株価を上げると社長の報酬が増える仕組みになっています。そのため、社長は決算発表で「新しいことにチャレンジします」と言いますし、AIのような大きな波が来たら「いち早く対応します」と宣言します。
それを言わないと、そして実行しないと株価が上がらないので、無理やりにでもやるわけです。そうした経営者のインセンティブが、日米では大きく違うと思います。日本の経営者も株式報酬は増えてきていると思いますが、まだそうではない会社が多い。
新しいものは怖いから、なるべくリスクを取らないという傾向があります。アメリカの経営者は、リスクを取ってでも株価を上げるインセンティブが非常に大きいので、新しいことにどんどんチャレンジして競争優位性を築いていきます。
——アメリカの企業のほうが、競合他社より一歩先んじようという意識があるのに対し、日本は他の企業がやってから動こう、という様子見の姿勢が強いのでしょうか。
シバタ:そうですね。ただ、今年(2025年)の9月半ばあたりから、大手の銀行なども含めて、かなりAIに積極的に取り組もうとされている企業が増えている気がします。AIの予算をきちんと組んだり、さまざまなPoC(概念実証)を行ったりという話を非常によく聞きます。先ほど申し上げたとおり、アメリカや中国に比べれば多少遅れていますが、日本がまったくダメかというと、そんなことはないというのが個人的な見解です。
日本企業は自分でイノベーションを起こす必要はない
——書籍の中で「日本企業は自分でイノベーションを起こす必要はない」と書かれていました。アフターAIの世界で、海外企業にはない日本企業の強みを教えてください。
シバタ:先ほど、日本がアプリケーションのレイヤーでうまくいけば輸出できるかもしれない、という話をしましたが、理由は2つあります。1つは、日本が「課題先進国」であることです。この言葉は、元東京大学総長の小宮山宏先生が作られた言葉ですが、少子高齢化や労働者人口の不足、インバウンド需要の増加といった社会問題が、先進国の中でどこよりも先に訪れているのが日本だ、ということです。
つまり、AIで解決しなければならない問題が、世界中のどの国よりも多いのが日本なのです。これが1つ目です。
2つ目は、実際にLLMを使って業界特化型のアプリケーションを作る際に、AIに業務知識を教える必要があるという点です。AIも知らないことはできません。ChatGPTはWeb上の情報をすべて学習しているので、人間で言えば一般教養はかなり豊富です。しかし、例えば御社(ログミー)の中の特定の業務フローは、ChatGPTは知りません。
ですから、もしログミーでされているような編集作業をAIに任せたいのであれば、社内でどのように編集しているかをAIに教えなければ、当然AIにはできません。ここが、日本企業の非常に強いところです。日本企業は、世界でも珍しく、いまだに新卒一括採用を行っている国です。世界中でこれをやっている国はほとんどありません。
——特に欧米諸国ではジョブ型が主流ですね。
シバタ:アメリカの会社でも、通常ジョブディスクリプション(職務記述書)を作成し、そこに書かれている業務ができる経験者を採用して、すぐに現場に投入します。しかし日本企業、特に大企業は、新卒で採用します。そして、非常に頭が良くて一般常識のある、偏差値の高い学生を採用したがります。これはまさにLLMと同じです。
偏差値の高い、頭のいい学生を採用し、その人たちに業務知識をゼロから研修やOJTで教えていきますよね。このプロセスが根付いているのは、世界中で日本企業くらいです。人に対して行っている、新入社員教育とまったく同じことをLLMに対して行えば、AIエージェントが出来上がるのです。
このプロセスがきちんとできている日本企業だからこそ、他の国よりも上手に業界特化型アプリケーションが作れると私は考えています。
海外企業にはない日本企業の優位性
——おもしろいですね。メンバーシップ型を採用している日本だからこそ、その業務に特化したAIエージェントを作るうえで優位性があるということですね。
シバタ:はい。その日本の精緻なオペレーションに最適化されたAIエージェントがあれば、海外でも必ず欲しがる人がいるはずです。もう一度、海外企業にはない日本企業の優位性をまとめると、1つ目としては、日本は課題先進国なので、AIで解決すべき問題が他国よりたくさんあります。2つ目は、新入社員を教育するプロセスが企業の中にDNAとして残っているので、同じことをAI(LLM)に対して行えば、AIエージェントができるはずです。
この掛け算で考えると、チップやLLMのレイヤーでアメリカと競うのはさすがに無理だと思いますが、一番上のアプリケーションのレイヤーに関しては、日本にはまだまだ可能性があります。国内はもちろん、将来的には日本で作った、きめ細やかな「おもてなし」ができるAIエージェントを海外に輸出することも、個人的には十分可能ではないかと考えています。
——ここが、シバタさんが業界特化型アプリケーションに注目されている理由につながるのですね。日本では最近ジョブ型雇用を導入する企業も増えてきましたが、基本的にポテンシャル採用が多いことはネガティブに語られることも多かったと思います。それがアフターAIの世界では強みになるというのは、非常に意外でした。
シバタ:そうですよね。この話をすると、多くの方が「ああ、そうか」という反応をされます。必ずしも新卒一括採用がネガティブだとは思いませんが、ネガティブな面もあるかもしれません。しかし、少なくともこのAI時代においては、超ポジティブな要素だと考えています。
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参考サイト:
『アフターAI 世界の一流には見えている生成AIの未来地図』シバタ ナオキ/著(日経BP)