【3行要約】
・発達障害を持ち2度会社をクビになった経験を持つ坂口康司氏は、「一人前に働く」という制限された目標に絶望感を覚え、もっと理想的な生活を実現したいという願望を実現させました。
・坂口氏は自身のASD(自閉スペクトラム症)とADHDの発達障害特性を理解し、環境調整や工夫を重ねることで月収100万円を達成しました。
・成功するには自分の特性を理解した「トリセツ」作りと、コミュニケーション能力向上のための具体的な3ステップが重要だと提言しています。
「一人前でいいわけない」―発達障害の“常識”に絶望した僕が、本を書いた理由
——坂口さんは、2025年3月に『会社員を2度クビになった発達障害の僕が、月100万円を稼げるようになった方法』(朝日新聞出版)を上梓されました。発達障害の当事者としてこの本を書かれたのにはどんな思いがあったのでしょうか?
坂口康司氏(以下、坂口):はい。僕は発達障害の当事者なのでいろいろ本を読んだんですけど、「同僚や上司にいろいろ配慮してもらって、なんとか一人前に働けるようになりましょうね」という本が多かったんです。
いやいや、「一人前でいいわけないだろ」「もっといい生活をしたいのに、俺には無理なのか」とけっこう絶望したんです。今は起業して、会社員時代よりもぜんぜん使えるお金が増えたり、精神的にもすごく余裕があるので、「発達障害でも自分が思い描く理想の生活ができる可能性はあるんだよ」という希望を世の中に届けたいなという思いで書きました。
——なるほど。会社員時代のお話についてうかがいたいのですが、(グラフでは)新卒で医療関係のIT企業に就職したが、がんばっても成果が出なかったとあります。具体的にどんな部分に苦労されましたか?
坂口:2点あります。まず1点目としては、(僕はアルペルガーの特性があるのですが)、よくアスペルガーの人って意図せず相手をイラっとさせてしまうと言われますよね。まさにそこで、こっちは意図していないんだけど、上司や同僚、先輩とか、相手を怒らせてしまうことはけっこうありました。
あとは、変にこだわりがあるので、マニュアルどおりにやっているつもりなんだけど、違うアウトプットになってしまうことがありました。先輩からの指示どおりにやっているつもりでも「なんでいつもそうやって自分のオリジナリティを出すの!」と怒られてしまう。
ちゃんと確認しているつもりでもチェック不足とかミスもあって、「あれ、もしかして自分の努力うんぬんじゃなくて、発達障害なのかなぁ」と思い始めました。
独立を目指すも、知人のベンチャーへ。働きやすさを左右する「会社の規模」と「自由度」
——「24歳の頃に自分が発達障害ということが発覚し、会社員は無理だと感じて退社」とあります。その後に知人のベンチャー企業に入社されたということですが、どのような経緯があったのですか?
坂口:まず1社目を退社して趣味のカメラを仕事にして独立しようとしたタイミングで、知り合いがちょうどカメラ撮影の会社を立ち上げたんですね。初めはカメラマンとしてお手伝いで入って、いつの間にか社員になっていました。
「イヤホン」と「パーテーション」で集中できる環境を作る
——2つの会社を経験されましたが、発達障害の方はどういった環境や規模の会社が働きやすいと思われますか?
坂口:風通しが良かったり自由度が高い会社であれば、規模感は関係ないんじゃないかなと思います。少人数でも「俺の言ったとおりにやれ」と言われるところもありますし、逆も然りなので。
やっぱり他の人とちょっと違った働き方をしないといけないところはあるので、その許容度が高いところがいいんじゃないかなと思います。例えば、僕はADHDの特性もあるのですが、業務中に電話が鳴ったりするとすぐ気が散ってしまう。
外部からの刺激に対していちいち気が散ってしまうので、刺激を減らしたほうがいいんですよ。だからイヤホンをつけるだけでだいぶ集中できます。「ちょっと集中できないので、イヤホンをつけてもいいですか?」って言えるような環境だといいですよね。
あとは、パーテーションがあると横の動きが視界に入ってこないので、画面上に集中できる。でも「パーテーションを作らせてください」と言っても無理だと思うので、デスクの横にファイルを並べて簡易的なパーテーションを作るのもおすすめです。
自分の「トリセツ」を作る——弱みは後天的な努力で補える
坂口:一番大事なことは「自分という人を知ること」だと思うんですよ。僕の場合は、外部からの刺激で気が散ってしまって集中ができなくて、仕事のパフォーマンスが下がることを自覚していました。それで「克服するためにイヤホンをつけたらいいよね」「パーテーションが必要だよね」って発想に至ったんです。
発達障害の方は、人によって特性がまったく違います。自分のネガティブなところを自覚すれば、じゃあ「Aという案を使ってみよう」と考えられる。「A案はあんまりうまくいかなかったので、次はB案をやってみようか」という繰り返しをしていくんです。
そうすることによって、先天的な特性による「できないこと」を、後天的な努力で徐々に補っていけると思います。
「上司がいないほうがパフォーマンスを発揮できる」裁量権と信頼のジレンマ
——自分にとって苦手なことを自覚して、一つひとつ解決策を考えていったんですね。反対に、会社員時代に「この業務は人よりも得意だった」というものはありますか?
坂口:僕は行動力だけは人よりはあると思っています。ただ、誰かから指示されて動くのはけっこう苦手。相手が何を考えているかわからないので、それを想像しながら少しずつ石橋を叩いて進むのが苦手なんです。だから「これに関してはやり方も全部お任せするよ」と任せてもらえたり、上司がいない状態であれば、のびのびと仕事ができてパフォーマンスを発揮できるのになぁと思っていましたね。
ただ難しいのが、仕事を任せてもらうためには、まず上司の信頼を勝ち得ていないといけないんですよね。僕はそこに至る以前の段階で、本当に細かくマイクロマネジメントしないと成果を出せない状態だったので、そういったやり方は社内ではできませんでした。
信頼を勝ち得て仕事を選ぶ。結局、コミュニケーションが鍵になる
——なるほど。そういう意味では、マニュアルがきっちり決まっている会社よりも、自由度の高い会社や、社内の体制がまだ固まっていないような立ち上げに近い段階の会社のほうが、力を発揮できることもあるかもしれないですね。もし今会社員時代に戻ったとしたら、うまくやっていくためにどんな行動をしますか?
坂口:そうですね。もし今当時に戻ったとしたら、コミュニケーション能力をなんとかします。発達障害はコミュニケーションが苦手な方も多いと言われていますが、会社で働くうえでは、周りの人にサポートしてもらうのが大事。そのためには、結局コミュニケーション能力を高めることが欠かせないんですよね。
あとは、まず信頼を勝ち得ないと、仕事は選べないと思うんです。だから「これが得意でこれは苦手だ」というのを上司にあらかじめ伝えておく。「苦手だけどがんばります」という意識はめちゃくちゃ大事だと思うので、それを強調したうえで、「苦手なこと・得意なものの差がめちゃくちゃ激しいんです」と言っておくことですね。
コミュニケーションは「作業」。苦手克服のための3ステップ
——書籍の中では、「コミュニケーションは決まったことをやる作業だ」と書かれていましたね。実際にコミュニケーションの苦手を克服するためにどのような工夫をされましたか?
坂口:はい。コミュニケーション能力を上げるために必要なことは、3つあると思います。1つ目は、自己肯定感を上げることです。なぜかというと、例えば人の懐に入り込める人は、相手が言ったことへのツッコミやリアクションが上手だったりしますよね。
でも「相手の気分を悪くさせちゃうんじゃないか」とか思っていたら、なかなか真似できない。ある程度自分に自信がないとできないと思うんですよ。なのでコミュニケーション能力を上げるためには自己肯定感はけっこう大事ですね。
2つ目に関しては、よくある表層的なテクニックですね。「何が好きなんですか?」「野球です」「あぁ、野球が好きなんですね」ってオウム返しするとか、相手が飲み物を飲んだら自分も飲むみたいなミラーリングとか。こういったテクニックはやっぱり大事だと思うので、テクニックをインプットすること。
3つ目は、実地訓練。要は「こういう場においてはこういうことを発したほうがいい」というような、ケースバイケースな事例を1個1個自分の中にメモしていく感じです。
例えばエレベーターで会った時に「いや、今日も暑いっすね~」と言ってみたらうまくいった、とか。コミュニケーションが得意な同僚が上司に対して言っていたことを「あ、これは使えるなぁ」とメモしたり。
あとは、映画やアニメのやり取りや、芸人さんのラジオや番組を見て「あ、こういうふうにやれば笑いが生まれるのか」とかを1個1個貯めていく感じですね。