本企画、「キャリアをピボットした人の哲学」では、インタビュイーにこれまでの人生を折れ線グラフで振り返っていただき、その人の仕事観や人生観を深掘りしていきます。
今回は、『移動する人はうまくいく』著者で、これまで編集者として数々のベストセラーを手掛けられた長倉顕太氏に、今までの人生を振り返っていただきました。本記事では、「今の仕事がおもしろくない」「仕事は順調だけど満足しない」という人に向けて「移動すること」の重要性を語ります。
成功する・しないの差は、ほとんど「時間」と「場所」が違うだけ
——前回、ベストセラーを手掛ける編集者として活躍された後、独立されていろいろな事業をされてきた経緯をうかがいました。今後のキャリアはどのように考えていらっしゃいますか?
長倉顕太氏(以下、長倉):ここ5年ぐらいは、スタンフォード・オンライン・ハイスクールという、スタンフォード大学がやっている高校の校長先生のプロデュースをやっています。やはり教育分野にやりがいを感じていて、一昨日も中学校に講演に行っていました。学校への講演はノーギャラ・ノー交通費でやると決めているので、そういう学生向け、もしくは20代向けの活動をやっていきたいなと思っています。
——若者向けの活動に注力されているのはなぜですか?
長倉:やはり50歳から人生を変えるって、けっこう大変なんですよ。僕も28歳まで適当にやっていたけど、出版社に入って本を書くような人たちと直接会うことによって、自分の人生が変わっていきました。あとはここ10年でセミナーをけっこうやるようになって、いろんな人に会うんですけど。やはり世界が狭くて、物事を知らないからうまくいっていないという人が多いんです。
(成功する・しないの差は)ほとんどの場合が、「時間」と「場所」が違うだけなんですよ。例えば「職場が合わない」というのは、ただ単に場所が悪くてうまくいっていない。その人がそこに合わないだけであって、他のところへ行けばうまくいく可能性があるわけです。
あと時期ですね。
『移動する人はうまくいく』は5年前に別のタイトルで出している本なんですけど、それは売れていないんです。僕が昔手掛けた『怒らない技術』というシリーズ100万部ぐらいまでいった本も、その2年ぐらい前に違うタイトルで出しているんですよ。
つまり、『移動する人はうまくいく』だって、3年後に出していたら、たぶん売れていない。結局世の中って、本人がどうのこうのというよりは、時間と場所が合うかどうかだけなんだということを伝えたいです。
だから今うまくいかないとしたら、場所か時間が悪いというだけなのに、みんな人生をこねくり回しているんです。時間だったら待つことも重要かもしれないし、場所だったらどんどん変えればいい。『移動する人はうまくいく』の中でも、「どんどん自分の合う場所に行けばいいじゃないか」と言っています。
「今の仕事がおもしろくない」という人はすぐ辞めるべき理由
——なるほど。20代の方からよく聞く悩みや、それに対するアドバイスはありますか?
長倉:一番よく聞く悩みは、「好きなことで仕事をしたい」とか「やりたいことがありません」というものです。でも、この2つに関しては本当にどうでもいい話なんですよね。まずやりたいことなんか要らないし、好きなことで稼ぐ必要もないんですが、「やりたいことがなきゃいけない」と思い込まされているんですよ。

僕だって別に、やりたいことがめちゃくちゃあったわけじゃないし、今だって、やりたいと思っていることが本当にやりたいことかすらわからないわけです。だから長期的な目標なんて本当に要らないんだと伝えていますね。
僕が関わっている人たちって、どっちかと言うと大手の商社に入るようなトップエリートみたいな人たちではありません。
そうした時に、今は人手不足なので、はっきり言って選ばなければ仕事はいくらでもあります。今後も日本はどう考えても人手不足が深刻化するので、例えば今の会社を辞めて僕みたいにブラブラしたあとで社員になろうと思っても、同じレベルのところで働けるはずなんですよ。「だったら、20代でいろいろチャレンジしたほうがおもしろいんじゃない?」と伝えたいですね。
もちろん、今の会社がおもしろいんだったら、そこで圧倒的な成果を出せばいいわけです。でも、「今の仕事がおもしろくない」とか「職場が嫌だな」と思っている人はすぐ辞めて、20代だったらバイトでもいいと思います。
「定住」という考えを手放す
——書籍の中でも、安定した場所での「定住」を手放すのが大事だとおっしゃっていましたね。
長倉:人間は同じことをし続けていると、何も考えないでできるようになってしまうんですね。何も考えないでできるってことは、簡単に言うと、何も感じないってことなんですよ。通勤でも、初めて行く時は「どうやって行こうかな?」とか考えながら行くわけじゃないですか。
でも何度も通勤するうちに、何も考えずに会社に着いてしまう。それってけっこう怖いことだなと思っています。マンネリ化して何も感じられない人間になってしまうと、やりたいことも、好きなことすらわからない。
SNSを見て「好きなことがなきゃいけない」「やりたいことがなきゃいけない」という強迫観念を持ってしまう。それで、いい生活をしている人を見て「私もこういうふうになりたいのかも」と勘違いしていくわけです。
だから自分の感覚を研ぎ澄ませるという意味でも、時々行ったことがないところや外国に行くとセンサーが敏感になるというのはすごくあります。僕はアメリカとかはちょくちょく行きますけど、普通に危険ですからね。街を歩いているだけでもかなり警戒しなきゃいけないので、感覚が鋭くなってくる。
そもそも、僕だって日本のほうがぜんぜん楽しいし快適なんですよ。おっさんだし、背もそこそこあるし、どこか店に行ったって丁寧に扱われて、嫌なこともされない。
一方で、僕は英語も大してしゃべれないから、アメリカに行ったら人種差別もされるし嫌な思いをさせられることもある。でもそうするとやはり、自分の中でいろいろ考えるものがあるんです。だから時々アメリカとかに行って非日常を体験しないと、日常のありがたさに感謝できなくなっていくんですよね。
日本で普通に暮らしていたら、そういう嫌な目とかに遭わないから、本当にただボケていくだけだなと思います。
「仕事はそれなりに順調だけど満足しない人」への処方箋
——長倉さんとしては、安定したところに居続けるのが怖いという感覚なんですね。
長倉:そうですね。やはり生きている感じがしないというか、今でも怖いですよ。例えば一般の人に向けて本を書いているのに、自分はもう10年以上、いわゆる一般の人と違う生き方をしているわけじゃないですか。
そうすると、「その人たちの感覚とかを、本当に俺はわかっているのかな?」という恐怖もあります。だから、常にそういうセンサーには敏感でいたいと思うんですよね。
例えば一般のビジネスパーソンでも、そのまま同じ仕事をずっと続けていたら、つまらない人生になってしまうのではないでしょうか。「仕事はそれなりに順調だけどなんとなく満足しない」という人が増えると思います。
今AIが進化していく中で、自分が必要とされていない感覚とか、アイデンティティの危機を抱き始める時代だと思うので。そのためにも、やはり自分のセンサーを常に研ぎ澄ませていれば、おもしろく生きられるんじゃないかなと思います。