【3行要約】・初任給アップや豪華な福利厚生を揃えても、社員の心はつなぎとめられません。良かれと思った「手厚い待遇」が、実は現場のニーズと決定的にズレている可能性に気づいていますか。
・労働社会学者の常見陽平氏は、部下の意欲を削ぐ最大の要因は「下手な面談」にあると断言します。上辺だけの1on1を繰り返すのではなく、リモート下でも「監視」ではなく「観察」を通じて味方だと思われることが重要だと説きます。
・「全員がフルコミットする」という昭和の幻想を捨て、やる気の有無にかかわらず成果が出る組織をどう設計するか。個人の意欲に依存しない、これからの時代のマネジメントポリシーを再構築しましょう。
前回の記事はこちら 福利厚生を厚くしても、人はつながらない
——先ほど、人が組織と何を軸に結びつくのかが大事だとおっしゃっていた一方で、福利厚生を厚くする流れは、少し本質とずれているようにも感じました。
常見陽平氏(以下、常見):そうですね。それが必ずしもマッチしていないのが現状だと思います。お給料が上がるのはいいことだという前提で、新卒初任給や中途採用の給与が上がったり、福利厚生が充実したり、働き方が柔軟になったりしています。
ただ大事なのは、従業員や求職者が何を求めているのか、という点です。ひとつに絞れるものではなく、職種やタイプによっても違います。それぞれが何を重視しているのか、何が揺らぐと会社を辞めるのかは、強く認識しておくべきです。いくら手厚くしても意味がない場合もあります。
デートと一緒で高級レストランでご馳走したり、素敵なプレゼントを渡したりしても、「そこじゃない」と思われることがあるでしょう。むしろ、部屋でチューハイを飲みながら穏やかに過ごすほうがうれしい、ということもある。それと似ています。
恋人関係に限らず、友人関係でも同じです。「期待しているのはそこではない」というズレが重要です。どの理由でつながるのか、どのポイントが満たされれば期待されたパフォーマンスを発揮できるのかを見極めることが大切です。
部下の意欲を削るのは、下手な面談である
——管理職にフォーカスすると、「静かな退職」が固定化する背景には、日々のマネジメント運用も影響しているのではないかと感じています。先ほど部下をよく観察することが大事だというお話がありましたが、マネージャーが無自覚にやってしまいがちな、部下の意欲を削る運用にはどのようなものがありますか。
常見:そこが問題なんです。それによってマネージャーの負荷が非常に高くなっているのが、日本社会の現実でもあります。マネージャー自身が労働時間や心身の負担に耐えられるかという前提で話すと……。
まず、面談が下手です。「本音を話してくれ」と言ったり、上から「毎週1on1をやれ」と降りてきたりしますが、そのやり方や聞き方がうまくない。
そもそも、会社に自分のすべてをさらけ出すかという問題もあります。今の若者は、家族や友人、恋人に対してもすべてを見せているわけではありません。それなのに、会社でそれを求めるのは少し傲慢です。
1on1で打ち解けたと思っていたのに、1週間後に退職代行から連絡が来る、といった話もあります。都市伝説のようですが、起こり得ることです。
ただ、相手の価値観や困っていること、なぜこの会社にいるのか、辞めない理由は何かを理解することは重要です。会社としてのビジョンや行動規範があっても、それを押し付けてはいけません。一緒に働いてくれている理由を考えるべきです。
今は合わない人を無理に引き留めるのではなく、自然に辞めていく時代になっています。面談が無意味なのではなく、やり方が下手なことが問題です。相手の本音を引き出す力、特に観察する力が重要です。
口で言っていることと実態は違います。「やっているつもり」と「実際にできているか」は別です。それをどう伝えるかが重要で、頭ごなしでは伝わりません。基本として、2つ褒めて1つ指摘するような伝え方が有効だと思います。
リモート時代に必要なのは「監視」ではなく「観察」
——働き方が多様化し、リモート前提になると、対面より情報が少なくなると思いますが、その観察力は、どうすれば身につくのでしょうか。
常見:おっしゃるとおりで、難しくなっています。リモートだけだとストレスが溜まることもあります。ただ、その人のアウトプットの癖や判断の傾向は見ておくべきです。
——具体的にどうやって傾向を見ればいいでしょうか。
常見:例えば、企画書を急いで仕上げようとするのか、前例を踏襲するのか、ミスの傾向、過剰に力を入れる場面など、強みや癖はリモートでも観察できます。
観察できないからといって、「常にカメラをオンにしろ」といったハラスメント的な対応や、「必ず出社しろ」というのも適切ではありません。
その中で想像力を働かせることが大切です。「この人はこのプロセスでつまずきやすい」「この場面では過度に慎重になる」といった傾向を理解することです。
自己開示より、「味方だ」と思われることが大事
——観察して理解するという点で、マネージャー自身の自己開示は必要でしょうか。
常見:スタイルによります。自己開示が機能するなら良いですが、やりすぎる必要はありません。意図的に演出するような自己開示は、かえって不自然になることもあります。
重要なのは、自己開示そのものではなく、「この人は味方だ」と感じてもらえるかどうかです。
そのためには、その人が気持ちよく働ける環境を用意できているかが重要です。不要な仕事を減らせているか、困った時に支援できているかが基本です。
また、その人がマネージャーに何を求めているのかを理解しているかも大事です。放置に近い関わりを望む人もいれば、細かく見てほしい人もいます。
個々人の癖や課題を理解し、その人が力を発揮できる環境をつくれるかどうかが、今のマネージャーに求められています。
——簡単なことではないですよね。
常見:簡単ではありませんが、特別難しいことでもありません。「何に困っているのか」を考えることです。
やることが不明確、雑務が多い、ノイズが多い、苦手な業務を担当しているなど、困りごとはさまざまです。そこで「これはやらなくていい」と言えるかどうかが重要です。
また、人間関係に問題がある場合は間に人を入れるなど、環境を調整することも必要です。場合によっては配置転換も選択肢になります。
「静かな退職」を機に、フルコミット前提の組織運営を見直すべき
——管理職や人事の読者に向けて、静かな退職を単なる問題としてではなく、組織を見直す機会にするための視点があれば教えてください。
常見:これまでの組織運営や人事体制、マネジメントポリシーが妥当だったのかを問い直してほしいですね。
そもそも、静かな退職の有無にかかわらず、少ない人数でさまざまな事情を抱え、能力や意欲にも差がある中で成果を出さなければならない時代になっています。そう考えると、静かな退職があってもなくても、対応すべきことは大きく変わらないのではないかと思います。
これまでの前提、つまり主に男性中心で、残業や全国転勤をいとわず、家庭を犠牲にしてフルに働くことが前提とされた組織は、今後は成立しにくいでしょう。
やる気のある人もない人もいる。言われたことを着実にこなす人もいれば、想像力を発揮する人もいる。そうした多様な人材を前提に、組織と人事の設計を見直すことが重要です。
その意味では、やるべきこと自体はこれまでと変わらないのかもしれません。ただ、「これまでが本当に普通だったのか」は問い直す必要があります。
誰もが成長やフルコミットメントを求められ、競い合い、生き残ることを前提とする環境についても、「環境が厳しいから仕方ない」と片づけるのではなく、それ自体が異常だったのではないかと考える視点も必要です。
また、個人に責任を寄せすぎて、組織の設計に目が向いていない点も問題だと思います。個人の意欲を高めることも重要ですが、能力が高く、成長意欲が強い人を前提とした組織設計や運営からは脱却していくべきだと思います。