【3行要約】・「静かな退職」は若手だけでなく中高年層にも広がっているが、特に「働かないおじさん」問題には深刻な構造的課題が潜んでいます。
・役職定年で立場を失った50代後半の世代は、給与半減と仕事の減少により「会社も自分を求めていない」と感じるようになってしまいます。
・日本企業は効率性だけでなく、仕事の意味と目的を共有する対話の文化を取り戻すことが急務となっています。
前回の記事はこちら 「働かないおじさん」を生む、役職定年と居場所の喪失
——先ほど、「静かな退職」は若手だけでなく幅広い層に広がっているとうかがいましたが、どんなふうに考えて、「静かな退職」に至ってしまうのでしょうか。
高橋克徳氏(以下、高橋):若い世代に聞くと「別の会社に行こうかな」と考え始めて静かな退職を選ぶ人がけっこう多い気がします。逆にもうちょっと上の人たちは、家族ができたりすると、なかなか動けないというのもあるし。5年~10年仕事をしてきて「こうやればうまくいくな」というのが見えてくると、それを壊してまで転職するのが難しくなるんですね。
お給料がある程度もらえるようになってきて、「このぐらいでこうやっていけば私生活とバランスが取れる」とわかったら、むしろ今の状態を維持したほうがいいと。どこか迷いながらも、そういう判断で「静かな退職」をする人もけっこういるんじゃないかなと思います。
——確かに若手だったら、早く次のところに行ってまた新しく学び直せばいいと思えますが、ある程度キャリアがあると辞める一歩が踏み出しづらいというか。冒頭でお話しした「働かないおじさん」問題は、そういった後者のタイプなのでしょうか。
高橋:私もそろそろ60歳が見えてきたので、周りを見ていると、50代後半とか60歳ぐらいの人たちが役職定年で外れて、シニアとして60歳から再雇用されていたりします。でも実際働いてみると、給与が半分ぐらいになったりして厳しいんですね。
やっていることはあんまり変わらないけど、立場はぜんぜん下なので、やるべきことがどんどん減っていく。こういう人たちは気持ちも折れているから、「働かないことを選んでいる」というよりは「会社も(自分が)働くことを求めていないんだろうな」みたいに思い始めているんですね。
だから、本当にやる気がある人のやる気も削いでいるかもしれないですよね。最近は役職定年をなくそうとか、65歳ぐらいまではみんながんばって働こうよ、という動きになってきましたけど。
結局、役割とか階層によって仕事の責任もやりがいも変わる、という状況で育ってきた人たちからすると、立場が変わることによって自分のやりがいが奪われていく。そこで居場所を見失う人は、私の周りにもけっこういますね。
仕事の意味を見失わせる「閉じこもった働き方」
——あらかじめ役職定年が決まっていると、そこが自分の中のゴールとなって、役職定年が見えてきたら働き方をセーブしてしまうところもありそうですよね。
高橋:そう。だから根幹には、人が何があれば生き生きできるかという問題があります。仕組み上、お金とポジションに縛られて生きてきた人たちがたくさんいるわけです。立場とか居場所とか、そういうもので生き生きする人ですね。
でも今、「管理職になりたくない問題」と言われるように、管理職になると負担が大きく責任は重い、でも見合うだけの給料がもらえない、しかも一定の年齢になったら降りてくれと言われるとなると、出世することで幸せになれると言えるのかな、と。
階層型の組織で育ってきたから、そこしかゴールが見えていなかった人からすると、これからAIで仕事の仕方も変わっていく中で、やりがいが見えなくなっている。若い人が入ってきてやりがいが見えないのと一緒で、上の人は上の人たちで、この仕事をやっていてどういう意味を持つのかが見えなくなってきているんです。
だから、閉じこもって身の回りの仕事をやっていると、仕事の先にあるお客さんとか社会とか、そことのつながりもどんどん希薄になっていく。自分がこの仕事をやっていて「本当に認めてもらえているな」とか「必要とされているな」という実感がなかなか持てません。
何のために仕事をしているのか、その仕事をやることで誰がどう喜んでくれて、そこにどんな意味を持つのかがわからないまま仕事を続けていると、その仕事が自分にとってどんな喜びの源泉なのかがわからなくなってしまう。
その状態で50歳ぐらいになると、今度は管理職という立場で部下がいることが自分の位置づけであり喜びだったりする。そうやって目の前の部下をマネジメントすることが仕事だと思ってきた人は、立場が変わるとガラッと大事なものを見失ってしまうかもしれません。
一方、本当にやりがいを持っている人は、たぶん仕事の品質にこだわっていたり、その先のお客さんのためとか、社会を変えているんだ、ぐらいに思っていたりしたら、たぶん簡単には折れないと思うんですね。
かつての日本企業は、知識を創造する「感情が流れる場所」だった
——マネージャーとして部下育成をがんばってきた上司は、近年部下との関わりが減ってしまったことで、仕事のやりがいを見出せなくなったりするんですね。
高橋:部下と深い関わりを持つ人は、部下が困っていることや悩んでいることに寄り添いながら、その人が成長していることが喜びに変わったかと思います。そのぐらいの関係性をしっかり作っていた人からすると、その経験は絶対その先に活きるはずです。誰かとちゃんと向き合って、その人のために何かをするという行為が、何かが返ってくるという実感になる。
でも、いわゆる1on1をやって進捗管理をして成果を評価するだけだと、そこに流れるのは情報だけで、感情的なやりとりがあまりない。そうすると信頼関係ができなかったり、部下ががんばったことを自分のことのように喜べなかったりして、そこから得られる自分の仕事観みたいなものが育っていかないんですね。
——では、管理職も自分の中での仕事のやりがいをなくさないために、部下との関わりや職場での取り組みを工夫する必要があるのでしょうか。
高橋:根本的には、会社という場所が本当はもっと良い感情が流れる場所だったはずなんです。がんばっている人が「よくがんばってるね」「すごいね」「助かったよ、ありがとう」と言われたり、上司が部下を見て「よくやってるじゃん、うれしいよ」と言ったり。そういう感情が流れる場所だったものが、感情を排除してしまった。効率的に働くことや成果を出すことが優先され、人の捉え方も大きく変わりました。
もともと人は会社を一緒に作る仲間、もっと前は家族だったんです。それがバブル崩壊後は、人を成果を出すために必要な機械の部品、あるいはコストと見なすようになってしまった。人は成果を出すための資源や材料という捉え方に変わって、会社に一緒に参画して作っていく仲間という感覚が失われていったんだと思います。
「何のためにやるのか」を話し合わない日本企業の課題
高橋:「見合う成果を出してくれたら報酬を出すよ」という、ある意味契約関係になった。当時はやらなきゃいけないことだったのかもしれないし、アメリカ的な資本主義の発想を持ち込んだわけですね。
——日本企業がジョブ型的な発想を取り入れるようになっていったんですね。
高橋:そうですね。でも、じゃあアメリカのシリコンバレーがそういうことをやっているかというと真逆ですよ。一緒になって考えるチームワークをすごく大事にしています。野中郁次郎先生が1995年に『知識創造企業』という本を日本から海外に出したんですが、それが海外ですごく広がっていったんです。
会社という場所は、みんなが経験したことを対話しながら形式知に置き換える。暗黙知である経験や体験を対話する中で言語化し、ノウハウに変えていく。その中でみんなで学び合いながら組織は成長する場所だと。
そういう場所として会社があるんだと提示して、アメリカでは逆にそれが「すごい」と広がったんです。知識創造の場所として、もっと対話をして知恵を出し合い、ディスカッションしながら物を作っていくという世界観が回った。
でも日本はバブル崩壊後、「個人がちゃんと貢献もしないでお給料をもらっているのはおかしい」と。「あなたは何をやるんですか」「どんな成果を出すんですか」とやりすぎてしまって、むしろ閉じこもっていく人たちをたくさん作ってしまいました。
——今お話を聞いていて、従来の働き方から役割を明確にしていったことで個々人が「ここまでやればいい」という線引きをするようになっていった側面もあるのかなと思いました。今、海外でもリモートから出社に回帰する動きがありますが、チームワークを大事にする考え方が強まっているのでしょうか。
高橋:バランスをちゃんと取ろうとしているということですね。一人ひとりの効率性を失わせるわけではなく、むしろAIなどを活用して個人が効率的に働ける仕組みを作っていく。でも、やればやるほど「何のためにやるの?」とか「一番大きな課題は何かな?」「どうやって解決しようか?」ということは、人がちゃんと話して知恵を出し合い、思いを重ねて決断しなきゃいけない。その部分と、効率的に進める部分のバランスをうまく取っている気がします。
日本は個人個人の効率に任せていって、「この仕事って誰のため?」とか「その先にどんな社会を作ろうとしてるの?」みたいな話し合いを会社の中ではほぼすることなく、与えられた仕事だけを回している。目的を考えることをあまりに排除してしまったというか、やらなくなってしまったんです。
参考サイト:
『静かに分断する職場 なぜ、社員の心が離れていくのか』高橋克徳/著(ディスカヴァー・トゥエンティワン)