【3行要約】
・ワーク・ライフ・バランスは浸透したものの、人によって捉え方が異なり、特定の人への優遇感から職場の分断が生まれています。
・大島由佳氏によると、日本では少子高齢化対策として政策主導で広まったため、子育て・介護に限定的に捉えられがちです。
・理由を問わず誰もが気兼ねなく休みをとれる制度や業務運営の仕組みが、みんなのワーク・ライフ・バランスの実現につながります。
ワーク・ライフ・バランスの歴史と、日米での広まり方の違い
――高市早苗首相の発言をきっかけに、「ワーク・ライフ・バランス」という言葉があらためて注目されています。そもそもワーク・ライフ・バランスはどのように生まれ、どう広がってきたのでしょうか。
大島由佳氏(以下、大島):ワーク・ライフ・バランスの歴史をたどると、アメリカが発祥です。アメリカの場合は主に民間企業主導で女性の社会進出が進みました。
1980年代にアメリカで失業率が高まる中で、女性も稼がなければ家計を支えられない状況になり、女性が貴重な労働力となりました。そうなると、子育てや家庭との両立が重要になり、企業が「ファミリー・フレンドリー施策」を打ち出し、ワーク・ファミリーという概念と並行して広がっていきました。
その後、必ずしも家庭だけではなく「ライフ」、つまり人それぞれの個人の生活、例えば友人関係なども含むというように、広がりを持ってとらえられ、「ワーク・ライフ・バランス」という考え方が浸透していきました。
日本では、2007年の「ワーク・ライフ・バランス憲章」が、言葉として広まる一つのきっかけになっています。その前の段階でも、女性の社会進出が進む中で「仕事と生活の調和」や「両立」については政策や法令の中で言及されていました。
しかし、ワーク・ライフ・バランスという言葉として広まったのは、やはり2000年代に入ってからです。また、日本の場合は少子高齢化という文脈で語られることが多く、政策として広まっていった側面が強いです。主に民間企業主導で進んだアメリカとは異なり、日本ならではの課題として少子高齢化の文脈で広がったという特徴があります。
出典:平澤克彦・中村艶子 「ワークライフ・インテグレーション―未来を拓く働き方―」(ミネルヴァ書房、2021 年9月) 「対立」か「統合」か、人によって異なる“バランス”の捉え方
――同じ言葉でも、人によって解釈が違うように感じます。現場で誤解されがちなポイントはどこにあるのでしょうか。
大島:まさに、人によって捉え方が違うという点です。特に最初の頃は「バランス」という言葉から、ワークとライフが二項対立的に衝突するものであり、「2対8」にするのか「7対3」にするのかというように、全体を10として分け合うものだという捉え方が多かったです。
現在、ワーク・ライフ・バランスという言葉を使いながらも、人によってはワークの充実がライフにもつながり、またライフの充実がワークの充実につながると考えています。その考え方を指して「ワークライフ・インテグレーション」という言葉が使われることもありますが、まだ浸透しているとは言えません。
ワーク・ライフ・バランスという言葉を使いながらも、ワークの充実がライフにもつながると考えている人もいれば、ライフを充実させるためにはワークを犠牲にせざるを得ないというように、両者が衝突するもの(コンフリクト)と捉える人もいます。このように、人によって捉え方が違うのが現状です。
――ワーク・ライフ・バランスという言葉自体は、かなり社会に浸透していると思います。その上で、現場から見える実情と、まだ解消できていない課題があれば教えてください。
大島:最近、論文や研究ベースでも興味深い指摘があります。それは、ライフを充実させるために短時間勤務を希望したとしても、それをずっと続けたいとは限らない、といった点です。長いキャリアで見た時に、ワーク・ライフ・バランスのあり方は個人の中でも変化しますが、その長期的な視点がまだ十分に持たれていないことが課題です。
また、特に日本では「ワーク・ライフ・バランスといえば子育てや介護」というように、限定的に捉えられがちなことも課題の一つです。冒頭で、アメリカでは家庭だけでなく個人の多様な生活を想定しているとお話ししましたが、日本では政府がワーク・ライフ・バランスの対象は老若男女を問わずすべての国民としているものの少子高齢化の文脈で推し進めたこともあり、狭く捉えられがちです。
それ故に、「子持ちさま」のような言葉が出てきてしまうのです。特定の人が優遇されていて自分は負担を強いられるように感じる、といった分断が生まれる背景には、このような事情があると考えています。「この人は配慮されているけど、そのために自分が負担を受けてしまう」という構図になりやすく、「この人とあの人」という対立を生んでしまう。今後は、ワーク・ライフ・バランスは「みんなのことだ」という共通認識を育てていくことが必要だと思います。
休暇の制約を取り払い、「お互いさま」の風土をつくる
――ワーク・ライフ・バランスは特定の人だけでなく「みんなの問題だ」という共通認識を持つためには、どうすればよいのでしょうか。
大島:非常に難しい問題ですが、一つは、育児など何らかの理由がなくても利用できる休暇制度を新たに設けることです。特定の事情がないと、ある種の休み方・働き方ができない、といった制約を取り払うことがまず挙げられます。
そうすることで、「自分もこういう働き方をしていいんだ」という経営からのメッセージにもなります。例えば、サバティカル休暇のように、理由を問わずに取得できる制度です。学習目的で休暇を取ってもよいですし、特に目的がなく少し長く休みたい場合でもかまいません。
本来、有給休暇も理由がなければ休めないものではありませんが、休みづらい雰囲気があるのも事実です。まずはふだんから有給休暇をきちんと取れるものにするのが前提です。それに加えて、理由を問わずに選択できる休みが実際に広まることが、一つの解決策になると考えています。
――休暇の制約を取り払うという点について、現在、一人ひとりに合わせた働き方を推奨する企業が増えています。ワーク・ライフ・バランスを充実させるために、新しい休暇制度を設ける企業も多いですが、そうしたものとは別に、理由を問わないサバティカル休暇のようなものを持つ方がよいということでしょうか。
大島:会社の戦略にもよりますが、例えば子育てによる離職率の高さが最優先課題である企業なら、子育てしている人が必要としている休暇制度など、まずはそこに向けたメッセージを強く打ち出すことは有効だと思います。一概には言えません。
ただ、理由を問わずに取れる休みがあることは重要です。その点で言えば、有給休暇をいかに気兼ねなく休めるものにするかは、どの企業でも共通して取り組めることでしょう。そうすれば、事情があって休む人も「みんなが普通に休みたい時に休んでいるのだから、自分も休みやすい」と感じられるようになります。「事情があって休む人と、事情がなくて休みづらい人」という二項対立の構造をなくすという意味で、非常に有効な方法です。