【3行要約】
・「成長したいから、もっと働きたい」という若手の声は多いが、その裏には収入不足・成長願望・評価への不安という3つの本音が潜んでいます。
・ワーク・ライフバランスコンサルタントの小室淑恵氏は「ビジネス人生の85%は長時間労働できない時期」と指摘し、時間外労働に頼らない成長戦略の必要性を説きます。
・マネジメント層は若手に「戦略的な苦労」をさせ、AIなど時間以外のリソースを活用した持続可能な働き方を教えることが重要です。
ワークライフバランスよりも「もっと働きたい」と言う若手
——昨年は高市首相の「ワークライフバランスを捨てる」発言もありましたが、現場には、「成長したいから、あえてハードワークしたい」という若手や部下もいます。この意見に対して、小室さんご自身はどう思われますか。
小室淑恵氏(以下、小室):これは、ちょうど先日「持続可能なハードワーク」のセミナーで、また経営者の方からのご質問があったので、経営者勉強会でも取り上げました。今、「若い人自身が『もっと働きたい』って言うんだけど」というご相談が、非常に多いなと思っています。
しかし、マネジメント層や経営者が若手のことを本気で思うのであれば、まずその言葉の奥にある真の課題をしっかりヒアリングするべきかなと思っています。私たちが3,600社をコンサルしてきて、「もっと働きたい」という発言の後ろにあるのは、だいたい大きく3つの理由があります。
1つ目は「お金が足りないです」ということです。収入が足りないからですが、その時に「残業代しか自分には稼ぐ手段がない」と思い込んでいるのです。時間外労働で収入を増やしたいという発想ですが、これに応えていくべきではありません。
本来、経営者であれば基本給を上げることをしっかり考えていくべきです。残業代で稼ぐことを奨励していくと、いわゆる「生活残業」というお金を稼ぐための残業志向を強化してしまいます。これはどの経営者も強化したいとは思っていないはずです。本人の思考をお金を稼ぐために時間給を稼ぐという方向に強化してしまうので、決して良い方向じゃないですよね。
「疲労感」を「成長」だと勘違いさせてはいけない
小室:そして一番多いのが2つ目のパターンで、今回ご質問いただいたのはこれを想定しているんだと思うんですけれども、「成長したいから」と言ってくれているケースです。これについては、成長感に酔わせないことが非常に重要かなと思います。
睡眠を削って量をこなすと、成長感は出るんです。「これだけ疲労したのだから成長したのだろう」と、疲労と成長を結びつけて考えてしまうからです。
ところが実際には、コンサル先で「若手の成長感が低い職場」に共通しているのは、情報共有が不足している職場なんです。
若手は、自分に情報がないと、むやみやたらに時間をかけて経験を積もうとしてしまいます。特に、成果を出している先輩の仕事のやり方や内容がわからない場合です。成果を出している先輩が、そのやり方についていつでも情報共有をして若手が真似しやすい状況にしていたり、管理職が自分の時間を若手の育成に当てていたりすると、若手は早く成長できます。
若手の成長感が低い職場は、決して若手ががんばっていない職場ではなく、マネジメント層が情報共有や育成に時間を使っていない職場が多いんです。情報のない中で海に漕ぎ出していって、いろんな方向に努力をしないと1ミリも成長できないような、非常に効率の悪い苦労をさせてしまっています。ただ、それがとても疲れるので、本人は「成長感」を得ているんですね。
10段階のうち9まで教え、最後の1段でトライアンドエラーさせる
——成長感はあるけれど、実際にはしなくていい苦労までしているというのは、非効率ですよね。具体的には、どのような教え方をすれば若手が成長できるのでしょうか?
小室:そうですね。こういう状態を作るのは、本当の成長にはまったくつながっていません。成長感に酔わせるのではなく、一番基本的な情報についてはどんどん共有してあげて、育成にも時間を使ってあげる。イメージで言うならば、10段階のうちの9ぐらいまでは非常に基本的な情報なので、さっさと渡して指導もして登らせてあげるんです。
そして、9から10の一番難しいところに本人の業務時間中の時間をしっかり使わせてあげて、1レベルアップさせる。階段を上るのに10のステップがあるとしたら、今までは情報共有も指導もしないために、1から4ぐらいがなかなか登れず、この段階で1〜2年かかるようなことが起きていました。
しかし、「1から9まではこうやって登るんだよ」と教えて、最後の1段、最もスキルが必要で難しいところに自分で何度もトライアンドエラーをさせて、確かな技術としてワンステップ上げていく。そういう成長のさせ方をすることが重要です。
これは、人件費が高く、時間外労働ができない社会だからです。本人の意欲と関係なく、人口構造上、時間外労働ができない人だらけの社会になってきた時には、戦略的な苦労をさせなければいけません。それなのに、自分が育った頃の、いろんな階段をむやみやたらと登って「やっとこの階段だ」と見つけるようなやり方を、同じようにさせていませんか、ということです。
「もっと働きたい」と言う部下が抱える不安
小室:そして3つ目は、これも意外と非常に多いんですが、「もっと働きたい」と言うことが評価につながると思っているケースです。評価されたいからその発言や行動をしている。社内に長時間労働が評価される風土が残っている証拠です。
自分が評価されていない不安感が強く、きちんとしたフィードバックが常日頃からもらえていないのです。上司が部下の観察をし、成長した変化の差分をフィードバックすることがなされていない方は、自分が評価されているかどうかが非常に不安です。一方で、社内では長時間やっていることが評価につながる事例がまだまだ多いとなると、「自分はそれができるほうの人間です」「まだまだ働きたいです」と口に出していく方は非常に多いです。
この「もっと働きたい」発言は、明らかに長時間労働タイプの先輩の前でよく行われるトークなんです。ぜんぜん残業していない管理職や先輩にそういう発言をする部下は、ものすごく少ない。ということは、同じ人間でも、どちらのリーダーの前で発言するかで内容が違うということです。
「もっと仕事に時間を使いたい」と言っている時、それは「このリーダーの下だったら評価につながるに違いない」と読んでいて、評価されたいから言っている部分があります。この3点が本当の課題ですので、きちっと評価されている実感を持てるようなフィードバックをすること、情報をきちんと共有して低レベルなことで右往左往させないこと、基本給で生活ができる状態をビジネスモデル上設定していくこと。これらが日本社会にものすごく今、足りていないわけです。
——なるほど。管理職自身は「『もっと働きたい』って言っているから」と真に受けるのではなく、今の職場の雰囲気や、どうしてそういう発言が出るのかを見直す必要があるのかなと思いました。