どんな意義があるのかを伝える「ビジョニング」
——お互いが尊重しあうコミュニケーションが大切なんですね。逆に、目標設定の中で、メンバーのやる気を削いでしまうマネージャーの良くない行動についてはいかがでしょうか。
沢渡:「とにかくいいからやれ」という、一方的な押しつけは良くないですよね。もちろん、すでに合意していた内容に関して一切行動がないのであれば、「それは約束なんだからやってください」という主張は合理的だと思います。
しかし、相手が腹落ちしておらず、目的も理解していない。何のためにやっているのか、何のためになるのかわからないものを、「とにかくいいからやれ」というのはマネジメントとして雑かつ一方的過ぎます。
ですから、目的を説明したり、その仕事を通じて組織にどんな意義をもたらすのか、あなたにとってどんな意義があるのかを伝える必要があります。これは「ビジョニング」と言いますが、目的・背景の理解に基づいた丁寧な伝達からやっていくことが大切です。
ほかにもいくつかあります。何も前提条件を示さずに、あるいは組織としての支援をせずに一方的に押しつけ合う目標設定ですね。
それを達成するためにどんな知識が組織にあるのか、誰に聞いたらいいのか、誰を頼ったらいいのかも示さない。使える予算や時間も示さないまま、「とにかく走りなさい」というのはあまりに無責任です。
これはまさにエンパワーメント(マネージャーが持つ権限や裁量の一部をメンバーにシェアするマネジメント手法)の話ですが、権限委譲だけではありません。
「その目標、そのゴールを達成するために、組織としてこのような情報を提供できます。このようなお金を使っていいです」というように、ゴールを達成するために必要なリソースなどを示していく。場合によってはお金も付けるとか。こうした部分がない状態で「答えを出せ」というのは、組織としてあまりにお粗末ですよね。
体験と振り返りを通じて目標そのものを修正する
——実際に支援されている中で、目標設定を変えたり、やめたことで改善した事例はあるのでしょうか?
沢渡:新規事業の方向性を変えた事例はあります。特に新規事業は、まだ世の中にないものにチャレンジしますから、答えが見通せない部分があると思うんですね。
例えば、やり方に固執し過ぎるとうまくいかないことがあります。ある事例でお話しすると、BtoCで個人向けに商材を売る新規事業を立ち上げようとしましたが、実際にやってみたら、むしろ代理店や法人に販売するほうが売りやすく、受けがいいことがわかりました。
そうすると、数字の目標は変えないか、あるいは少し調整しながら、「個人向けは諦めます。法人向けに変えます」と、そもそもの目標自体を変更するわけです。
これは何かというと、未知のテーマに向き合う上で、最初からやり方まで厳密に合意を固めるのではなく、実際に体験しながら修正するということです。(スライドを示して)ここに「体験のデザイン」とありますが、体験し振り返りながら、「向いているか、いないか」「無理があったか、なかったか」を確認し修正していくわけです。
まず体験してみる。ただし必ず振り返りをする。それによって目標自体をアジャイルに、つまり柔軟かつ俊敏に変えていくやり方を取り入れるのもよいかなと思います。
短期的な目標が見落としているもの
沢渡:あともう1つ、大事なことを申し上げたいのが、短期の目標と中長期の目標を分けて考えましょうという話です。
すべての目標を単年度や半期、四半期、単月で設計すると、目先のわかりやすい仕事しかやらなくなってしまうんですよ。例えば新規事業もそうですし、業務改善もそうかもしれません。すぐには成果が出ないけれども大事な取り組みは世の中にたくさんあると思います。
たとえば、今日社外の講演会で聞いた話をもとに、じっくり3年かけてトライアンドエラーをしながら売れる事業に育っていくこともある。これには3年かかるかもしれないし、5年かかるかもしれないわけですよね。すべてを短期の目標だけで縛ってしまうと、こうした仕事は評価されませんし、変化の実感も持てなくなるので、誰も手を出さなくなります。
——いわゆるKPI主義の弊害みたいなものでしょうか。
沢渡:そうです、弊害です。ですから、短期だけでなく中長期の目標も設定することが重要です。例えば、人の育成や新たな体験、スキルアップへの投資などです。あるいは、ふだんとは違う多様な人と対話をしたり、一緒に仕事をしたりする体験を通じて、どう共創体質に進化していくか、といった中長期の目標も設定し、それは単年度の成果だけで評価しないようにします。
3年かけて評価するか、年度によって目標を変えるか、あるいは成果だけでなく、どのような行動の変化があったかといった定性的な変化を目標設定に加える。目標設定の仕方も短期目線ではなく、中長期のものに関しては物差しそのものを変えてください、というお話をしています。
相手の特性を観察して意外性を発見する
——メンバーの目標設定に悩むマネージャー側へのアドバイスはありますか。
沢渡:メンバーとの目標設定の対話を通じて、意外性を発見してほしいと思うんです。
これを私は「おもしろがり力」と言っています。例えば、メンバーが一見突拍子もない目標を言ってきたとしても、「その着眼点、おもしろいね」と受け止める。
あるいは、観察力と問いを立てる力ですね。メンバーの日々の行動をマネージャーが観察しながら、「あなたにはこういう仕事が向いていると思うから、その能力を伸ばす上でこの仕事に向き合ったらどうか?」という問いを立てるんです。
例えば、デザインが得意な方に新しい業務プロセスの整備をお願いするとしましょう。(そのメンバーは)「なんでデザイナーの私が?」と思うかもしれません。
「なぜ私が?」を「だから私なんだ」に変える対話力
沢渡:そこで、こう対話するんです。「デザイナーのあなたには、世の中の人の行動を見抜く力があると思っています。あなたを見ていると、相手が気づかない意外な課題やつまずきポイントをよく指摘してくれる。これを業務設計に活かしてもらったら、たぶん他の人がやるのとは違う、デザイナーの感性を活かした新しいプロセス作りができると思うんです」。
この対話ができるだけで、本人に腹落ち感が生まれたり、「なんで私が?」が「だから私なんだ」に変わったりするかもしれないですよね。
これは相手を観察し、相手と一緒に目標を考える問いを立て、相手の特性と組織の目指すものを関連付け、さらには意外な能力をお互いにおもしろがるということです。言われた本人も「そこを見てくれたんだ」「そこがつながるんだ」といった意外性を感じるかもしれません。
——確かに。メンバーにとっても、気づいていなかった自分の強みがわかるかもしれないですし。
沢渡:そうです。「確かにこの仕事、ちょっとおもしろいかも」とか、「やってみてもいいかもしれない」と思ってくれるかもしれないですよね。
対話によって意外性を発見し合い、思わぬ形で新たな合意形成をしていく。これを実践していくと、目標設定だけではなく、日々の仕事にも深みが出ると思います。