【3行要約】
・上司の「あなたは何がやりたいの?」という問いが、部下には「WILLハラスメント」と感じられることがあり、本音を言えない状況が生まれています。
・経営環境の変化に伴い企業が「パーパス経営」を重視する中、上司自身がWILLの本質を理解しないまま部下に質問するケースが増加。
・WILLとは夢や志ではなく「ベースになる気持ち」であり、常に変化するものと捉え、仮説から行動を始めることで自分の羅針盤を見つけていくことが大切です。
「あなたは何がやりたいの?」と聞いた時の部下の本音
ーー今、上司が善意で「あなたのWILLは?」と問うことが、メンバーに「WILLハラスメントだ」と捉えられてしまうことが少なくありません。こうしたすれ違いが生まれる背景について、教えていただけますでしょうか。
大川陽介(以下、大川):まず、上司がそういう問いかけを始めた背景として、数年前に「パーパス経営」という文脈がありました。「会社のパーパスを明らかにしよう」「パーパスを経営の中心に置こう」という流れの中で、会社が自分たちのWILLに近いものを作り直したわけです。
それをだんだんブレイクダウンしていく中で、昔は「会社のビジョンはこれだから、これに従ってやろう」というふうにしていました。そうすることで、大企業としてばらつきなく、みんなが同じ思考や目的のもとに動けるようにする。非常に合理的な戦略を採っていたんです。
しかし、世の中の変化が非常に激しくなる「VUCAの時代」において、会社としての目標しか持たない人材を育てるリスクが高まってきました。多様性と言われるように、いろんな人たちがいる状態を良しとするようになったんです。
そうなると、「一人ひとりが何をしたいのか?」がすごく大事になってきます。仕事には一つひとつ思いを込めていったほうが、やる側も楽しいし、パフォーマンスも発揮されるし、お客さんとの関係性も結果的に良くなる。
だから「マイパーパス」という言い方をしたり、「あなたのパーパスは何ですか?」というのをちゃんと引き出してからアサインしなさい、と上から言われるようになっていったんです。
「WILLハラスメント」になってしまう理由
大川:おそらく、上司も全員が全員、部下一人ひとりのWILLを確認したいと思っているわけではありません。ただ、マネジメントとして「聞かないといけないので」と、「よくわからないまま聞く」というケースが出てきたせいで、「それってハラスメントじゃないか?」という声が出てくるようになったんじゃないかなと思います。
ーーなるほど。上司自身もWILLの重要性をあまりわかっていないまま、部下に聞くようになってしまったという要因もあるんですね。
大川:そうですね。この時になぜハラスメントだと感じやすいのかというと、その上司にWILLがないから。「いやいや、俺は管理職としてこう考えてる」と言いながらも、「個人としてこれをしたい」という上司のWILLを、部下は聞いたことがないんです。部下からしたら、「お前は何をしたいんだ?」と言い返したいくらいですよね。
無理矢理「それっぽい答え」を言う部下
ーー具体的に、「WILLを持たないといけない」というプレッシャーを感じてしまっている若手は、どういう言葉や態度に傷ついているのでしょうか?
大川:ちょっと資料を共有してもいいですか? 僕がいつもこの話をする時に、必ず最初に整理をすることがあります。WILLに対してプレッシャーを感じている人は、夢とか、志とか、パーパスを作れと言われているように捉えるからなんです。

でも多くの人は、そんな高い志や夢なんてないじゃないですか。日々幸せに暮らせればいいと思っているのに、夢や志がないと「ダメ人間なんだ」というレッテルを貼られる感覚がすごくしんどいんです。これは特に、就活の時に問われ始めるわけですよ。
そして、それっぽい就活用の夢やWILLを作って入社してきたものの、別にそれを本気で思っていたわけじゃない、ということは多くあります。そうした中で「あなたは何をしたいの?」と聞かれて就活用のWILLを言ったら、「おもしろくないな」とか「 あなたが何をしたいのかわからないんだけど」とかって言われたり。
言えと言われたから言ったのに、「言わなけりゃよかった」みたいな感じになりますよね。自己開示したのに、相手から何も返ってこないと、辱めを受けただけみたいな感覚になるんですよ。
だから、「答えた時の反応が怖い」というのもあるし、曖昧な状態のものに対して評価されたり、コメントをもらったりするのは、けっこう嫌ですよね。
「WILL」を持つメリット
ーーそうですよね。そもそも「やりたいこと」って、人に評価をされるようなものではないんじゃないかなという気がします。
大川:そうなんです。なので、夢とか志とかパーパスを、全員が持てとは僕は思っていません。もちろんこれを持ったほうが行動の質は高まるし、やり切るという意味ではすごく大事な概念です。しかし、もっと手元にある基準が大事なんです。
結局「意志」なので、「何が好きで何が嫌いなのか」とか、「こういうことは楽しいと思うけど、こういうことはちょっとテンションが下がる」とか、そういう原始的な気持ちに近いものをちゃんと言語化しておく。そうすると、「こういうことをやりたいです。なぜならば」とか「こういうことはちょっと嫌なんですよね。なぜならば」というように、自分の中に基準を持っておける。
僕は「ロジック」という言い方をしていましたが、「自分は何をしたい人なのか」というのを構造化して手元に持っておくと、何か来た時にすぐ判断できるわけです。ちょっとズレたら修正できるし、ぜんぜん違うところから「あっちへ行こうぜ」と言われた時に、「そっちは私の行きたい方向じゃないのでお断りします」と判断できます。
なので、WILLとは「(行きたい方向の)ベースになる気持ちである」ぐらいなイメージでいいんです。
「言われたことをやるのがプロ」は本当に正しい?
ーー大川さんは、これまで5,000人以上のWILLの発掘を行ってこられたとうかがいました。今なぜ個人や組織がWILLを持つことが大事なのかを、あらためて教えていただけますでしょうか。
大川:僕は「WILLl-ACTION Cycle」という言い方をしていますが、モヤモヤしている人ってどういう人かというと、このどちらかだけなんです。

「自分は何をしたいんだろう?」とひたすら自分探しをしまくっている人。自己啓発本を読み続けているだけみたいな感じですね。
逆もあって、アクションしかしていない人。これはけっこう多いと思います。「言われたことを120パーセントでやるのがプロである」と、僕も先輩に言われたことがありました。けど、「本当にそうかな?」と思いながらやっていることってけっこうあるじゃないですか。
そうした中で、例えば体調を崩したり、家族ができたりすると、「あれ? このままでいいんだっけ。本当にやりたいことは何だっけ?」みたいな感じでモヤつくことは、けっこうあるわけです。
この往復が一番大事だと思っていて、「これ、ちょっとやりたいかも」と思ってやってみて、「あ、めちゃくちゃ楽しい」と思ったら、それにもっとハマっていく。そうじゃなかったら、「やっぱりこっちだったかも」という感じで、往復することってけっこう楽しいんですね。これが「ワクワクする」という現象だと思っています。