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中川功一氏インタビュー(全3記事)

「好きにやってこい」は戦略ではない チームが動く「任せ方」のコツ [2/2]

「認める」と「褒める」の混同が育成を弱くする

――その手法の実践において、日本ではまだ危ういとのことですが、具体的にはどのような状況でしょうか。

中川:山本五十六の言葉で本当に大切なのは、実は「やってみせ、言って聞かせて」という最初の部分だけではありません。むしろ、その後に続く二節目以降にこそ、人材育成の本質が詰まっていると感じます。とりわけ重要なのは、「褒める」と「認める」は違うという点。さらに「認める」「任せる」「褒める」は、それぞれ異なるアプローチであり、意識的に使い分けられているかどうかが育成の質を左右します。

例えば、2歳や3歳の子どもが靴を履くたびに「よく履けたね」と毎回褒めていると、やがて子どもは「そんなの自分でできる!」と怒るようになります。

では大人の職場ではどうか。何をしても「よくできたね、すごいよ」と褒めてくれる上司は、一見良好な関係に見えても、次第に軽んじられることがある。繰り返される“なんでも褒め”は刺激としての新鮮さを失い、脳が「報酬」として受け取らなくなる。結果として、上司の言葉に反応しなくなり、その評価自体を軽く見るようになるのです。

なぜ逆効果になるのか。根本的な理由は、上司が部下をきちんと見ていないからです。部下の能力や成長段階を把握していれば、「ここは褒める」「ここは認めるだけで十分」と使い分けられるはずです。例えば、「この仕事、本当に何も言わずにやってくれてありがとう。しかも、丁寧な仕事で本当に助かった」といった言葉は、単なる称賛ではなく、「自分の働きが見られている」「信頼されている」と感じさせる承認です。

この仕事について、何も言われずに任されて、きちんとやりきった。その事実自体が「認められている」という実感につながります。別に「すごいね」と褒められなくても、「自分の仕事はちゃんと見てもらえている」とわかる。この“認められている”感覚のほうが、多幸感や安定した自己肯定感につながりやすい。

一方で、常に「すごいね」「よくできたね」と褒められ続けると、どこか“子ども扱い”のような気分になり、「自分が何年目でどのステージまで成長しているかを、この上司は見ていない」という不信につながる。「見ていないから、いつでも誰にでも同じように褒める」と感じさせてしまえば、信頼関係は築けません。

このように、「認める」と「褒める」はまったく別の行為です。そして、この二つを適切に使い分けるためには、部下一人ひとりの現在地を上司が正確に把握していることが不可欠です。それぞれが今どのスキルステージ、キャリアステージにいるのかを理解していなければ、「認める」べき場面と「褒める」べき場面は判別できません。そのためには、上司自身が「この人物はここまでできている」「この人物はまだここまで」といった情報を、感覚ではなく整理されたかたちで把握・言語化しておく必要があります。

「やって・言って・させて・ほめる」の実践について、日本が危ういと述べましたが、製造現場ではトヨタ自動車のように、製造でもホワイトカラー業務でも技能表を用意する企業があります。「自分でできる」「相手に説明できる」といった項目をチェックリストとして導入しているのです。

対して、現在登場しているさまざまなニューエコノミーの分野では、「なぜこの行動なのか」「この動作の意味は何か」を説明できるレベルまでトレーニングできている企業がどれだけあるかというと、正直かなり危うい状況だと思います。もちろん日本全体に導入されていないわけではありませんが、とりわけ新しい産業領域やスタートアップでは、十分に導入・定着しているとは言い難いのが実情です。

育成の基本理論が社会に“インストール”されていない

――新しい産業領域やスタートアップの現場で、その教育手法が十分に導入されていない理由や背景は何でしょうか。

中川:正直に言えば、私がこの話をどこでしても、多くの方は「初めて聞きました」「新鮮でした」という反応をされます。ですが、それ自体が大きな問題です。ここで話しているような「人材育成の基本理論」は、本来、産業社会や組織運営の基礎知識として社会に広く共有されているべきものです。

にもかかわらず“新しい知見”のように受け取られてしまうのは、育成や組織づくりの根本理論が社会にインストールされていないからではないでしょうか。どこに行っても「本当にそのとおりですね」とは言われるのに、共感で終わり、常識としては定着していない。この乖離こそ、構造的課題だと思います。

信頼の起点はオーセンティック・リーダーシップ

――リーダーシップを適切に発揮するために、信頼を築く上で最初に取り組むべきことは何でしょうか。

中川:とりわけ今の時代、大切なのは「自分は何のために働くのか」という問いにまっすぐ向き合う感覚です。日中の多くの時間を労働に費やす以上、どうせ働くなら楽しい仕事をしたい、世の中の役に立っている実感を持ちたい。健全な意味でピュアな時代になっています。

その中で、「誰と一緒に働きたいか」という問いが本質的な意味を持つようになりました。良い意味で“先祖返り”しており、「この人なら信頼できる」「この人の下で働きたい」と思えるかどうか、人格的な信頼がリーダーに強く求められています。裏を返せば、“戴くに足る”と思えないリーダーを形式的に担ぎ続けるのは極めて難しい時代です。政治でも企業でも同じ。形式や肩書きではなく、「この人となら働きたい」と思わせられるかどうか。これが決定的に重要です。

これを「オーセンティック・リーダーシップ」と呼びます。“オーセンティック”は「真心のある」「真正な」という意味ですが、道徳論ではありません。リーダーシップで最も重要なのは発言の信頼性です。どんな人の言葉が信頼されるのか。答えは明確で、「なぜこの仕事をするのか」という目的や理想を持ち、何が正しく何が間違いかという価値観がぶれない人です。今日、特に重要なのは「裏表がないこと」。

突然キレる、急に泣くなど感情の起伏が激しすぎると、「次に何を言い出すかわからない」と感じられ、発言の信頼性が失われます。だからこそ自己統制力が欠かせない。常にポーカーフェイスである必要はなく、自分の感情を理解し、必要な場面で的確に表現できる「感情の安定性」を持つこと。突然ブチ切れる人に人は安心してついていけません。

歴史を見ても、真に信頼されたリーダーは例外なく人間関係を大切にします。安定した自己統制、価値観の一貫性、人との関係を大切にできること、これがオーセンティックなリーダーの条件です。さらに、「この人はいつも相手を慮ってくれている」と感じられること、つまり関係を良くしようという意志がふだんの言動ににじむことも重要です。

研究でも、こうした信頼の要素がそろうと、人は「この人の言葉には裏表がない、嘘がない」と感じやすくなり、それがリーダーシップの土台になります。この側面をよく表しているのが、松下幸之助さんの言葉です。彼は自身の成功理由について、「いつ何時でも“素直”でいられたこと」と語りました。

正しい言葉を正しいと素直に受けとめ、自分が正しいと思うことはちゃんと言葉にする。人から信頼され、人を動かすことができたのは、その“素直さ”があったからだと。まさに、信頼され共に働きたくなるリーダーの根幹だと思います。

その後の1960年代以降の研究で明らかになったのは、リーダーシップに「これが正解」というたった一つのやり方は存在しないということです。なぜなら、フォロワーも70億通り違い、リーダーもまた70億通り違うからです。

発揮の仕方は完全にケースバイケースです。たくさん言葉を尽くして語る人もいれば、「自分、不器用ですから」と短い言葉で引っ張る人もいる。言葉ではなく、行動やプレースタイルで背中を見せる人もいれば、一見すると厳しさすら感じさせる振る舞いの中に、深いリーダーシップが宿ることもある。つまり、「どう見せるか」「どう振る舞うか」のスタイルは無数にあります。

しかし、どんなスタイルであっても、リーダーシップの根本は共通しています。それは、相手の中に「この人と一緒にがんばろう」と「ここに自分の居場所がある」という二つの気持ちを、同時に呼び起こせるかどうか。リーダーシップが相手にしっかり届いた時、第一にその人は仕事の意味を深く理解できるようになる。

「なぜこの仕事をやるのか」「どうやってやるべきか」「なぜこの方法で進めるのか」という背景や意図が腹落ちする。同時に、周囲の仲間やリーダー自身に対して健全な好意や信頼感を抱き、「この人と一緒に働きたい」と感じられるようになる。つまり、リーダーとは、相手に「理解」と「共感」を同時に生み出し、納得と信頼の下で人を動かす存在なのです。

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