【3行要約】
・株式会社ソニックガーデンでは、上司を親方、若手を弟子とする独自の教育システム「徒弟制度」を導入しています。
・同社代表の倉貫氏は、技術職は技術を身に付けていない状態では強みを発揮できないと指摘します。
・徒弟制度は親方と弟子が近くで働くことで技術だけでなく生き方まで学べる環境を作り、弟子入りを半年以上経験した社員は、その後も離職率はゼロという実績を上げています。
現代のマネジメント観のバイアスがある
——本特集ではフォロワーシップをテーマに、自律的に動くことができる人材の育て方を探ります。今回は上司を親方、若手社員を弟子として育成する「徒弟制度」の導入で成果を上げられている、ソニックガーデン代表取締役社長の倉貫さんにお話をうかがいます。
倉貫義人氏(以下、倉貫):(徒弟制度のイメージが)フォロワーシップとは真逆な感じがしますが(笑)。
(一同笑)
——まず、徒弟制度を導入した背景について教えていただけますか。
倉貫:徒弟制度を導入した大きな背景として、やはりフォロワーシップとか、現在のマネジメントの難しさを解消するためというものがあります。

僕らも4年ぐらい前に若い社員を採用し始めて、どう育成していくのかということになり、ベテラン社員に若い社員を育成してもらおうとしたんです。
やはり傾聴とか1on1でエンパワーメントして、その人の個性を活かしてあげるみたいなことはあるんですけども、まずもって僕らのような技術職の仕事をする上では、技術を身に付けていない状態では強みを発揮するも何もないんですよね。
なので、まずはしっかり指導をしたほうがいいと。だけど、どうしても現代のマネージャー像のバイアスがあるのか「マネージャーがそんなに指導していいんですか?」みたいな意見が出てきたんです。
上司部下コミュニケーションのスピードが違う
倉貫:教わる側も仕事で自分の力を発揮したい中で、指導されると弱っちゃうというか、「厳しくされるとつらい」みたいなこともあって。「これ、お互いの入り口がすれ違っている可能性があるな」と思ったんです。
マネージャーをやっていた人たちには、「指導する仕事ですよ」と、入社される方には「弟子なので指導されることが大事な仕事ですよ」と(認識を合わせる必要がありました)。
なので、入る方に指導される環境ということをちゃんとお伝えするためにも「徒弟制度」として、マネージャーのことを「親方」と表現しています。
——過去のインタビューで、リモートワーク前提の組織で若手社員を採用・育成しようとしてうまくいかなかった経験があったとおっしゃっていました。
倉貫:具体的なすれ違いというほどではないんですけど、若い人は若い人なりに「なぜそのやり方に従わなきゃいけないんですか?」みたいなことを考えているので、指導した時に「自分なりにこのやり方がいいと思っています」という、やり方の対立が起きるんですね。
だけど、どう考えてもベテランのほうが長いことうまくやれているし、会社として生産性が出ているので、それを毎回説明しなきゃいけないんです。
「いや、それはわかるよ。だけど、こっちはもう何十年もこうやって生産性が出ているから、まずはこのやり方でやりませんか?」ということを説得するのは、これはもう面倒くさいことですよね。
——コミュニケーションのコストを節減する効果もあるということですね。
倉貫:はい、そうなります。「親方がいて、弟子で入って、最初はしっかりと指導されますよ」と言った上で入ってもらえば、指導されることに対して、「わからないけど怒られて悲しい」みたいなことはなくて。
スポーツの世界もそうだと思うんですけど、記録を伸ばすために指導されたら、むしろ「ありがとうございます」でしかないですよね。そこのマインドセットを変えようというのが最初のきっかけですね。
独り立ちしても、親方と弟子の関係は続く
——徒弟制度の第1期の方はすでに現場で活躍されていると聞きしました。弟子の期間としては、「入社したその日から何年まで」みたいな感じなのでしょうか?
倉貫:弟子に期間はないですね。これもただの考え方の話なのですが、師匠と弟子の関係って一生続くものだと思っているんです。落語家さんや芸人さんは、どんな大ベテランになっても「私の師匠は誰々です」と言いますよね。
——ありますね。「(立川)談志さんが」みたいな(笑)。
倉貫:そうですね。だから、親方と弟子は段階の話ではなく、関係性の話なんです。
——なるほど。何年か弟子の期間を経たら卒業、みたいなステップなのかと勘違いしていました。
倉貫:弟子でも(今は)活躍している人たちはいるので、ただただ関係が続くという話です。親子だって、どこかで卒業ってないですよね、みたいな感じですね。
なぜ「管理職は罰ゲーム」と思われるのか
——独り立ちしていても、業務の中で困ったことがあれば親方に相談できるような関係性なのでしょうか?
倉貫:そうですね。親方・弟子でまず教わるのは技術的な話なのですが、次にいわゆるマネジメントについて学びます。
それで仕事ができるようになってきたら仕事の相談もするようになるけど、どこかで仕事ではなく、エンジニアとしての生き方についての相談もされるようになります。だから、親方は弟子からするとロールモデルですよね。
上司・部下の関係性との違いで言うと、上司は部下のロールモデルにならない可能性がある。なぜなら、部下と上司で違う仕事をしているケースがあるからです。なので、昨今は「管理職になりたくない問題」みたいなことも発生している。
これは管理職というのがぜんぜん違う仕事なのでロールモデルになり得ないからなのですが、僕らの「親方」はベテランとしてプログラミングをしている人たちが、そのまま育成もしているんです。
だから弟子は「この姿を目指したい」って思いやすいし、ロールモデルの人に、「じゃあ、どうすればそうなれるのか?」ということも相談できる。本当に指導者の感じなんでしょうかね。
「ガチャ」の言い訳ができない
——親方と弟子の相性が合わなかったことはありますか?
倉貫:まれにありますね。でも、異動はほぼないです。1人だけあったのですが、これも合わなかったから異動させたというよりは、ちょっと1人の親方に負担が集中し過ぎたのでやり方を変更したんです。
今はまずは空いている親方のところに順番に行く上で、両者の相性を見ます。また、「この弟子を採りますか?」という最終決定権が親方にあるんです。
会社が一方的に任せるのではなくて、弟子として採るか採らないかは本人が決める。言うても、親方も相性はわからないとは思いますけど、自分で決めているので「まぁ、見ようか」みたいな感じなんだと思います。
——そうすると、「上司ガチャ」「部下ガチャ」とかのせいにできないですよね。
倉貫:そう、「ガチャ」がないんですね。
親方の側にも覚悟がいる仕組み
——親方が最終決定権を持っている仕組みにしたのは、どういった狙いがあったのでしょうか?
倉貫:やはり、自分が育てる人を誰かに決められるよりは、自分で決めたいですよね。言い訳できないというか、「嫌だけど、会社に言われたんだよな。じゃあ、育てるか」だと、難しくなってきた時に「まぁ、この人は最初から駄目だと思っていましたよ」って思ってしまうかもしれないじゃないですか。
そんなスタンスで親方はできないなと思っているので、自分で決めてもらうのは大事なのかなと思っています。

——弟子となる新入社員の採用面接で、徒弟制度にフィットできそうかの見極めはされていますか?
倉貫:これも難しいですよね。場合によっては地方の師匠のところに引っ越しをしなきゃいけないという話や、「徒弟制度ですよ」ということをちゃんと伝えるようにはしています。
その代わりに成長してこういうことができるようになる、こういう働き方ができますよみたいなことはお伝えして、こっちがどうかよりも本人に判断してもらうようにしています。
弟子入り半年を過ぎた人たちは誰も辞めていない
——面接の場で辞退される方もいるんでしょうか?
倉貫:それはいます。自分で決めて入社しても辞めた方で言えば、弟子入り後に半年以内で辞めています。入ってから2、3ヶ月で、思ったよりも大変だと。
同期の人たちもすごくプログラミングができるし、それこそロールモデルになる人たちの圧倒的なソフトウェア開発のスキルを見て、「自分はここで、がんばり切れない」みたいな理由で辞めるケースはありますけど、もうほぼまれですね。弟子入りしてから半年を過ぎた人たちは誰も辞めていないです。
——すごい。弟子入りされている方の年齢層は20代から30歳手前くらいの、いわゆるZ世代になるのでしょうか?
倉貫:そうですね。20代の人たちですね。
——そのあたりの世代とのコミュニケーションとか、マネジメントへのイメージで違いを感じたことはありますか?
倉貫:まずないんじゃないかなと思います。Z世代だからということではなく、別に僕らの世代でも、ぜんぜんやる気がない人や数ヶ月で辞める人もいたし、人によるんじゃないかなと。あまり世代でラベリングしないほうがいいんじゃないかと思っています(笑)。
——逆に言うと、徒弟制度であったりソニックガーデンのビジョンに共感する方が集まっているという感覚でしょうか?
倉貫:そうですね。最初の入り口はどうかはわからないですけど、少なくとも入社する時には、理解して自分で決定してもらっている感じではありますね。
サッカーのユースチームがヒントに
——徒弟制度は宮大工の方が書かれた『
棟梁 技を伝え、人を育てる』という本がインスピレーションになったと語られていますが、参考にした組織や制度の事例はありますか?
倉貫:最初に僕らが参考にしようとしたのは、プロサッカークラブのユースチームです。これは、サッカー選手は当然サッカーを仕事としてやりつつも、そもそもサッカーそのものを追求していく、みたいなところがあるからです。
プロサッカークラブのユースは組織的な育成の仕組みだなということで、「トレーニングセンター」として育成しようとしていたのですが、言うても入る側は弟子のつもりではない。だから、『棟梁』の本を読んだことがきっかけで、ちゃんと弟子と言うためにも徒弟制度でいこうと(決めました)。
リモートワークはプロセスが見えない
——いろいろな試行錯誤を重ねながら制度を実現されていったと思うのですが、仕組み作りの点で、大変だったポイントは何ですか?
倉貫:大変かどうかはあれですけど、例えば親方の近くで働く仕組みは、なかなか思い切ったことをしたなという感じですね。やはり、リモートワークだとプロセスが見えないんです。
仕事相手が業務委託の方とか仕事ができる方だとしたら、仕事を渡して「1週間で出来上がりました」で、結果だけ見て「出来上がりましたね」で終わるのですが、弟子の場合は、まずそれができないんですね。できないのに途中経過も見れない。
例えば陸上のコーチだとした時に、陸上の会場に行かずにタイムだけ見て「もっと速く走れるんじゃないか?」って言っても、何のアドバイスにもならないですよね。
——なるほど(笑)。
倉貫:そこにいてフォームや走り方とか、腕の振り方とかを見て改善するからうまくなるので、途中経過を見なきゃいけないなと思ったら、近くに行くしかない。だから(親方のところに)来ていただくことにしました。
働く場所を変えるといっても弟子だけなので、昔からいるベテラン社員は100パーセント、フルフレックスのフルリモートワークです。弟子で、なおかつまだ入社して何年かしか経っていない状態の時はオフィスで、親方の下で働くかたちにわけています。
※本記事にはAmazonアソシエイトのリンクを含みます。記事内のリンクから商品を購入されると、当サイトに収益が発生する場合があります。