評価制度も、信頼の文化の中にあれば支えになる
では次です。(質問を見て)「会社の360度評価は、職場で『自分は大切な存在だ』と感じられる土台を作ろうとする取り組みを助けますか。それとも妨げますか」
これは、その職場がどんな職場なのかという文脈の中で考える必要があると思います。その職場は、声を上げるのが怖い場所ですか。過度な競争を促す職場ですか。それとも、あなたの成長に本気で力を注いでくれる環境ですか。
ちょっとおもしろい話をしますね。私がワシントン・ポストの科学欄に初めて記事を書くことになった時、担当は有名な編集者でした。彼女はすばらしい編集者で、一緒に仕事をするのはその時が初めてでした。私は記事を書いて提出しました。
その日の夜、娘が人生で初めて採点された作文を持って帰ってきました。自分は文章がうまいと思っていた娘の原稿には、先生の赤字がびっしり入っていて、娘はこう言いました。「すごくショック。私、文章がうまいと思ってたのに」。
私は娘を自分の机のところへ連れていって、こう言いました。 「見てごらん。今日返ってきた私の記事よ。編集者から赤字がいっぱい入っているでしょう」。すると娘は、はっとして、 「それでも書かせてもらえているんだ」と言いました。
私はこう答えました。「正直に言うと、最初は、こんなに手を入れてもらうのが恥ずかしかったの。私は職業として書いている人だから。でも、そのあとで気づいたの。この高名な編集者は、私に本気で向き合ってくれているんだって。彼女は私の中に何かを見てくれているんだって」。
そして私は、そのあと彼女ともっとたくさんの記事を書くことになりました。
だから、もし360度評価が「私たちはあなたに力を注いでいます」「あなたを信じています」という枠組みの中で行われるなら、それは「自分は大切な存在だ」と感じられる源になり得ます。
ちなみに、いわゆる愛情表現のタイプで言うなら、私にとって響くのは「厳しい意見をもらうこと」なんです。夫は「本当に?」と言うんですが、私は「本当よ」と答えます。だって、厳しい意見って、「相手が自分を大切に思っているからこそ、言いにくいことを言ってくれている」と感じさせてくれるからです。
ですから、360度評価も、そうした思いを大切にする文化の中で行われるなら、むしろその感覚を育てるものになりえます。
社会全体で必要なのは、基本的な欲求が満たされることである
(質問を見て)「社会として、『自分は大切な存在だ』と感じられる状態を高めるために、十分なことができていると、どうすればわかりますか」。
これもすばらしい質問です。私は本の中で、孤独、不安、分断、過剰な競争、そして、誰かが勝てばそのぶん誰かが負けるという発想は、すべて「自分は大切な存在だ」と感じたいという欲求が十分に満たされていないことに根ざしている、と書いています。
その欲求が満たされると、人は健やかに育っていきます。では、それをどう見極めればいいのか。食べ物や住まい、そして「自分は大切な存在だ」と感じられること。そうした基本的な必要が、すべての人に満たされている時、私たちはそれがわかるはずです。
最初は実感がなくても、やっているうちに身につくことがある
(質問を見て) 「人に『あなたは大切だ』と伝えることは本物であるべきですが、最初は気持ちが追いついていなくても、やっているうちに本物になっていくことはあるのでしょうか。つまり、まずは他人に対してでも、自分に対してでも、試してみる価値はありますか」。
この考え方、いいですね。考えたことはなかったけれど、今ここでみなさんと一緒に考えてみます。
私の娘は内向的なんですが、もうすぐ大学に行くので、新しい人とたくさん会うんですね。ある日、エレベーターの前で一緒に立っていたら、娘がこう言いました。
「今日は、社交的な人のフリをしてみる」。私は「いいじゃない」と言いました。そうしたら、そう振る舞い続けるうちに、本当にそうできる力が身についてきたんです。
だから、自分自身に対しても、「自分は大切な存在だ」と感じることについて、最初は実感がなくても、自分にやさしくすることを練習してみるのはありだと思います。
「今はまだ信じられなくても、私は自分を優先する」と自分に言ってみる。 「さあ、今からソファに座ろう。タイマーを30分かけよう。好きな本を選ぼう。いちばん柔らかい毛布を持ってこよう。おいしいお茶を入れよう。今はあなたを優先する時間だよ」と。
書籍を書く前の私は、自分の必要をまったく優先していませんでした。でも今は、それをすることで、どれだけ人のために力を出せるようになるかがわかっています。
だから、自分自身に対してその感覚を育てることについては、やってみる価値はあると思います。では、みんなで1つの実験として、「続けているうちに本物になっていく」ということが本当にあるのか、試してみましょう。
親の役割は、子どもが価値を証明しなくていい場所を作ること
次です。(質問を見て)「親は、幼い子どもたち、そして自分自身に対して、どうやって『自分は大切な存在だ』という感覚を育めばいいですか」。
研究を通して私は、現代の親にはとても特別な役割があると考えるようになりました。今の子どもたちは、「あなたに価値が生まれるのはこういう時だ」というメッセージを、次々と浴びせられています。高い成績を取った時。夢の大学に入った時。ある見た目になった時。一定数の「いいね」を集めた時、などなど。
私は、親の役割とは、そうした圧力から守られる避難場所としての家を作ることだと思っています。そこは、自分は大切な存在だと感じられる避難場所です。若い人たちが、自分の価値を証明しなくていい場所です。だから私たちは、子どもたちの価値を毎日、何度でも思い出させてあげる必要があります。
私はワシントン州で、とても優秀な子どもを2人育てている女性に会いました。そして、この話は私たち自身にも当てはまると思うんです。
その子たちが家に帰ってきて、テストで大失敗したとか、友だちに拒絶されたとか、パーティーに呼ばれなかったとか、そういうことがあると、そのお母さんは財布からお札を1枚取り出しました。例えば20ドル札です。
そして子どもたちに「これ、いくらの価値がある?」と聞くんです。 子どもたちは「20ドル」と答えます。
すると彼女は、「じゃあ、ちょっと待っていて」と言って、そのお札をわざとグシャグシャに丸め、床で汚し、水の入ったコップに浸します。そして、しわくちゃで、汚れて、びしょびしょになったそのお札を持ち上げて、こう言うんです。「じゃあ、今はいくらの価値がある?」
この20ドル札と同じで、あなたの価値は、打ちのめされたからといって、しわくちゃになったからといって、心が傷ついたからといって、変わらない。あなたの価値は、何があってもそのままなの。
これは今の時代には、とても逆風に抗うメッセージです。だからこそ、親には特別な役割があるのだと思います。「価値は証明しなければならない」と言ってくる仕組みの外で、子どもに「あなたにはもともと価値がある」と伝え続けてあげることです。
あ、もう時間ですね。本当にすばらしい時間でした。それではみなさん、本当にありがとうございました。