【3行要約】・職場で「自分は見えない存在だ」と感じるビジネスパーソンが増えており、評価不足が家庭や健康にまで悪影響を及ぼしています。
・ジャーナリストのウォレス氏は、個人主義が加速する現代において、「感謝の言葉が届かない裏方の職員」が組織に多数存在すると指摘しています。
・付箋一枚の感謝でも「その人らしさ」に触れることで、職場エンゲージメントと私生活の充実を同時に高められると提唱しています。
前回の記事はこちら 小さな感謝でも、人は自分の価値を実感できる
Jennifer B. Wallace(ジェニファー・B・ウォレス)氏:人に「あなたは大切な存在だ」と伝えるのに、付箋が数枚あれば十分なこともあります。
私はそれを、ニューヨーク市で訪れたある非営利団体で目にしました。そこでは、相談支援を行う職員たちの部屋の扉が、利用者から寄せられた感謝の付箋で埋め尽くされていました。
「誰も話を聞いてくれなかった時に、耳を傾けてくれてありがとう」 「あなたが私たち家族を救ってくれた」。 そんな言葉です。
でも、廊下の少し先にある経理部や資金調達部門の扉には、何も貼られていませんでした。
その人たちもまた、この団体が円滑に動くために、舞台裏で欠かせない仕事をしている人たちです。
相談支援の職員には感謝の言葉が集まっている一方で、裏方の部署にはそれが届いていない。そんな状況に気づいた事務局長は、行動を起こしました。入口に、「誰がどのように力になっているかを伝えてください」という掲示を出したのです。そして、まずは自分のアシスタントのベッキーに宛てて書くことから始めました。
「ベッキー、いつもこの組織を円滑に回してくれてありがとう。あなたの力があるから、私たちはもっと多くの家族を支えることができます」。
すると、まもなく他の付箋も増え始めました。
「経理のマーク、ありがとう。あなたの粘り強さのおかげで、あの家族が住まいを失わずにすむお金を見つけられました」「資金調達チームへ。あなたたちの創意工夫のおかげで、今年は500人の若者が暖かい冬用コートを手に入れられます」。
ここで重要なのは、それらのメモが「何をしたか」だけではなく、「その人らしさ」にも目を向けていたことです。例えば、粘り強さや創造力です。
つまり、何をしてくれたかだけではなく、その人がどんな人だからこそそれができたのかを伝えていたのです。そのおかげで人々は、自分の行動だけでなく、自分という存在そのものにも価値があるのだと実感できました。
事務局長によると、それまで会議であまり発言しなかったスタッフたちも、自分はこの使命にとって欠かせない存在なのだと感じるようになり、発言するようになったそうです。
点と点をつなぐように、その人の影響を見える化する
私はこれを、「人生の点と点をつなぐ手助け」だと考えるようになりました。
つまり、その人がどんな人なのか。誰を助けているのか。そして、その結果どんな違いが生まれているのか。そうしたつながりを見えるようにしてあげる、ということです。
例えば、その人は粘り強さや創造力を持っている。その力が利用者を支え、最終的には、その家族が住まいを失わずにすむかもしれない。そんなふうに、ひとつひとつを結びつけていくのです。
こうした承認の効果は、数字でも確認されています。意味があり、具体的なフィードバックを受けている従業員は、転職活動をする可能性が48パーセント低く、仕事への関わりの深さは最大で5倍高くなります。
そして、職場で起きたことは、職場の中だけでは終わりません。ちょっと手を挙げてみてください。仕事のストレスを私生活まで持ち帰ってしまったことがある人は、どれくらいいますか。ええ、私もです。
職場での評価は、家庭や私生活にも持ち帰られる
職場で自分が評価されていない、見過ごされていると感じると、その感覚は家までついてきます。食卓で「ぐったりしている」「イライラしている」というかたちで表れます。夫婦関係にひずみを生むこともあります。子どもとのつながりを妨げることもあります。健康に悪影響を及ぼすことさえあります。研究者たちはこれを、「仕事の影響が長く尾を引くこと」と呼んでいます。
でも、希望が持てるのは、良いこともまた同じように私生活へ広がっていくからです。職場で感謝され、価値を認められていると感じると、その感覚も家に持ち帰ることになります。
ある消防士は、自分が助けた人たちのその後を知ることで、もっと家族の前で今この場にいられる夫でいられるようになったと話してくれました。私が訪れたウィスコンシンの工場の製品技術者も、職場で価値を認められていると感じることで、自分がなりたい親でいるための心の余裕が持てたと話していました。
私たちはみな、自分が生み出している影響とつながり続ける必要があります。それは私生活でも同じです。
自分の価値は、日々の振り返りでも確かめられる
時には、その人の言葉や行動が、そのあと自分にどんな影響を与えたのかまで伝えるだけで十分です。
「先週あなたがくれたアドバイス、実行してみたの。そしたらね」。そんなふうに伝えることです。
あるいは、人生の中の誰かに、短いメッセージを送るだけでもいいのです。「あなたがいなかったら、あの就職面接に挑戦する勇気は出なかった」「あなたがいなかったら、救急外来でのあの日は耐えられなかった」。
そして、ここでちょっとした秘密をお伝えします。私たちは、他人が自分を認めてくれるのを待つ必要はありません。自分の人生の中で、それに気づき始めればいいのです。
実際、この本のための研究を始めてから、私は30秒でできる小さな習慣を始めました。私は日記をまめにつけるタイプでも、上手なタイプでもないのですが、これだけはちゃんと続けています。
夜、眠りにつく時に、自分に2つの質問をするんです。
「今日は、いつ自分が大切にされていると感じた?」
「今日は、どこで自分は価値を加えられた? たとえ小さなことでも」
これをするのは、私たちには、悪い出来事のほうが強く心に残りやすい傾向があるからです。つまり、あの失敗、あの無礼な態度、あの批判は頭に残るのに、自分が大切にされていたたくさんの瞬間や、自分が誰かの役に立てていた瞬間は、気づかないまま通り過ぎてしまうのです。
でも、私は、この30秒の習慣がその流れを断ち切ってくれると感じています。自分が大切にされている証拠に目を向けるよう、意識を鍛えてくれるからです。そして、ただの何でもない火曜日であっても、自分は誰かに何かを与えているのだと思い出させてくれるのです。
そうした小さな瞬間は、やがて積み重なっていきます。それは、自分の存在の意味を思い出させてくれる記録のようなものになります。あなたは見えない存在ではない。あなたは取り替えのきく存在ではない。そして、あなたは確かに誰かに影響を与えている。その証拠になるのです。
応援してくれる人の存在が、自分の可能性を広げる
そして次は、「自分のことを気にかけ、応援してくれる人がいると感じられること」です。
私はこの本の取材をするまで知らなかったのですが、ボクシングではセコンドがとても大事な役割を果たします。リングの隅にいて、選手の手を巻き、疲れ切った選手の目を見て、その時本当に必要な言葉をかける人です。「君ならできる」と。
私は、このセコンドの力を、取材したレイハンという男性から学びました。レイハンはかつてプロを目指していましたが、肩の怪我によってその夢を絶たれました。高校卒業後、地元の清掃局に勤め始め、地域をきれいに保つ仕事に誇りを持っていました。
でも、制服姿の自分が、まるでそこにいないかのように扱われることを、彼はたびたび感じていました。自分は見えていない。そんなふうに感じていたのです。時には、それ以上に、見下されているようなつらささえあったのかもしれません。
彼は、こんな出来事を思い出して話してくれました。ある母親が息子と一緒にレイハンたちのそばを通りかかった時、彼らを指さしてこう言ったそうです。「こういう人たちみたいにはならないようにしなさい」。
こんな場面に出くわせば、誰だって自分の価値を疑ってしまいそうになります。でも、レイハンはそうなりませんでした。なぜなら、彼には、自分の価値を思い出させてくれる味方がいたからです。
その人たちは、自分たちの仕事に尊厳があることを知っていました。同時に、レイハンが大学へ行きたいという夢を持っていることもわかっていました。だからこそ、大学に出願するよう、ずっと背中を押し続けたのです。
レイハンがはぐらかしても、彼らは引き下がりませんでした。ある時には、本人に代わって動き、地元の短期大学の学部長との面談を取りつけ、レイハンがきちんとそこに行けるようにし、必要な準備も整えました。
つまり、彼らはただレイハンを信じていただけではありません。本気で彼を支えていたのです。
そして、このように誰かを支えることには、すばらしい面があります。変わるのは、支えられる側だけではありません。支える側もまた変わるのです。誰かの成功を本気で願って力を貸すと、その人の喜びが自分のことのようにうれしく感じられるようになる。成長していく姿にも、自分自身の喜びのようなものを感じるようになるのです。
心理学者たちは、このように、自分の心が他人の成功まで包み込むように広がっていくことにも名前をつけています。それによって、私たちは自分1人の枠を超えて成長することができます。
セコンドは、そのことをよく理解しています。自分はリングの中にはいなくても、その勝利を同じように感じることができるのだ、と。
人生の中に多くのセコンドがいたおかげで、レイハンは短期大学で優秀な成績を収めました。さらに、その成績によってメリーランド大学へ編入し、そこでもすばらしい成果を上げました。そして最終的には、ハーバード大学の法科大学院へ進んだのです。
レイハンがそのキャンパスで気づいたのは、どこか自分の過去と重なる光景でした。食堂で働く人たちや清掃スタッフが、かつての自分と同じように、まるで見えていないかのように扱われていたのです。
そこで彼は、何か行動を起こそうと決めました。友人たちを募り、スタッフの人たちがどれだけ大学生活を支えてくれているかを伝える手紙を書く取り組みを始めたのです。
さらに彼は、それを毎年続く行事へと発展させました。今も続いているその場では、スタッフたちが学生や教職員から公に感謝され、称えられています。
これこそ、「自分は大切な存在だ」と感じられることが実際に働く姿です。その感覚は、人から人へと広がっていきます。誰かがあなたの味方になってくれると、あなたもまた誰かの味方になることを学ぶ。そうして、その輪は少しずつ広がっていくのです。
助けを受け取ることも、相手に意味を与える
でも、いつだって「でも」があるんですよね。私たちの、極端に個人主義的な世界では、そういう助けを受け取ることや、自分がどれほど他人を必要としているかを認めることは、難しい時があります。
けれど、もし昔の私のように、そうした助けを受け入れることに抵抗があるなら、思い出してほしいのです。あなたもまた、助けてくれる人たちに何かを与えているのだと。相手に、必要とされているという感覚や、自分の人生が誰かの力になっているという感覚を与えているのです。