【3行要約】・テクノロジーが急速に進化する時代、「今の技術を完璧に使いこなす人」より「次の技術を学ぶ余裕がある人」の方が強くなると大澤氏は指摘します。
・大澤正彦氏は友人関係の構築を、牛久祥孝氏はAI時代における人間の価値として「ディレクション能力」を重視し、人間が置き去りにならない未来を目指すと語ります。
・AIとの関わり方には「設計スタンス」と「意図スタンス」があり、自分のスタンスを理解することで適切な関係性を築けると両氏は提言しています。
前回の記事はこちら 「明日からブラジルで働いて」でも即答できる自分でいたい
司会者:ありがとうございます。日本の研究や思いに関して、ちょっと未来のところも最後に聞けたらなと思っています。今は研究をされていたり、会社もやられていたりして、けっこうキャリア的にいろいろクロスしているなというところもあります。
その中で、お二人は5年、10年後ぐらいにどういう世の中にしたくて、そのためにどういうことをやっていくのかもちょっとうかがえたらなと思います。通過点でもいいんですけど。
大澤正彦氏(以下、大澤):例えば、ここから5年間ずっと日本でやっていて、それで5年後のある日に「明日からブラジルで働いて」と言われて、(ためらいなく)「行ってきます!」と言えるような感じになりたいです。
というのは何かというと、「どの戦略がいい」とか「どれをやるべきだ」って、本来大事じゃないですか。大事だし、それは一生懸命にやるんですけど、一方で、自分の想定が完璧に裏切られるようなスピードで技術進展がある。
だから、今の技術を100パーセント使いこなしているけど余裕がない人と、今の技術にはまったく詳しくないんだけど次の技術を学ぶ余裕があった人(がいるとします)。(その2人を比べると、)たぶん次の技術を学ぶ予定や余裕がある人のほうが強い、みたいなことがこれからどんどん起こっていくと思うんですよね。
だから、今のやり方にこだわるのって、どんどん弱みになっちゃうかもしれないなと思っています。だから、いざ「こっちのほうがいいな」と思った時に「もう、こっちだ!」って切り替えられるぐらい、何かチャンスが来た時に逃さない準備がしっかりできている状態を常につくりたいなと思っています。
準備の正体は「友だちを大切にすること」
司会者:大澤さんの経歴を見ると、すごい実績がたくさんあります。ちょっと「聞くは易し」なんですけど、実際にどういうふうに準備をされていたりするんですか?
大澤:でも、それは自分がすごく準備をしたというよりは、友だちを大切にしたというところが大きいと思っています。「学校の成績が良かったよ」というのも、「友だちとの勉強会のおかげだな」と思うし、「この賞をもらった」みたいなものも、「あの人が推薦してくれたからだしな」と思います。
別に自分の実績が自分の実力と対応しているとはあまり思っていないけど、やはり人との縁のおかげで形になったものがいくつもあったと思っています。なので、どんなに技術が発展しても、友だちを大事にしようというのは普遍的な気がするし、それがこれからもっと重要になる気がします。
司会者:ありがとうございます。なんとなくドラえもんの片鱗を感じつつ、ちょっと大谷翔平っぽさも感じつつみたいな。
大澤:ワールドシリーズチャンピオンの(笑)?
5〜10年後、人間の価値は「ディレクション」に残る
司会者:はい(笑)。ありがとうございます。牛久さんはどうですか?
牛久祥孝氏(以下、牛久):そうですね。AI for Scienceの文脈を例にして出すと、5年後、10年後はディレクションのところが人間にとって価値だし、まだAIができない部分だと思っているんですね。
もうちょっと「どういうことか?」という話をします。例えば「こういう研究計画がもう出来上がっています。じゃあ、それを実装しましょう、実験しましょう」は、5年、10年したらAIロボットでだいたい自動化できていると思っているんですよ。
一方で「もともと何をやりたいんだっけ?」とか「何を逆にやるべきではないんだっけ?」は、人間じゃないとまだまだ出せない部分だと思っています。それは外装と内装みたいな話というよりは、もうちょっと別の切り口でそう思っています。
ただ、そういうふうに今まで単純に得られてきたことの延長線上じゃないことを考えられるのは、やはり人間がこういう「何かやりたい!」という好奇心や欲にドライブされることがかなり重要だと思うんです。一方で、「じゃあ、そういうところで、みんながみんな活躍できるか?」っていうと、それも違うんだろうなと思っているんですね。
人間が置いてきぼりにならない世界にするのが2つ目のミッション
牛久:なので、もう1つ重要なのは、そういう実際のオペレーションの部分はAIやロボットがやってくれる。その時に「じゃあ、人間はその世界の中でどう人生をエンジョイできるようになっているのか?」を、なるべくディストピアを避けて、なるべくユートピアに近づけたいということです。(これが)2つ目のミッションになります。
「じゃあ、AI for Scienceの文脈でのディストピアって何ですか?」っていうと、もう人間が置いてきぼりになったAIサイエンティストが跳梁跋扈する世界観です。
例えば「こういう薬を! なんとかこの病気を治す薬を作ってください!」って、AI神さまに拝み倒してGPUと電気を捧げると、いい感じの薬が出てくるみたいな話になってしまうと、これは完全にアンコントローラブルな世界です。神頼みの代わりにAI頼みしている。なんでそれが効くのかもわからないし、ある日突然毒を渡されても受け入れるしかないという世界観になってしまう。
人間の価値が“奴隷的な現場労働”に限られるディストピアもあり得る
牛久:一方で、今は「実験を自動化するロボットです」とか、たくさんあるんですけど、その最初のセッティングをしたり、ゴミを片づけたりするのが人間だったりするんですね。その世界観って結局、奴隷みたいな現場の労働だけが人間の価値ですというディストピアにいってしまう可能性もあります。
なので、そういったところをいかに防ぐか。なるべくなら、先ほど言ったディレクションであるとかも、そういう細々とした奴隷的なところも、AIロボットがちゃんとやってくれるような(ものが望ましいです)。
でも、それってすごく大変なんです。モラベックのパラドックスみたいな、「取るに足らない作業ほど、ロボットにとっては難しい」みたいなところも本当に解きにいかないといけません。「普通にロボットがゴミを片づけるようにすればいいやん」と個別に開発しようとしても、そういうタスクがゴミのように(膨大に)あるので、ぜんぜんROIが成り立たないんですね。
となると、本当にAGI的な、何にでも使えるような知能を本当にわりと実現しにいかないといけなくなるというあたりが、2つ目のキーワードになるのかなと思っています。
司会者:ありがとうございます。ちょっともう1、2問聞きたい気持ちもありつつ、『ドラえもん』好きな方もいらっしゃるかなと思うので、せっかくなのでいろいろと現場からも質問を受けられたらなと思います。まず現地から、質問をしてみたいなという方はいらっしゃったりします?
(会場挙手)
はい、ありがとうございます。
「完璧さ」と「曖昧さ」のギャップは誰が埋めるべきか
参加者1:今日はすごくおもしろい話を聞かせていただき、ありがとうございました。お二人はAIという、ある種完璧が求められる存在を作っている方々です。最初の1つ目の質問で、そのお二人が求めるパートナーが、曖昧さをすごく含むものとしてドラえもんや、エンタメ的な部分でジャイ子を挙げているところが印象的でした。
今の話にも若干関わってくるのと、先ほど牛久先生がおっしゃっていたことにもかなり近いんですけども、ちょっと1つ聞かせていただきたいことがあります。AIって、おそらく一般的には、我々使う側としては完璧を求めているなと思いつつ、その反面、最終的には「文脈を読んでください」とか、どこか曖昧さが今後求められてくるのかなと(思っています)。
そうなった時に、完璧さと曖昧さのギャップをうまく埋めていくためには、これって開発側がどうにかする問題なのか、使う側がうまく乗り越えていく問題なのか。どっちが求められるのかをおうかがいしたいと思うんですけども、こちらってどうなんですかね?