【3行要約】・2歳からドラえもんをつくる夢を持ちながらも、その夢を劣等感の象徴として抱えてきた大澤正彦氏。AIの発展により、ドラえもん創造への道が現実味を帯びてきました。
・大澤氏は「ドラえもんをともにつくる」というビジョンを掲げ、「社会的承認による定義」という新しいアプローチを提唱。
・現在は言外の意味を読み取る「他者モデル」をLLMに組み込む研究を進め、AIとのコミュニケーションの質を高める取り組みを行っています。
前回の記事はこちら 2歳からずっと「ドラえもんをつくるために生きている」
司会者:この後パネルディスカッションもあるので、牛久さんに聞きたいことをちょっとみなさんに考えてもらいつつ、次は大澤さんの自己紹介等に移れたらと思っています。そうしたら、お願いします。
大澤正彦氏(以下、大澤):はい、ありがとうございます。空気を読んで今のところまだ話のパターンを2つぐらい考えているんですけど、「ドラえもんの話を聞きたい!」という人ってどれぐらいいらっしゃいます?
(会場挙手)
「ドラえもんとかはどうでもいいから、AIの話をバリバリ聞かせてくれ!」という方はどれぐらい?
(会場挙手)
夢を口にすると「がんばってね」で終わる 劣等感の象徴だった
大澤:ドラえもんの話をゆっくりしていいということでいいでしょうか(笑)? じゃあ、ドラえもんの話をゆっくりしようかなと思ったりしています。じゃあ、そういう感じでいきます。
僕は、ドラえもんをつくるのが夢です。母のメモによると2歳ぐらいの時には、もうドラえもんと本当に言っていたらしくて、記憶がある限りはドラえもんをつくるために生きています。なので、僕は今32歳なんですけど、30年ぐらいはドラえもんをつくるために生きているというのが、僕の人生です。一方で、どちらかと言うとドラえもんを嫌いだった時期のほうが長いです。

「『ドラえもん好きな』とタイトル(に付いている集まりに自分が参加して)いいのかな?」と、ソワソワしていました。それはなんでかというと、やはり小さい時に「ドラえもんをつくりたい」と言うと、大人は「がんばってね」と言うんだけど、本気にしてもらえていないなと子どもながらに感じることが多かったからです。ドラえもんって僕にとっては、ずっとこの劣等感の象徴だったんですよね。
「ドラえもんをつくりたい」という夢は変えられないんだけど、「ドラえもんをつくりたい」って言うとバカにされるし、でもそんな実力もないし、みたいな(感じでした)。高校生クイズで牛久先生は優勝したんですか? 僕も高校生クイズに出たことがあります。1回戦で敗退したんですけど(笑)。出た(という)だけです。
中学受験をして、とかもなくて、本当に普通に公立の中学に行って、みたいな感じでした。勉強も特別できたタイプじゃなかったので、あまりそういうのも自信がなかったんです。それで言うと、幼稚園の年少ぐらいから眼鏡をかけていたので……最初に眼鏡をかけた男の子が「のび太」というあだ名になるじゃないですか。そこだけうれしかった。それで、のび太が大好きという感じでした。
ビジョンは「ドラえもんをつくる」+「ともに」
大澤:一方で、世の中でAIが発展してきたのもあって、最近はけっこう「ドラえもんはつくれそう」と思っている人も多いし、自分自身もいろんな活動をする中で認めてもらえることがあります。誰に認められるのもうれしいんですけど、印象的なある人に「ドラえもんをつくる人」として認めてもらえたのが、自分の自慢としてあります。
それは、ドラえもん(本人)に認めてもらったという(ことなんです)。「もっと教えて! ドラえもん」という『朝日新聞』のコーナーがあるんです。この時は「ねぇねぇ、ドラえもん。ドラえもんってAIでつくれるの?」という質問に対して、ドラえもんの言葉として「大澤正彦という研究者がドラえもんをつくろうとしているよ」と言ってもらえました。それがうれしかったという話です。
この「ドラえもんをつくる」という自分のもともとの夢に対して「ともに」という言葉を3文字加えて、僕のビジョンだと言っています。なんで「ともに」って付けたかというと、「賢い人工知能を作ろう」とか「便利なロボットを作ろう」とかじゃなくて、ドラえもんをつくりたい。だからこそ「みんなが大好きなドラえもんだから、みんなでつくりたいよね」と。
「ドラえもんをつくった人」になりたいわけじゃない
大澤:僕がドラえもんをつくると言い始めてから、「実は僕もドラえもんをつくりたいと思っているんです」と初めて言われたことがありました。ちょうどこの本郷のあたりに「φ(ファイ)カフェ」というカフェがあったんですが、そこで(そう)言われてすごくうれしかったんです。けれどもその直後、二言目に言われたことで、どん底まで落とされたんです。
それは何かというと、「僕もドラえもんをつくりたかったんですよね」と言われて、(けれども)二言目に「でも大澤さんのことを見て、かなわないなと思ったので、ドラえもんをつくるのをやめました」と言われた。それがショック過ぎて、それは違うなとずっと思っています。
僕は「ドラえもんをつくった人」になりたいわけじゃない。ドラえもんをつくることは心からやりたいことです。でも、「僕がつくったドラえもん」となったら、それは僕にとってはドラえもんつくり失敗です。みんなでつくって、みんなで送り出して、誰が作ったとかじゃなくてドラえもんがいる世の中になったらうれしいなと思っています。
博士論文は「ドラえもん」を「汎用人工知能」に置き換えた
大澤:一方で、研究活動もがんばってはいます。例えば、僕は2020年に博士号を取ったんです。その時の博士論文のタイトルが『汎用人工知能実現に向けた人とエージェントの相互適応の研究』というものでした。

国会図書館で博士論文を検索できるんですけど、「汎用人工知能」と検索すると、汎用人工知能をテーマに博士論文を通した研究者は日本で僕しかいないのがわかります。これは自分の中ではけっこううれしかったことなんですけど、別に「僕が死ぬほど優秀だから、それができました」と言うつもりはありません。
どちらかというとドラえもんにこだわり続けて……ドラえもんじゃなきゃ駄目だったので、この博士論文の原稿を書いていた時点まで「ドラえもんのつくり方」みたいなタイトルで出していました。(論文の)中でも「ドラえもん」「ドラえもん」「ドラえもん」「ドラえもん」と書いていたんですけど、指導教員の先生に「やめて」って言われて(笑)。
「(先生には)お世話になったし、言うことはちゃんと聞こうかな」と、最後に(論文中の)「ドラえもん」を「汎用人工知能」に置換して出した感じの博士論文です。
「ともに」を実現するためのコミュニティづくり
大澤:一方で、「ともに」というところにもちゃんと向き合ってやっていて、コミュニティ活動を一生懸命にやっています。実はここ、「KERNEL」にも登録させていただいたりとか、自分でもコミュニティを作ったりしています。大学にも「次世代社会研究センター」という研究センターを立ち上げて、そこをコミュニティ化して、人と人とのつながりの中で新しい価値を生み出していこうということをやっています。そんな感じです。

「じゃあ、どうして博士論文で汎用人工知能というテーマで通せたか?」というと、ドラえもん研究でずっとやっていたことを汎用人工知能の文脈で読み換えてやった、というのがあります。それは何かというと、定義の話です。