【3行要約】
・生成AIによりプロトタイプの作成が容易になる一方で、始めたプロジェクトを途中で中止する判断の難しさが課題になっています。
・LayerXの加藤みちる氏は「生成AIの進化で不確実性が高まり、プロトタイプが乱立しやすい状況」と指摘し、意思決定の難しさを語ります。
・加藤氏は意思決定を阻む3つの心理を認識し、プロダクトマネジメントの基本技術と「ラストマンシップ」を持つべきだと提言します。
「始めたことをやめる」ことの難しさを考える
司会者:それではセッションを開始いたします。「その意思決定、まだ続けるんですか? ~痛みを超えて未来を作る、AI時代の撤退とピボットの技術~」と題して、株式会社LayerX、加藤みちるさまよりご講演いただきます。よろしくお願いいたします。
(会場拍手)
加藤みちる氏(以下、加藤):加藤です。よろしくお願いします。
ちょっと強めな感じのタイトルなんですけれども。私、昨日東京から大阪まで新幹線で来たんですけど、なぜか3日前のチケットを取ってしまっていて。それを忘れていたことに昨日の夜の乗車の直前に気づいて、マジぴえんっていう感じだったんです。
さっきも、この名札がちぎれちゃって。そうしたら拾って届けてくれた人がいたりとか。あとは、スマホもそのあたりに落としちゃったんですけど、それも届けてくれた人がいて。本当にみなさんの優しさに生かされてますという感じです。たくさん集まっていただいてありがとうございます。「発表はがんばります」って感じです。
バックオフィス向けのAIサービス「バクラク」を提供
加藤:ちょっと「お前、誰やねん」って感じなんですけど、加藤みちると申します。今、株式会社LayerXでAI BPOのプロダクトマネージャーをしています。キャリア的にはビジネスサイドが長くてですね。ただ、直近2年半ぐらいはプロダクトマネージャーをやっています。
左下に、今年はこういう発信をしていましたというものをまとめています。「Cursor」を使ってプロダクトマネジメント、AIをどう活かしていくかみたいなこととか、ビジネス指針のPMも、AIエージェントを自分で作ってみようみたいな、けっこうAI系の発信とかをしていたんですけれども、ちょっと今日はAIでなく人間の話をします。

ちょっと弊社の紹介だけさせていただくと、株式会社LayerXという会社で、「すべての経済活動を、デジタル化する。」というミッションのもと、3つの事業を展開しています。
私はバックオフィス向けのAIサービスを提供している「バクラク」というところにいます。もともとは債務領域。企業さんの支出管理の領域から始まったんですけれども、経費精算とか債権とか、直近は勤怠・給与みたいなHCMと呼ばれるところにも展開をしています。

ちなみに「バクラク」を、ふだん業務で使っているよっていう方っていらっしゃったりしますか。
(会場の様子を見て)お、ありがとうございます。すごくたくさんいて、うれしいです。手を挙げなかった人は全員、覚えましたので……。
(会場笑)
後でちょっと営業させていただくので、待っていてください。
生成AIの進化で起こった影響
加藤:「バクラク」(を始めとして)いろいろとやっているんですけれども、共通して持っているところとして、AIを使ってコーポレート領域の自動運転を目指していくぞということをやっています。なので、今年も業務を自動化していくようなAIエージェントをいくつかリリースさせていただいております。

ちょっとここからが本題なんですけれども「その意思決定、まだ続けるんですか?〜痛みを超えて未来を作る、AI時代の撤退とピボットの技術〜」というところでさっそくお話しさせていただきます。
これが背景なんですけれども、今年のプロダクトマネジメント系の発信とかを見ていると、プロダクトの機能を作らない知見みたいなところを発信されている方がけっこう多いなと思っていまして。
「そもそも不要な機能はやらないようなディスカバリーをしよう」みたいな、そういう知見がすごく浸透してきているなと思っております。
一方で生成AIによって、逆に、事業の探索とか検証する期間がすごく増えているなとも思っています。
なぜかというと、生成AIによって、プロトタイプの作成コストがすごく下がっているので、なんだか一見良さそうなプロトタイプがすごく乱立しやすかったり、それで動くものを見ると「え。これ、なんだか売れんじゃね?」みたいな期待値が高まりやすい状況にあるなと思います。
真面目な人ほど途中でやめるのが難しい
加藤:さらに生成AIも進化がすごく早いので、やっぱり事業の不確実性みたいなものも同時に高まっているところがあり。やる前にやるやらをバチっと決められるというよりは、やってみて、結局(のところ)どうしていくかを、クイックに判断していくような流れが強まってきていると感じます。
なので、こういった肌感覚を磨いていけるとAI以前と比べてトライできる回数が増えるので、ホームランを打てる数が増えるんじゃないかなと思うんです。一方で、個人的には作らないものを決めるっていうより、「やり始めたことを途中でやめるほうが、なんだか難しくないですか」って思います。

これはどういうことかというと、特にn=1の解像度とか実験とかモメンタムみたいなものを大事にする真面目でいい人ほど、途中でやめるのって難しい傾向にあるんじゃないかなと思います。例えば検証していって、白黒つくファクトがいっぱい得られるかというと、そういうことってけっこう少ないですよね。
あとは、逆に検証を続ける理由を作りやすい。例えば「このお客さんはダメだったけど、なんだか別の業界ならいけるんちゃうか」みたいな、先延ばしをしやすいなと思っていました。少ない1次情報で意思決定をやりきるのは、やっぱりすごく難しいことだなと思っています。
また別の問題として、「チームのモメンタムを失いたくない」みたいな恐れもあるかなと思っています。「せっかくみんなで作った機能は捨てるとモチベーションが下がるんじゃないか」みたいなところもあり、作り続ける理由を探す方向の誘惑はちょっとあるなと思っています。
プロジェクト凍結に至った苦い経験
加藤:私自身もですね、今年にちょっとやらかしていまして。4ヶ月にわたってサービスの技術負債を解消するプロジェクトというものをやっていたんですけど、これを途中で凍結しました。
背景として何があったかというと、担当していたプロダクトは、長年どんどん新機能を追加していった影響で、特定の箇所とのコードの負債みたいなものが本当にすごく深刻な状態になっていました。
なので、もう覚悟は決めて、専任の担当者を3名アサインして、3ヶ月でリアーキテクチャをやりきりましょうということでプロジェクトを行ったんですけれども。やっぱり始めてみると、想定していなかった複雑な既存の仕様がいっぱい出てきまして、1.5ヶ月ぐらいやったら「なんだか、ちょっとやることが思っていたよりも多いっす」みたいなことが出てきた感じですね。
ここで見直しとかができればよかったんですけれども、けっこうしばらく(の間)、「今後も続ける前提で、どうサステナブルに開発するのか」みたいなかたちでスコープの整理を行ってしまい、やるのか、いったんやめるのかをあらためて決めるまでには、さらに2ヶ月ぐらい時間を要してしまいました。
スピーディな意思決定のために「ラストマンシップ」を持つ
加藤:ちょっと自分で反省すると、やはり不確実性を洗い出しきれるタイミングを読めなかったので、限られた情報で意思決定が必要だったとか、エンジニアの方(にとって)も悲願のプロジェクトだったので、ちょっと予定どおり進まなくても「やりましょう」っていうかたちになってしまったところがあります。
じゃあ、こういう難しさがある中で、どうすればそこを乗り越えられるのかみたいな技術を分解すると、大きく2つに分かれるかなと思っています。
1つ目が、いわゆるプロダクトマネジメントの基本的な技術です。これはもう前提なので、仮説思考とか目的から逆算しようとか、スクラムのノウハウをちゃんとやろうみたいなところなんですけれども。これは開発チーム全体でできるようにしていくようなものかと思っています。
そこにさらにプロダクトへのラストマンシップみたいな、PMがちゃんと責任を持って、最後までやりきる。そこもテクニックを持ってやる。あと、最後は意思でがんばる。これらが掛け合わさって初めて、困難な状況でも早い意思決定ができるかなと思っています。
本当は全部を説明したかったんですけど、今日はこの、ラストマンシップ側をちょっとお話ししようと思います。
意思決定を阻む3つの心理的引力
加藤:一応懺悔すると、このプロダクトマネジメントのほうも準備をしたんですよ。少ないインタビューから意思決定するTipsとか、撤退基準で使えるものをちゃんと作るとか、インセプションデッキを活用して、チームのモメンタムを継続させようとかいうものも考えたんですけど、お時間の都合でちょっと割愛をさせていただきます。
これを考える中で自分も思ったのですが、こういう教科書的な正しい対応方法って、当時の自分も知っていたし、チームでもやっていたんですよね。その分の意思決定の遅れも、やっぱり発生してしまったんですよ。
じゃあそれはなんでなのかっていうところをあらためて考えてみた時に、スピーディな意思決定を阻む3つの心理的な引力みたいなものが自分の中にあったなと振り返っています。
ちょっと上から順になんですけれども、1つ目はやっぱり動くものを作るのってすごく楽しいっていうところですね。手を動かしてタスクをどんどん消化すると、私はけっこう安心感を得てしまうというか。「それはそれで、なんだかいいな」みたいに思ってしまいますと。
一方で「本当にこれをやる意味、あるんすか」みたいな、強度の高い議論ってやっぱりすごくしんどかったりもします。どうしても、手を動かしてとにかく作っていくほうに流れやすいみたいなところはあります。
期待値の高いアイデアにとらわれないために
加藤:2つ目がですね、期待値の高い、かっこいいアイデアで成功したいっていう引力です。これ、社内で「こういうものをやります」みたいに言った時とかを想像していただきたいんですけれども。
なんだかワクワクするストーリーで開発チームを鼓舞して、営業の人からも「え、めっちゃ良さそう」って言ってもらって。VPからも「これ、ええやん」みたいな太鼓判とかまで押してもらうと、その後に「やってみたけど、やっぱり無理でした」みたいなことって言いづらいなって思うんですよね。
取り下げられないから、ユーザーさんへの価値のための検証じゃなくて、自分の仮説の正しさを立証するための検証にもつながっていってしまうので、これも気をつけたほうがいい引力だなと思っています。
最後が、「もっと自分が貢献したい」とか、「メンバーに報いたい」みたいな、感情的な思いです。自分を鼓舞するとかメンバーを思いやることって、物事がうまくいってる時はすごくポジティブに働くかなと思うんですけど、やっぱりハードな意思決定をする時って、それがネガティブな誤作用をもたらすこともあるなという。
この3つをスピーディな意思決定を阻む引力として、対応方法を考えてみました。