【3行要約】・AIが業務を自動化する流れが加速する中、マーケティングなどの専門職でも人間の役割が問われています。
・斉藤徹氏はAIが超えられない4つの壁と人間の本質的価値について論じています。
・これからは「目的設定・内発創造性・価値判断・社会的知性」を磨き、「組織のAIぐるぐるモデル」を実践することが重視されています。
前回の記事はこちら まだAIが超えられない4つの壁
斉藤徹氏:これをまとめると、こんな感じになりますね。今、お話しした非認知能力は、AIが今のところ越えられていない4つの壁と関連づけることができるんじゃないかと。

1つ目は、「意志の壁」。先ほどの非認知能力に対応するのは、自分と向き合う力になります。そして、これは目的設定と関係している。
2つ目は、「推論の壁」。推論をするAIはありますけれども、あれが本当の推論かどうかは見解が分かれています。
生成AIはパターン認識による直感は非常に利きますし、考えるステップを1行ずつ出力することはできるけれども、例えば複雑な掛け算ができないなど、推論は人間に比べて苦手ですね。それだけじゃなくて、内なる衝動が生む「真・善・美」の探求というのは、AIには難しい。
3つ目は、「意味の壁」。先ほどの価値判断とつながっています。そして最後に、「「共感の壁」。人と共感し、つながりを深める社会的知性に通じます。これらがAIには難しい。
逆に言うと、これから僕たち(がやること)はこの能力を磨くことなんだと。AIにできることをいくら磨いても(意味がない)。少し前までは「プログラミングと英語だけやっていれば、だいたい食っていけるよ」と言われていたものが、AIが最も得意な分野であり、大方のところはAIができるようになっちゃいました。
そうすると、最終的に人間に残る中核能力は何かということを今見極めることが重要になっている。それが、僕はこの4つの能力だと考えています。
人間の本質的な価値
この4つの能力を俯瞰すると、人間の価値というのは構造的に「はじまり」と「終わり」だと思います。

「はじまり」は、目的設定と内発創造性です。自分の内側から湧き起こる衝動から生まれるものです。また「終わり」は、自分の外側との調和を図るための価値判断と社会的知性。この2つ。この「はじまり」と「終わり」は、やはり人間が必要になってくる。
例えば普通の仕事にしても、最初の企画とか創造のところは、やはり人が得意なんだけども、実際の仕事では具体化の部分がすごく大きくて、ここはAIがかなり得意です。でも、そのままAIにまかせてしまうと、さっきの「依存さん」になってしまう。価値判断をしたり、価値判断されたものを実際に社会の中で現実に行動に移していくみたいなことは、やはり人間だけができることです。
AIが得意なのは、この中間のプロセスですね。選択肢を網羅して、パターンを抽出して、構想を具体化して、最適解へと加速する。これらはAIが大きな力を持っているので、AIとうまく対話をしながら、真ん中のところをうまくカバーしてもらいながらコラボレーションする。
問いを立てる、意味を結ぶ。「はじまり」と「終わり」。ここが人間の本質的な価値だと考えています。
ホワイトカラーの生きる道
最後に、ホワイトカラーの生きる道。ちょっと厳しいタイトルを付けちゃいましたけれども、現実に仕事の中でAIエージェントがどんどん登場してきて、これからどのように変化していくのか。

例えば、マーケティングの仕事を礼に取ってみても、具体化プロセスにおけるAIによる自動化はどんどん進んでいます。集計やレポート作成は担当者レベルなんだけれども、A/Bテスト設計とか効果分析とか、主任レベルのことまでエージェントはできるようになる。さらに課長レベルのこと。市場予測や競合分析もAIは得意だしね。部長レベルのこともだんだんできるようになってくるでしょう。
AIは具現化するところを中心に、次第に上流までできるようになってくる。そうすると、先ほどの4つの能力を活かしつつ、人間にはマルチ・ファンクショナルな役割が求められるようになってくる。これは、シリコンバレーで非常に高い価値を生み出しているタイニーチームの特徴の1つでもあります。
具体化のところをかなりAIに任せられるので、1つのことだけをやるよりも、複数のことをやりながらそれを上流で統合する。この人間の能力が重要になってきます。

逆に、定型・ルールベースの業務とか、単純分析・モニタリング業務とか、定型ドキュメント作成、レビュー業務、情報収集・整理・要約業務といった、付加価値を生みにくい中間管理業務はすべてAIがこなすようになるでしょう。これは、かなり頭が痛い問題だと思います。今、中間管理職がやっている仕事の多くはカバーされてしまうからです。
AIが進化しても、私の居場所は残るのか?
では、これからホワイトカラーの仕事はどういうふうになっていくのか。
1つは新しい総合職、ジェネラリスト。これは、人間の汎用的な中核能力である「目的設定・内発創造性・価値判断・社会的知性」、4つの能力を複数組み合わせるような役割になると思いますね。全部できるのがベストですけど、全部できなくても、いずれかが突出しており、他の能力もバランスがとれているような役割です。

例えば、このアーキテクトですね。事業を設計する。目的設定の能力がメインですね。それからプロジェクトを実現していくプロデューサー。これには、内発創造性や価値判断が必要になりますよね。さらに人間関係を解決するネゴシエーターとか。チームの文化を作っていくカルティベーターも人間が能力を発揮する分野でしょう。こういう役割は必ず残ると思いますね。
じゃあ、新しい専門職、エキスパートのほうはどうなるか。イメージとしては、テクノロジーとビジネス、この2つの分野のうち、どちらか1個は非常に詳しい領域がある。それでありながら、もう1つの領域もよく理解している。もしくは、すごく詳しい人たちと人脈がある人。これがT字型のエキスパートです。これからのエキスパートは、テクノロジーとビジネスのどちらかというより、両方ともに見識や人脈があり、総合的な価値創造を求められると思います。

あと、もう1つのエキスパートのタイプはπ字型。深い専門性が2つ、ないしはそれ以上あるような新しい職種ですね。
例えばグロースハッカー(Growth Hacker)。マーケティングの専門家であって、データ分析の専門家であって、プロダクト開発も相当詳しい。こういう複数の専門性ですね。こういう人材が今、タイニーチームがすごく求めている人材ですね。
レベニューオペレーションズ(Revenue Operations)というのは、セールスとマーケティングとカスタマーサクセスとか、そこに技術サポートとプロダクト開発が加わるとか、こういう従来の職能ではなかなか捉えられない新しいタイプの専門家が出てくると思います。
さて、ここまで、「AIが進化しても、私の居場所は残るのか?」というテーマで、これからの人間の役割についてお話をしてきました。僕がこれらのことを深く考えていたのは、チームメイトとしてAIが組織に加わると、どのような変化が起きるのか。人とAIが融合した組織論とはどのようなものか。これが今、僕がもっとも関心を持つ探求テーマだからです。
指示待ちチームがAIで覚醒する
ここから、僕がお伝えしたいことがあるんです。『だかぼく(
『だから僕たちは、組織を変えていける』では、人間の組織を対象として、自走する組織のつくりかたを書きました。
その進化版
『そして僕たちは、組織を進化させていく』が11月21日に出ます。この本のテーマは、人とAIが融合して、すごいアイデアが続々と生まれてくるような組織をつくりかたです。
基本『だかぼく』に「×AI」をすることで、さらに大きな世界が広がりますよという本なんです。
この本の特徴は、理論と実践、物語が三位一体になっているところです。AI組織論については、理論的にかなり深堀りし、体系化を心がけました。それから実践のところは、『だかぼく』で書いたことをベースに、AIの使い方も組み込んで「具体的にこういうステップで、こういうことをしていくと、すごいチームがつくれますよ」という100日間のロードマップ「創発会議メソッド」を公開します。このメソッドは、今日お話した人間の非認知能力を高めるプロセスでもあります。
『だかぼく』は、やる気作りに特化した本でした。基本としているのは成功循環モデルで、関係・思考・行動の質をいかに高めていって、そのサイクルをいかに早めるかを、さまざまな経営理論を体系化しながらお伝えした内容です。
この『そして僕たちは』……『そしぼく』と呼ばせていただきたいと思いますが、この『そしぼく』は、やる気だけじゃなくて、知識という視点が入ったことがポイントです。やる気、知識、ひらめき。これらの循環が、この書籍の肝の部分です。
これを僕は「組織のAIぐるぐるモデル」と呼んでいます。ぐるぐるモデルというと、一般的には市場のAIぐるぐるモデルが有名ですね。ユーザーが増えるとデータが増えていく。そのデータをAIが食べてサービスを良くする。そうするとユーザーが増えて、資金も調達できる。
データ、サービス、ユーザー、データ、サービス、ユーザー……と、これをぐるぐるぐるぐる回すのが市場のAIのぐるぐるモデルです。この循環を回すことが今AIの中での必勝パターンになっていますけれども。これを回すためには、組織がみんな「依存さん」だったら駄目なわけですよね。
みんながやる気に満ちる。すると暗黙知がどんどん表に出てくる。その知識をガンガンAIの中に入れていく。それをもとにみんながひらめきを得て、成果につながり、やる気がさらに高まる。これが組織のAIぐるぐるモデルで、いわば市場のAIぐるぐるモデルの基盤となるようなもの。これを提唱しています。
成功循環モデルを回すには
このAIぐるぐるモデルの核心、この外側が成功循環モデルですね。これはやる気を作る循環ですけれども、その内側にSECIモデルがきれいに関わっている。これが知識を作る循環です。AIが入ったことによって、このSECIモデルへのプラスワン、共鳴化というプロセスを提唱しています。
今のが理論のところですけれども、実践は『だかぼく』で書いたものを100日間でできる、100日間でチームが自ら動き出す創発会議メソッドということでまとめました。このメソッドは、今日お話した人間の非認知能力を高めるプロセスでもあります。

こういうタイミングでこういうミーティングをして、こういうAIの使い方をして、みたいなことがかなり具体的に細かく書いてあるので、相当実践しやすくなっていると思います。
さらにそれを、地方の古い中堅の製造業をテーマにして、社員数180人の富士工業という仮の会社の中で、少人数が立ち上がって、ガチガチに硬直化していた会社を、AIも使って変えていくストーリーを作りました。

このストーリーを読んでいただくと、無関心ゾーン、同調ゾーン、それから達成ゾーン、頑固な現状維持、いろんなゾーンの人たちがどういうふうに動いていくのか。どういうところで問題が起きていて、それをどういうふうに解決していくのかみたいなことを、きっと経験を通じて理解していただける。
そんな感じで、432ページもあるかなり分厚い本になってしまったんですが、今の3つ(「理論が腑に落ちる」「実践で希望が灯る」「物語が心を動かす」)が三位一体になっている新しいカタチの本ができました。今回はここまでです。ありがとうございました。