【3行要約】
・グローバル展開を目指す日本の起業家が直面する最大の壁は、規制や言語ではなく「文化の違い」だと専門家は指摘します。
・Toi Labs CEOのヴィック・カシャップ氏は、今後のヘルステック分野では「操作不要で生活に溶け込むテクノロジー」が鍵だと語ります。
・SOMPO Digital Labシニアリサーチャーの川邊万希子氏は高齢化を特定の社会の課題ではなく、国境を越えた経済課題としてグローバルな姿勢で解決することが重要だと指摘します。
日本の起業家がアメリカで直面する「文化の違い」
ジョアンナ・ドレイク氏(以下、ドレイク):せっかくですから今度は反対の視点から、日本の起業家がアメリカ市場に進出しようとする際に直面する課題についてもうかがいたいと思います。
私も最近、東京都が主催するグローバル起業支援プログラムに関わっていて、日本の起業家が早い段階から「世界」を視野に入れるべきだという話をよくしています。

ただ、シリコンバレーで実際に働いた経験がなく、VCやタレント採用、市場参入戦略のプレイブックやネットワークを持たない起業家にとって、実行フェーズとのギャップが大きいのも事実です。成功するためには、それを文字通り「生活の一部」として呼吸するように身につける必要があります。米国に渡る日本の起業家に、この機会と課題についての意見を聞かせてください。
川邊万希子氏(以下、川邊):おっしゃるとおりだと思います。日米のスタートアップは、双方に課題を抱えています。

アメリカのスタートアップが日本に進出する時も、日本のスタートアップがアメリカに進出する時も、規制、パートナー構築、言語など、さまざまな障壁がありますが、一番根本的な問題は「文化の違い」だと思います。
アメリカから来る企業は、日本の文化を理解しなければなりませんし、日本から出る企業は、アメリカの文化を学ばなければなりません。特に日本は「島国」で、他国に比べて移民をあまり受け入れておらず、ルーズなカルチャーというよりタイトなカルチャーが好まれます。
この文化の違いは、ユーザーの行動、意思決定のプロセス、組織運営の方法など、すべてに影響を与えます。だからこそ、文化的な背景を深く理解しない限り、どちらの市場においてもビジネスはうまくいきません。
日本は世界的にもユニーク
川邊:そして特に日本の場合、医療・介護制度が政府主導で整備されてきた背景があるため、規制の理解が非常に重要です。現実のビジネスモデルが制度的に成立しない可能性もありますから。
ヴィック・カシャップ氏(以下、カシャップ):私自身も、日本の文化を深く理解したいと思って日本に来た経験があります。もともとはTOTOの誰かに会いたいと思って来日しましたが、最終的には日本の大手ソフトウェア企業のワークスアプリケーションズで2年間働くことになりました。
当時のミッションは、日本流のエンタープライズソフトウェア開発を武器に、オラクルやSAPといった巨大ソフトウェア企業に挑むため、日本発のソフトウェアを海外展開するというものでした。本当に優秀なメンバーと共に取り組みましたが、正直に言えば、成功には至りませんでした。そして、そこから多くのことを学びました。
最も大きな教訓は、「文化の違いを甘く見てはいけない」ということです。最近、日本のある方とのミーティングで、日本のやり方について話を聞く機会がありました。その方が言っていたのは、(日本語で)「私たちは島国です」。
川邊:(笑)。
カシャップ:日本は、世界の中でも非常にユニークな存在です。ある意味で「日本vs世界」とすら言えるほどです。確かに日本は、テクノロジーを受け入れる力に非常に長けています。しかし、それをローカライズし、海外市場に展開するとなると、ハードルが一気に上がります。
これまでグローバルで成功した日本企業といえば、ソニー、トヨタ、ホンダといった一握りです。彼らが成功できた理由のひとつは、「現地に人材を配置し、ローカルチームに権限を与えたこと」だと思います。私たちも今、日本では現地チームに運営を任せています。それが唯一の成功パターンだと考えています。
アメリカで健康分野のニーズが過熱
ドレイク:私自身、かつて日本企業のDeNAで働いていたことがあるのですが、当時、私たちは「日本国内で大成功を収めた企業が、どうやってアメリカなど西洋市場に展開しているか」を徹底的に研究していました。
そしてわかったのは、実際にそれを達成できた企業は非常に少ないということです。でも、私は可能性はあると信じています。これからは一緒に、それを実現していきましょう。
カシャップ:(日本語で)できます。
ドレイク:(笑)。(日本語で)がんばりましょう。さて、話題を少し変えます。今、シリコンバレーをはじめとしたアメリカのイノベーション拠点では、ヘルスケアやAgeTech関連のあるカテゴリにものすごい熱量と投資資金が流れています。

これは、過去の医療制度が機能していなかった部分がAIの力で変わりつつあること、そして消費者の強いニーズに後押しされているからです。
現在、消費者の40パーセントがオーラリングなどの健康追跡デバイスを着用しており、80パーセントが自分の健康とウェルネスを管理することに非常に興味があると報告しています。これは以前の米国では起こったことがありません。
市場規模で言うと、パーソナライズド・ヘルス(個別化医療)は1,230億ドル、長寿コンシェルジュサービスは210億ドル、機能医学は1,240億ドル、GLP-1製剤(糖尿病・肥満治療薬)は2032年には1,500億ドル規模へ拡大見込みです。
このような盛り上がりの中で、そもそも長寿文化の先進国である日本から学べることは非常に多いと思っています。万希子さん、シリコンバレーに来てから数年が経ちましたが、日本の長寿への取り組みと比べて、アメリカはどれくらい遅れていると感じますか? また、日本から応用できそうな要素はあると思いますか?
年を重ねることをどう捉えるのか
川邊:とてもいい質問ですね。正直に言うと、「日本は超高齢社会だから進んでいる」という単純な話ではないと思います。アメリカから学べることもたくさんあります。私個人の意見としては、これは「戦略の違い」だと思います。

例えば、長寿を「人生の自然な一部」と捉えるのか、「治療すべき対象」と見るのか。これは文化的な価値観に大きく左右されます。日本では、家族が高齢者の終末期ケアの方針を決めることが一般的です。でもアメリカでは、本人自身がそれを決定する文化です。これは真逆の価値観ですよね。
アメリカは遺伝子治療や再生医療、AI技術などでは進んでいます。一方で日本の強みは、予防ケアを包括的に提供する「地域包括ケア」モデルにあると思います。
例えば、「ブルーゾーン」のような考え方にも通じるのですが、地域全体で人々の健康を支え、運動・栄養・社会的つながりを重視する、そんな統合型の生活モデルは日本が得意としてきた領域です。
ただ、AI投資やエビデンスベースのイノベーションに関しては、やはりアメリカのほうが先行しています。
ドレイク:特に、民間セクターからの資金投入はアメリカの方が圧倒的に多いですね。
川邊:そうですね(笑)。