なぜ排泄の話がタブーなのか
ドレイク:ヴィックさん、日本市場は参入が最も難しい市場のひとつとよく言われますが、特にAgeTech分野で、なぜ日本市場に注目されているのか、また今後の展望についてお話しいただけますか?
ヴィック・カシャップ氏(以下、カシャップ):ありがとうございます。これは私にとって本当に大切なテーマなんです。私たちの会社は非常にユニークな存在だと思っています。というのも、私たちはAIを活用したスマート便座を開発していますが、これは家庭に設置して、排泄物を光学的に解析することで、その人の体内の状態を把握することができるものです。
こうした技術は一見ユニークですが、日本の文化には非常にフィットしていると感じています。なぜなら、日本には東洋的な健康観や考え方が、日常生活の中に根付いているからです。
アメリカでは排泄に関する話題は非常にセンシティブとされがちで、「トイレにテクノロジーを入れる」ことに対して、心理的な抵抗感が強いんです。しかし、これは本来おかしいことです。排泄物は血液検査に次いで最も多く実施される検査の対象ですし、本来はよりオープンに語られるべきなんです。
だからこそ、日本という文化は私たちの事業にとって理想的なマッチだと考えています。
日本の消費者は価格よりも技術を見てくれる
カシャップ:構造面から見ても、日本は他国にはない特徴を持っています。私はシリコンバレー出身のアメリカ人起業家ですが、日本市場を見ていて強く感じるのは、東洋医学と西洋医学の統合が制度的に行われているという点です。そして、政府と民間企業の間にも非常に深い連携があります。こうした体制は世界でも他に例がなく、日本ならではだと思います。
確かに、日本市場への参入は簡単ではありません。最初の契約を取るのは非常に大変です。しかし、一度信頼を築ければ、その実績が他の導入先との信頼構築にも大きく寄与します。
日本の顧客は価格に対して敏感ではなく、むしろ技術への理解が深く、かつ一度信頼すると長く付き合ってくれる特性があります。これは、事業をスケールする上で大きな強みになります。だからこそ、私たちは日本市場を非常に重視しているんです。
ドレイク:万希子さん、私もシリコンバレーにあるSOMPO Digital Labを訪問したことがありますが、とても革新的なことをやっていて感銘を受けました。万希子さんご自身は、そこで今どんな技術やスタートアップに注目しているのか教えてください。
川邊:ありがとうございます。私は現在、SOMPOで健康長寿領域を担当しています。SOMPOはもともと損害保険が中心の会社でしたが、近年ではそこにとどまらず、シニアリビングやウェルネス事業にも進出しています。私たちのパーパスは人々が充実した人生を送れるようにすることであり、そのために積極的にイノベーションを取り入れています。
SOMPOにはデジタルトランスフォーメーション(DX)を専門に扱う部門があり、そこでは社内外のコラボレーションが活発に行われています。現在、SOMPOは世界に3つのオープンイノベーション拠点を持っており、東京・テルアビブ・シリコンバレーに展開しています。
私はその中で、主に健康長寿分野の新技術をリサーチし、日本国内の現場にどう適用できるかを模索しています。特に、サービス提供の現場における業務効率化や、ケアの質の向上を実現できるテクノロジーに注目しています。
日本市場はアメリカ以上の可能性を秘めている
ドレイク:具体的に、SOMPOと連携して日本市場に導入しようとしているスタートアップはありますか? 例えば、ヴィックさんのような企業を支援しているという話も聞いていますが。
川邊:はい、実際に多くのスタートアップと連携を進めており、日本のシニア住宅や介護施設への導入を試みています。ただ、これは簡単なプロセスではありません。まずお互いをよく知ることから始まり、徐々にPoC(概念実証)を進めていくかたちになります。
カシャップ:私は以前、アメリカのベンチャーキャピタルに所属していた経験がありますが、当時の教訓は、「日本に進出したいなら、取締役会レベルで2年程度の信頼構築期間を覚悟すべき」というものでした。つまり、根回しや文化的理解を含めて、非常に長期的な取り組みが求められるということです。
ドレイク:ヴィックさん、日本での展開について、いつごろを予定しているのでしょうか?ローンチのタイミングを教えてください。
カシャップ:いい質問ですね。実は、すでに日本でローンチ済みです。このイベントとほぼ同じタイミングで発表しました。私たちにとって、非常に大きなチャンスだと考えています。
昨年発表したのですが、TOTOが私たちの会社に出資してくれました。TOTOは北九州の企業としてみなさんもご存じかと思いますが、そのTOTOとの連携や、現在日本国内で進めているさまざまな取り組みを通じて、私たちは「日本市場はアメリカに匹敵、もしくはそれ以上に大きな可能性を秘めている」と確信しています。
ドレイク:その場合、ビジネスモデルや価格設定、政府との関わりなど、アメリカとはかなり異なるのではないですか? 市場参入戦略にも違いがありそうですね。
カシャップ:おっしゃるとおりです。日本はまったく異なる市場です。価格モデルも違えば、政府との関わり方や補助金・保険制度との連携もアメリカとは大きく異なります。
私たちの製品は、いわゆる医療機器ではありません。アップルウォッチやオーラリングのようなウェルネスデバイスに分類されます。
日本での成功に不可欠な要素
カシャップ:ただし、日本の規制はアメリカとは違い、どちらかというとヨーロッパの制度に近いと感じています。また、介護や高齢者支援の分野において、政府がどのようなサービスに対して費用を負担するかという枠組みも、アメリカとはまったく違います。その点で、万希子さんのような存在が、複雑な制度を乗り越える上でとても大きな助けになっています。
ドレイク:日本語も堪能で、日本での(就業)経験もあるヴィックさんでも、やはり「現地の人材」は不可欠だと感じますか?
カシャップ:はい、絶対に必要です。日本市場で成功するには、信頼関係の構築が鍵となるため、現地の日本人スタッフの存在は不可欠です。現在、私たちにも現地の担当者がいて、実際に営業活動などを担っています。これは不可欠です。日本市場で成功するには、現地のネットワークと信頼がすべてですから。