株式会社IVRyの成田一生氏、株式会社MIXIの佐々木達也氏、Nstock株式会社の田中清氏の3名が、管理職が再びエンジニアとして現場に戻る「振り子キャリア」について、自身の経験を語ります。“現場勘”を取り戻すために行った技術のキャッチアップ術や、AI時代におけるエンジニアの役割の変化について語り合います。
エンジニアとしてのブランクをどう乗り越えたか
じゃが氏(以下、じゃが):次のトークにいきたいと思います。そんな中で、「今もCTOとしてはパフォーマンスを出せるけど、自分がエンジニアに戻った時にどのくらいパフォーマンスを出せるんだろう?」みたいなところは、テーマの1つだったかなと思います。そこで「エンジニアに戻る上で、ブランクってどう考えていましたか?」という質問をしたいと思います。mirakuiさんからお願いします。
成田一生氏(以下、成田):僕はクックパッドで、14年間の最後の1年にIC(Individual Contributor:管理職ではない専門職)をやった時は、会社の中でも最長クラスのエンジニアだし、いちCTOだったのに、ある日急に、ほとんど僕が採用した人たちがやっている新規事業のチームの一番下のエンジニアとして僕が入ってきたわけです。
先月まで執行役CTOだった人が、普通にコードレビューでダメ出しされているみたいな(笑)。僕自身はめっちゃおもしろいんだけど、みんなやりにくそうなんですよ(笑)。「どういう態度でこの人を扱えばいいんだろう?」みたいな。
だからけっこうブランクがあって、「TypeScriptですか?」みたいな(笑)、そういうところから始めました。僕がエンジニアを現役でやっていた時はRuby on Railsの2系とか3系とかそういうレベルだったので、使っている技術のギャップがありました。
僕は自分の会社だったから堂々と「教えて」と言って教えてもらえたのでよかったんですけど、IVRyに入ったら「なんかすごそうなエンジニアが入ってきたぞ」ってなるじゃないですか。しかもICとしてね。だからけっこう緊張感はあったんです。
AIの登場が技術のキャッチアップを変えた
成田:でも、今はありがたいことに生成AIがあります。AIに対してだったら初心者質問を平気でできるんですよね(笑)。それこそ「この言語のループってどうやって書くんですか?」みたいなレベルで、プライドが邪魔して絶対に聞けないような質問も堂々と聞けるわけじゃないですか。「SMB(Microsoftの通信プロトコル)ってどういう意味ですか?」みたいなのとか(笑)。
僕、SaaSに入っているから専門用語がたくさんあったりして、前提としている言葉がぜんぜん違ったりするんです。だけどそういうのもAIに聞けば教えてくれるので、今はAIによって現場に戻りやすい環境がありますね。
佐々木達也氏(以下、佐々木):自分の場合はmirakuiさんと似ていて、ある日急にエンジニアに戻りました。もちろんエンジニアとして仕事をし出して、プルリク(プルリクエスト:他の技術者にコードレビューを依頼する工程)でめちゃくちゃ指摘をもらって、設計レビューで毎日、マンツーマンでチームのリードエンジニアから指摘を受ける生活を半年ぐらいは続けていました。
なので、ブランクをどう考えるかを実体験で言うと、もちろんみんなブランクはあると思います。それがない人っていないだろうなと思っています。
けれども「自分はめちゃくちゃブランクがあって、わかってないこともあるけど、その指摘をちゃんと受け入れるんだ」という気持ちがあれば大丈夫かなと思っています。それが一番大事かなと(笑)。
僕はMIXIに入ったのがちょうど1年ぐらい前で、やはりそこから生成AIがブランクをだいぶ埋めてくれる存在になったなと思いました。ただ、自分の場合は前職で1年半ぐらいICに戻った時に、当時のチームのすごく優秀なリードエンジニアの方から、めちゃくちゃ指摘というか叱責を受けまして。
(会場笑)
AIが教えてくれる答えで満足してはいけない
佐々木:毎日、「なんで昨日言ったことができていないんだ」って怒られながら、「すみません」と言って鍛え直していた時期がありました。でも今考えると、やはり当時、CTOをする前のエンジニア力がぜんぜんだったなと思っています。リードエンジニアから指摘を受けた期間はすごく辛くて大変だったんですけど、すごく貴重だったなと思っています。
その時に、設計の考え方だったり、「こういう観点をきちんと考慮しなきゃいけない」みたいな話だったり、そういう大事な考え方をたくさん学べたのはすごくよかったなと思っています。
生成AIって「これはできるよ」と、答えだけ教えてくれるんです。ただ「それがなんでいいのか?」とか「これはこういう時に困るんじゃないか?」というのに、その前のリードエンジニアの指摘によって考える力が付いていたのが自分の中ではすごくよかったのかなと思って、今思い出しました。
じゃが:元CTOをそれだけ叱責してくれるリードエンジニアはすごいですね。いい関係ですね。
佐々木:いや、そうなんですよ。最初はそんな感じでもなかったんですけどね。
(会場笑)
佐々木:最初は「あっ、CTOの方ですね」と言われたんですけど、だんだんむっちゃ厳しくなりました(笑)。愛のムチですね。
じゃが:厳しく言ってもちゃんと受け取ってくれる人と思ってもらえたんですね。
佐々木:そうですね。
自分用の“AIメンター”を制作
じゃが:ありがとうございます。じゃあ、最後にたなきよさん、お願いします。
田中清氏(以下、田中):僕は叱責されたら泣いちゃうので、Nstockの方は優しくしてくださいね(笑)。僕も前職のメドレーにいた時に、最後の3年くらいはほぼコードを書いていなくて。ただ、複数のプロダクトがあったので、プロダクトをまたがるような全体設計とか、そういった全体に関わる方針設計はけっこうやっていたんですよね。
それで、Nstockに入ることになり、またいちエンジニアとしてやらなきゃとなった時に、やはりブランクをどうしようかなという。でも、過去にも似たようなことがあったので、「1~2ヶ月あればどうにかなるかな」と楽観的だったんです。
ただ、やはり新しい技術とか、覚えることが昔よりどんどん増えて大変だなという思いはありました。でも、ちょうど「Claude」をプライベートで使い出していた時で、「Claudeのプロジェクトでオンボーディング」みたいなやつを、プロンプトを組んで自分でやりました。
「こういう技術で、こういうことをやろうと思っていて、恐らくこういうプロダクトになりそう。それを1週間、1日2時間ぐらいでキャッチアップできるようにしてくれ」というのをClaudeとけっこうやりました。日々やっていくと、細かい処理の書き方とかは都度調べるみたいなのはあったんですけども。
「だいたい勘が戻ってきた」みたいな感覚って、やはりけっこう大事かなと思っています。「これで会社に入ったら、あとはなんとかなるんじゃないかな。ブランクは取り戻せたんじゃないかな」というところですかね。ちょうど新規開発もあったので、既存の方に叱責されることはなかったんですけど(笑)。
(会場笑)
田中:もしかしたらタイミングが良かったかもしれません。
じゃが:よかったですね、叱責されなくて。自分で生成AIのメンターを作るのはおもしろいですね。
田中:そうですね。
AIがエンジニアの働き方に与える影響
じゃが:ありがとうございます。次のテーマにいきたいと思います。「今後、ご自身がどんなことをしていきたいのか?」。「CTOにゆくゆくは戻りたい」なのか「今のプロダクトをやり遂げたい」なのか、いろんな方向性はあると思うんですけど、「どう考えていらっしゃるんでしょう?」というのを、たなきよさんから。
田中:やはり、今やっている事業やプロダクトも成功させたいし、その先には、もっとスタートアップに関わる人が幸せになって、いろんなリスクとリターンを取りやすい世の中を作りたいなと思うので、その時に必要なことをやっていきたいかなと思っています。
その中で今回のテーマにある「生成AI」で言うと、ちょっと考えがぼんやりしているのでざっくりした話になるんですけど、フェーズ的には大きく3つあるのかなと思っています。
1つ目は、個々人がスケールアップするとか、AIエージェントを入れてスケールアウトするとか、個人の開発生産性を上げるところです。次の2つ目は、例えばそれをセールスやCSやマーケとかにも活用して、組織全体をイネーブルメント(実行可能にする)していくところかなと。
3つ目として、最近よく考えているのが、「じゃあ、生産性が上がって、その先は何だっけ? その先がなければ退屈するんじゃね?」というところです。そうなると新しい事業をいっぱい作って横に広げるか、もしくは1つのプロダクトをすごく深く顧客理解して入っていくかのどっちかかなと考えています。
エンジニアに求められるのは課題発見力
田中:「じゃあ、そうなってくるとエンジニアは何をするべきなんだっけ?」と考えると、技術がベースというのと課題解決が本質というのは、きっと変わらないんだろうなと。今後にプラスアルファで求められるとしたら、きっと課題発見に行くんだろうなと。
そうなってくると、やはりエンジニアも、ドメインやマーケットや顧客の理解といった、よりビジネスに近しいところの視点を持って、その上で何をやっていくかが大事なのかなとちょっと考えています。
「じゃあ、具体的に、まず何から始めるねん?」みたいなところでいくと、さっき言った組織全体のイネーブルメントで、マーケやセールスとか、いろんなところに入り込んで、他の職種の人のつらみやぶっちゃけ話を聞いたりとか。
「じゃあ、こういう解決手段があるんじゃない?」みたいなディスカッションやコミュニケーションを取っていくと、彼らのほうがお客さんとのタッチポイントが多いので、きっと「じゃあ、具体的に何をやろうか?」が見えてくる気はしています。
そういったところの橋渡しじゃないですけど、いろんな動きを前に進めるところに力を入れていければいいかなと考えていますという。すごくざっくりしていますけど。
じゃが:いや、めちゃめちゃいい話をありがとうございます。
田中:よかった(笑)。