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Meets Professional #2 未経験ニートから大好きなゲームを仕事にして、辞めた話(全3記事)

大学中退→ネトゲ廃人→6年のニート生活を経験 プレイ時間は9000時間超え、『FF14』大好きCTOのキャリア

プロフェッショナルな方々を招き、これからのキャリア、ビジネス論、仕事の考え方、組織論などを教えてもらう勉強会「Meets Professional」。2回目のゲストは、合同会社UTAHA CTOの富永裕貴氏。ニート生活の後、未経験からエンジニア業界に入り、CTOまでのキャリアを築いた冨永氏が、成功・失敗の経験やそこからの気づきを共有しました。全3回。1回目は、大学中退、就職、転職までの経緯について。

大学は面倒くさくて中退、ネトゲ廃人で26歳までニート

富永裕貴氏:みなさま、こんばんは。合同会社UTAHA、CTOの富永と申します。こんなタイトルで大変恐縮ですが、私は大学を面倒くさいと思ってすぐに中退して、その後ひたすらオンラインゲームばかりやっていて、「そろそろ働き始めんとヤバい」と思って、エンジニアリングの業界に足を踏み入れてからだいたい6年くらい経つのですが、今日は私がどのように技術を習得しアウトプットをして今に至るのか、というようなことをお話ししたいと思います。

まずは簡単に経歴と、それからもう少し詳しい自己紹介をさせてください。私は富永裕貴といいまして、現在33歳です。神奈川県の横浜市にある桐蔭学園という高校を卒業して、当然のように受験勉強なんてしていなかったので浪人しました。浪人中も横浜の駿台予備校に一応籍はあったのですが、最初の1週間だけまじめに行って、あとはもうやる気がなくなったので一緒の高校の友だちや浪人の友だちと横浜のゲームセンターに1年中入り浸っていました。

朝8時半からゲーセンって開いているんですね、そういうサボっている人たちのために。8時半から予備校ではなくゲームセンターに行って、『QUIZMAGIC ACADEMY』というアーケードゲームと、『MELTY BLOOD』という格闘ゲームの腕を磨いていた1年間でした。

大学受験はしないとさすがにマズいので、適当に受けたらなぜか早稲田に受かったのですが、家から遠すぎるので本当に面倒くさくなって、3日で行かなくなってすぐに中退しました。

その後はいろいろなオンラインゲームを渡り歩く完全にネトゲ廃人となり、やっていたことは親の送り迎えと、たまにご飯を作るぐらいの、本当にガチニートをしていました。27歳くらいになる時に「ちょっとそろそろ働き始めんとヤバい」となって、適当に就職して今に至ります。

紹介では「合同会社UTAHAのCTO兼光の戦士」と書いてありますが、これは後ほど詳しくお話ししたいと思います。ちなみに「光の戦士」と書いてありますが、今日着ているTシャツは、これ見えますかね? これ「ウォーリア・オブ・ダークネス」なので、完全に闇のTシャツを着ていて、ちょっとミスったなって今気づきました(笑)。

現在はクラウドエース株式会社というGoogle Cloudを専門に扱うSIerの企業に籍がありまして、そこでまぁなんかいろいろなことをやっています。

趣味は書いてあるとおり、お料理とお菓子作りが本当に好きで、将来はパティシエ兼寿司職人でありたいと思って、今もけっこう1人で修行をしています。あとはなんかメチャクチャ美肌意識が高いので美容と、生まれてから一緒に育ってきた『ファイナルファンタジー』『遊戯王』『ポケモン』と。小学校高学年の頃の趣味そのまんま大人になったような感じで、これは男性あるあるかもしれませんね。

まずUTAHAの紹介をさせてほしいんですけれども、UTAHAという会社は、お客さまがお困りの課題に対して最速で支援して、達成するということをモットーに、エンジニアリングとマーケティングについてなんでもやります。

基本的には私と、もう1人杉山(杉山裕亮氏)という者と2人でやっています。「エンジニアリングとマーケティングについて、Google Cloudの技術を活用しながらいろいろやりましょう」というところになっていますので、なにかお困りの際はぜひご質問いただいたりご相談いただけると幸いです。

適当に履歴書を送ったら採用 就職活動は3日で終了

今日は、先ほど簡単にお話しした私のしょうもない経歴について、なんでそういう選択をしていたのか、今まで所属してきた3つの会社でやってきたこと、エンジニアとしてこの世界で生きてくる中で給与を上げるためにどういうことをすればいいんだろうかと考えてはいたので、何を考えてどういう行動を取っていったのかという、この3つについてお話ししようと思っています。

まず経歴ですが、先ほど話したとおり浪人とかニートとかいろいろやっていました。26歳までニートをしていたのですが、そこまでニート期間が長かった理由は『ファイナルファンタジーXIV』というサービスのせいなんですね。おかげとも言いますけれども。

『ファイナルファンタジーXIV』というゲームが人生を良くも悪くも変えてくれて、正直仕事している場合じゃないという感じで、『ファイナルファンタジーXIV』というゲームを夕方起きてから朝寝るまで、ひたすらやっていました。

毎年、就活の時期になると、ニュース番組に就活のシーンが流れるんですね。スーツを着た同じ年代くらいの人たちが就職のためにがんばって就活をしている映像が流れ、親がそれを目にするわけです。そんなことを何年も何年も繰り返している中で、「いや、さすがにそろそろ働き始めんとヤバい」と思って、職歴なしニートの就職活動が始まりました。

始まったんですけれども、当時使っていた転職サイトのエンジニアっぽい求人が一番上にある会社に適当に履歴書を送ったらなぜかすぐ採用されたので、就活と言ってもすぐ終わりましたね。3日くらいで終わりました。これはけっこう運が良かったかなと思っています。

(質問を見て)「utahaちゃんの年齢設定はありますか」という質問なのですけれども、本人も教えてくれないので僕も知らないですね。

(スライドを示して)社歴がこの3社あるのですが、職務経歴書をGitHubに公開しているので、それを見ながらだいたいどんなことやっていたのかを見てみたいと思います。

エンジニアとして3社を経験

クラウドエースの前はどこだ、ああ、ありましたね。最初はトライビートという会社でした。そこでやっていたのは、PHPで書かれたあるWebアプリケーションのいわゆる保守ってやつですね。すでに完成されたソフトウェアがあって、そのソフトウェアに対してバグを直したり、新しい機能を追加したり、そんなことを主にやっていました。

エンジニアになりたいと思ったのも、友だちがやっていて「かっこよさそうだから」で、適当な理由で始めました。PHPというものが何かも知らないですし、MySQLってどっか本で読んだかもしれんみたいな、そういうレベル感でした。

開発環境にVagrantというものが使われてどうのこうのって、当時はぜんぜんわからなかったんですね。わからなかったんですが、わからないなりに、この先どういう技術を勉強して習得していけば長く生き残れるかと、これは入社した時から考えていました。少なくともここでやっていることが、今後長く続くのかどうかだけは判断したいと思っていました。

でもそんな質問を会社の人にはできないので、Qiitaと、はてなブックマークのテクノロジータブと、クラスメソッドさんがやっているdevelopersIOというブログで特にバズっている記事を中心に毎日見ていました。みんなはどういうことに注目して、どういうアウトプットをしているんだろうと常に考えて、それを読んで理解できるようになろうと勉強していました。

そこで出会ったのがDockerだったんですね。2016年くらいってコンテナ技術全盛期……今も全盛期かもしれませんけれども、コンテナ技術というものがけっこう注目され始めた頃で、コンテナというものを勉強したらなんかよさそうだなと嗅ぎつけて、自分でDockerの本を買って勉強していました。

コンテナ開発はエンジニアになった時から勉強して今もやっていますが、コンテナができることでさまざまなことに対応できるようになったと思うので、当時の「コンテナができないとこの先ヤバそう」という感覚はちょっと合っていたのかもしれません。

トライビート自体は1年と半年在籍して辞めて、クラウドエースという会社に転職したのですが、これがけっこう大きな転機となりました。クラウドエースではGoogle Cloud Platformというパブリッククラウドと、それに関連するOSS、Kubernetes、AngularとかNode.jsを使ったサーバーサイドとか、そのインフラのアーキテクトからフロントとバックエンドのコーディングまで1人でやらないといけなかったんですね。これがけっこう功を奏しました。

詳しいことは後で話すとして。次にスクウェア・エニックスという、『ファイナル・ファンタジーXIV』の話をした後にスクウェア・エニックスという会社に行く時点でお察しだと思いますが、これはまた後で詳しく話したいと思います。この3社で私のキャリアは形成されています。この後それぞれ深掘りしたいと思います。

「SSRを10連で2枚抜き」くらい先輩がメチャクチャいい人だった

まずトライビートという会社なんですけれども。この業界に今いられるのは、この会社が職歴なしニートの白紙の履歴書を見て採用してくれたからに他ならないので、今でも当時採用してくれた人事担当者の方にはすごく感謝をしています。

ただ問題があって、給料がメチャクチャ安かったんですね。大卒の新卒初任給でもよほど安くて、「このままではマズい」という意識は入社する当時からありました。

一方で良かったのが、人。当時、私の上にメンターと呼ばれる先輩が2人ついてくれたんですが、その先輩たちがメチャクチャいい人たちすぎて。ガチャに例えると、1パーセントの確率で排出されるSSRを10連で2枚抜きしましたみたいな、そんな感じのことを思うくらいには本当にいい人たちでした。この人たちが技術的な相談にカジュアルに乗ってくれたおかげで、勉強の方向性をあまり誤ることがなかったかなと思っています。

業務形態はSESと呼ばれるもので、もしかしたらけっこう嫌われがちかもしれませんが、いわゆる常駐型の派遣業務です。10年くらいずーっと保守され続けるシステムなので、ソフトウェアアーキテクチャもあまり良くなくて。そういうことをだんだん意識するようになった頃に、やはりこのシステムとこの会社に長くいるのはちょっとマズいかもと(思い始めました)。

同時にAngularというフレームワークがバージョン2になって、TypeScriptというものでネイティブに動くように進化したんですね。TypeScriptとAngularとの出会いが私の技術的な支えに今もなっていて、あの時TypeScriptとAngularをまじめに取り組んだからこそ、今コーディング部分でいろいろできるようになっているような気がします。

ちょっと質問が来ているのでお答えしましょうか。「まったくプログラミングの経験がなかったのでしょうか」、はい、ありませんでした(笑)。もちろん入社する前にC言語とかで自分のWindows PCで「Hello World」を表示してみましょう、みたいなのはやりました。けれども、その経験が業務上なんの役にも立たないことは、みなさんおわかりかと思います。本当にそのレベルでした。

「『RPGツクール』など、なにかしらのものづくり経験は?」、ものづくり経験。記憶の限り……いや、ありますね、あります。でもこれはプログラムは一切関係なく、3DCGモデリングをしていましたね。これは趣味です。

LightWave 3Dというソフトウェアがあって、学生ライセンスだと5万円くらいで買えたので、大学を休学して籍があるうちに5万円を出して買いました。それでアニメに出てくる武器をいろいろ自分で3DCGモデリングして遊んでいたというのが、強いて言えばものづくりの経験として挙げられるかもしれません。

「Google Cloudをやりたい」と思っていたところにたまたまスカウトが来た

そんな株式会社トライビートを転職するきっかけになったのが、Google Cloudのセミナーだったんですね。トライビートはAWSを採用していたんですけれども、先ほど言ったSSR1パーセントの先輩のうちの1人から「Googleのクラウドもすごいらしいから、一緒に行こうぜ」と言われて、わざわざ有給を取って平日1日中行われるセミナーに朝から参加しました。

もしかしたら名前を聞いたことがある方もいるかもしれませんが、Googleの社員の方に中井悦司さんという方がいるんですね。今もご在籍で、今日から行われている「DevFest」でも基調講演をやっていました。

中井悦司さんとか、認定トレーナー……Google Cloudの認定制度であるトレーナー資格ですね。私も所持しているのですが、当時の認定トレーナーの方々がすごく楽しそうにGoogle Cloudのサービスについて話すんです。

やはりコンテナを勉強していたというのもあって、Kubernetesというものの登場と認知があまりにも鮮烈すぎて、このセミナーを受けた翌日からさっそくGoogle Cloudの無料枠を使ってKubernetesクラスタを作って、先輩と一緒にマニュフェストファイルを書きました。今思えばクソみたいなマニュフェストファイルをたくさん書いてましたが、自分たちのコンテナをクラスタで実行するということをすごくやっていました。

クラウドエースに入ったのは、転職を考えたというよりも「Google Cloudをやりたい」と書いていたWantedlyにクラウドエースからたまたまスカウトが届いて、CTOがいい人だったので行くことに決めたという感じで、自分からクラウドエースの門を叩いたわけではなかったんですね。

当時トライビートという会社には、「札幌支社に行ったら好きにしていいよ」と言われていたので、なんなら札幌に行く気満々で、転職はぜんぜんしなくていいやと思っていたんですね。

ですが、Google Cloudがメッチャすごそうと思っているところに、偶然クラウドエースからスカウトが届いたので話を聞きに行かざるを得ないと思って。聞きに行ったらいい人がいたので、「じゃあ行きます」と言いました。あと、提示された年収も倍まではいきませんが、1.8倍くらいの年収を提示されたので、「じゃあもう行くじゃん」と思って速攻で入りました。

(次回へつづく)

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