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プロダクトマネジメントで本当に大切なこと(全3記事)

“プロダクト自体が病気にかかる”原因はビジョンがないから ラディカ・ダット氏が語る、スピード+イテレーションの危険性

『ラディカル・プロダクト・シンキング』のエッセンスを紐ときつつ、米国におけるプロダクトマネジメントのトレンドや、プロダクトマネジメントを成功に導くための考え方を探る「プロダクトマネジメントで本当に大切なこと」。ここで著者のラディカ・ダット氏と監訳者の曽根原春樹氏が登壇。まずは、“プロダクト病”とその原因について話します。 ※ 本講演では、ラディカ氏の英語の発言を曽根原氏が逐次翻訳をしています。

「イテレーションとピボットを続けよ、起業しろ」は危険を孕んでいる

曽根原春樹氏(以下、曽根原):紹介にあずかりました曽根原です。みなさん、お忙しいところお集まりいただき、誠にありがとうございます。

今回は『ラディカル・プロダクト・シンキング』の出版記念イベントということで、「ぜひラディカさんと一緒に出られれば」とずっとお話をしてきました。この1時間がみなさんにとって有意義な時間になることを願っています。

今日はスライドを準備してきましたが、すでに読まれている方は読んだ本の復習として、まだ読まれていない方はこれからの予告編として、ぜひ聴いていただきたいと思っています。

今日来ていただいている原作者のラディカさんが、みなさんにぜひあいさつをしたいということで、最初にラディカさんからお言葉をいただきたいと思います。

ラディカ・ダット氏(以下、ダット):Thank you. みなさんこんにちは。本日はご来場いただき、また本書への熱い応援をありがとうございます。この本は私にとって深い意味があり、みなさんとわかち合えることに感激しています。この本を書くにあたって、私はグローバルな視点、つまり、世界中の事例を共有したいと思いました。

多くのビジネス書はシリコンバレー的な物語で、有名なユニコーン企業の事例が多く紹介されています。その代わり、私はどのような組織でも正解を変える製品を体系的に構築できる方法、つまりより少ない反復でより多くの成果を上げる方法を紹介したいと思いました。

1997年に3ヶ月間日本に滞在し、インターンとして日本企業で働きました。インターンだった私を、論文の筆頭著者にしてくれたすばらしい上司がいたのです。

「ラディカル・プロダクト・シンキング」を実践してくれるみなさん。ぜひLinkedInにコンタクトして、どのように変化を起こしたか、そのストーリーをシェアしてください。もしかしたらみなさんの日本での体験談が、私の次の著書の基礎になるかもしれません。ありがとうございました。

曽根原:というわけで、さっそくお話を進めたいと思います。この『ラディカル・プロダクト・シンキング』という本ですが、ある種のテーマがあったわけです。まずどんな思いでこの本を書いたかという部分について、お話をしていきたいと思います。

例えば起業したいとか、新しいプロダクトとかサービスを作る時、いろいろな書籍があり、いろいろな方がいろいろなことをお話されています。

特にイノベーションの実際という観点でいくと、いかに早く失敗してそこからすぐに学ぶかとか、早く動いて壊してすぐ改善、つまり「Move fast and break things」みたいな話がありますよね。あとはイテレーションを素早くして、どんどん試して、そこから失敗して新しいことをどんどん学ぼうということが話されているわけです。

こういうことは、例えばVCがついた場合のスタートアップでも出てくるわけです。特にユーザーが定着する状態、つまりプロダクト・マーケット・フィットに辿り着くまで、ひたすら「イテレーションとピボットを続けよ」「起業しろ」みたいなことが言われているわけなんですよね。

これ自体は間違いではありませんが、すごく危険を孕んだものとなっています。ラディカさんはこのあたりについて1つ観点があるとのことなので、ぜひ意見を聞いてみましょう。

(ダット氏 話す)

曽根原:(ラディカさんによると)特にVCというビジネスモデルを考えた時に、全部が全部、成功するとは思っていないわけなんですよね。そのうちの何個か当たればいいと思っている。ただその当たる確率を早めるためには、いかに他が早く失敗してくれるかというところとリンクしているわけです。

なので、例えば10社あったとしたら、そのうちの1社当たってくれればいい。その代わり他の10社、投資している先がどんどん試してどんどん失敗して、どこが本当にユニコーンになり化けそうなのかを早く知りたいというところから、プレッシャーをひたすらかけ続けている現実があったりします。

(ダット氏 話す)

曽根原:(ラディカさんによると)こういうモデルで進んでいくと、当然あるタイミングで大きく成功するスタートアップ、いわゆるユニコーンが出てくるわけですが、こうした企業が言っていることは、いわゆる生存者バイアスがかかった情報に自ずとなってくる可能性が高いわけですよね。

素早いイテレーションの話は、ある種スポーツカーに乗っているのと同じなんですよ。確かに早くなるかもしれません。実行のスピードが早くなるのは確かにそのとおりだと思います。

だけど、高性能なスポーツカーそのものはどこに行くか、どこに行くべきかを教えてくれるわけでは決してありません。あくまで目的地があり、そこに早く辿り着くためのものでしかないわけです。

一方、「お客さまは神さま」という言葉があって、カスタマーフィードバックをプロダクトを作る時の万能薬的に捉えられている方たちもたくさんいます。

特にアジャイルというコンテクストの中では、「顧客が望むもののために我々はアジャイルであるべし」、つまり顧客が望んだら我々はすぐに、クイックに対応しなければいけないかたちでアジャイルを回している、イテレーションをしているケースも当然あったりするわけなんですよね。これは非常に危険です。

というのも、カスタマーフィードバック一辺倒になっていると、本当に我々が正しい方向に向かっているのかを、道を逐一聞いて歩くような状態になってしまうんですね。

なにかをやっては「これ、本当に正しかったのか?」とカスタマーフィードバックを通して理解していくみたいな。(これは)非常に時間がかかり、(また)本当にそれがプロダクトにとって、会社にとって成功なのかがわからないままに進んでいるようなものになってしまうわけなんです。

だから、スポーツカーに乗る前に、もしくは道を尋ねる前に、我々はそもそもどこに向かいたいのかを事前にちゃんと知っておく必要があるわけなんですよね。

こういうことをしないとなにが起こるかというと、今回『ラディカル・プロダクト・シンキング』の中では“プロダクト病”と定義しましたが、プロダクト自体がある種の病気にかかってしまうわけです。

今日は時間の関係上すべてはお話しができませんが、事前のアンケートをとおして、特に獲得票が高かったものが2つあるので、その2つを取り上げて説明していきたいと思います。

ラディカ氏から見た「戦略肥大」の問題

最初に“戦略肥大”と呼ばれるものです。戦略肥大がなにかというと、プロダクトが総花的になっていて価値の鋭さを失っているということです。

これは言い換えると、プロダクトでサポートしなきゃいけないユースケースが多岐にわたり過ぎていて、いったい何を実現したいプロダクトなのかがわからない状態に陥っているということですね。

ユースケースが増えているということは、対応しなきゃいけないターゲットユーザーもぜんぜん絞れていなくて、千差万別みたいな状態になっているということです。

今日はラディカさんがいらっしゃるので、ラディカさんから見た戦略肥大について、ぜひお話をうかがいたいと思います。

(ダット氏 話す)

曽根原:(ラディカさんによると)ラディカさんが今お手伝いしている会社があると。彼らはサプライチェーンに関わるプロダクトを作っていますが、この会社は1つのプロダクトで非常に多くのペルソナをサポートしているような状態です。

(ダット氏 話す)

曽根原:(ラディカさんによると)サポートしているペルソナの例として、1つはその商品を運ぶ人たち。

(ダット氏 話す)

曽根原:(ラディカさんによると)2つ目のペルソナはトラックとかです。その乗り物のオーナーの人たちのための体験です。3つ目はブローカーということで、運びたい人と車を提供する人をマッチングするという、バラバラのペルソナをサポートしている状況でした。

(ダット氏 話す)

曽根原:(ラディカさんによると)その結果なにが起こったかというと、すべてのユーザーさんを満足させようとするので、とにかくあれもこれも機能を改善していかないといけない、機能追加していかなきゃいけない状況に陥りました。その結果、どのユーザーさんの満足も満たすことができない、中途半端な状態になりました。

これはわりと日本の会社だったらあり得る話だったりするわけです。特にSI型でビジネスをやっていると、すぐにお客さんの声を拾わないと「ディールが決まらないんですよ」みたいな話になって、結局プロダクト全体としてどこのターゲットを目指して作ったかよくわからない状態に陥る。

つまり、ディールごとに機能を追加していくような状況になっちゃうんですよね。それがまさにここで言う戦略肥大、"Strategic Swelling"と本書では言っていますが、こういった状況に陥ってしまうことになります。

“ロックイン症候群”の具体例

曽根原:2つ目のプロダクト病は、ロックイン症候群と言われるものです。これはなにかというと、特定のテクノロジーを使うことに固執して、顧客の問題は二の次。顧客の問題を解決するための柔軟性に欠けている状態に陥っているようなプロダクトのことを言っています。

これは例えばどういうことかというと、最近はWeb3とかブロックチェーンとかがすごく話題になっていますが、こういったテクノロジーを理解することなく、一方的に「ブロックチェーンでなんかいい感じのを作ってよ」みたいに、ぶっきらぼうに言われちゃったりするわけです。

これは完全にロックイン症候群の入口に立っています。あるいは「AIでなんかいい感じのを作ってよ」というのも同じです。そもそもなぜブロックチェーンなのか、AIを使わなきゃいけないのかを議論せずにそこから始まってしまっているということです。顧客の問題は二の次だという話になります。ここでラディカさんの意見も聞いてみましょう。

(ダット氏 話す)

曽根原:ラディカさんは、今僕が挙げた例とは違う観点の例を説明しようとしていて。今ラディカさんが手伝っている大企業で、DXという御旗のもとに、ユーザーセントリックなプロダクトを作ろうとしている人たちの例です。

(ダット氏 話す)

曽根原:(ラディカさんによると)こうした大企業は、DXが入ってくる以前に、もう大きく成功しているわけです。ただこの成功というのは、DXが存在する前のモデルで成功しているのであって、DXを使うということは、大きく考え方とかテクノロジーとの関わり方とかを変えなきゃいけないわけなんですよ。

(ダット氏 話す)

曽根原:(ラディカさんによると)こうした企業の難しいところは、過去に大きくDXなしで成功してきてしまっているばかりに、「なんでDXを使って今の成功モデルを崩さなきゃいけないんだ」というマインドセットがあったりすることです。

そうすると、DXを使った変革がすごく難しくなるし、なかなか理解も得られない状況になってしまいます。これもまさにロックイン症候群の例になります。

こうした企業が本当に提供していかなきゃいけない価値は実はDXの先にあるかもしれませんが、そういった部分をきちんと探索せずに、いきなりDXという議論から始めてしまうばかりに、このロックインから抜け出せなくなってしまうということになります。

そもそもなぜプロダクト病に陥ってしまうのか

曽根原:こうしたプロダクト病は他にも4つぐらいあります。ぜひ本書を読んでいただければなと思います。

なぜこうしたプロダクト病にそもそも陥ってしまうのかです。結局どこに紐づくかというと、プロダクトビジョンがないんですよ。みなさんがこうした病に陥っている。

プロダクトに携わっている人、もしくは意思決定者、企業経営者の人たちは、そのプロダクトをどこに導きたいのか、そのプロダクトをとおしてどうしたいのかというビジョンがまったくないんです。いきなり手段とかテクノロジーとかから入ってしまう。

なので、そこに関わっている人たちはがんばってはみるけれど、どこを目指していいのかわからない。DXという御旗のもとにたくさんのPoC(Proof of Concept)を立ち上げて、それぞれのPoCがなんとなーく成功したけれども、その先どうしていいかがぜんぜんわからないという、いわゆるPoC倒れの話ですよね。このような状況に陥ってしまいます。

なので、プロダクトビジョン(を決めること)と、それをしっかりと戦略に落とすことが始まらないと、どんなに筋のいいプロダクトでも、やはりスピードとイテレーションだけでは必ず立ち行かなくなってしまいます。

イテレーションだけだと実は不十分なんですよね。(スライドを示して)この絵に黒いドットがありますが、各ドットがバラバラな方向にテストしたり進化させようとして、一発を目指したりすることが起こってしまって。

例えば、DXの御旗のもとに、「どんどんやれ、どんどん実験しろ」という話が上からくると、スピードが加わるわけですね。そうすると、もはや完全に支離滅裂状態になってしまいます。「いったいその会社はDXでなにをしたいの?」という状況に陥ってしまうわけです。

だからこそ、こうした状況に陥らないためにも、単純にイテレーションやスピードだけではなくて、プロダクトビジョンを組み合わせることによって、本当の加速が実現できるわけです。

特に実行・イテレーションで踏み切る前にプロダクトビジョンを最初に作っておかないと、全員に同じ方向に向いてもらわなければ、なんのためのイテレーションなのか、なんのためのスピードなのかがわからなくなっちゃいます。すべてのPoCとかテストとか、ユーザーインタビューとかが、有機的につながらないわけなんです。

これは特にシリコンバレー企業でも言えることです。私が今いるLinkedInもそうですし、そのビッグテックに関わるスタートアップもそうです。

我々のようなビッグテックになると、プロダクトマネージャーの数は100人単位になるんですよ。それこそ500人とか600人とかの規模になってきます。

500人、600人のプロダクトマネージャーたちが、それぞれの思いに任せて勝手にプロダクトを進化させていったら、そのプロダクトは確実に崩壊します。(スライドを示して)まさにこの左のような状況になってしまうわけです。

それだけプロダクトマネージャーがいる中でも、例えばGoogle然り、いわゆるGAFAの話も、LinkedInもそうですが、プロダクトが引き続き多くの世界中のユーザーさんに使い続けてもらえているのは、やはりしっかりしたプロダクトビジョンがあり、各プロダクトを作る人たちがそのプロダクトビジョンをしっかり理解しているということなんですね。

私のいるLinkedInの例を話すと、我々がPRD(Product Requirements Document)を書く時、PMの人たちは必ずLinkedInのプロダクトビジョンを書きます。そこから始めます。誰1人、そこからブレることはしません。誰に聞いてもLinkedInのプロダクトビジョンを答えられます。それぐらいプロダクトビジョンは深く根付いてるわけなんですね。

なおかつ、プロダクトビジョンから外れるような意思決定に関しても、すごくシビアです。「なんでそこから外れようとするのか」に関して、ロジックやデータをきっちり詰めていかないと、なかなかアイデアもとおらないというぐらい、プロダクトビジョンは大事にされているものなんですよね。

(次回に続く)

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