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ITレジェンドが語る「プログラミング力とは何か」 (全5記事)

自分は何を求めて、何を諦めるのか? ITレジェンドたちが語る、キャリア形成で必要な考え方

日本が世界に誇るITヒーローたちが集結。民間からデジ庁統括官に転じ日本のDXをリードする楠氏、超人気プログラミング言語Rubyの生みの親として世界中で尊敬を集めるまつもと氏、世界最大級のプログラミングコンテスト「AtCoder」代表であり自身も世界最高峰の競技プログラマーでもある高橋氏。夢のようなセッションが実現しました。全5回。4回目は、世界と比較して低い傾向のある日本のエンジニアの労働力とリモートワークの導入について。

お給料だけを求めるなら海外に行くのがいい選択

後藤智氏(以下、後藤):先ほど楠さんからお話があった、海外の労働力に対するお話をおうかがいします。

今ちょうど円安が進んでいます。非常に日本の円が弱くなっている、イコール、日本の労働力が安くなっていると解釈していいと思いますが、僕が時々驚くのは、例えばインドのエンジニアだとお給料がUSドルで5,000、6,000ドル、新卒で一番高いレベルのITの大学を卒業して、大学から入ったニューグランツの人たちは、最初の月からUSドルで7,000、8,000ドルとかいってしまう。

そういうのを考えると、日本の労働力は逆に今非常に安くなっているのかなと思うのですが、これについて、みなさんのお考えを聞いてみたいなと思います。例えば高橋さんは、どうお考えでしょうか?

高橋直大氏(以下、高橋):悩ましいですね。安いのかなとは思っています。安いのかなとは思っていますが、うちのユーザーを見ると、日本の中でも平均年収と比べてお給料がけっこう高い人が多いんですよね。

新卒でも1,000万円をいきなりポンともらう人は普通にいます。そのクラスが「1,000万円は安いよね」と言ったら、アメリカ水準とかだとそうだとは思うんですよ。GAFAだったらもっと上のランクはあると思いますし、そこらへんは正直、環境がそうなっちゃっている以上、しょうがないよねというのが、国でもなんでもない一企業としての僕の意見にはなります。

じゃあ、お給料を増やせるのかという話になった時に、結局お給料は、会社にどれだけの売上があって、その中で従業員にどれだけ配れるかという感じで決まっていくはずなんですよね。

日本の会社の給料が少ない理由がなんなのかといったら、たぶん根本的に売上が少ないから給料が配れていないんだよねという話で、世界で展開しているサービスは当然儲かる。

正直、GAFA以外のシリコンバレーの会社が、なんでそんな高いお給料でいけるんだというのは、僕にはよくわからないところもあります。バブル的なのもあるよねと思っているのと、希望があるものにはどんどん投資するというので、水準がそれぐらいになっているからというのは、わかるっちゃわかるんですけども。

そういう情報系の企業で、世界でドンとやっている企業が今の日本にあるかといったらないし、売上がそれでドンって上がっている企業あるかといったら、ないは言い過ぎなのかもしれないですけど、そういう感じなので。

お給料が低いのは仕方ないと思う部分も正直ありますし、本当にお給料だけを求めるなら海外に行くというのが、個人の選択としてはいい選択になるのかなとは正直思っています。

だけど日本人は正直、日本が好きなので、多少給料が低いくらいじゃなかなか海外に行かないよねと思っているのが僕の本音です。ただ、それに甘え過ぎてどんどん差がついていくと、いつかそのラインを越えて一気に流れていくようになっちゃうのかなと思っています。ぜんぜん専門的なコメントじゃなくて申し訳ないんですが、そんな感想です。

後藤:ありがとうございます。

どこに住むか、何を諦めるか、何を求めるかも含めて考えないといけない

後藤:まつもとさんは、いろいろな海外の方とお仕事をされていて、特にこういったことを感じやすいかなと思うのですが、どうでしょうか?

まつもとゆきひろ氏(以下、まつもと):いくつかあると思います。平均給与の話をすると、やはり日本のサラリーマンの給料は、例えばアメリカあるいはヨーロッパの人たちと比べると平均的に決して高くなくて、むしろ低い。

少なくともソフトウェア開発者に限って言うと、最近は中国の上海でソフトウェアを開発している人たちと比べても、安いのが現状ですね。今は円安が来ているので、さらに2割ぐらい安くなっていると思います。厳然な事実として、日本のソフトウェア開発者の給料が、為替レートで換算すると安いのは確かだと思います。

ただ、すでに高橋さんもおっしゃっていましたが、やはり変数がたくさんあり過ぎて、給料の額だけを取り出して、高い給料だけを求めることが正しいことかどうかというのは、よくわからないわけです。

例えば当然、給料の高いところは家賃も高けりゃ物価も高いだろうし、「酷い日本食しか食べられないところは嫌だ」と言う人たちもけっこういると思うし(笑)。

あちこち行きましたが、日本における食べ物の値段と質はたぶん、世界に冠たるものだと思っています。1,000円以下でこれだけおいしいものを食べられる国はほかにありません。

それを考えると、日本がいいというのはわかるし、あるいは幸福度を測ると、年収が一定以上高い人たちはむしろ幸福度が下がるという統計もあります。確かに、年収が高ければプライド、自尊心が満たされるので、「そうは言っても俺は一千何百万円稼いでいるから」「給料をもらっているから」と自分のプライドは満足するけれども、それで本当に幸福かと言われるとハッキリわからないところはありますよね。

なので、自分の求めているものをハッキリ認識しないと、何を求めるべきかはわからないと思います。

さらに言うと、自分が求めているものがハッキリわかれば、例えば日本に住んでいながら、海外の企業でリモートワークをするという選択肢も最近はだいぶ増えてきて、実際そういうことをしている人も、私の知人の中にも何人もいます。私自身も、海外からお金をもらっているケースも何件かはあるので、そうすると自動的に2割増してうれしいというのもあるんですけれども(笑)。

あと、外資系と話をしている時に、「しまった、ドル建てで契約をすればよかった」って今思っているんですけど。

そういうのは置いておいてね。日本のサラリーマンの給料が安いというのは、話の種としてはいいんだけれど、実際に自分の生活の判断としてどうするかという時には、ほかにもいっぱい変数があるから、いずれにしても、どこに住むか、何を諦めるか、何を求めるかも含めて考えないといけないなというのは確かだと思います。

そうは言っても、サラリーマンとして稼げるお金は、国を変えても大したことないんですよね。本当にお金を持っている人は、経営したり金融資産によって儲けているんですよね。会社を経営して、その会社を売却したので、その売却益がすごいことになりましたみたいな。

だから、本当にお金を儲けるのであれば、アメリカの給料が高いとかじゃなくて、会社を売るところで起業するほうがむしろ求められるんじゃないかなと思うので、考えるべきことはもっとたくさんあるんじゃないのという気がします。

なので居酒屋で、「アメリカの給料は高いんだって」とくだを巻くのはご自由にという感じですが、自分の人生の選択をするのであれば、それだけじゃなくて、もうちょっと真剣に考えたほうがいいんじゃないかなという気はしますね。

後藤:ありがとうございます。

エンジニアはグローバルの給与テーブルの中で働きやすい業種

後藤:楠さんは、今の日本の労働力が安いという状況について、どうお考えですか?

楠正憲氏(以下、楠):難しいですよね。この間「2ちゃんねる」をやっていたひろゆき(西村博之氏)が、フランスのマックかなんかでレシートをTwitterにアップしていて、2,000円ぐらいしていたんですよね。きちんした定食を下手したら600円、700円で食べられる日本は、たぶん購買力平価なんかと比べても、相当生活の満足度が高い部分もあるような気がします。

あと、みんなね、アメリカが西海岸とニューヨークでできていると思い過ぎ。アメリカは50州あって、ムチャクチャ給料が高いところは、ごく一部です。

アメリカの平均的な給与は、それぞれ仕事ごとにポジションを入れると全部出てくる「Glassdoor」で見てもらえればいいと思うんだけど。そりゃ、カリフォルニアやニューヨークの本当にトップノッチの連中の給料は、確かにすごくいい。日本の役員報酬より高い金額をもらっているソフトウェアエンジニアもいっぱいいるけれども、それはアメリカの中でも一握りの話です。何億も人がいる中で、IT業界でそういう仕事をしている人は本当に一握りです。

そして、まつもとさんがおっしゃったように、結局、この世界では急激にリモートワークが増えていて、GitLabみたいに、会社全体がリモートワークみたいな世界もあるわけですね。

こうなってくると、もはやITエンジニアという職そのものが、ある種、場所と同じようなセグメントなんですよ。そこはインターネットでつながった平らな世界で、例えば給与レンジというのは、購買力平価に従って、ニューヨークとか西海岸で働くんだったら何割増しという補正はかかるにしても、だいたいその土地、その土地でコンペティティブに優秀な人を採れる値段になってきます。

日本国内でさえ、沖縄と東京にはけっこう給与格差があったわけですが、最近、ヤフーとかは「別に全部リモートでいいよ」と言って、本社のフロアをものすごく減らして、そのうち2フロアにデジタル庁も入っているわけです。ヤフーでは、家族の事情などで地方に移住した方の出戻りもけっこう起こっているみたいです。

ITという共通の言葉を使えていれば、地方にいても東京の仕事も取れるようになったし、あるいは西海岸やニューヨークとか、ドイツのベルリンの仕事とかも取れるようになった。ITエンジニアは、そういう意味で、ほかのいろいろなサービス業と比べると、はるかにグローバルの給与テーブルの中で働きやすい業種にいます。

だからむしろ僕の悩みは、どうやって公務員の俸給表の中で優秀な人にデジタル庁に来てもらうかとか、「いやいや、デジタル人材にはもっと払わなきゃいけないんだよ」という交渉をどうやって人事院とするかとか、そういうことになりますが、ITの世界はもう本当にフラットになってきたなと思います。

後藤:なるほど、ありがとうございます。

フルリモートは使いどころを見分けながら使う

後藤:ちょうど今、リモートのお話になったと思いますが、2020年からCOVIDが流行るようになり、いろいろな会社がDXということで、リモートワークを進めてきました。

先ほど楠さんのお話でもあったとおり、GitLabという会社は、もう100パーセントリモートで、全部ドキュメント化しています。「みなさん海外の好きなところから自由に働いてください」とやっている会社もあります。

高橋さんは会社を経営されていて、今リモートで従業員の方とお仕事をされているとは思うのですが、CEOの立場からリモートワークについてはどのようにお考えですか?

高橋:うちの会社は、そもそもコロナ前からけっこうリモートが多かったんですよね。会社に来る必要がない時は別に来なくていいよねという感じで、ほぼほぼフルリモートだった時期が、コロナより前にすでにありました。そもそもうちの会社が創業した時、僕が東京で、今の副社長が和歌山にいたので、リモート以外あり得ないみたいな状態だったんですけれども。

人数がちょっと増えてからフルリモートをやってみると、制度がしっかりしていればたぶん進みますが、ベンチャーとか、制度がしっかりしていない部分をふだんの会話の量で補っている会社だと、回らなくなるなというのを本当に感じました。

フルリモートで効率のいい状態を保つのはたぶん可能ですが、そのためにきちんと準備をして、フルリモートのためにこういうふうにするぞというのを制度として用意してあげないと、フルリモートにした瞬間に崩壊する会社はいくらでもあると思いますし、フルリモートが必ずしもいいとはあまり思っていません。

やはり制度として、フルリモートにすることによって何が失われるのか、その失われたものをどうやって補うのかをきちんと考えないと危ないです。でもリモートはいいこともたくさんあるので、一長一短できちんと使いどころを見分けながら使っていったり、やめたり、制度を増やしたりしていくのがいいのかなと僕は思っています。

後藤:なるほど、ありがとうございます。

本当に生産性を上げようと思ったら、非同期でないとダメ

後藤:まつもとさんの場合はロケーションを固定せずに、今はリモートの利点をより活かされているのかなと思うのですが、まつもとさんはリモートに関してどう思っていますか?

まつもと:もともとオープンソースの開発は、どこか1ヶ所に集まってという感じではないので、もう10年以上も前からある意味フルリモートだったわけですよね。なので、コロナが来たからといって別に開発そのものは変わることはありませんでした。

例えば私はけっこう講演を引き受けていたんですが、そういうのがオンラインになったとか、そういう社会的受容性というんですかね。今までだと「いや、そうは言っても顔を見ないとね」とか言っていた意思決定者に近い人たちが、「コロナだからしょうがないよね」と言ってくれるようになったのは、すごく大きいことだと思います。

やはりそういう、今までのやり方を踏襲するという発想になりがちな人たちはかなり多いんですが、そういう人たちにエクスキューズと言うんですかね、環境を強制的に変化させなくちゃいけなくなったというのは、パンデミックの数少ない良い点だったのではないかなという気がします。

あとは、リモートをするためにはそのための仕組みを用意しないといけないという話もありましたが、プログラミングでもそうなんですけれども、本当に生産性を上げようと思ったら、やはり非同期でないとダメなんですよね。

それをある意味強制できるのがフルリモートだと思います。仕組みを変えてでもフルリモートあるいは、非同期業務みたいなものを実現することが、日本の生産性が上がっていないと言われていることの解決には必要なんじゃないかなという気はしますね。

後藤:ありがとうございます。

リモートにできる仕事は徹底的にリモートにしていくべき

後藤:会社によっては、いや、そうは言ってもやはり来なければいけないという日本の会社もけっこうあると思います。

一方で、「もういいですよ」「100パーセント自分の好きなところから働いてください」と言っている会社もあります。楠さんの立場からすると、どっちを推進したいと思っていますか?

:二者択一で選ぶものではないですよね。今日も私、ここを見てもわかるように登庁しているんですよ。本当は週に1度ぐらいはテレワークを入れようと思っていて、うちの部門は、ちょっと前まではだいたい7割ぐらいがテレワークでした。4月に入ってだいぶコロナが落ち着いてきて、それでも今も半分以上の方がテレワークをしています。

私が今日テレワークじゃなくなったのは、国会に呼ばれて答弁をしたからですが、やはり仕事によって相手に合わせなきゃいけないことはいっぱいあるわけですよね。

今、自民党の党の会議はすごく早いんですよ。国会が始まる前にやるので、朝の7時半とか、朝の8時から会議とか。永田町の自民党本部まで通っていたので、7時半から会議だと、6時半ぐらいには家を出るわけですよ。

これが今、逆にコロナ対策で「よほど大事な用事がない限りは、基本リモートで」と言われて、スマホとかからも入れるようになって、ものすごく楽になってよかったなと思います。国会の委員会は、やはり今でもリモートではなくて、きちんとそこに行かなきゃいけないんだけどね。

それで今日も出社していたわけですが、世の中には絶対にリモートにならない仕事がいっぱいあると思います。例えば、介護の方だって、レストランで配膳する方だって、料理を作る方だって、リモートには絶対にならない。

だから社会全体でリモートでできる仕事は、たぶん2割3割あったら上出来なんじゃないか。だからこそ、リモートにできる仕事は徹底的にリモートにしていくべきだと思うし、その比率を上げられると、コロナによって冷え込む経済の割合を減らすこともできるので、これからまだ第何波とかがあるかもしれない中では、とても大事なことだと思います。

ただ、それだから通わなきゃいけない仕事をバカにすることは決してあってはならなくて、むしろリモートで働いている方々は、そういう人たちが出てくれているからリモートで働けるんだと。緊急事態宣言中でも温かいご飯が食べられるのは、「Uber Eats」で運んでくれる人がいるからかもしれない。

そこは、けなし合うんじゃなくて、お互いに感謝し合っていかなきゃいけないし、その中でよりフレキシブルな働き方ができる人の割合を増やしていくために、仕事のやり方自体をどうやって変えていくかということはとても大事なんだろうと思います。

後藤:なるほど、ありがとうございます。

(次回へつづく)

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