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「シン・エヴァ」と「スタジオカラー」のシステムづくり(全2記事)

コロナ禍に始まった『シン・エヴァンゲリオン劇場版』の制作 ニコニコ動画の開発者が語る、アニメーションのシステムづくり

「Day One - CTO/VPoE Conference 2022 Spring -」は、日本CTO協会が主催するイベントです。パネルディスカッションでは、政財界、テクノロジー分野の第一人者をパネリストにお迎えし、日本CTO協会理事のモデレートにより、“Day One”をテーマにご講演いただきます。ここで登壇したのは、株式会社カラー、ならびに株式会社プロジェクトスタジオQの鈴木慎之介氏。『シン・エヴァンゲリオン劇場版』のシステムづくりと、これまでとこれからの取り組み、そしてエンジニアリングへの想いについて語りました。全2回。前半は、ツール導入、創作データの管理について。

カラーならびにスタジオQの技術担当

鈴木慎之介氏:みなさん、こんにちは。株式会社カラー、ならびに株式会社プロジェクトスタジオQの鈴木と申します。本日はこのような機会をいただき、誠にありがとうございます。

『「シン・エヴァ」と「スタジオカラー」のシステムづくり』というタイトルで、アニメ業界、映像業界の視点からお話しします。聞きなれない言葉があるかもしれませんが、なるべくわかりやすく話すように努めますので、よろしくお願いします。

今回のコロナ禍で、私たちは『シン・エヴァンゲリオン劇場版』という映画を作ってきたわけですが、そういった中で得た知見だったり、体験談だったりを少し織り交ぜて話したいと思います。

株式会社カラーは、2006年に創立されました。代表取締役社長は、監督・プロデューサーの庵野秀明が務めています。主に『エヴァンゲリオン』シリーズや、ほかの一部アニメーションなどの制作を行っています。

主な作品は、『エヴァンゲリオン』シリーズですね。最近だと、『シン・エヴァンゲリオン劇場版』を公開しました。上映はすでに終わってしまったのですが、Amazon PrimeVideoで配信されているので、よかったらご覧ください。

あらためて私の自己紹介ですが、鈴木慎之介と申します。カラーならびにスタジオQで技術担当をしています。

私のキャリアですが、2022年3月まで株式会社ドワンゴで働いていました。入社したのが2000年ぐらいなので、かれこれ22年間ぐらいその中で、基本的にはエンジニアとしてキャリアを積んできました。

作品と言うとおこがましいですが、作ったサービスでいうと、2006年に「ニコニコ動画」という動画配信サイトを開発しました。また、2021年にかけて『シン・エヴァンゲリオン劇場版』のシステムマネジメントを担当しました。

カラーの取締役から来た「システムが大変でして」

「始まり」です。この表示を出すと、かなり映画館っぽい感じがしますが、今から遡ること4年前、2018年ですね。カラーの取締役で2Dを担当していて、ドワンゴの時代から付き合いがある小林(小林浩康氏)から、あるお願いをされました。

このようにざっくり、「システムが大変でして」と。もう何がどう大変なんだというところで、かなり衝撃を受けた記憶がありますが、これを聞いて、やはりまずはヒアリングをしました。当たり前ですが、そもそも何が課題だったのか、ダメだったのかというのを聞かないと課題が定義できないので、ヒアリングをしました。

本質的な問題は「システムのビジョンが不在」であること

本質的な問題は、「システムのビジョンが不在」で、この3点が課題です。

まず、ノウハウが蓄積されない。映像制作は、トップにいる監督がその作品の方向性や、スタッフィング、作り方などを設計して進めるもので、作品ごとの作り方に応じてシステムも形を変えていきます。

形を変えたシステムを作り上げて、作品が世に出ると、お疲れさまでした、終わり、というふうにクローズしてしまいます。それが非常にもったいないと感じていました。

また、主にエンジニアリソースなのですが、アニメ業界はクリエイティブ業界なので、基本的にはクリエーターのリソースを中心的に割きます。したがって、システムに対するエンジニアリングのリソースの割き方がどうしてもなおざりになってしまうということが課題感としてすごく感じていました。

最後に、「体系だった設計思想がない」。これはいわゆるシステムエンジニアリング、エンジニアリングそのものを経験したことがない方がいる。会社がそういう経験を持つ方を有していないので、そもそもシステムが作れない、改善ができないというところが大きな問題としてありました。

主眼は「作品の完成に貢献する」こと

それを踏まえてビジョンを作りました。どちらかというと方向性ですね。これは映像制作スタジオでは当たり前のことですが、「作品の完成に貢献する」。結局、作品ができなければスタジオ運営はできないので、まずは作品の完成を主眼に置きました。

1つ目、「クリエーターが創作に専念できる環境」。これはどの会社でもそうかもしれませんが、やはり社員が安定的に仕事ができる場所を用意するのは、必要最低限必須だなと思いました。まずはこれを整えようと思いました。

2つ目、「永続性のあるシステムの計画と創造」。先ほどお話ししたとおり、作品に依存するシステムになってしまうと、作り上げてから壊すというところで、ノウハウが次に続きません。そうではなくて、なるべくそのシステムを抽象化して作り上げて、再利用を行う。ドキュメンテーションも行って、人が変わっても永続的にその形が維持できるようにするというところを考えました。

最後に、「なめらかに変える仕組み作り」。私自身、最近講演の機会をいただくことがあり、なめらかなDXだったり、システム作りだったり、なめらかという言葉を用いて話す機会が多いのですが、今まで自分の中で、わりと抽象的に定義してしまった言葉だったので、この機会にどういうものがなめらかなのか、なめらかに変えることなのかをちょっとじっくり考えてみました。

なめらかに変えるというのは、もともとの変化を、あるべきところに持っていくところのプロセスだと考えているのですが、ドラスティックに変えることでいいこともあったり、他方で悪いこともあったりすると考えています。

特にクリエイティブの業界は、ドラスティックに変えてしまうと、それがすごくハレーションを起こす可能性を孕んでいる業界だなと考えていて、そこはシステムサイドとしても本望ではないというところで、ソフトランディングという言葉ではないですが、なるべくなめらかにということを意識して考えました。

エンジニアはアナログとデジタルのコンバーター

これは、僕が好きな言葉です。国の「デジタル社会の実現に向けた重点計画」で2021年に発表されました。「誰一人取り残さない、人に優しいデジタル化」。この話は、たぶんデジタル庁の話とも絡んでいると思いますが、なるべくハレーション起こさずに、みんながデジタル化に向けて変化できるというメッセージだと捉えています。

このメッセージを見て、いろいろと解釈ができるんじゃないかなと思いました。(スライドを示して)『標本化し「合成」』と書きましたが、アナログとデジタルの変換技術というものがすごく古くからあります。AD変換ですね、アナログ・デジタル変換。AD変換という考え方がありますが、アナログとして主張する波と、デジタルとして主張する波があると思います。

もちろん、それぞれぜんぜん違う方式ではありますが、そういったものの特徴や主張をきちんと得て、それを合成するという役目が、コンバーターである真ん中のエンジニアなんじゃないかなと捉えました。

なので私は、アナログとデジタルの相互変換が、なめらかなDXなのではないかなと考えています。先ほどお話しした、ハレーションを起こさないなど、そういった緩やかな変化をなるべくうまいかたちでやるというのが、今後のエンジニアの役割として重要になってくるんじゃないかなと考えています。

最高の作品を視聴者に届けるための施策1 ツール導入

その中で、今回の映画を作り、またスタジオを運営するうえで、いろいろな施策を具体的に進めたので、本日はいくつかをピックアップして紹介したいと思います。

「作品の完成に貢献する」ということは、結局「クリエーターが作ったものを視聴者に届ける」ということです。そのためにエンジニアの視点からシステム面を考えたのですが、基本的な考え方は、会社運営では当たり前のことです。

まずは予算ですね。計画を立てて予算を作る。これがないと投資ができないので、会社の承認を得て予算を得て、そしてそのシステムを構築します。

そのうえで、そのシステムを運用するためのルール、ポリシーを定めます。そして、社員・スタッフのみなさんに、そのポリシーに準じて作業をしてもらう。必要なツールを導入して、導入した施策がきちんと効果を出しているかチェックをします。このような考え方のもと、最高の作品を視聴者に届けるということを念頭に置いて設計しました。

1つ目は、ツール導入です。古いアニメ会社だと、今でもアナログな手法で作画などに関わる管理進行をするところがあります。もちろん作画は、日本のアニメのクリエイティブにおいて非常に重要なところを占めていますが、システム化に関しては進んでいないところがあるとちょっと感じていました。

というところで、今は当たり前になっていますが、SaaS製品を導入し、結果的にコロナ禍におけるリモートワークの素地を形成しました。

ここに並んでいるツール群は、聞きなじみがあるものも、そうでもないものもあると思います。基本的には、コミュニケーションをリアルタイムでできるようにするために、チャットツールを導入したり、ドキュメンテーションをきちんと書いたりというところ。また、今だと、スマートデバイスが普及しているので、その管理をきちんと行いセキュリティの漏洩がないように努めるというところを考えました。

(スライド)上の「ShotGrid」や下の「Deadline」は、映像制作で主に使われているマネジメントツールです。また、レンダリングを行うためのノード管理ツールは、もともと導入していましたが、システムの改善の一環で強化した部分です。

最高の作品を視聴者に届けるための施策2 創作データの管理

2つ目が、創作データの管理です。先ほどお話しした作画ですね。作画は紙で描かれているものもありますが、ゆくゆくデジタルデータの状態に集約されます。紙に描いたものをスキャンして取り込むというかたちもありますし、そもそも3Dアニメだと、3Dのモデリングをして、アニメーションするというところで、フルデジタルでプロセスが完結することがかなり増えてきました。

とにもかくにも、そういったデータの保管ですね。保管、運用が、今後どのスタジオでも重要になってくると考えていて、カラーならびにスタジオQでもそれは同様の課題だと考えています。

やはり、データの管理は非常に大変で、アニメーションだと動画データを多く扱う印象がありますが、わりと細かい部品で構成されているところがあって、例えば3Dのモデル、アセットデータだったり、付随する細かい部品だったりが多く存在します。そういったもののフォルダ構成だったり、データベース管理だったりはかなり大変で、かつ点在してしまう恐れがあります。そうするとやはり、管理コストがかかります。

また、紛失・消失するリスクもあったり、アクセスに時間がかかってしまうことで作品のスケジュールに影響を及ぼしてしまうというところを、システム面でなにか改善できないかと考えました。

インフラ的なアプローチですが、けっこう分散してしまいがちなストレージを、まずは集約しました。集約先も、具体的にはDELLさんの「Isilon」という増やせば増やすほど速くなる素敵なスケールアウトストレージ製品を採用しました。このストレージを投入、かつ遠隔バックアップして、仮に天変地異が起こって東京の拠点での運用が難しくなってしまった場合に、ディザスタリカバリで別の拠点のデータを利用するようにしました。

今、カラーの作品だけで1PB以上存在している状態です。エヴァンゲリオンシリーズやほかの作品を含めると1PB以上になっています。

(次回へつづく)

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