2024.10.01
自社の社内情報を未来の“ゴミ”にしないための備え 「情報量が多すぎる」時代がもたらす課題とは?
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安武弘晃氏(以下、安武):台湾政府の執行部はどのようなチームなのでしょうか? 最新テクノロジーの傾向と、そのテクノロジーの要点をどれだけの人が理解していますか?
オードリー・タン氏(以下、オードリー):テクノロジーの傾向を予測するベストな方法は、ご存じのとおり自ら作ってしまうことです。これならテクノロジーの新しいフォーマットに合わせるためのコストが削減できるはずです。
例えばPM2.5の大気汚染が懸念されていた時期に、政府によるPM2.5の測定場所は2014年当時100ヶ所もありませんでした。市民はその測定網が拡大されるのを待つのではなく、ArduinoやRaspberry Piオープンなハードウェア設計や、単体では結果が不正確な場合もあるとてもシンプルなセンサーを使って、独自の測定基地を作りました。この測定基地づくりには何万という人が参加したため、PM2.5などの大気汚染物質のマップがかなり正確に作成できました。
私はこれを市民・国・民間のパートナーシップと呼んでいます。つまり、社会事業分野でスタートして市民のみなさんが試してから、製造業者のコミュニティが気象と汚染の観測の新しい方法を試します。いったんデータが集まれば、政府に対する正当性も得られます。なぜなら、例えばある親子が朝のジョギングをするかどうかを決めるときに、何キロも先にある政府の測定基地の情報より、ベランダや子どもが通う学校の様子から大気汚染の状況を判断するのは当然だからです。
こうして正当性を得たら、次は政治的資本を得られます。政府の対応ですが、自由民主主義の国なので批判するのではなく参加しなければいけません。社会が作ったとおりに仕様を受け入れます。そして必要なハードを工業団地などで探します。なぜならここでPM2.5測定ボックスの仕様にピッタリ合うランプを作っているからです。当然ですが、コスト削減も支援しています。精度の調整やサイバー攻撃への防御の強化もします。
政府の役割はこういったことです。民間企業は規制の押しつけからも利益の独占からも遠ざかりますが、大気汚染物質の軽減、あるいは汚染物質の正確な測定によって経済に影響を与えることができます。エコ製品の販売やアップサイクリング循環型社会にも貢献できます。政府の査察をかわすための目くらましを売る代わりにです。
社会事業部門の規範を起点とし、より社会性のある方法でより良い経済を構築できるということです。ですからアクセシビリティは重視していますし、特に基礎教育において共創を大事にしています。
安武:次のテーマですが、マインドセットに注目したいと思います。特に新しいテクノロジーに対する考え方についてお聞きします。
例を1つ紹介させてください。日本ではいまだに多くのデジタル化された情報が政府のウェブサイトにPDFで置かれています。PDFは機械での読み取りが難しく、私を含め人が読むのも大変です。なぜなら複雑で古い日本語表現が使われているからです。多くの人にとって、理解しにくい長大なPDF文書になっています。
2020年も2022年の今もインターネット時代です。大多数にとって合理的ではないと考えています。この根本原因は、組織内の固定的なマインドセットだと思います。政府からの発表は長い間紙ベースでした。人はそれに慣れていますし、ルールや規制もあります。そのルールやマインドセットを変えていくのは実に難しく、新しいテクノロジーの出現スピードに追いついていません。最新テクノロジーを使えばより良いサービスを提供できます。しかし考え方が古すぎてギャップが目につきます。
台湾にこのようなギャップはありますか?
オードリー:PDFについて私は反対しません。台湾でワクチンを受ける場合は、もちろん記録はすべてNIIS(Nordic Institute for Interoperability Solutions)に保存されます。NIISシステムは完全に構造化されています。中央健康保険局(NHIA)のNHI Expressアプリなどを使って、この記録は簡単にダウンロードできます。
ですが、もし海外渡航を希望するなら最終的にはデジタルワクチン証明書をdvc.moh.gov.twから取得します。認証はFIDOか保険証番号を使用して行います。クリックすれば証明書ができます。これはまだPDFです。
PDFには反対しません。なぜなら見た目がとてもいいからです。公式文書らしく見えますし、透かし文字も入れられます。公的文書の雰囲気があります。ですがもちろん、EUのデジタルCOVID証明書に相当するQRコードにはPDFが最適だという点も重要です。
QRコードだけ切り取って保存しておくことができます。同じ正当性があります。認証に使用するのは必ずPWAです。なぜならダウンロードの必要がないからです。ブラウザにも依存しません。オープンソースでMITライセンスがあるので、実際に政府のワクチン証明書をフォークしてご自身のワークフローに統合できます。当然ですが、Google PayやApple Payウォレットなどとも統合されています。形式はPDFで安心感があります。
一方で、スマートフォンがない場合は印刷もできます。バッテリー切れの場合でも、印刷したPDFは手元に残ります。同じQRコードが載っていれば、かなり安心感があるでしょう。QRコードをベースにした新しいアプリを排除するわけでもありません。
正しく使えばいいと思います。PDFを使いましょう。ただし電子署名付きにして構造化データを載せます。署名はオープンソース技術で検証します。これでどんなワークフローも統合できます。
安武:ありがとうございます。構造化データと電子署名付きPDFは、私がお話ししたものとはまったく異なるものです。先週サンフランシスコに行く用事があったのですが、在留証明のためにPDFをダウンロードしました。デジタル化したPDFに個人情報を入力したものです。でも印刷するためだけですから、これはPDFですが旧来の紙を使ったやり方のただのコピーです。
オードリー:そうですね。PDF 1.0とでも呼ぶべきかもしれません。でもここでお話しているのは、PDF 3.0といったところです。
安武:ええ、最新テクノロジーは運用コストの削減に役立ちますし、優れたユーザー体験を顧客に提供することもできます。それでも人のマインドセットは旧来のままです。なぜかはわかりませんが、このループから抜け出す方法がまだ見つかりません。変えるのは簡単ではありません。
オードリー:そうですね。私は人のマインドセットを変えようとしたことはありません。いつも徐々に働きかけています。無理のない共存といったところです。
紙に慣れている人は、紙に突然QRコードが付いても気にしないでしょう。読み飛ばすだけですよね。でも私たちにとって、その紙の上で大事なのはQRコードだけです。そこで既存の媒体に抱き合わせます。これで快適に感じてもらえます。これが最も大事なことです。
台湾政府がコンビニにマスクを配布した時に、私の祖母がATMとデビットカードを使う最初の計画は良くなかったと言っていました。今では90歳近いこの祖母の、77歳になる若い友人はATMは危険な場所に感じるそうです。彼女たちはATMでは現金の引き出ししかしません。送金には使ったことがないそうです。送金は必ず郵便局か銀行に行き紙に記入するそうです。ATMは入力を1つでも間違うと、貯金が全部消えてしまうから怖いそうです。
最初のマスク配給計画では、ATMの機械を使って事前登録と発注をする予定でした。数ドルを送金して、受領証を受け取ったら翌週にマスクと交換できます。でも(祖母に)絶対に使わないと言われました。それより薬局に行って、列に並ぶと。
なのでワークフローを、コンビニでの配給に変更しました。健康保険カードがそのまま使えてパスワードも要求されず、コンビニでの送金も不要にしたのです。健康保険カードを挿入すれば受領証が出てきて現金払いができます。コンビニのレジでコインを数えて渡せば済みます。祖母たちもマスクの事前登録のために喜んでコンビニに行きました。2020年4月のことです。
この話の要点は、あまり効果がなさそうでおそらく効率の悪い方法でも、実際には優れていたということです。なぜならこの方法を一緒に作ってくれたあの77歳の女性は、コミュニティの重要なオピニオンリーダーで、彼女が66歳の友人に伝え、その友人が55歳の友人に伝えて全員が新しい方法を知ったからです。彼女が共創に参加したのです。彼女にとって良かったのは、自分のATMについての考えが否定されたとは感じていない点です。効果や効率に囚われずに、最も苦しんでいる人を後押しすることで社会革新が始まるのだと思います。
安武:ありがとうございます。いきなり大きく変えようとするのが間違いだったのですね。ステップバイステップで少しずつ改善する緩やかな方法を取るべきでした。新しいテクノロジーに人を導くための良い方法だと思います。ご助言をありがとうございます。すばらしいお話でした。
では、テクノロジーに携わる人のキャリアについてお考えを教えていただけませんか? ご自身はとても若いころにコードを書き始め、起業家として会社を立ち上げました。今では国を率いています。驚くべきキャリアパスです。視聴者に向けてアドバイスはありますか?
オードリー:私自身は、コードが書けるだけだと思っています。お話ししたとおり、設計のアイデアを表現するためにコードを書いています。要点やスケッチも含まれます。特別な体験で自己を認識するのも良いと思っています。私は8歳の時にプログラミングを始めました。楽しかったですが、8歳の時にプログラマーになった、とは言えません。
ある人をその人の専門分野で特徴づけるのはキャリア面では良いでしょう。しかし状況が変わったら? 社会のニーズに合わせる必要が出てきますから、基本的には職種を調整せざるを得ません。それまでとは異なる側につかないといけないでしょう。これまであまり馴染んでこなかった側です。
MBA取得者や設計者の話を理解する必要があるかもしれませんし、品質保証やカスタマーサクセスなどの用語も出てくるかもしれません。しかし重要なのは、「その本質を理解すること」です。それらは言語のようなものです。施行されている法規制や、別の仮想マシン上での実行とも例えられます。コンピューター的なマインドセットを維持しましょう。設計的なマインドセットを持ち続けて自分自身を型にはめないでください。一部の命令セットに拘りすぎてはいけません。ポータブルになればいいのです。ピッタリくる言葉ですよね、経験においてポータブルになりましょう。
想像しているよりもずっと多くのことが学べるでしょう。ソフトウェアエンジニアリングの専門性からなにを学ぶにしろ、リファクタリングやフォークやマージなどの要点、それにコラボレーションも実は政治やビジネスといった他分野に上手く持ち込めます。常にアジャイルかつポータブルでいましょう。
安武:ありがとうございます。私たちはコミュニティのキーフレーズのようなものとしてCTOという言葉を使っていますが、おっしゃるとおりスキルのコアとなる技術知識を生み出すことはできますが、テクノロジー以外にも目を向けなければ人と世界を結ぶことはできないということですね。貴重なアドバイスに感謝します。最後になりますが、変化に適応するための、またはチームや社会に影響を与えるための鍵となるメッセージはありますか?
オードリー:私たちは先祖としてそれなりに優秀なのだと考えてください。今の世代でできないことの多くは次の世代がすることになります。必要な程度で謙虚であれば、必要な程度で優秀なのです。完璧である必要はありません。実際、完璧にはなれません。もし完璧だったとしたら次の世代がイノベーションを起こす余地がありません。私が好きなレナード・コーエンの詩を引用しておきます。
「まだ鳴らせる鐘を鳴らそう。完璧さを求めるのは忘れよう。すべてのものにはひび割れがあり光はそこから射しこんでくる」
お聞きいただきありがとうございました。みなさんに長寿と繁栄を。
安武:ありがとうございました。貴重なお時間を共にしていただき本当に感謝しています。今日はありがとうございました。
オードリー:ありがとうございます。
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