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なぜ「リモートワークを前提とした新たな働き方」へとシフトしたのか(全2記事)

オフィスが表現しているのはデジタル化で失われつつあるセレンディピティ さくらインターネット・田中社長が考えるこれからの働き方とビジネスの在り方

新型コロナウイルスの拡大により、大きく変化した私たちの働き方。ここ数年で企業における「働き方」は大きな変節点を迎えています。 そんな中、さくらインターネット株式会社は「リモートワークを前提とした新たな働き方」へシフトすることを宣言しました。今回は、 代表取締役社長の田中邦裕氏にインタビュー。後半は、田中社長が考える新しいオフィスの在り方と、未曾有の事態が収束した後のビジネスの在り方について聞きました。前回はこちらから。

不真面目な人をあぶり出すための監視は真面目な人のモチベーションを下げている

――リモートワークをする中で、例えばパソコンの中にトラッキングツールを入れたり、常時ビデオをオンにすることをルールとして定める会社もあると聞きます。それについて田中さんはどう思われますか。

田中:X理論Y理論という、人はさぼるかさぼらないかみたいな話があります。仕事って楽しいから積極的にやるよねという考え方がY理論で、仕事は仕方がなくやるもので管理をしなきゃいけないというのがX理論です。

それでいうと、だいたいの人はそんなにさぼらないし、うちの会社でもずっとさぼっているという人は聞いたことがないですね。

以前Twitterで、子どもをゲーム嫌いにする方法というツイートがバズっていました。例えば「あ~、そこのアイテム取り忘れてる。あーあ!」とか「300秒以内にゴールできなければやり直し!」とか「ゴールするまでは絶対やめてはいけない」とか「寝ちゃいかん!」とかずっと親から言われたら、子どもは「ゲームはもう嫌!」となる。それって仕事も一緒だよねというツイートがありました。要は仕事をするのが嫌になる方向でマネジメントしている気がするんですよね。真面目にやってるのに管理されていたら嫌じゃないですか。

――信頼されていないのかと、正直いい気持ちはしませんね。

田中:真面目にやっていない人をあぶり出すために、真面目にやっている人のモチベーションを下げているのが、今の社会のような気がしています。そういう意味で監視をするのは、絶対やってはいけないと思うんですよね。

さくらインターネットは、情報セキュリティだけは性悪説できちんとやらないといけないとなっていますが、それ以外は基本的に性善説です。デジタル上で仕事をしているので、証拠も残っているし、全部わかるんですよね。

逆に、会社に出社して口頭で仕事をされるほうがログが残らないし怖いですよね。仕事をしている様子がわからないという意見もありますが、エンジニアであれば、「GitHub」「Times」「Slack」などを見ていれば仕事の状況はわかるんですよね。

――さくらインターネットさんみたいな働き方にしたいんだけれども、まだちょっと不安があるという会社があるとしたら、田中さんはどうアドバイスしますか?

田中:シンプルに「社員は本当によく働いてくれるよ」と伝えたいですね。要は社員に期待して、社員を大切にして真っ当に接していたらきちんとその分仕事として返してくれます。そういう関係性を作っていたら、リモートでもやれるんですよね。そこがポイントなんじゃないかなと思いますね。

――逆にそういう関係性がもともとオフラインで築けていないと、必要以上にリモートワークが不安になるのでしょうか? 

田中:そうだと思いますよ。社長が思う以上に、社員はきちんと働いてくれますからね。

オフィスはデジタルで失われつつある隣接感やセレンディピティを表現している

――リモートワークを前提にした働き方を推進する時に、同時に議論になるのがオフィスの在り方だと思います。田中社長にとってオフィスはどういうものですか?

田中:最近は、みんなの精神的な物理的な場所という感じがしていますね。アンカーが打たれていないと、フワフワしちゃうんですよね。コワーキングスペースにして、完全にオフィスをなくしてもいいのかなとずっと思っていたんですが、やはりオフィスは、ノスタルジーを感じるところなんじゃないかなという気がするんですよね。毎日行きたいわけじゃないけど、たまに行ったら誰かに出会える場はすごく重要だと思います。

それをもうちょっと拡大解釈して、さくらのグループ以外の会社も一緒に同居して「あー、どこどこの〇〇さん!」みたいに、人と人がそこで出会えたらおもしろいなと思います。今日はオフィスに行きますと登録すると、「行くと言っている人リスト」が出てくるとかも、おもしろいなと思います。

田中:最近メタバースやオンラインの話がよくありますが、隣という概念がないなと思うんですよね。例えばZoomは、IDの下一桁が1つ違うだけでまったく違う部屋ですよね。しかも、違う部屋同士がつながることはあり得ない。

これはインスタンスという考え方なのかなと思っています。ゲームでもサーバーが違ったら絶対にプレイヤーは他の人に出会えないですよね。それこそゲームが違えば絶対に会えないし、最近のメタバースにしてもオンラインにしても、インターネットによってそれぞれの場所が作られている気がするんですよね。

要は別の惑星みたいに隔てられているから、絶対出会えないんですよね。地球は1つしかなくて、それがいいんですよね。インターネットも昔はザ・インターネットと言われていて、1つしかないものでしたが、今は中国のインターネットとカリフォルニアのインターネットはぜんぜん違うもので、国家によって分けられています。

Webサイトも、リンクで全部つながっていたものが、今はログインをしないといけないじゃないですか。Twitterは隣接したところが見えなくはないので、Zoomほどは隔たれていませんが、それでも人によってぜんぜん違う世界が作られています。

インターネットでサービスを提供している会社が、分断をどんどん促進しているわけですよね。偶発的に隣り合った人と会う機会が本当に少なくなっています。

やはり地球は1つしかないし、物理空間は1つしかない。さくらにとって、本社も東京支社も1つしかないわけで、そこで隣り合った人とつながるわけですよね。そういう物理的な場所は、デジタルで失われつつある隣接感やセレンディピティを表現しているんじゃないかなと思います。

現実世界で強いのはやはり東京

――新しい働き方を推進したところ、地方の地元に帰った社員もいたとお話がありました。最近は、脱東京という言葉をけっこう聞きますが、これからも進んでいくと思いますか?

田中:どうですかね。さっきのセレンディピティとか、隣にという話でいうと、やはり起業家は沖縄にいても……大阪ですら大成しないような気がします。

出資先の子30人くらいが集まった、田中ブラザーズというグループを作っているのですが、昨日、そのうちの1人が沖縄で話を聞いてくれと言うので話を聞いていたところ「東京行きたい」と言うんですよね。

僕と一緒に出資している株式会社マイネットの上原仁さんも「東京に行け、東京に行け」とみんなに言っているんですよね。実際に、彼も東京に行っています。なので、「東京のメリットって何だろうね?」と、メッセージをみんなに送ってみたんですよ。

そしたら、みんなからの反応がけっこうありました。そのスレッドで多かったのは「みんなで会えること」でしたね。例えば、「〇〇君は今日東京にいるんだね。明日〇〇の家で鍋するけど、来る?」に対して「行きます」というやりとりがあったり、「今六本木のawabarで飲んでいるんだけど、来る?」というのに対して「行ける」という返事があったり。

田中:人と人がつながる場としては、数が多くなればなるほどネットワークの外部性は強化されていくので「オンラインでやっているけど、入る?」みたいな感じには、やはりなかなかならないじゃないですか。

流行っていないSNSより、流行っているSNSのほうが、いいねもフォロワーも付きやすいから良いというのと一緒で、流行っていないSNSが地方だとすると、流行っているSNSが東京だと思うんですよね。インターネットによって東京は弱くなるんじゃないかとよく言われていますが、やはりみんな強いSNSに集まっているじゃないですか。東京は、現実世界でそこにあたると思います。

ネット社会だから東京が弱くなるかというと、いやいやネット社会だからこそ、強いSNSが強くなっているように、たった1つしかない地球で、みんなが強い場所に行くのは当たり前なんじゃないかと思います。

業務自体は別にどこでもできると思います。仁さんは沖縄と滋賀で暮らしていて、僕は大阪と沖縄で暮らしていて、向こうから会いに来てくれるからまだいいですが、僕なんかよりも偉い人や強い人はいくらでもいます。その人たちに会いたいと思っても、来てくれるわけではないので、TwitterなどSNSを積極的にやったほうがいいよというのと同じ文脈で、東京に行ったほうがいいよという話があるんじゃないかなと思いますね。

自分の居場所を作っていくとなるとやはり東京のほうがいいんだろうなとは思います。

沖縄では経営者とスタートアップをつなぐ場を作りたい

――田中さんは今沖縄在住ですが、今後事業と絡めて沖縄でしたいことはありますか?

田中:沖縄に限らず、日本の地方はもっと良くなると個人的には思っています。地域課題は、現地に行かないとわからないことも多いんですよ。沖縄は、日本で唯一、出生数が多く人口増です。東京みたいに人を吸い込んで人口が増えているわけじゃないんですよね。

一方、東京は女性が子どもを産む数が一番少ない場所です。マクロで見ると、東京に人が行くと、どんどん子どもが産まれなくなるのが現実で、沖縄に行くとどんどん子どもが産まれる。

そういうマクロで成長する場所はやはりいておもしろいです。その中で、さくらとしては開発やカスタマーサポートをもっと沖縄で強化しようという話もしています。

当社は基本的に、場所によって給与は変わりません。東京と同じ給与水準だと、だいぶ高くなるわけです。そんなに給与上げられても困ると、けっこう怒られたりもしますが、沖縄だけど給与は安くない会社が生まれることによる、沖縄へのインパクトもやはり大きいと思うんですよ。

田中:もう1つ、経営者とスタートアップをつなげられる場も作りたいと思っていて、実際にawabarの沖縄を作りました。沖縄、北海道、京都は日本人にとって特別な場所なんですよね。GoToトラベルの時も沖縄と北海道への旅行者がすごく増えたし、みんなが行きたいと思う場所です。

なので、場のもたらす価値という意味で、沖縄はすごくブランド力と価値があるなと思います。

表向きの社会は変わらないが、若い人の価値観は確実に変わっている

――コロナ禍によって私たちの働き方は変わりましたが、未曾有の事態が終息したとして、世の中の働き方は今後どうなっていくと思いますか?

田中:まずは、ある程度元に戻るんだろうなという気はしています。過去に大きな震災があっても元に戻りましたからね。ただ、社会全体は変わっていないように見えて、若い人の意識や価値観はまったく変わってくると思います。

なので、表向きは変わりませんが、この10年を無駄にすることによって、その次の10年で分岐点が来るんだろうなと思っています。若い人がどんどん会社を去るとか、普通に起こり得ると思うんですよ。社員を会社に来させることによって、今の経営者は短期的にすごく得するんだろうけれども、多くの働いている人にとってはリモートのほうが絶対いいわけです。

ソフトウェアをサービスで提供する世界が近づいてきている

――これまで世の中で普通とされてきたことが普通じゃなくなった時に、特に若い世代の価値観や考え方は大きく変わってくるのですね。個々の会社におけるビジネスの在り方はどう変化するのでしょうか?

田中:収入をデジタルから得るということが、もっと進んでいくと思います。例えば最近楽天さんやヤフーさんがふるさと納税ですごく伸ばしているのは、楽天経済圏やヤフー経済圏というのがあるからです。

最近、全日空さんは、陸上でもマイルやポイントが貯まるようにしていて、ANAのマイレージ経済圏を作ろうとしていますよね。ただ、まだ中では争っていると思うんですよ。まだ飛行機で稼げると思っていると思います。

JRさんもそうですよね。運輸以外で稼ぐところに行けるかが、1つのポイントだと思います。そういうデジタル収入をいかに増やすかをみなさん本気で考え始めているのかなと思うんですよね。

田中:一番強いのは、モノを持っていて、すでに顧客層を確保している人たちがデジタル化をすることだと思っています。ハードウェアを作る人なのか、ソフトウェアを作る人なのかという軸と、それをモノとして売るのか、コトとして売るのかという2軸の4象限があると思っています。

モノをモノとして売っているのが製造業で、ソフトウェアをモノとして売っているのはいわゆる受託開発ですよね。今変わらなきゃいけない分野とも言われていますが、設計や納品があって、作業の工程は1人月いくらとかでやっています。

4象限なのでモノをコト、つまりサービスとして売っている人たちもいるわけですよね。鉄道会社、インフラ会社、データセンター、通信事業者などもそうですし、ハードウェアをサービスで提供している分野もあるじゃないですか。

残る象限は、いわゆるソフトウェアをサービスで提供しているSaaS。ネット企業はだいだいそうですよね。Appleはハードウェアをモノとして売ったり、ソフトウェアをやったり、全領域でやっていてソフトウェア収入がすごく多いわけですが、日本はやはりメーカーが強いわけですよね。

その象限でいうと、鉄道会社さんはモノをサービスで提供できているので、ソフトウェアをサービスで提供すればいいだけだと思うんですよ。もともとサービスは提供しているので、やりやすい分野にいるはずなんですよ。

一番大変なのはモノをモノとして売っている会社さんです。そこはなかなか変革が難しいですね。ソフトウェアをモノとして売っている、受託開発もやっぱり変わりにくいんですよね。

ハードウェアを作るかソフトウェアを作るかというのは、エンジニアリングだけの話なので、人材をどう採用するかになりますが、モノで売るのか、サービスで売るのかというのは企業文化を変えないといけないのでやはり大変です。

いずれにせよ、ソフトウェアをサービスで提供する世界が近づいてきていると思います。そういう価値観になるといいなとも思っています。売っているのがソフトウェアではなく、モノだったとしても、サービスで提供をいかにしていくか。サブスクリプションなんかもそうですね。そういう変化が今起こり始めているんだろうなと思いますね。

目標は外資系のクラウドインフラ事業者と渡り合えるくらいに強くなること

――その中で、さくらさんは今後の事業をどう構想しているのでしょうか?

田中:さくらはもともとソフトウェアをサービス提供しているレンタルサーバーの会社なので、データセンターを建てて、モノをサービスで提供する会社のように見られることもありますが、実は売上の大半はクラウドサービスなんですよね。ソフトウェアビジネスが中心になっています。

なので、やはりクラウド分野をしっかり伸ばしていきたいと思っています。ほとんどのクラウド事業は、ネット企業が持っているのですが、日本はネット企業が弱いんですよね。LINEさんや、ヤフーさんはデータセンターに投資をしていますが、いわゆるクラウドサービスを提供するには至っていないんですよね。

これからの主役はネット企業だと思うのですが、ネット企業の中でもインフラレイヤーに強いネット企業が日本にはほぼないんですね。私たちはその中の数少ない会社の1つなので、外資系のクラウドインフラ事業者と渡り合えるくらいに強くなるというのを1つの目標として掲げています。

田中:1つの一里塚として、デジタル庁など国のシステムをさくらインターネットが一部担えるようになるというのがあります。ほかにも、一般企業がどんどんDXを進めると思っていて、当社のお客さまもIT企業さんが多いのですが、これからDXをしようとしている会社さんは、IT企業と同じことをやろうとしているので私たちの顧客層になってくるんですよね。

そういうネット企業化する国であったり、企業さんのクラウドインフラを私たちが担えるようになりたいというのが1つの夢です。5年後10年後に、私たちはそれで力をつけて、「外資系も強いけれども国産の3大クラウド事業者の中の1社はやはりさくらだよね」と言われるようになりたいというのが1つのマイルストーンです。

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