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なぜ「リモートワークを前提とした新たな働き方」へとシフトしたのか(全2記事)

イノベーションを妨げる、“普通はこうでしょう” さくらインターネット・田中社長がリモートを推進した本当の理由

新型コロナウイルスの拡大により、大きく変化した私たちの働き方。ここ数年で企業における「働き方」は大きな変節点を迎えています。 そんな中、さくらインターネット株式会社は「リモートワークを前提とした新たな働き方」へシフトすることを宣言しました。今回は、 代表取締役社長の田中邦裕氏にインタビュー。前半は、同社の新しい働き方の制度と、日本で新しい働き方が浸透しない原因を聞きました。

コロナ禍前にあった全社員適応のリモートワーク制度

――さくらインターネットさんがリモートワークを前提にした新しい働き方にシフトした理由はなんでしょうか。

田中邦裕氏(以下、田中):当社にはもともとリモートで働く制度があったのですが、それは別に特別な理由があったからではなくて、リモートワークができるならリモートワークでいいんじゃないのというくらいの軽いノリでしたね(笑)。

当社は創業26年目の会社で、昔は制度もそれほど整っていませんでした。どちらかというとスタートアップというより、古い企業側に属している会社だったんですね。

もともとは20代の社員が中心だったのですが、だんだんと30代が中心になって、子育てとか、介護とかいろいろな人生のシーンが出てきた時にけっこう社員が辞めてしまっていたんですよ。そういう人たちには残ってほしいと思っていたし、残って働きたいから制度を作ってくれないかという話はあったんです。

例えば育休中の社員から、家でも仕事ができるから、育休を終えてリモートで働かせてくれないかという意見があったんですね。最初は、それはわがままなんじゃないかみたいな話にもなったのですが、とはいえ、それを認めていかないと、という中でリモートワークが認められたのが7、8年くらい前です。

その議論の中で、子育てをする人だけがテレワークというのも違うよね、となったんですよね。どうせなら介護している人にも適応すればいいんじゃないか、でも介護する人だけというのもおかしいよねとなって、全社員がリモートワークできるようになったらいいんじゃないかとなったのが背景にあります。

――制度を使える社員を条件で限定するのではなく、全社員の適応を目指したのですね。

田中:子育てや介護のために時短勤務や、フレックス勤務をしている人が自分の働き方に対して後ろめたさを感じるとよく聞きます。でも、全社員が使える制度で、実際に全社員が使っているのであれば、その人たちも別に後ろめたくなく制度を使えるじゃないですか。なので、テレワーク勤務、フレックス勤務、時短勤務などの制度は、一部の人が取れる制度ではなくて、全員が取れるようになっています。

マイノリティにとって重要な施策を全員に提供すると、全員が得をする。それによってマイノリティの人はマイノリティでなくなるというのが背景になっています。

――そのように制定された制度は、当時社風としてすぐに根づいたのでしょうか?

田中:実際にはほとんど浸透しませんでした。というのも制度、風土、ツールの3つが重要になるんですね。

制度は、ほとんどの会社が整えていると思うんですよ。ただ風土は違います。「普通は会社に来るよね?」みたいな、“普通”というやつですよね。人によって普通は違うはずなんだけれど、あたかも出社するのが当たり前みたいになっていたり、「リモートだと普通会議に入れないよね」みたいなことですね。これは、テレワークをしているのが特別な状態だと思っているから起きるんですよね。

ツール面で言うと、「Zoom」も整備されていなくて、40分間しか使えませんという会社はいまだにあります。ほかにも、メールは会社でしか読めませんとか、押印をしなければいけませんとか……当社も当時はツール面が整備されていないことも多くて、浸透しなかったんです。

リモートワークの必要性を実感した大阪の本社移転と北海道胆振東部地震

――制度はあったものの、活用はされにくい状況だったのですね。その状況が変わったきっかけはなにかあったのでしょうか?

田中:2つの大きなきっかけがありました。2017年に大阪の本社を移転した時に、場所にとらわれない仕事の仕方をしようと、フリーアドレスにしたんです。

私自身は、前から場所にとらわれない働き方をしたいと思っていたのですが、なかなか踏ん切りもつかず、それまではどちらかというと漫然と出社していました。グっと会社を変えようとしていた時の最初のイベントが本社移転だったんですよ。

その時に、コピー機が必要だ、書類を入れるロッカーが必要だとなって、「コピー機いらないんじゃないの?」「全部デジタルでいいんじゃないの?」となったんです。一番たくさん印刷しているのはどこかを聞いたら、「取締役会です」と回答があったんですね。

実は、パソコンを持ち込むと内職するからと、パソコンの持ち込みが禁止になった時期があったんですよ。なんとも時代に逆行した話ですけれども(笑)。一時期パソコンを役員会に持ち込まないということがリアルに動いていたんです。

でもそんな馬鹿げた話はないので、これは経営陣が変えると言えば、なんとかなるんじゃないのとなりました。紙の印刷もせず、パソコンを持ち込んでみんながそれを見るようになったのが2017年です。つい最近のことなんですよね。たった5年前です。

ーー5年前の大阪の本社移転が1つの転機になったのですね。

田中:もう1つのきっかけが北海道胆振東部地震ですね。2018年にあった大きな地震です。その時にはもう「Slack」が社内に入っていて、一部では「Zoom」も使っていました。それまでは、基本的に会議室と会議室をつなぐビデオシステムを使っていたのですが、胆振東部地震の時に、北海道にいる社員はリモートで仕事をせざるを得ない状況で、大阪や東京にいる社員も現地とオンラインで連絡を取らざるを得ない状況で、SlackとZoomが大活躍したんですよね。

このやりとりを、メールやテレビ会議システムや電話でしていたらどうなっていたんだろうなと思ったんですよね。やはり場所にとらわれずに働けなければならないんじゃないかと、その時に思ったんです。

ーー有事の時に、「Slack」と「Zoom」の便利さを実感したのですね。ほかにも新しい働き方の推進を後押ししたものはあるのでしょうか?

田中:引退したらやりたいことを引退前にやろうと思って、2019年に沖縄に家を借りましたのですが、当時は月のうち1週間も沖縄に滞在できなかったんですよね。

さらに言うと、月に1回社長が幹部の前で話す会があって、2019年12月もわざわざ沖縄から東京へ行って、福岡、大阪、北海道など全国に社員いる社員とつないで、東京の会議室で会議をしました。

別に僕が東京に来なくてもいいし、みなさんも朝9時に会社に来る必要はないんじゃないかと話をしてみたのですが、「いや、普通は会社に来るでしょ」みたいな議論になりました。

うちの会社は、大阪は梅田だし、東京は新宿だし、日本で1番目と3番目に乗降客が多い駅だから通勤が大変なんですよね。それも朝9時でしょ。なのに一番混み合う時間にわざわざ集まって、なぜかリモートでつなぐという。元よりリモートでいいんじゃないのという話をしていたんですよね。

そんな中、2020年にパンデミックが起きました。2月の時点でリモートワークの社員が少し増えましたが、それでも82パーセントくらいの人は出社していたんです。でも私自身も会社に来るのはあまり好きじゃないし、もう全面リモートにしましょうと宣言しました。

出社組×リモート組の会議で感じた、場を作る難しさ

ーー以前より構想していた新しい働き方が、本社の移転、北海道胆振東部地震で少しずつ動いて、コロナ禍によって一気に進んだのですね。リモートワークを宣言した後に、難しさを実感したことは何かありましたか?

田中:難しかったのは、場を作ることでした。当時私は大阪、COOは札幌、そのほかの役員は東京にいたので、私とCOOだけ地方在住だったんですよ。東京の会議室にみんなが集まって、1人、2人がリモートで会議に入ると、基本的に場を作るのは東京なんですよね。

全員がリモートであればいいんだけれども、リモートで一番怖いのは「一部の人だけがリモート」なんですよね。ハイブリッドと言いつつ、現地開催に申し訳程度にアクセスできる権利があるだけになってしまって、本当のハイブリッドはなかなか難しいので、全員リモートにしました。

パンデミックを避けるという意味合いもあったし、これを機に本当にリモートを推進したいという気持ちもあったので全社リモートにしました。2020年4月は、パンデミックが激しくなってきていて、同時に椅子がないとか回線がないとかでテレワークでみんなが苦労していた時期でした。

なので、その時に通信手当も整備して、「金輪際会社に来いとは言いません、テレワークを標準にする」という宣言をしました。

社員の生活や働き方を変えた新しい働き方、課題はセレンディピティ

ーー全社で働き方が変わったことにより、社員の働き方や生活はどう変わったのでしょうか?

田中:やはり東京も大阪も大都市の多くの家庭はだいたい父親が働いて、母親がメインの子育てをしています。本当にバランス良くやっていればいいのですが、そうではありません。この状況で何が起こるかというと、家の定員が家族の数引く1の前提になっていて、父親が平日の昼間にいる場所は基本家にはないんですよね。

若い世代には、男女平等に働く意識があると思いますが、ある一定以上の古典的な日本の家庭の構成でいうと、やはり父親は家で働けませんでした。

今回、テレワークを標準にすると宣言したことで、社員は会社に戻らないことが確定したので、子どもの学年を考慮して引っ越す人や、地元の九州、沖縄、北海道に帰るという人がでてきました。

今までは東京の人ばかり重用されていましたが、ほかの地域の人が重用されるようにもなりましたからね。上司の覚えのいい人が出世するみたいなことが、うちでも絶対あったと思うのですが、相対的にそれは低くなったと思います。

――今までなかなか活躍が表に出づらかった人もけっこうチャンスが出てきたという感じなのでしょうか?

田中:まさしくそうですね。

――働き方をリモートワークを前提にした時に、課題になることは何でしょうか? 

田中:セレンディピティというか、新しい出会いはなくなるんだろうなと思いますね。雑談はしていますが、やはりそれじゃダメなんだろうなとは思いました。とはいえ、東京や大阪など場所をまたいだ人は元からそうだったと思います。だから最初からあった課題なんだろうなとは思いますけどね。

自分の権威を維持するために社員に出社させるのは会社にとって損

――さくらインターネットさんは「リモートワークを前提にした新しい働き方へシフトする」と公表されていますが、そのような働き方を推進している会社は、日本ではまだそんなに多くはないと思います。なぜ日本はリモートワークを含め、新しい働き方が浸透しないのでしょうか?

田中:まず思うのは、「IT化が進んでいない」ですよね。デジタル上でやれることが少ないから出社するのが仕方ないところがあると思っています。

今は社内でもほとんどなくなっているのですが、この間ハンコを押す業務があって、え!? って思いました。そこをデジタル化すればいいのに……ということがまだあるので、結局会社に出ざるを得ないというのがあります。

もう1つは仕方がなくリモートをしているケースですよね。私はリモートのほうがいいと思っていますが、リアルのほうがいいけど、仕方がないからリモートでやっているとなると、リモートが根づくわけもないし、それが便利になるわけもないと思います。

出社を強要していると、管理職層が自分の権威を維持できますからね。オンラインになると、その力がなくなっちゃうじゃないですか。だから会社に来させないと困る事情がある人たちもやはり一定数いるわけですよね。

ざっくり言うと、若い人と女性にとって出社はなんのメリットもないと思いますよ。例えば、会社のタバコ室や飲み会で相手のことがすごくわかるとか、聞こえはいいですが、それってインナーサークルをどんどん作っていることになると思うんですよね。

会社の中長期的な成長から見ると、全社員が活躍できないような状況は、会社全体で言うと損なわけですよね。インナーサークルを作ったほうが得な人は、やはり会社に来させたがりますが、会社としてはデメリットのほうが多いと思います。やはり出社をなしにして、基本的に全社員が活躍できる状態にしたほうがいいと思います。

逆説的に言うと、出社することによって権威があるという人、それこそ秘書がいて車が付いているお偉いさんは、もしかしたら1人暮らしで、周りのことをしてくる人がいないかもしれないし、家族がいたとしても「ずっと家にいて」と嫌味を言われるかもしれないじゃないですか(笑)。

田中:会社に行くと車が用意されていて、みんなが自分のところに寄ってきてくれて、ちやほやしてくれるほうがそりゃいいに決まっています。やっかいなのは、リモートワークをやるかやらないかと決めているのは上のほうなので、上のほうが自分の権威を出社で維持したい場合、もう変わらないですよね。

でも中長期で言うと、全社員が活躍しないから生産性も上がらないし、若い人がどんどん辞めていくから次の担い手もいなくなる。中長期で見ると会社に得がないのですが、10年後のことを気にしない経営者は多いですからね。

――会社の10年後を気にしない経営者も多いというのは、意外です。

田中:僕はオーナー社長ですし、これから10年経ってもまだ還暦にすらならないので、会社が繁栄することが極めて重要ですが、そうじゃない経営者や幹部が、今の自分のポジションを最優先するのは人間としてはそう間違ってはいないと思いますけどね。

重要なのは個人にとって得なことと、全体にとって得なことが一致していないことだと思うんですよね。

(次回へつづく)

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