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量子コンピュータと量子インターネットがある世界(全2記事)

インターネットをサステナブルかつ安心安全に使うために メルカリR4Dが目指す、"The 量子インターネット”の世界

クラウドサービスプロバイダ(IaaS/PaaS/SaaS)、システムインテグレータ、ソリューションベンダーの多くが参加し、クラウド業界の “未来” について知見を深めるイベント、「JAIPA Cloud Conference2021」。ここで株式会社メルカリの永山氏が登壇。まずはメルカリにおける量子情報技術と、現在の世界の研究状況について紹介します。

自己紹介とセッションの目次

永山翔太氏:「量子コンピューターと量子インターネットがある世界」というテーマで話します。メルカリの永山翔太です。よろしくお願いします。

簡単に自己紹介をすると、大学生の時からインターネットの研究室で量子の研究をやってきました。最初は量子コンピューターもやっていましたが、インターネットを研究していたので、だんだんと量子インターネットのほうにいきました。

ある時、日本全体の様子を見回して、いろいろな量子インターネットに関わる研究はあるけれど、統合された動きがないと思いました。このままでは量子インターネットとして組み上がっていくことはないと考え、日本中の研究者に声をかけて、「量子インターネットタスクフォース」という組織を作りました。そこでは、世界の量子インターネットを作って、みんなでがんばって活動していこうとしています。

量子インターネットという分野は、物理学の分野で取り組まれてきた研究なので、物理学の研究者が多いです。量子インターネットタスクフォースは、まず器を作り、そこにインターネットの研究者・技術者にも入ってもらって、みんなで量子インターネットを作っていこうとするかたちです。

この前、ホワイトペーパーも書いて公開しています。今日の内容も含まれているので、よければ見てください。

今日の目次です。最初に少しメルカリの狙いの話をして、量子インターネットの利用目的、研究開発の進捗、世界の状況。どんな学会で量子インターネットが取り組まれているのか。量子コンピューターの仕組みのあとに、量子インターネットの仕組み、量子インターネットの研究開発にインターネット技術者がどう貢献できるのかの話をしたいと思います。

メルカリにおける量子情報技術

メルカリはフリマアプリの運営のほか、それに伴うペイメント、「メルペイ」も運営しています。

メルカリは、3年半くらい前に研究開発部を作り、そこで主に社会実装をターゲットとした研究開発をしています。

量子はあまりにも重要すぎるということで、10年や20年先の技術として、量子インターネットに取り組みました。

その中で、D&I(Diversity & Inclusion)などが重点分野ですが、ミッションにひもづけて価値交換や安心安全、それを支えるインフラ技術として量子情報技術を位置づけています。

メルカリでは、量子インターネットは安心安全を担うもの、将来のサステナブルなセキュリティを担うものとして検討しています。量子のTCP/IPの開発はまだありません。

みんなで協力してテストベッドを作って、量子インターネットの研究開発を進めようという活動をしています。量子コンピューターはメルカリの持っている大きなデータをどうやって処理するのか、配送経路や売買マッチングなどに用いるべく研究しています。

量子情報処理は大きく4つくらいにカテゴライズできます。計算機の短期目標・長期目標、通信の短期目標・長期目標です。メルカリでは、主に真のインパクトが見込まれる、長期目標に取り組んでいます。

ただ、量子コンピューターには課題もいろいろあります。(スライドを指して)これは指数ではありませんが、今のコンピューターでは解けない。実用的に意味のあるような問題サイズの処理をしたいけれど、実際は解くことができない。時間がかかりすぎる。計算が大きすぎる。そこで、量子コンピューターで短く、現実的な時間で解けるのならそちらをやろう、それがいいと。論文も発表しています。

計算機の短期目標については、エラー訂正なし。量子コンピューターのエラーが発生する前に終わればOKという考え方です。量子コンピューターのエラー訂正は非常に難しく、実用的なものはまだ実現していません。エラー訂正なしで計算をするのは、ざっくり言えば、何度も同じ計算繰り返して結果の平均を取れば、エラーは紛れるのではないかということです。用途としては量子化学と金融が有力ですが、金融で使えるのならメルカリでも使い道があると思い、研究に取り組んでいます。

エラー訂正あり量子コンピューターが本命で、RSA(Rivest Shamir Adleman)暗号が解けると言われるのもエラー訂正あり量子コンピューターです。用途は多岐に渡りますが、どれもある意味プリミティブなアルゴリズムで、逆に言うと、プリミティブであるがゆえに応用範囲が広いです。

先日、メルカリの中のセミナーで量子コンピューターの紹介をしたところ、機械学習エンジニアが多かったからだと思いますが、「逆行列計算がlog(N)でできるのがすごい」とすごく注目されました。実際に期待されていると思っています。

メルカリと通信について。すべてのお客さまとメルカリをつなぐ最重要インフラが、インターネットです。プライバシー情報満載なので、それが量子コンピューターによって暗号危殆化されるのは大問題です。本当にサステナブルで、将来にわたって安心・安全な通信は何かと考えると、量子インターネットによるEnd-to-End暗号技術だと思っています。

量子インターネットの利用目的

次に、量子インターネットの利用目的です。量子インターネットとは何か。今のインターネットは情報技術やデバイスをものすごくネットワーク化して、これだけの社会革新を起こしました。量子情報技術や量子デバイス、量子センサーなどをネットワーク化することを追求する技術分野が、量子インターネットです。最終出口としては、もちろんインフラとしての量子インターネットです。

余談ですが、なぜ量子インターネットという名前なのかというコメント、というよりお叱りを受けることがあります。歴史的な経緯は、最初に物理学者が何も考えずにつけたらしいのですが、僕の考えでは、量子インターネットと呼ぶための条件は2つあります。

1つは、量子情報の汎用の分散処理基盤になっていること。これはインターネットと同じです。もう1つは、量子インターネットがたくさんのローカルネットワークから構成される、つまりネットワークのネットワークになっていること。インターネット(inter-networking)という言葉の語源です。この2つを満たしていれば、量子インターネットと呼んでいいのではないかと考えています。

このアプリケーションとしては、量子暗号、量子鍵配送、量子認証から、ビザンチン問題リーダー選挙、バズワードであれば量子ビットコイン、そのほかプライバシーを守る秘匿量子計算など。今の技術の秘匿計算はオーバーヘッドがすごく大きいですが、量子はすごく小さいです。

分散量子計算について。例えば10量子ビットの量子コンピューターは、2の10乗で1024個の解の中から1つの解を速く持ってくる計算になるわけですが、今のコンピューターの並列計算は、2台あっても計算速度はたかだか2倍にしかなりません。

では量子でこの分散を並列計算するとどうなるかというと、10量子ビットが2台あれば20量子ビット。つまり、だいたい100万個の解の中から、1つの答えを速く持ってくることになるので、並列計算の意味がまったく変わってきます。また、超高精度の時刻同期や、量子センサーをネットワーク化するアプリケーションもあります。

量子インターネットの社会への関わり方

では、それが将来どのように社会に入っていくか。インターネットはだんだんと社会で使われて広がっていく開発黎明期があって、社会実装があってDXがあるわけです。将来、インターネットのほうが優れた領域であることは変わらず、それと併用して量子インターネットのほうが優れた領域、例えばセキュリティの一部などに、量子インターネットのセキュリティをアダプトして使う。

もちろんRSAを解かれますが、RSAを開発する段階でしっかりとセキュリティの概念を(持つ)。公開鍵暗号って本当に便利ですよね。

そのほか時刻同期についても、NTP(Network Time Protocol)より量子インターネットのほうが将来優れるのではないかと考えると、当てはまると思います。ほかにも、量子インターネットしかできない量子データの伝送、量子コンピューター同士をつなげる部分などが社会に広がっていくと思います。

量子インターネットも量子コンピューターと同様に、プリミティブな目的のためのアルゴリズムが多いですが、それをどう実際に活用して社会実装していくかという将来のビジョン案の1つの例が、スマートシティの例です。

量子インターネットや量子コンピューティング基盤などのインフラが敷設された時に、どう貢献できるのか。より高精度で大規模なAI・最適化・分散処理を、量子インターネットを介してデータを送って、量子コンピューターで処理する。5Gなどの高速通信は、すごく高精度な時刻同期が求められるので、そこで量子インターネットで貢献すれば、今のデジタルデータの高速通信に役立つのではないかと思います。

ほかにも分散処理環境の時刻同期や、MaaSための高精度な測位システムなど、たくさんあります。もちろん、セキュリティやプライバシーも大切な要素だと思います。スマートシティは今の技術でもある程度は実現できると思いますが、さらに長期的に発展させていくことを目的に、量子インターネットの研究開発を進めていくことになります。

量子インターネットの研究開発進捗

研究開発の進捗について。実は量子通信は2方向に発展していて、量子信号中継というものがあります。今のルーターやスイッチも、実はルーティングしながら毎回信号を増幅し、中継しています。ですが、量子インターネット、量子情報にとっては、量子の量子信号を量子状態のまま中継するのはすごく難しいので、いったんデジタル信号に直してしまおうという発想が生まれました。

(スライドを指して)それが①です。その状態で社会実装を狙っていく流れもあります。それが今、量子鍵配送ネットワークや量子暗号ネットワークと言われているもので、社会実装段階です。

一方で、量子信号中継は絶対に大事だという考えもあるので、コツコツ研究を続けようというのが我々の流れです。その流れが、実験室内で信号中継のPoC(Proof of Concept)に成功するところまできました。

最初に成功した素子、量子コンピューティング、量子インターネットの基本素子はすごくいろいろな種類の研究がなされています。最初は「やりやすい」が成功したわけですが、今後ほかの素子でもPoCが成功していくと期待されています。

実際に、どれが最初の量子インターネットで使われるかは、まだわからない状況です。PoCを実験して成功したら、もちろん次はこのフィールドです。長距離飛ばしてみたい、となるわけです。

(スライドを指して)だんだん発展させていくわけですが、我々が重要だと考えているのは④のかたちです。なぜかというと、このかたちはルーティングで発生するからです。大規模ネットワークにつながるスケーラブルなシステムを検証するための最小構成のネットワークのかたちはこれだと思っていて、これを目指したテストベッドを作りたくて今活動しています。

世界の大規模プロジェクトと強みと学会活動

世界の大規模プロジェクトと強みについて。最初にフィールド実験のテストベッドを言い始めたのは、実はEU、Quantum Internet Allianceというオランダのプロジェクトです。2021年までの3年間で12億円くらいの予算がついて、4ノードのリング型のネットワークを作ってきましたが、コロナの影響で、2021年の先日(登壇日2021年9月2日)、信号中継のPoCに成功しました。

彼らの強みは、作っているこのダイヤモンド量子ビットをいち早く実証して、物理のパラメータに基づいたボトムアップ型の研究です。実はドイツは単体でコンソーシアムを持っていて、そこでも2021年までEU全体よりも大きな額の予算をつけています。

アメリカはしばらくおとなしくしていましたが、2020年に突然力を入れ始めました。政府主導で量子インターネットの研究開発に大きな予算をつけて、4ヶ所くらいでフィールドテストやテストベッドをやることになっています。

日本では、我々QITF(QUANTUM INTERNET TASK FORCE)がテストベッドを作る活動をしています。我々の特徴は、メモリの技術ダイバーシティや、いろいろなタイプの組織研究をしていることです。まさに今のインターネットの研究や運用の知見を活かしたトップダウン型の研究をしているところに強みがあります。

さらに、人材が必要分野に広く浅くいることも強みだと思っています。今後の教育が鍵なわけですが、そのための地盤があるということです。

この場の方々はIETF(Internet Engineering Task Force)に馴染みが深いと思いますが、学会などではIETFの姉妹組織にIRTF(Internet Research Steering Group)があります。研究開発段階の活動をする場です。

そこに量子インターネットのリサーチグループが作られ、慶應のVan Meter教授と、オランダのQuTechが共同チェアしています。Charterで明言されているテーマは、RoutingやResource Allocation、Connection Establishment、Interoperability、Securityなど、まさに馴染み深いインターネットっぽい話です。

今一番ホットなI-D(Internet draft)は「Architectural Principles for a Quantum Internet」です。量子インターネットのアーキテクチャを設定するための基本指針をみんなで検討していて、僕もauthorに入っています。

少し紹介すると、量子ビットやエンタングルメントなどの、いつもの量子の基本の話です。量子インターネットアーキテクチャの基本概念が、この「Boundaries betweenなんとか」という複数のネットワークの間のboundaryやネットワークモデルのアブストラクトなど、いかにもインターネットインターネットした内容で、なんとなく想像できるのではないかと思います。

そのアブストやイントロで重要なところは、物理学者とネットワークスペシャリストをつなげて議論できるようにすることで、このドキュメントの1つの目的です。量子インターネットはずっと物理学者によって研究されてきたので、ネットワークのスペシャリストにこの分野に入ってもらって、量子インターネットを作り上げていきたい。

量子状態を送る物理的なメカニズムの実験をしているので、問題意識はあります。ロバストなプロトコルがないところが課題です。ぜひ、みなさまの協力と力をいただきたいと思います。

IEEEにある『Transactions on Quantum Engineering』というジャーナルで扱われています。最近、ACM SIGCOMMでもちょくちょく量子インターネットの発表が出てくるようになりました。

3つの取り組むべき研究開発

取り組むべき研究開発は、大きく分けると3つです。昔から取り組んできたハードウェアと、エマージングな部分では今ホットなネットワークアーキテクチャ・プロトコルです。TCP/IPのようなものはまだありませんが、そのくせネットワークのアーキテクチャはインターネットの善し悪しにすごく大きく影響し、決定します。

しかも、一度それを使い始めるとなかなか入れ替えられないので、今本当にいいものを作っておきたいという需要があります。3つ目がアプリケーションです。研究者が協力しあって量子インターネット研究開発進めないと、いいものが作れないということです。

量子インターネットには、量子情報技術の総合格闘技的な面があります。先ほど少し量子暗号ネットワークの話をしましたが、あれは量子メモリを使いません。つまり、光ファイバーの中に量子や光子通すところ、量子インターネットにこの技術を応用できます。

また、量子メモリを使うとなると、量子計算、量子コンピューター、量子エラー訂正の技術が必要になり、さらにネットワーク、インターネットは技術的にスケーラブルであると同時に、社会的にもスケーラブルでなければならない。

しかも、運用できなければならないわけです。現行インターネットでの巨大ネットワーク運用の知見とか、それらを活用しつつ、量子もつれのためのネットワークデザインやアーキテクチャを実現するという、大複合領域になっています。

量子インターネットは量子ですが、やはりインターネットなので、エコシステムはインターネットのエコシステムとつながっているべきだと考えています。そのため、産・官・学・民によって、誰のものでもない量子インターネット。みんなのものであり、誰のものでもない量子インターネットを実現したいと思っています。

(次回に続く)

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