2024.10.21
お互い疑心暗鬼になりがちな、経営企画と事業部の壁 組織に「分断」が生まれる要因と打開策
小林孝徳氏 インタビュー (全1記事)
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――御社が睡眠を事業の大きな柱に据えたきっかけや経緯をお聞かせください。
小林孝徳氏(以下、小林):弊社は2013年12月に創業をしましたが、睡眠を事業の柱にしたきっかけは、私自身が睡眠障害で苦しんだという実体験になります。
当時の私は10秒前に上司から言われたことを思い出せなかったり、上司の善意のアドバイスを人格否定と受け止めるようなネガティブ思考になったり、かなりうつ病傾向のような状態にありました。
一方で、良い眠りが取れた次の日は、ポジティブな気持ちになれて、すごく生産性も良く、ぜんぜん世界が違ったので、これはなぜだろうと。そして、日本だけでも3,000万人以上の人が何かしらの睡眠障害に苦しんでいることを知りました。
調べてみると、睡眠不足が生活習慣病や疾患を誘発したり、悪化のスピードを上げる根本的な要因になっていたり、睡眠が健康の重要なキーになることがわかりました。同時に、国際比較で日本人の睡眠時間が短いことや、睡眠が阻害される社会的な仕組みになっていることに気づいたり。
その根本的な解決に取り組んでいる企業がなかったので、自分で作ろうと思って立ち上げたという背景になります。
――最初から事業として、企業の従業員の睡眠改善支援を始められたのでしょうか。
小林:睡眠に関わる事業をすると決めましたが、同時にちゃんとお金が回る仕組みにしないといけないと考えました。そうした中で、あるビジネスプラン・グランプリで、審査員をされていた吉野家ホールディングスの現社長でもある河村(泰貴)社長との出会いがあったんですね。
睡眠の事業のプレゼンをした際、吉野家で働く店長の方々が睡眠ですごく困っているということで、河村社長から全店長に睡眠に関するセミナーをやってくれとお声がけいただき、初めて産業現場で睡眠改善のセミナーをさせていただきました。
睡眠で大きなペインを抱えていた吉野家さんと出会えたことは大きな転機でした。その吉野家さんと一緒にプレスリリースを出させていただき、そこからIT企業のディー・エヌ・エーさんや、航空産業のANA(全日本空輸)さん、さらに物流業界など、どんどん広まっていったというかたちです。
――現在は従業員の睡眠改善に関心を持つ企業が増えているようですが、創業初期の企業の反応や、それがどのように変化していったかをお聞きかせいただけますか。
小林:起業した2013年や2014年当時は、経済産業省が「健康経営」の推進を始めた頃でした。
食事や運動、禁煙など、健康経営の施策はいろいろありましたが、睡眠に注目されている企業はまだすごく少なかったですね。吉野家さんのように、目の前に睡眠の課題を抱えている企業さんぐらいしか注目していただけなかったというところがありました。そこから数年経って、1つのブームが起こりました。
2017年にNHKスペシャルで『睡眠負債が危ない』という睡眠不足をテーマとした放送があり、「睡眠負債」という言葉がその年の流行語大賞の候補になったんです。睡眠に関連した書籍もたくさん出て、2017年から2019年あたりで睡眠が世の中で注目をされるようになりました。
その中で産業現場や物流業界といった「安心安全の実現」を重視する業界から、睡眠が注目をされるようになりました。同時に、特にIT企業などから「生産性向上」という観点で、睡眠が注目されるようになって。IT企業は比較的利益率の高い企業が多く、従業員の睡眠改善に投資をしようという姿勢もありました。
2017年から2019年にかけて睡眠に関する社会的なムーブメントが起き、同時に「安心安全の実現」と「生産性向上」の2軸で企業の睡眠改善への取り組みが増えてきたというところですね。
――御社が睡眠改善を支援する企業のうち、「安心安全の実現」軸と「生産性向上」軸の比率というのはどれくらいでしょうか。
小林:半々ぐらいと認識しています。前者で言えば、例えば日阪製作所さんやクボタさんなどの工場で作業をされる方や、京成電設さんのような線路等の設備の安全を確認される方、あるいは東京メトロさんの運転士や列車整備の技術職の方とか。そういった方々が弊社の睡眠改善プログラムに参加されています。
後者では、SCSKさんやNTTデータさんといったSIer(システムインテグレーター)企業などで睡眠改善支援をさせていただいています。睡眠の知識を幅広く認知させようと、SCSKさんでは2年連続で10回以上セミナーをさせていただいていますし、NTTデータさんでは、後ほど詳しくご説明しますが生産性や集中力向上がデータに顕著に出ています。
小林:あとは、名刺のクラウド管理のSansanさんのようなIT系の企業ですね。生産性向上のほか、ウェルビーイングのような健康施策の福利厚生的な文脈で導入されるケースも増えています。やはり生産性向上に従業員の睡眠改善が重要だと気づき始めた企業さんが増えているという認識はありますね。
ユニークな取り組みをされている企業さんとしては、三菱地所さんやネクストビートさん、そしてスローガンさんは生産性向上のために仮眠ルームを作るという取り組みをされています。
――企業内の仮眠ルームが、実際に利用される割合は高いのでしょうか。業務中に寝づらいとか、人前で寝るのは恥ずかしいといった理由で、実態はあまり使われていないということはありませんか。
小林:上司の目を気にしたりで最初はなかなか使われないところもありましたが、数ヶ月経つとどんどん使われるようになっています。実際に利用してみると効果を実感されて、次第に利用されるようになるという感じですね。
仮眠をした後は、生産性や集中力の向上といった効果をはっきりと体感できるので。体感を持つことで、仮眠を取るほうが合理的だと理解される従業員の方が多いのだと思います。
――企業が従業員の睡眠改善に関心を持つきっかけは、どういったことが多いのでしょうか。
小林:リスク回避やコンプライアンスへの取り組みが、1つのきっかけとしてあると思います。居眠り運転による事故などが報道されることがありますが、そういった万一のことが起きた際の企業としての社会的評価の低下リスクを回避するための取り組みがきっかけとしてあるのかなと。実際そのようにおっしゃる企業さんは少なくありません。
生産性に関しては、企業トップの意向が大きかったりします。睡眠改善の施策を重要と考えるIT企業の経営者などが、自ら先陣を切って取り組まれるようなケースが多いと思います。そういった意味でも、弊社において睡眠改善の成功事例を積み重ねていくことがすごく重要だと考えていますし、世の中が変わるためにはエビデンスも必要です。
小林:これまで企業さんに睡眠改善の営業をする中で、睡眠施策をやる意味や、費用対効果やROI(投資対効果)を求められるケースがけっこうあったんですね。そういった中で、我々も睡眠の重要性や企業にもたらす利益について自信を持って言いづらかったところがありました。
でも今回、早稲田大学の大湾(秀雄)先生の研究室で、弊社の「睡眠改善アプリが生産性に与える影響」を研究対象にしていただいて。その結果、プログラムを通じて1人あたり年間12万円の経済的効果があることが統計的に明らかになりました。
細かく見ますと、「時間管理能力」「集中力」「仕事の成果」の3つが、睡眠改善プログラムによって向上することがわかりました。この業界を開拓する立場である我々としては、睡眠が生産性に与える影響を研究した前例がほぼない中で、研究機関と連携して数字でそれを示すことができた意義は大きいと考えています。
また、こういうことをもっと社会に向けて発信することで、睡眠改善の必要性への意識が高まるのではないかと思っています。
――企業の睡眠改善に関する御社の取り組みとしては、「睡眠時間の確保」と「睡眠の質の改善」の2つがあると思います。まず「睡眠時間の確保」への取り組みを教えていただけますか。
小林:睡眠時間の確保に関しては、1日24時間ある中でいかに睡眠の優先順位を上げていくかに尽きると思うんですね。睡眠の重要性をお伝えして、睡眠時間が6時間の人に対して、6時間半や7時間取ることに納得いただく必要がある。
人間は年齢を重ねるごとに睡眠時間がどんどん短くなっていくことが統計的にわかっています。ただ、同じ30歳でも5時間で十分な人もいれば8時間寝ないといけない人もいるんですね。人それぞれ適正な睡眠時間はバラバラであるという正しい知識をしっかり与えることが大切です。
これまでの世の中だと、いかに睡眠を減らしてそのぶん働くか、働いて生産性を上げるか、生産力をアップするか、そういった文化がありました。しかし適正睡眠時間を犠牲にすると、生産性は下がります。
また一口に「睡眠時間」と言っても、前半と後半で役割が違います。前半は脳と体の休息が行われ、後半では心の休息とかストレスを解消するという重要な役割が果たされています。
睡眠時間を確保するための取り組みとして、我々は勤務が終了してから次の始業までに決まった時間を空ける「勤務間インターバル制度」を推奨しており、導入する企業さんがけっこう増えています。厚生労働省は2019年4月からこの勤務間インターバル制度を努力義務化していますが、導入率について現状の4.2パーセントから2025年までに15パーセントに高めるという目標を掲げています。
我々は勤務間インターバル制度の導入は睡眠時間を確保する上でかなり効果的だと思っていまして、努力義務ではなく義務化することを厚労省にご提案しています。
ーー従業員の睡眠時間を確保するために、行政への働きかけもされているのですね。
はい。あとはフレックス制度も推奨しています。遺伝子傾向で夜型の人が約30パーセントいることがわかっており、夜型の人にとって朝6時に起きることは身体に負担がかかります。
ですので、夜型の人でも睡眠時間を確保できるように、例えば極端な話、夜中の2時に寝て午前10時に起きるという8時間睡眠での勤務ができるようにフレックス制度の導入をお勧めしています。
小林:睡眠時間をしっかり確保していくためには、個人だけではなく会社の仕組みも整えていかないといけません。企業に昼寝などの仮眠の時間を設けていただいたり、早く帰る日を設けるなどですね。水曜日をノー残業デーにして、早く帰って睡眠をしっかり取る日にするとか。
水曜日に8時間寝て回復した状態になれば、しっかりと睡眠を取るとこんなにすっきりして、仕事ができるんだという体感、成功体験を持っていただけます。気持ちよく働けるという体感を持つと、そっちのほうが効率が良いと従業員本人がわかるんですね。そうして、睡眠時間を増やす日が週1回から2回に増えたり。そういった取り組みを行っています。
――従業員本人に睡眠の大切さや効果を実感してもらうことが大切ということですね。
小林:そうですね。本人が「おもしろい」とか「効果があるな」と納得し、自分でそしゃくができないと続かないと思います。そういった意味で、睡眠によって「すっきりしているな」という体感を持っていただくことと、アプリやデバイスを使った「睡眠の見える化」で8時間眠った時の自分の睡眠の質の確認をしていただいています。
ーーコロナ禍でリモートワークが普及し、通勤時間がなくなったことで睡眠時間は増えているのでしょうか。
小林:コロナ禍になって睡眠時間がちょっと増えたというのは事実ですが、睡眠の質で見ると、良くなっている人と悪くなっている人の両方が増え、二極化しています。そこはやはり企業の働き方や文化が顕著に表れたと思っています。
例えば仕事とプライベートのメリハリがはっきりしていない働き方を文化とする企業だと、極論寝る直前までパソコンで仕事ができてしまいます。しかし、寝る直前まで仕事をすると、睡眠の質が劇的に下がってしまうんですね。
またリモートワークだと家から出ないので、日光を浴びるタイミングがなくなり、体内時計が朝を認識しづらくなります。コロナになってリモートワークが増えたことで睡眠の質が悪くなり、場合によってはうつ病傾向が増えたという方もけっこういらっしゃいます。
――「睡眠の質の改善」への取り組みについてはいかがでしょうか。
小林:質に関しては、どうやったら睡眠の質が上がり、どうやったら悪くなるのかという「睡眠リテラシー」を高めることがまず大切です。何気なくしている生活習慣が自分の睡眠の質を悪くしていることだってあるわけですね。寝る前の光の調整や食事の取り方、体温の上げ方、さらには昼間の過ごし方など。
そういったことをセミナーでお伝えしています。正しい知識を得て、アプリで確認することで、睡眠の質の向上を実感できるという従業員の方も多くいらっしゃいます。睡眠リテラシーを向上させ、それを行動習慣に落とし込んでいくことが睡眠の質の改善ポイントになります。
――睡眠の質の向上につながる生活上の注意点を教えていただけますか。
小林:良い睡眠が取れるようになった方は、(上記画像の)1番の「寝る前の過ごし方」や(上記画像の)2番の「ベッドでの過ごし方」が変わった方が多いんです。寝る前の過ごし方に関して言えば、例えば体の内側の温度である「深部体温」を寝る1時間前にちょっと上げて、その後急激に下げるという体温調整をすることが非常に重要です。
そうすると眠りの前半の質が上がるんですね。あとは光の部分では、メラトニン(覚醒と睡眠を切り替えて自然な眠りを誘う作用があり、「睡眠ホルモン」とも呼ばれる)の分泌を阻害してしまうので、寝る前に過ごす部屋の光をオレンジ色にするなどの調整も大切です。
食事では炭水化物を減らし、寝る直前の食事は睡眠の質の低下につながるので3時間前までに食事を終わらせるようにしましょうとか。朝ごはんで少し血糖値を上げる食事をすると体内時計をより調整できることもお伝えしたりしますね。
――実際にそういった睡眠改善の取り組みをしたことで企業や従業員に現れた効果を教えていただけますか。
小林:生産性向上の観点で採用いただいたNTTデータさんですと、「睡眠満足度」という主観の結果が、プログラムの導入前の12パーセントから導入後は73パーセントに向上しています。
参加者の90パーセント以上が快眠できたという点が大きいですね。「睡眠習慣を見直すきっかけになった」とか「睡眠への意識が高まった」「気づきを得られた」「20年ぶりに朝ごはんを食べられるようになった」というお声をいただいています。
あとは野村證券さんでは睡眠時間の延伸が得られたり、プログラムを通じて約4分の3の方に睡眠時間に対する深い眠りの割合が増えたという結果が出ています。
客観的なデータでは、京成電設さんで、プログラムの前後で熟睡困難や中途覚醒、入眠困難といった睡眠の悩みが明らかに減少しました。生産性スコアの変化では、「体の不調や大きな疲れがなく、頭や体が軽い」や「些細なことでイライラせず、気持ちに余裕がある」といった項目が高まっていますね。
企業さんのニーズである「生産性向上」や「安心安全の実現」のどちらにおいても、客観的な結果をデータとして出せています。
――同じ睡眠改善プログラムを行っても、効果が出やすい企業と効果が出づらい企業というのはありますか。
小林:結果が出ている企業さんに共通する部分はあります。従業員との関係性が良い企業は、より効果が出やすくなっています。
会社への信頼性が高いと、心理的安全性が高まって会社が提案するプログラムに対して「おもしろそう」とポジティブに受け止める傾向があり、その結果、従業員の方に素直にプログラムに取り組んでいただけるというところがあります。
経営層や人事、産業保健スタッフに対する信頼度が高い企業さんに見られる特徴ですね。逆に「こんなの無駄でしょう」とか、「これに取り組むんだったら給料上げてよ」みたいな関係性であったり、信頼性が低い状態だと、なかなか取り組みが進まないところもあります。
あとはIT企業さんとは相性が良いと思います。仕組みを論理的に理解する方々なので、睡眠の仕組みや原理原則を知って、積極的に使用したいと考える方が多いからです。また弊社の睡眠改善プログラムは、Fitbit(スマートウォッチ)などのデバイスを使用し、データの変化を確認できます。
自分の寝る前の行動の変化が睡眠中のデータに表れ、「深い睡眠が10パーセント増えた」みたいにわかるので、デバイスやデータに慣れている方々はおもしろみを感じながら取り組めるようです。
――最後に「スリープテックの未来」というところで、テクノロジーによる睡眠改善が広まることで御社が目指す未来をお聞かせいただけますか。
小林:書籍にも書いていますが、私は良い眠りを取れる企業がちゃんと利益が出るという「睡眠資本主義」を実現したいと思っています。
ですので、今回早稲田大学の研究機関との連携で、しっかりと寝ることが経済的効果を生むことを統計的に明らかにできたことは、その大きな一歩になると考えています。一人ひとりが自分に適切な就寝時間を確保し、前向きに集中して仕事をできる状態になれば、幸福度も高まり、良いことしかないと思うんですね。
睡眠が阻害されると怒りっぽくなったり、他責思考になるというのが脳の仕組みとしてありますが、逆に良い眠りが取れると余裕を持て、人にも優しくなれます。それはお客さまへの思いやりにもつながり、眠ることで利益を出せるし、信頼獲得にもつながるのです。
我々は「睡眠の不安をなくし、持続的に発展する社会へ」というビジョンを掲げていますが、世界中の人々が自分にとっての最適な眠りを理解し、睡眠こそが社会の中長期的な発展に欠かせない基本の力であると認識する、そんな世の中を創出したいと考えています。
――「睡眠資本主義」の実現を応援しています。本日はありがとうございました。
小林:ありがとうございました。
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