2024.10.10
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予想外に変化する投球の軌道は打者に学習されやすい?~Predictive Codingと予測誤差を添えて~(全1記事)
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なういず氏(以下、なういず):「予想外に変化する投球軌道は打者に学習されやすい? ~Predictive Codingと予測誤差を添えて~」のタイトルで発表する、なういずです。よろしくお願いします。
まずは自己紹介から。私は@nowism_sportsというIDでTwitterをしています。ふだん大学では認知科学の勉強をしていて、野球は巨人、サッカーは柏レイソルを応援しています。本日のスポアナはデイゲームの開催で、巨人とレイソルの試合はナイトゲームです。昼に準備してくださったスポアナ運営のみなさま大変ありがとうございました。
ちなみにステイホーム期間中に『キラッとプリ☆チャン』というアイドルアニメにめちゃくちゃハマりまして。こちらも今日の18時からライブが行われるので、本当にスポアナがデイゲームでよかったなと思っております。
私は大学で認知科学の勉強をしているとお伝えしましたが、今まで参加したスポアナでは采配や応援、流れといった選手や人間の心を扱ったものを発表してきました。本日は「最新脳科学の枠組みで野球の投球を考えてみた!」といったテーマで発表していきたいと思います。
今回紹介するのは、最新の枠組みであるPredictive Codingです。Predictive Codingは、人間の脳の機能の核心は、入力の予測を行って予測誤差を最小化するように学習すること。これが脳の機能の核心である考え方です。
どういうことかと言いますと、我々はふだん五感からいろいろな情報が入力されると思います。脳はその入力される情報をあらかじめ予測して、予測と実際の入力の誤差を最小化するように学習している考え方です。
このPredictive Codingは、最初は視覚や運動制御の分野で行われていました。最近は知覚や運動、情動といった脳機能全体を捉える枠組み、すなわちPredictive Codingを仮定するといろいろな現象が説明できる。現在の脳科学ですごく話題の枠組みとなっています。
ここまで難しい説明をしましたが、Predictive Codingを簡単にまとめると大事なところは次の3つです。1つ目、我々の脳は予測をするということ。2つ目、脳は予測と実際の差を比較する。そして3つ目、比較した際の予測誤差が小さくなるように学習する。これがPredictive Codingの肝となっています。
今回の発表は野球×Predictive Codingということで、野球において学習される予測誤差は何でしょうといったものを考えてみました。
私が考えた結果、野球における予測誤差があるシーンは、バッティングにおける投球軌道の予測なのではないでしょうか。バッターはピッチャーから来るボールを最後にバットに当てるまでずっと見ていることができないので、予測してバッターがボールを打っていると考えられます。そこに予測誤差があるのではないかと考えました。
もう少し具体的に説明しますと、予測誤差が大きい場合、予測したところにボールが来ないのでバッターは失敗する。例えば空振りをしたり、バットの変なところにボールが当たって凡退してしまう場合。とても顕著な例としては2006年のオールスターゲームにおける藤川球児投手の投球が挙げられると思います。
このオールスターゲームでは藤川選手がマウンドに上がった際に「ストレートを投げる」と宣言。そしてパリーグの強打者であったカブレラ選手と小笠原選手を見事空振り三振に打ち取りました。このときすごかったのは、カブレラ選手も小笠原選手も藤川選手のストレートに1球もバットに当てられなかったことです。そんな伝説的なイベントになっています。
なぜストレートが来るとわかっているのに、バットに当てられないのか? それは予測誤差が大きい。すなわち予測した場所よりも上をボールが通過してしまったので空振りをしてしまったと考えられます。今回の発表ではこのような予測誤差が大きいボールを「特異球」と呼ばせてください。特異球は予測誤差が大きいので、来るとわかっていても打てないことが考えられます。
この予測誤差をうまく利用している投手の例としてこのように名前を挙げてみました。特異球を投げる投手の名前を見ると、抑え投手の名前が多く見受けられます。これに関しては抑え投手は基本的には1イニング程度しか投げない、同じバッターとは1度しか対戦しません。そのため、短いイニングの間で予測誤差の学習が完了しないことが考えられます。
しかし逆に考えますと、もし特異球を武器にするような先発投手がいた場合。予測誤差が徐々に学習されていくので、投げれば投げるほど徐々に打たれてしまうことが考えられるのではないでしょうか。
そこで今回の分析ではこのような仮説を用意しました。投手に関しては、特異球を投げる投手と特異球を投げない投手の2投手を用意。その投手に対して1回から3回と4回から6回のパフォーマンスを比較します。
基本的に野球では、その日バッターとピッチャーが初めて顔を合わせるのが1回から3回の間です。そして4回から6回では2回目、3回目の顔合わせになります。1回から3回と4回から6回を比較すればおもしろいのではないかと考えました。
予想される結果としては、1回から3回までは特異球投手のほうが非特異球投手よりもパフォーマンスが高い。4回から6回は、非特異球投手のほうが特異球投手よりもパフォーマンスが高いと考えられます。これは特異球投手は特異球の予測誤差が武器ですが、予測誤差が学習されていくため少しずつ打たれてしまうのではないかと考えました。
では今回分析対象の選抜投手と特異球の定義、そして比較するパフォーマンスについて説明していきます。これらすべてのデータは、メジャーリーグの1球ごとの詳細なデータを公開しているBaseball Savantというサイトから引用したものです。
まずは分析対象の先発投手に関しては、分析において一定以上の実力を持つ投手の分析が好ましいと考えました。そこで、Baseball Savantが指定する規定打席以上投げた先発投手を抽出。
次に特異球の定義です。特異球に関しては以下の6つの球種に関して特異球を定義しました。Baseball Savantでは変化量のデータが載っています。要はボールがスピンによって実際に何センチ、アメリカの単位なのでインチですね。何インチ変化したかがわかりますが、この球種を投げたピッチャーすべてに関してこの変化量の平均を取りました。そして各球種の平均から距離が離れている10名を特異球投手と定義。
少しわかりづらかったので、右のカットボールの図を通して説明します。この赤い点がカットボールを投げた選手の変化量の散布図です。0,0のあたりにある赤い×がカットボールの平均の変化量になっています。〇で囲っているところは、ダルビッシュ有投手のカットボールの変化量で、ダルビッシュ選手は平均よりも8番目に遠いカットボールを投げていました。そのため、ダルビッシュ有投手のカットボールは特異球であると判断できます。
特異球投手はこの7名です。ダルビッシュ有選手やトレバー・バウアー投手などが有名な選手として挙げられるかと思います。
では続いて比較するパフォーマンスです。比較するパフォーマンスに関しては、WHIPという野球の指標を使わせていただきました。WHIPは、1イニングに何人の走者を出したかというものです。1未満だと超エース、1.2未満だとエース級、1.4以上だと少しピッチングに問題があるんじゃないかと判断できます。
例えばダルビッシュ有投手の場合は、2019年のWHIPは1.10と、エース級の働きをしていました。イニングごとのWHIPを抽出し、通算のWHIPとの差分を取ります。ここの赤枠が差分になっていますが、差分を見てもらうと4回は0.27、6回は0.25で、ダルビッシュ有投手は4回と6回が比較的苦手としていることがわかります。
そして特異球投手、非特異球投手の中の全員に対して、今のこの赤枠のイニングごとのWHIPの差分を計算して平均を出しました。
分析データをもう一度まとめると、分析対象の先発投手は規定打席を投げた投手、特異球の正義は上位10名の変化量を持つ選手。そして比較するパフォーマンスはWHIPと1イニングごとのWHIPの差分を比較するかたちになります。
では結果発表です。表の上の段が特異球投手、下の段が非特異球投手。同じイニングに関していいパフォーマンスをしているほうを太字にしています。こちらを見てもらうと1回から3回までは特異球投手が非特異球投手に比べてパフォーマンスがいいです。4回から6回は非特異球投手のほうがパフォーマンスがいいことがわかります。
このことから考えられるのは、特異球投手は序盤は得意で、そこから徐々に打たれる傾向があること。これはPredictive Codingで最初に主張したように、予測誤差を減らす学習の結果である可能性が考えられるのではないでしょうか。
続いて提案です。特異球投手は序盤が得意ですので、特異球投手2人で3イニングずつ投げる。2人で先発をするかたちを取ったら、おもしろい成果が上がるかもしれません。また、特異球投手は思い切って中継ぎや抑えで起用してみることも考えられるでしょう。
実際に特異球投手を2種類以上持つ救援投手はメジャーリーグで3人いますが、どの選手もメジャーリーグでは一流の成績を残しています。
では最後に、配置転換したらおもしろそうな投手を2名提案させてください。1人はサンディエゴ・パドレスのJoey Lucchesi投手。この選手は6回、7回に打たれる傾向がありますが、チェンジアップが1位、カットボールが7位という特異球を2球種もっています。もしかしたらショートスターターやクローザーと転換したら大活躍するかもしれません。
日本の投手では松井裕樹投手。今日は2軍で先発していて、1軍での先発転向がなかなかうまくいかない選手です。以前インタビューで、キャッチャーが松井投手に対して「スライダーが特異球である可能性」を指摘していました。特異球という武器を活かすためには、彼にとっては抑えが天職だったのかもしれません。
では本研究での課題です。本研究はPredictive Codingの枠組みに沿っていろいろと分析してきました。特異球の定義やパフォーマンスの分析についてはまだまだあまいところがあるので、改善を今後できたらなと考えています。
では最後に本発表のまとめです。本発表ではPredictive Codingの枠組みに基づいて予測誤差を減らすように学習する人間の普遍的な脳の活動は、ボールの起動の学習にも当てはまる可能性が示されました。また、この可能性から新しい選手の起用法や評価に関して新しい観点を与えられるのではないでしょうか。しかし、本分析は最初の分析となりますので、今後は更なる調査が必要になると考えられます。
そして本発表では脳科学の枠組みとスポーツを掛け合わせての発表でした。こちらは先ほどから話題になっている高い学際性のある分析ができたかなと思っています。脳科学もスポーツデータも今後発展していくと思うので、今後さらに熱い分野になっていくのではないかなと考えていました。
ではこれで発表は以上となります。足早になりましたが、ありがとうございました。
司会者:ありがとうございました。チャットでもみなさん「こうじゃないか」みたいなところで盛り上がっていて、とても素敵な発表だったと思います。質問が1個、17ページに関して来ていますね。ダルビッシュ選手の結果のところで、1回から6回までで何点ずつWHIPがどうなったかの質問です。「その回による打順の影響とかはあるのでしょうか?」このような質問が来ています。
これは恐らく3回が低くなるのは1、2、3と順当に行くと下位打線からスタートするので、得点がそもそも入りにくいんじゃないかみたいなところのお話ですね。そういった打順の影響みたいなものはあり得るのかという質問です。
なういず:そうですね。メジャーリーグではご存知の方も多いかと思います。1番から順番に上位バッターを並べて、とにかく1回で点を取ろうとするチームが多いです。当然2回、3回でパフォーマンスがよくなっているのは打順の影響が考えられます。また4回、6回に跳ね上がっているのは、強いバッターの順番が2回目、3回目と回ってきた結果です。
もちろんそう考えられますが、分析する上では各選手に関して平均した値を比較しているので、打順の影響はこちらの結果には問題がないことになっています。
司会者:なるほど。ありがとうございます。続いて「球数に伴って球出が劣化し、特異球が平均的な球質に寄っていくような影響もあるのではないでしょうか?」という質問です。1回で投げる球と6回で投げる球は違うのではないかという影響のところを指摘されているのかな。
なういず:とても大変いい質問をありがとうございます。その通りで、特異球を投げる選手がどれくらい特異球を投げ続けられるか? 例で挙げたPhil Maton投手のニックネームは”スピンレート”と言って、ボールにスピンをかけるのがすごくうまい選手です。しかし投げていくにつれ、だんだんスピンがかからなくなってくる問題点も抱えています。
当然球種が一球ごとの球質、例えばスピンだったりスピードだったり、どのようにバッティングゾーンを通過したかに関してフォーカスして、さらなる分析が必要なのは間違いないです。
司会者:ありがとうございます。最後になういずさんに「脳科学はどこで学ばれているのですか?」という質問です。スポアナにめちゃくちゃ登壇されているので、スポーツの人といったイメージがあるかなと思います。
なういず:ふだんは先ほど紹介した通り大学で認知科学を勉強していて。たまたま論文を読んで、Predictive Codingの考え方に出会い「お、これはいけるんじゃないか?」と思いました。脳科学を集中して学んでいるよりは、たまたま論文を読んでいて出会った感じですね。答えになっていますかね? 脳科学をメインで学んでいるわけではないので、すみません。
司会者:ありがとうございます。大丈夫だと思うので、こちらでいったん締めたいと思います。なういずさん貴重な発表ありがとうございました。
なういず:ありがとうございました。
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