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どうしてバントは減らないのか 〜時間割引の視点から〜(全1記事)

野球で送りバントが減らないのはなぜか 認知科学研究者が分析する送りバントをする心理学的理由

Sports Analyst Meetupは、現役スポーツアナリストとスポーツ分析に興味のある方の情報共有イベント。ここでは認知科学研究者のなういず氏が、時間割引の視点からどうしてバントは減らないのか、心理学的アプローチから解説しました。

どうして送りバントは減らないのか?

なういず氏(以下、なういず):『どうして送りバントをやめられないのか』というタイトルで発表いたします。なういずと申します。よろしくお願いします。

初めましての方もいると思いますので、最初に簡単に自己紹介させてください。私、なういずというハンドルネームで活動しています。Twitterは@nowism_sportsでやっていますのでフォローしてもらえると嬉しいです。サッカーは柏レイソルを、野球は巨人を応援しています。

普段は東京大学の大学院で認知科学を研究しています。研究の中では人間の非合理的な意思決定というものに興味があって、今までのスポアナでも采配や応援について、または流れというのは一体何なのかといったことに関して発表してきました。

本日は野球におけるバントが減らない理由について自分なりに分析、考察をしたので発表していきます。発表時間が10分と少々短いため、飛ばしていくところは飛ばしていきますので、ここ確認したいなという方はあとからスライドを確認してもらえればと思います。

では、始めます。野球における送りバント、正式名は犠牲バントと言うのですが、本日はよく使われる送りバントという言葉を使います。野球を知らない方のために簡単に説明すると、送りバントというのは、野球では普通はバットをブンって振ると思うんですけど、そうではなくバットをボールにコツンと当てることでアウト1つを犠牲にしてランナーを次の塁に進める戦術です。

この送りバントについてなんですけれども、さまざまなところで非効率的な作戦だという主張がされています。こちらは2020年1月に日本経済新聞であげられた記事でかなりバズった記事なので、読んだことがある方もいると思うのですが。

どうして送りバントは非効率的かと言いますと、得点確率と期待得点の双方を下げるから。例えばノーアウト1塁から送りバントして1アウト2塁になったとき、得点確率は40パーセントから39パーセントに下がり、期待得点は0.81点から0.68点に下がります。つまり得点確率も減るし、期待される得点も減るから非効率的であると言われています。

実際にこの記事で紹介されている『セイバーメトリクス入門』という本では送りバントの損益分岐点を計算していて、結果だけ申し上げますと打率が1割3厘より低い選手は送りバントが有効ということです。2019年の野手の中で1割3厘より低い選手はいないので、つまり誰にとっても有効な作戦ではないといった考察をしています。

ですが現状1試合あたりの送りバントの数を比べてみると近年は微妙に減っているものの、それでも1試合あたり0.8本とかなりの送りバントの数が見られています。どうして送りバントは減らないのか? 日本経済新聞の記事ではバントをしてしまう理由として最悪のシナリオを回避したいという人間の心理的側面があることに触れています。

最悪のシナリオというのは具体的に言うと併殺(ダブルプレー、ゲッツー)のことです。すなわちノーアウト1塁からダブルプレーになると得点確率はめちゃくちゃ減って、期待得点もめちゃくちゃ減って、得点が絶望的な状況になってしまう。こういう絶望的な状況を避けたくて送りバントという判断を優先してしまうということを述べています。

本日はこのように非効率性を指摘される送りバントがどうして減らないのかなということで、まずは一般的に知られている送りバントのメリットを3つ挙げて考えていきたいと思います。

時間割引とは、時間が経てば経つほど価値を低く評価すること

1つ目は先ほど説明したとおり送りバントは併殺を回避できるというメリットがあります。2つ目のメリットとして、送りバントでランナーが2塁や3塁に進むと1打で得点が入るという状況になるといったことが挙げられます。そして3つ目の利点として、送りバントを絡めて相手の思考の意表を突いたり、または守備シフトの意表を突いたり、そういったことが考えられます。

1つ目のメリットについては先ほどの日本経済新聞の記事で説明していたので、本日私のLTでは2つ目、1打で得点が入るというメリットを過大評価してしまう、その理由を時間割引という心理現象を援用して説明できるのではないかと分析していきます。

時間割引という言葉を初めて聞いたという方も多くいらっしゃると思うので、簡単な心理テストをさせてください。以下のA、B、2つの選択肢があったとします。明日確実に1万円もらえる。1年後に確実に1.5万円もらえる。この選択肢を提示されたときに、あなたはどちらを選びますか? という心理テストです。

せっかくなのでみなさんチャットにAとBどちらがいいかコメントしてもらえますか?

おお! Aが多いですね(86%)! みなさん時間が近いほうがいいんですね。Bも増えてきましたね。「お金の価値は下がっていくので……」あ、ここ最近の状況だと景気とかも考えているんですね(笑)。みなさんけっこう深く考えてくれてありがとうございます。

これ、一般的に実験をするとどういう結果になるかと言いますと、みなさんと同じとおりAを選ぶ方が多い。認知心理学では、なぜAを選ぶ人が多いかというと、我々人間の特性として、将来の報酬を割り引いて評価する傾向があるからだと考えています。

もう少し詳細に説明しますと、時間割引というのは双曲線のように減少していくと言われています。時間が経てば経つほど、同じものの価値を低く評価していくといったことが知られています。時間割引は一般的には長時間、例えばさっきみたいに今日と1年のように比べる研究が多いのですが、中には数分程度で価値が5割引きになるようなことを示したような実験もあります。

送りバントの状況を時間割引で分析すると……

この時間割引を送りバントの状況で考えるとどうなるかと言いますと、野球でノーアウト1塁から得点を取るためには、ヒットが2本とかフォアボールとかいろいろ絡めないと点が取れない。すなわち得点までの時間が長いと考えられます。

一方、1アウト2塁のような状況だとヒット1本で得点が取れるということで、得点までの時間が短いということが考えられます。

このことからノーアウト1塁の価値を時間割引で割り引いて評価してしまっているのではないかといったことを考えました。なので、実際に得点までの時間がどう違うのかというのをこれから分析していきたいと思います。

分析手法としましては、データとしては日本プロ野球の2016年から2019年の打撃結果、結果に関してはホームページのデータを参考にしました。そして分析内容としましては、こちらの4つの場面ですね。各場面になってから打点が記録されるまでの打席数を算出しました。

なぜこの4つの場面を選んだかと言いますと、この4つの場面はこの4年間で600回以上送りバントが記録された場面です。年間140試合なので毎日1回記録されているような場面となります。

結果は、送りバントする前の状況、この状況から得点が入るまで平均で何打席かかかるかと言いますと、左から2.96打席、2.40打席、2.43打席、2.22打席。一方、バントをしたあと所要平均打席はどう変わるかと言いますと、1.98打席、1.37打席、1.40打席、1.41打席という結果になりました。

上段が先ほどの差分になります。差分は0.97打席、1.03打席、1.03打席、0.82打席といったふうになっています。一方、期待得点がどのように変化するかと言いますと、どの場面でも送りバントをすると期待得点はマイナスになるといったことが知られています。

送りバントは得点までの時間が近くなる

では結果の考察です。送りバントをすることで得点まで1打席ほど近くなるということがわかりました。試合で監督が送りバントをするかしないかを決めるときは、監督の頭の中は例えばノーアウト1塁の場面と、バントをしたあとの場面1アウト2塁の場面を比較しているということが考えられます。

つまり監督の頭の中では、左のグラフのようにバント後の割引率に比べてバント前の割引率のほうが大きい。バント前だと得点までの時間が長いのでどんどん価値を割り引いてしまう。

このようなことから事前知識として期待得点が減ることを知っていても、時間割引による割引率を掛け合わせることでバント後のほうがいい状況、得点を取りやすい状況や勝ちやすい状況になると判断される可能性があるのではないでしょうか。というふうに考えました。

もう1つ分析したので紹介します。追加として所要平均打席と期待得点について、4つの場面をプロットしてみました。X軸が犠打によって短縮される得点への所要打席数で、Y軸が得点期待値の変動となります。得点までの時間が短くなればなるほど期待得点が減るような送りバントだということがわかります。

一番右下、1アウト1塁からの送りバントは、期待得点的にはとても損なんですけれども、その分、得点までの時間が短くなります。すなわち今すぐ点が欲しかったり、時間割引の関係で得点が近くなるということで送りバントをしてしまうといったことが考えられます。

バント前の状況が時間割引で過小評価されている

まとめに入ります。送りバントをしてしまう理由として、本日は1打で得点が入るということに関して、時間割引によってメリットが大きく評価されるのではないかといったことを分析、考察しました。

バント前とバント後を比べると、バント前のほうが得点までの時間が長い。つまり時間割引でバント前の価値を割り引いて評価するといったことが考えられます。バントは統計的に損だ、あまりよくない作戦だという事前知識があったとしても、バント前のシチュエーションが過小評価されるのではないかといったことが考えられます。

今回は②のメリットについて紹介しましたが、①のメリットでも損失を回避したいという人間の心理的なバイアスがあるといった話でした。つまり我々は送りバントは統計的によくないという事前知識はあるのですが、それを知識として知っていてもバイアスを乗り越えるのは難しいのはでないかなといったことを分析をしていて思いました。

以上となります。ご清聴ありがとうございました。

送りバントはリスク回避だけでは説明できない

司会者:発表ありがとうございます。さっそく質問が来ているので質疑応答に移りたいと思います。「なういずさんに質問です。時間割引率はリスク先行と区別せずに考えられることもありますが、ことバントに関してあえてリスク回避ではなく時間割引によって意思決定を説明しようとした理由があれば教えてください」。

なういず:では、こちらのスライドで説明します。送りバントのメリットというのが3つあると一般的に考えていて、私もこれに同意しているんですけれども。リスク回避をしたいという気持ちがあるというのは1番のメリットしか説明できてないように考えられるんですね。

ですので、メリットをそれぞれ説明できるような心理的な現象や3つのメリットに対して心理学的にアプローチしたいなと考えた結果、2つ目のメリットに関しては時間割引の考え方が適当なのではないかという考えに至ったため、このようになっています。

司会者:ありがとうございます。続いての質問です。「時間割引バイアスについて、高校野球や社会人野球の一発勝負のゲームであると、シーズンを戦うプロ野球よりもそういうバイアスが大きくなるんじゃないか?」こちらについてはどう思われますか?

なういず:研究ではなく完全な私の推測ですが、プロより大きくなると考えます。というのは、一発勝負なので負けたときに終わりなので、どうしても目の前の価値を取りたくなる。将来的なことを考えずに目の前の価値を取りたくなるといった心理的傾向が促進されるかなというふうに考えます。

司会者:ありがとうございます。続いての質問。「発表の前半の話は高度経済学で言われる損失回避の考え方という認識でよろしいでしょうか?」という質問が来てますね。

なういず:損失回避の考え方で問題ありません。そのとおりです。

司会者:「今回の報告は異なる局面、無死1塁と1死2塁の比較でしたが、傾向スコアなどを使って存在しないような局面を比較できるようにするだったりとか……そういう意味ですかね? 同じ局面での所要打席数を比較することは検討したでしょうか?」という質問が来ています。

なういず:そうですね。検討はしていますが、準備の時間の問題などもあり、最初の段階としてはこれでいいかなと考えています。将来的にはやろうと考えています。

司会者:「もしこれは分析されてたらというところなんですが、意思決定に時間割引の要素が影響を与えている割合が大きいチーム、チーム単位で傾向の特徴があったりするのでしょうか? もし分析されていたら教えてください」

なういず:あ~なるほど。その分析は今回はまだできていないですが、送りバントの数ってチームや監督やコーチによって大きく影響を受けるので。バントの数を見てもらえるとある程度時間割引に囚われている方、囚われていない方というのがわかるかなと思います。

司会者:これけっこうチームごとに分析してみるとそれはそれでおもしろい結果が出る気がしますね。

なういず:そうですね。

司会者:ありがとうございます。質問はほかにも来ているんですが、時間の都合でこちらで終了させていただきます。発表ありがとうございました。

なういず:こちらこそありがとうございました。

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