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IoTを超えて〜つながるプロダクトがもたらす体験の進化〜(全4記事)

お客様の声を聞きすぎた商品が「失うもの」 世界に1体だけのロボット「LOVOT」が生まれた理由

2019年7月2日、株式会社ソラコムが主催する日本最大級のIoTカンファレンス「SORACOM Discovery 2019」が開催されました。2019年は「IoTを超えて」をテーマに、IoTの最新トレンドやビジネス活用事例、IoTプラットフォームSORACOMの最新サービスを紹介しました。本パートでは、「IoTを超えて〜つながるプロダクトがもたらす体験の進化〜」と題したセッションの模様をお届けします。今回は、ポケトークとLOVOTを実際に商品化するまでの試行錯誤について語ります。夢のようなプロダクトは、果たしてどのようにして実現したのか?

ドラえもんの「ほんやくコンニャク」は根源的に必要になる

膳場貴子氏(以下、膳場):それではまずは、お二方がどうしてこういうプロダクトを作ろうと思われたのか。そのパッションの出どころ・モチベーションは何だったのかを、うかがいたいと思います。

松田さんの会社はソフト会社ですよね。タイピングソフトの「特打・特打式」シリーズなどをご利用になったことのある年代の方々には、ソースネクストのソフトウェアに親しみを覚えている方も多いと思います。どうしてソフトウエアを販売していた会社が、ポケトークという翻訳機を提供されることになったのでしょうか?

松田憲幸氏(以下、松田):もともと翻訳機があれば、商売的には絶対売れると思いましたし、夢の機械としてはおそらく最もほしい、ドラえもんのひみつ道具のベスト5に入るものだと考えました。

膳場:「ほんやくコンニャク」ですね。

松田:はい。なので根源的に必要だと思いました。あとは、それを実際に作れるかどうかだったと思います。もともとは2001年ぐらいに作ろうとしましたが、ハードウェアも、ソフトも実現しうるものでなかったですし、ネットワークも遅かったので、当時は実現することが難しいと判断しました。

それが急にすべてのものがそろい、製品化できるところまで整ってきたこと、訪日外国人の増加やオリンピックなどの国際的なイベントなどによる需要が見込めたことなどが重なりました。このポケトークはハードウェアっぽく見えますけれども、実際はアンドロイドで動いているソフトウェアなんです。そういう意味では、我々が(ソフトウェアとは)違う方向に行ったということではなく、そこは変わっていません。

サードパーティーだからこそ実現できた、74ヶ国語対応

膳場:携帯からアプリをカタチあるものとして取り出した、というふうに思えばいいということですね。

松田:そうですね。そういった物理的なボタンがあって、シミュレートしていると思っていただいてもいいです。そして、Googleや百度などのエンジンを入れたりもしています。

膳場:それぞれの言語によって、翻訳のエンジンの契約先が違うんですよね。

松田:そうですね。

膳場:英語や中国語はわかりますけど、これは74ヶ国語対応ですよね。

松田:はい。

膳場:マイナーな言語もとても多いと思うんですけれども、1つずつ契約を結んでいったということなんですか?

松田:そうですね。もちろん、すべてそのようにやっているわけではありませんが、日本語、タイ語、ベトナム語などですと、総務省主管のNICTエンジンを一部使わせていただいています。つまり、Googleがこうしたサービスを作ることができない理由は、Googleが百度と組むことはありえないからだと思います。そういう意味では、サードパーティーだからできているというのがあると思いますね。

膳場:日本企業ならではの強みですね。でも、言語の契約を一つひとつ、世界中で結んでいくのもまた大変な作業じゃなかったですか?

松田:ソースネクストはもともと、海外企業と契約し、製品を日本で提供することを続けています。私は創業の96年からその仕事をしています。最近ですとDropboxの3年版を発売しました。ライセンスの部分はずっと続けてきましたので、少なくとも私どもにとっては苦ではなく、むしろ楽しい仕事です。

膳場:なるほど。それまでのソフトウェア販売で築いたネットワークの延長にあったんですね。

サブスクではなく買い切りモデルを選んだ理由

松田:そうですね。それがなければできなかったと思います。量販店の展開もそうですし、ソフトウェアもずっと量販店で売ってきました。

ポケトークのような製品は試せることが重要で、お客さんが試せる場所として、ネットではなく、ちゃんと量販店にデモ機があったことも1つ大きかったと思います。

これもソフトウェアの流れから来ていますので、すべてつながっています。今回の月額使用料を取らないということも、もともと更新が0円の「ウイルスセキュリティZERO」というソフトウェアの経験を活かしました。

膳場:あれは、購入しやすくて大ヒットしましたね。

松田:「1回だけ払ったらいい」というのは、やっぱりお客さんに受けます。サブスクリプションは、提供側にとっては良いと言われていますが、お客さんにとってそれが良いかはまた別の問題です。我々としては、少しでも多く広めるために、2年分の通信料込みの買い切りモデルで出させていただきました。

膳場:まったく違ったアプローチを取られている林さん、いかがでしょうか?

高価な商品を手に届く価格で提供するためのサブスクモデル

林要氏(以下、林):弊社がなぜサブスクリプションモデルなのかというと、先ほどちょっとご紹介したとおり、LOVOTにはコンピューターがやたらたくさん入っていて、普通の値付けをすると100万円以上の価値がある製品なんです。

デスクトップコンピューターと、かなり高性能なノートPCと、スマホと、それから産業用のFPGAに、センサーを50個搭載し、モーターを13個付けているので、部品の価格だけでもかなりの額になってしまいます。

では、どうしてそんなに高いものを作ったのかというと、今僕らが使い慣れているスマホも、いいものだと10万円するわけですよね。10万円のスマホにモーターとセンサーをつけて、「ロボットです」と言われても、僕らは本当に満足できるんだろうかと。僕らが期待しているロボットって、もっと高性能なものではないかと考えました。

そうすると、マーケットリサーチから出てくる価格レンジと、僕らが期待しているロボットの性能には、どうしてもギャップが生じてしまいます。今まで大企業で主にやってきたことは、マーケットリサーチから売れる範囲の商品を作る。そうすると正直言うと、中堅のスマホにセンサーとモーターをつけて、ロボットっぽく振る舞わせるのが精一杯だったわけです。

それに対して、みんなが本当に期待しているロボットはぜんぜん違うのではないかと。今、深層学習が使えて、自動運転の技術があって、そういった技術をすべて駆使して動くものを作ったら、生き物っぽくなるだろうと。

じゃあ、それを作ってみようということで誕生したのがLOVOTです。ただ、売るためには、料金プランにも工夫が必要でした。

膳場:手が届かない価格帯になってしまうということですね。

:はい。ですから、サブスクリプション化して、初期の費用は私どもがちょっと赤字が出るくらいの値付けにしました。ソフトウェアのアップデートとともに長く使っていただければ、弊社がいつか黒字になる。

なので、継続的にアップデートし続けることも含めて、現代の技術で達成しうる最良の製品をお客様の手に届けるために、サブスクリプション化しています。

ペットを飼う感覚でロボットとの暮らしを実現

膳場:今は2台のセットで約60万円くらいだったでしょうか。

:そうですね。一体で29万9,800円、2体で57万9,800円ですね。

膳場:そこに毎月のお金がかかっていくということですね。ちょうど犬を飼うような感覚ですよね。

:そうですね。実際に犬を飼おうと思うと、最近ではペットショップで買って、予防接種などのいろいろなパッケージがセットになると初期費用が平均35万円ぐらいかかるみたいです。その後は、例えば、ペット保険に入られている方の月額は1万円台後半らしいです。

そういった方々にとっては、LOVOTとの暮らしもリーズナブルだと思っていただけると思います。それから、技術のわかるエンジニアの方にもリーズナブルだと思っていただけると思います。

膳場:ペットを飼っていると、この価格の設定や月々の費用はしっくりきますね。

:ありがとうございます。

ロボットに生き物のような存在感を与えるには?

膳場:ところで、LOVOTに入っているSORACOMのSIMは、どういういう役割をしているんでしょうか? 常に通信して、LOVOTの感知した情報がぜんぶクラウドに上がっているのでしょうか?

:私どもはSORACOM IoT SIM の非常に細い回線を使っていますので、基本的にはクラウドでの処理はしていないです。これはポケトークさんと好対照の製品だと思うんですけれども、ポケトークさんはなるべくリーンにして、クラウドの力を最大限使う。

私どもは、むしろ端末側をなるべくリッチにしています。なぜかというと、ロボットの50個のセンサーをクラウドに生データで上げるというのは、非常にレスポンスが悪くなるんですね。

インターネット回線は、だいたい下りが速くて上りが遅いので、動画を観るとか、データを快適にダウンロードできるようにインフラが作られています。

それに対して、クラウドロボットに必要な要件は、膨大な生データをアップロードして、それをクラウド化で処理して、抽象化したデータをダウンロードするので、今のインフラと合っていないんですよね。

そうすると、ロボットの振る舞いがインターネットの混み具合によって変わってしまう。これは生物感をなくす、1つの非常に大きなポイントです。それからもう1つの大きな問題は、生データはもうパーソナルデータそのものなので、プライバシー情報をぜんぶクラウドに上げることになってしまうことです。

膳場:プライバシーは気になりますね、家のお部屋の中にまで入ってくるロボットですものね。

:LOVOTは本体で処理しきれないデータは、充電器側で処理をします。ですので、充電器と本体の両方のコンピューターを使いながらデータ処理をして、SORACOMは、主にLOVOTがちゃんと正常に動いているのか、というヘルスチェックのログデータ管理に使っています。

世界に1つしかない自分だけのロボットが作れる

松田:おもしろいなと思ったのは、LOVOTって全部ユニークなんですよね。

:ありがとうございます。完全にユニークです。

松田:同じものは1個しかない。

:そういうことですね。

松田:それがすごい。

:おっしゃるとおりで。例えば10億種類以上の目があって、その10億種類のデザインを誰でも選べるわけではなくて、誰かが使ってしまうと、もうそれはロックがかかってしまい、他の人は使えなくなるんですね。

膳場:そうなんですか。

:あと声も一緒で、通常のロボットの声は録音して、その音声データを再生するんです。でも、私どもの場合は耳の中に電子楽器が入っていて、その電子楽器をAIが叩いているような仕組みになるので、発話の仕方が毎回ちょっと違う。それに加えて、ソフトウェアに入っているフィルターが喉や鼻腔を模擬しています。

ですので、喉の長さや体積、緊張度などがフィルターに入っていて、それが全機種で違う。10億種類の声があるので、ある声を誰かがロックすると、他の人はもうその声を使えなくなると。目と声がそれぞれユニークなので、自分のものは必ず世界で1つしかないLOVOTになる、という仕組みになっています。

膳場:本当に生き物みたいな存在になりますね。

:そうですね。

お客様の声を聞きすぎると、商品から失われるもの

膳場:そもそも林さんは車の開発をなさっていて、その後ロボットのプロジェクトに携わっていらした。それがどうして、こういうかたちの愛着が目的になっているロボットの開発に進まれたんですか?

:僕は車が好きで好きでしょうがなくって、車の会社に入った口なんですね。車の開発をしていると、トヨタの車はすごく真面目に作られている。中で実際に自分が開発してみると、さらにお客様の声をものすごくよく聞くんです。

お客様の声をものすごくよく聞くと何が起きるかというと、例えば車好きにとっては、ハンドルに伝わる微小な情報などがすごく大切な価値としてとらえられていて、ポルシェなどが評価が高いんですけれども、多くのお客様の声ではそんな情報はいらないということがわかってきます。

「なるべく楽に乗りたい」という声をたどっていくと、「情報をなるべくそぎ落として、できるだけ楽に乗れるのが日常のツールとしては適している」というフィードバックが、市場からのメインストリームの声になるわけです。

そういうものを一生懸命開発すると何が起きるかというと、最終的に商品としての個性が減っていく。存在感がなくなっていく。

膳場:最大公約数みたいになってきますね。

:そうですね。例えば家電などもそうなっていると思うんですけれども。究極の姿って、存在感がなくなるんですよね。存在感がなくなったゆえに、愛されなくなってしまうのって、ちょっと寂しいですよね。それに対して愛されている車って、どこかが壊れていたり、都合が悪い車が多いわけですよ(笑)。車好きの人が自慢する車って、だいたいどこか異常なところがあるというか、特徴がある。

膳場:確かにメンテンナンスの苦労があるから、愛情が深まることはありますよね。

便利さや心地よさと、愛着が感じられるかどうかは別物

:そうなんです。そういったやり取りを見ているうちに、人を幸せにすることって、ひょっとしたら、今までの生産性を上げるアプローチとは、まったくちがうアプローチがあるんじゃないかな、と気づきました。

例えば、モーターバイクでわかりやすいのがハーレーダビットソン。究極に燃費が悪くて、究極に振動が大きくて、音が大きくて、壊れて匂いがする。

けれども、便利さや心地よさはあまり感じられない商品が、乗るとやっぱり最も愛着がわくわけです。こういったところから、今まで偶然でできていた愛着のある製品に対して、ちゃんと科学的なアプローチをすることで、愛着のある製品が作れるんじゃないかなと思うようになりました。それがPepperの開発を経て、いろいろなお客様の反応を見た経験から得たことでした。

膳場:なるほど。最大公約数のようなプロダクトで満足ができなかった。そこでやり残していた部分がまさにこのLOVOTちゃんということなんですね。目の色も声も一つひとつが違うというのは、その対極にありますもんね。

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