2024.10.01
自社の社内情報を未来の“ゴミ”にしないための備え 「情報量が多すぎる」時代がもたらす課題とは?
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為末大氏:4つ目(の内省)ですね。1番上の(項目に関する)おもしろい実験があります。アメリカの高校生に、たった2つの質問をしました。ポストディクションと言われるんですが、「あなたは試合に勝てると思っていますか?」という質問を試合前に行うんです。そして、試合の後は「あなたは試合に勝てると思っていましたか?」と質問します。
これはたぶん、今みなさんが予想されたとおりじゃないかと思うんですが、試合に勝つと「試合前に試合に勝てると思っていた」と上振れするんですね。で、試合に負けると「試合には勝てると思っていなかった、試合前からね」というふうに下振れするんです。
これは言葉を入れ替えていくと、アスリートは経験によって、自分の記憶を都合よく変換しているということです。まるでその時もそう考えていたかのように考えるという傾向にあります。ここから先が私の仮説なんですが、トップアスリートほど、この編集能力が高いんじゃないかと。つまり、過去を自分の都合良く書き換えちゃうんじゃないかと思っているわけです。
これは実験で全く実証されてないんですが。現実を正確に把握しているのがアスリートなのではなくて、自分の都合の良いように過去を書き換えて、そのことを自分自身が疑いなく信じて、それによって自分の今現在の気分が変わるので、未来を前向きに考えられる。こういう構造になっているんじゃないかと思っています。
2つ目もそうですが、よく「反省しろ」とか「内省しろ」とかアスリートに言うんですが、そもそもこうなりたいというビジョンがない人間には、ギャップが存在しないんです。つまり、「この試合では10秒切りたい」と思っているからこそ、10秒2だった時にこの0.2秒は何だったのか反省ができるんですが、そもそも10秒切りたいというイメージや目標が明確にない人間にとって、10秒2に意味がなくなってしまいます。
つまり、何がギャップかがわからないということなんです。何かになりたい、このように走りたいという具体的なビジョンがあればあるほど、自分がトライしたこととのギャップが明確に見えるので、内省しやすいわけです。あまりこのことは語られないんですが、どんな内省をするかの前に、実は「そもそもなりたい姿がありましたか?」ということはけっこう関係してきたりします。
3つ目がさっきの抽象化に似ているんですが、問題が起きたときに、いったいどこまでさかのぼって修正するかということです。これは、破たんのリスクとの兼ね合いです。つまり、一番根本のバッティングフォームを変えるという問題解決の方法もあるんですが、これに手をつけるとめちゃくちゃ調子を崩す可能性があって、もう帰ってこれないことすらあるわけです。
それは嫌なので、手首だけ変えようというのであれば戻ってこれる可能性が極めて高いと。いったいどのレベルまで持っていって問題を解決するのかなんですけど、ここで非常にポイントになるのは、多くの場合、アスリートはどうやって自分がそれを習得したかを知らないんです。
もちろん反復したりいろいろやって学習していったんですけど、本当のところ、いったいどことどこのシナプスがつながって、どういう連動が起きて上手くなってきたかをちゃんとは理解していない。
なので、再現する時もそこまで細かく再現できないわけです。さっき言ったように「膝がこうだ」とか「肘がどうだ」とか、そういう感じで再現はするんですが、あんまり具体的に再現できるわけじゃない。そういう意味で、ここは非常に大きなポイントになっています。
4つ目はシンプルな話なんですが、熟達者は経験をたくさん積んでいるので、わざわざやってみなくても、頭の中でこれをやってみたら「あっ、失敗した」と頭の中でレースが終えられるんです。たぶん「アルファ碁」とかが実際に、自分の頭の中で勝ったり負けたりシミュレーションできたというのと似ているんですが。
トップアスリートは、自分の頭の中で試合の勝ち負けまで行って戻ってこられるんです。シミュレーションによって、実際に体を動かすことよりも、もっと多くの試合回数を行って、経験を貯めていけると。なんでできるかと言うと、たくさんの経験をしているからこういうことができるようになると思います。
最後です。私が25年の長い陸上競技をやったなかで1番感じることですが、そもそも欲がない人間は(目標に)到達できないです。この欲は人によって違います。有名になりたいとか、女の子にモテたい、どこまでいけるか見てみたい好奇心などがあると思います。
この欲の設計ってぜんぜんロジカルじゃないんです。つまり、したいかしたくないかで、したくない人間に「したいと思え」って言うことはできないわけです。これ(欲)を持っているかどうかってものすごく大きくて、これをもとにアスリートを見るというコーチすらいます。
とにかく自分の中にどのくらい欲求があるのかと。これがデザインできる方法があれば、僕はものすごく画期的だと思います。今のところはない、難しいと思っています。
2つ目は、我々は短期と長期の欲求が矛盾するんです。シンプルに言うと、短期的な欲求としては今日は練習を休みたい、適当にだらだらすごしたい。長期的な欲求としてはオリンピックで勝ちたい。こういう欲求があるわけです。
これは、おそらくみなさんもいろいろコンフリクトすると思うんです。アスリートは長期の欲求だけで、短気の欲求を抑え込んでいる人間と思われがちなんですが、そういう側面もありながら、短気の欲求と長期の欲求をいかにくっつけるかに長けている存在でもあるわけです。
ものすごいシンプルな話でいくと「この練習が終わったら大好きなケーキを食べるぞ」というふうに、ご褒美とくっつけてトレーニングをする選手もよくいます。それから体重制限があるようなスポーツで、食べちゃいけない選手は、ダイエットを意識するよりも、まず最初に小さな冷蔵庫に替えて、冷蔵庫に置いてあるものの数を減らして、コンビニから離れて住むということをやるわけです。
つまり人間の欲求は、おなかがすいたからラーメン屋に行くんじゃなくて、ラーメン屋の前を通ったからお腹がすくという側面がありまして。人間の欲というのは、非常に揺らいでいるわけです。これを欲が喚起されにくい状況に置くことで、たいして我慢しているつもりもなく我慢できるような手法をとります。
よくスポーツ界で言うんですが、本当に抑制しきると、つまりお腹すらすかせないような状況が作れるとしたら、人間は餓死してしまうわけですね。
痛いことも痛くないと制限かけられると、本当のケガに気が付かなくて自分自身が破滅に向かうということで、やっぱり人体の方からアラームをもらうのは非常に重要です。欲求というのは重要なんです。抑えこみきってはならない、ただどうアレンジするかが重要で、さらに言うなら、根源的で湧き出るような欲求をいかに前向きな方向で昇華するかが大事なんです。
私にとっての最も根本的な興味は、なんで人間は欲しがるのか、自分の可能性、範囲を超えてまで欲しがるのか。これが非常に興味深くて、(欲求は)今のところ、人間にしかないものじゃないかなと思っています。
長らくスポーツを見ていますが、実際100年前のアスリートの体形はほとんど一緒です。レスリングも、円盤投げも、長距離走もだいたい同じ体形をしています。それが今では、(身長)2メートルを超える陸上の世界から150センチの新体操の世界まで、人間の体はものすごく多様になってきています。
これは、チャールズ・ダーウィンの言葉で私が1番好きな言葉なんですが、やっぱりアスリートを見ていて、最大の能力は何かと言うと、特殊な環境(に適応すること)なんです。クルクル回って跳ぶ競技があったり、速く走る競技があったり、なんでかわからないけど誰かが置いたハードルを跳ぶ競技があったり。
だけど、与えられた環境に適応していくのが私たちにおいてのトレーニングであり、熟達であり、そして残念ながら他の動物は、自分のおかれた環境に最適化しすぎていて、水の中にいたものが陸に上がれば生きていけないし、陸のものは水に入っても生きていけない。その条件において、物とかさまざまな外部の物も使いながら適応していくことが、私はスポーツをやっていて、人間の最大の能力じゃないかと思っています。
どの能力がこれから重要ですか? AI時代に重要ですか? という質問に関しては私はよくわからないですが、そもそも人間が持っている最大の能力はこれからも必要だと思っています。それは外部の環境が変わった時に、自分の周りにある物を使いながらうまく適応していく適応能力じゃないかと考えています。
まとめになります。可塑性というのが正確かわからないんですが、とにかく変われる力を持つ、そして過去の自分を忘れる力。私たちはいつの間にか昔のことを忘れて、今現在置かれているテクノロジーにピタッとはまっているわけです。昔のことが忘れられていて、もう今それがあたりまえのように生きていると。
おそらく今日のカンファレンスで話されているように、今後AIというものが社会で実装されていく中で、それが「当たり前」化していって、私たちはそれがなかった時代のことすら思い出せなくなると思うんです。
その時に何が重要かと言うと、私が今日お話ししたような、人間がこのように学習していくプロセスの中で、やっぱり変化し、適応していくことが、新しい時代においても変わらず重要になるだけの話なんじゃないかなと考えています。
あんまりAIとくっつけられたかわからないですが、お話を終わりにしたいと思います。今日のカンファレンスでさまざまなところで議論が盛り上がるのを楽しみにしています。どうもありがとうございました。
(会場拍手)
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