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尾原和啓×清水ハン栄治(全1記事)

ウェアラブルは人間の行動を支配するか? ITとリアルの接触がもたらす未来図を考える

Googleグラスをはじめとしたウェアラブルが日常に浸透した世界では、人の感情や行動はどのように変化するのか? ともすればツールに支配されてしまう危険性も伴う技術の進化に、人はどうやって向き合っていくべきか。人間のHappyをテーマに映画をつくり続ける清水ハン栄治氏と、ITのプロである尾原和啓氏が、その近未来を語る。

ITは実体験(リアル)を超えるか?

尾原:こんばんは、清水さん。ご無沙汰しています。本(『ITビジネスの原理』)どうでした?

清水:非常に興味深く読ませていただきました。ITやインターネットがどんどん便利になってきて、これ以上どうなっちゃうんだろうということはよく思うんですよね。尾原さんと僕はちょうど同い年だからわかると思うけど、子どものころというか青少年になってから、やっぱり女性に興味を持つじゃないですか。エロ本で女性の裸が見たくて、すっごい苦労して。

尾原:空き地を探したりとかね。

清水:本屋に行ってもおじさんがいるときはいいけど、おばさんがいるときには買えなかったり、袋にくるんで持って行ったりして。買ったはいいけど自宅のベッドの下じゃバレちゃうから山に隠したりもして。すごい大変な思いしてたと思うんだよね。

尾原:あったあった。

清水:でも、今はどんな好きな人の動画でもボタンクリックで(閲覧できる)。ブラウザの履歴をクリアしたら証拠隠滅だって簡単にできるしね。わずか30年でここまで進んできたけど、同じような進化がこれから30年後にあるのか、それともないのか。

ちょうどこの間「実物の女性と性行為をしているよりも、ポルノのほうが刺激が強い」という人が出てくる「ドン・ジョン」という面白いハリウッド映画を見ましたけど、本当にそういうことが起こるかもしれない。ITやネットの技術の進歩で、実体験よりもこっちの方がいいという人も出てくると、今後はどうなってくるのか。果たして「人類はそこまで発展しちゃいけないよな」というところを超えたらどうなるのか。そんなことをちょっと考えました。

尾原:今のお話はバーチャルが進化する話ですよね。バーチャルが現実をシミュレーションするし、下手すると現実よりも楽にシンプルに「現実を超えた刺激」を提供できるかもしれない。それはそれで進化としてあると思っていますが、一方で「現実舐めんなよ」とも思います。リアルをより深く味わうことができるように、ITやネットが個人の力を補強していく方がずっとずっと面白いことなのではないでしょうか。

清水:なるほど。

思考のオートコレクション

尾原:結局、Googleグラスは見るものすべての背景や意味を瞬間で知ることができるツールです。たとえるならば、日本でも昔の人が和歌に現実のちょっとした機微を託して女性をくどくなんてことをやっていたわけですが、同じようにウェアラブルでそんなコミュニケーションが加速するといいなと思います。

言い方悪いですけど、バーチャルでエンドルフィンだのノルアドレナリンだのホルモンをコントロールしても所詮は化学反応だから面白くない。それよりも現実のちょっとした機微に自分の恋心を仮託して、それが相手に伝わるかどうかの方が僕は楽しいし気持ちがいいと思っているんですよね。

清水:そうですね。まさにGoogleグラスの話はそういった形ですごく可能性があるなと思います。その一方で「それは危険だ」という話も耳にタコができるほど聞きますよね。たとえばこんなことがありました。

友だちに英語でメールを書いていたときに、コンピュータが勝手にスペルを判断して変な単語が出てくるときがありますよね。オートコレクションというのかな。そのせいですごく変な文章になったということがあったのですが、ウェアラブルが進化することで“思考”までオートコレクトされたらどうなるのかなと思うんですよね。

尾原:思考のオートコレクションですか。

清水:オリジナルのアイディアやオーセンティック(本物)な考えが、あまりにも情報過多になって、勝手に上書きされてしまうかもしれない。でも、そういう危険性をはらみながらうまく使えれば非常にいいなと思っています。

尾原:テクノロジーは使い方次第という側面がありますからね。

ウェアラブルが人間の行動パターンを変える?

清水:一応、ハピネスを研究しているから、そろそろそれらしいことを言わないとなあと思うのですが、心理学の「エモーショナル・エピソード・タイムライン」というコンセプトをご紹介したいと思います。

たとえば、尾原さんという性格で何かが起こると、それに対してリアクションして、そのリアクションに対して行動パターンがある。だけど僕のリアクションは違って、それゆえ僕の行動パターンが存在するそれを説明するのがエモーショナル・エピソード・タイムラインというもので、アメリカの心理学の一大権威のポール・エクマン博士が話していました。

尾原:ほう。

清水:尾原さんが小さい頃から今に至るまで、色んな経験と記憶がありますよね。これが「エモーショナル・アラート・データベース」です。要は人はそれぞれデータベースを持っているんですよ。何かが起こると、脳の中で0.05秒くらいで経験や記憶とマッチングするんです。

たとえば友達が待ち合わせに遅れたとする。そうすると一瞬で、尾原さんの脳内データベースを検索する。もし小さい頃にお母さんとデパートで待ち合わせしたのに、お母さんが遅れてトラウマになったという記憶がデータベースにあれば、そのことと一気に合致してしまう。僕ならば怒らないところを、尾原さんはやたらと遅刻に厳しかったり、必要以上に汗ばむといったように激しいリアクションをしてしまうわけです。

心理学でいえば、古い記憶ほど、子供の頃の記憶になるほど、データーベースが鮮明なんです。だから子供の頃のトラウマが重要視されています。その照合が起こることがトリガーで、その後にアセットプログラムといって、たとえば顔の表情に出たりとか声に出たりなど身体的な反応がある。そしてそれが行動パターンになっちゃうんですよね。そうしたロジックが人の性格とか感情を説明するんですよ。

ポジティブ心理学で言われていることですが、いちばん重要なのはアプレイザル(評価)をしてトリガーが合致した時に「ちょっと待て。そのマッチングは、そのデータベースで正しいのかい?」ということを一瞬でインサートすることです。そうしないとリアクションが始まってしまいますから。

先ほどの例で言えば、友達が遅刻した時に尾原さんが「おれは子供の頃にお母さんが来なくて捨て子になった」というデータベースで「なんで遅刻したんだよ!」とマッチングしてしまう前に、「ちょっと待て。そのロジックは本当に正しいのか?」とこじ開けることです。

さきほどのオートコレクションによる上書きじゃないけれども、もしウェアラブルがそこに入って仲介できれば、ウェアラブルが人間の行動パターンさえ変えてしまうんじゃないかということを思っています。

ITの進化と倫理の重要性

尾原:なるほど。すごく面白いですね。Googleグラスのコンセプトもそうですけど、今のウェアラブルの特徴は人のインテンション(意思)を捕まえて、それに対して知識をサポートするというのが基本的なコンセプトです。

たとえば、人が空を見るときは天気を知るためにすることがほとんどなので、空を見たときに天気予報を出すというように、インテンションに対してインフォメーション(情報)を返します。でも、今の話でいけばコミュニケーションの中で記憶がインボークされる(引き出される)瞬間にオートコレクションをさりげなくしてあげるということですよね。

清水:僕が思うのは、そこからさらに20年、30年と時間が経ち、ウェアラブルの存在感が増してくると、行動をサポートするのか感情をサポートするのか、一体どちらにいくのかなということですね。使い方を気をつけないと怖い話ではありますけど。

尾原:そうですね。ある意味、逆のレインフォース(補強)というか、トラウマを固着させることだってできるわけですから。まあ、そうした技術をめぐる倫理的課題は原子力の中に原子爆弾があるから、原子力発電は良くないと全否定することと同じで、どちらかといえばそれをコントロールするためのテクノロジーと、濫用を良しとしないコモンセンス(良識)をどう作っていくかという話に帰着しますね。

清水:まったくです。技術はどんどん進んでいけばいいと思うんですよ。使う側の問題ですから。

おばら・かずひろ 楽天株式会社執行役員・チェックアウト事業長。1970年生まれ。京大院で応用人口知能論講座修了。マッキンゼーを皮切りに、NTTドコモのiモード事業立ち上げ支援、KLab取締役、リクルート2回、Googleなどの事業企画、投資、新規事業など歴任。現職は11職目になる。「TED」の日本オーディションに従事するなど、IT以外にも西海岸文化事情にも詳しい。

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