【3行要約】
・「実績ゼロ」で飛び込み、10年で東証プライム企業へ。安定を捨てたデザイナーが、なぜ「誰もやっていない市場」で成功を掴めたのでしょうか。
・MILY代表のあんみつ氏は、10個の失敗事業を経て「誰かを幸せにするデザイン」へ回帰し、ラブグラフを創業した舞台裏を語ります。
・「リア充爆発しろ」という逆風の中、あえて「当たり前の幸せ」を肯定した思想がなぜ共感を生んだのか。独自の文化を創る事業の育て方を学びましょう。
ゲストは株式会社MILY Founder & CEOのあんみつ氏
稲荷田和也氏(以下、稲荷田):声で届ける起業家の物語『Startup Now』。MCの「おいなり」です。本日のゲストは株式会社ラブグラフを共同創業されまして、そして先日、株式会社MILYを立ち上げられました村田あつみさんです。通称「あんみつ」さんとも呼ばれているかなと思うんですけれども、本日はどうぞよろしくお願いします。
村田あつみ氏(以下、あんみつ):はい、よろしくお願いいたします。
稲荷田:「ラブグラフ」を10年やられていらっしゃいまして。
あんみつ:そうですね。
稲荷田:そして昨年末、2025年末に退任を発表されたばかりというタイミングで「note」を書かれていらっしゃったかなと思うんですけれども、そこの内容が非常に刺さるものがございました。
とはいえたぶん、けっこうキュッとまとめていらっしゃったと思っていて、そのあたりの裏側をもうめちゃめちゃ聞きたいなと思って、特別回的に呼ばせていただきました。
あんみつ:ありがとうございます。
稲荷田:よろしくお願いします。
あんみつ:お願いいたします。
出張撮影サービスとして広がったラブグラフの事業
稲荷田:あんみつさんの人生の物語にぜひ迫っていきたいなと思うんですけれども、その前に直近まで勤められていらっしゃいましたラブグラフさんの事業についても、簡単に1、2分ぐらいで教えていただけますでしょうか?
あんみつ:はい、わかりました。株式会社ラブグラフのファウンダーで、元CCOの村田あつみ、通称あんみつと申します。
ラブグラフは、ご家族やカップルのお出掛けにカメラマンが同行して写真撮影するサービスです。今だと多いのはご家族の七五三やお宮参り、ご結婚された夫婦のウェディングとか、そういった(シーンでの)写真撮影をしているサービスになります。
稲荷田:ありがとうございます。MIXIグループに入られたのがいつでしたっけ?
あんみつ:2022年なので4年前ぐらいですね。
稲荷田:2022年。そうしたら、創業(の経緯)や、いかにしてMIXIグループに入ったのか、その後どうなのか、そして退任を発表されてからの今後の展望、(現在)あんみつさんが何をされているかをひもといていきたいなと思っています。
大阪で育ち デザインへの憧れを抱えていた幼少期
稲荷田:やはり根源的なところから迫っていきたいです。よかったらあんみつさんのお生まれの環境や幼少期にどんな感じで育ってきたのかから教えてもらってもいいですか?
あんみつ:なるほど、わかりました。ありがとうございます。私はけっこう東京の人っぽいって言われるんですけど、実は大阪出身でして、ふだんはめっちゃ関西弁です(笑)。けっこう芸術系の家庭といいますか、親がジュエリーデザイナーで、弟は今アパレル系なんです。
幼少期はお絵描きが好きな子どもでした。なので、それが今のデザイナーにつながっているかなとは思います。例えば高校では卒業アルバム委員長をして、卒アルをまとめ上げる編集の仕事をしていたりしました。(また、)ダンス部だったんです。
稲荷田:へぇ、ダンスもやっていたんですか?
あんみつ:はい。ダンス部や文化祭のポスターを作っている系の高校生でしたね。なので、その時から人の活動をブランディングして広めるのがたぶん好きな感じだったんです。
普通の大学へ進んでも諦めきれなかったデザインの道
あんみつ:そこから本当はデザイン系の学校に進みたかったんですけど、一般大の普通の文系に進みました。同志社大学の社会学部なんですけど。
稲荷田:へぇ、なんでですか?
あんみつ:いや、親が自営業の仕事をしているのもあって、親心として「子どもにはちゃんと会社員になってほしい。普通の大学に行ってほしい」みたいな思いがあったんです。(私も)「まぁ、ちょっと言うことを聞いてみるか」ぐらいの感じで普通の大学に行ったんです。
けれども、やはりデザイン系の夢が諦め切れなかったんです。(それに、実は)けっこう内気なタイプだったんですよ。自分の(進学した)社会学部の文系だったら保険営業(をする会社)とかに就職する人がけっこう多いんです。でも、「営業とかは絶対無理。どうにかしてパソコンとコミュニケーションを取る仕事に就きたい」というのが初めのモチベーションでした。
未経験から飛び込んだデザイナーとしての修業時代
あんみつ:どうにかデザイナーになれないかと探している中で、当時京都にあった「美学生図鑑」という美男美女のメディアの会社が初心者のデザイナー募集を当時のTwitter(現在は「X」)でしていました。
それを見て、「え、めっちゃ私のことじゃん」と思ったんです。一般大の人でもOKだったので、「フォトショ(Photoshop)ができます」みたいな感じで申し込んで……できなかったんですけど。
稲荷田:できなかったんですね。
あんみつ:持っているだけだったんですけど、「Macもあるし、フォトショもできます」みたいな顔で入って(笑)。それがデザイナーの始まりでした。
稲荷田:(笑)。「まぁ、(デザイン系のことはある程度)できるんでしょ?」っていう認定が入るわけじゃないですか。
あんみつ:まぁ、そうですね。
稲荷田:けっこう怖くないですか?
あんみつ:めっちゃ怖かったんですけど、当時はデザイナーにどうやったらなれるのかがわからなかったので、「もうこれしかねぇ!」と思っていました。今だったら「SHElikes」みたいなWebデザインスクールとかもあると思うんです。けれども当時はなかったので、もう美大か専門学校へ行くしか(デザイナーになる)道が自分には見えていなくて、「このチャンスをつかむしかねぇ!」っていう感じでした(笑)。
稲荷田:(笑)。
あんみつ:そうですね、気合いで応募しました。初めは何もできなかったので、「じゃあ僕らの会社の名刺を作ってよ」みたいなところから(始めました)。でも、「名刺を10案作って」と言われて作っても、「1つもいいのがない」みたいなフィードバックを受けたり、「0点」とか言われたりしてへこみながらも、「うるせぇ!」と思いながら何回も食らいつき(笑)。
稲荷田:(笑)。
あんみつ:名刺から始まって、「じゃあ次はバナーをやってみて」「次はWebサイトをペライチやってみて」、最後には「サイトを1つ任せるからやってみて」みたいな感じで(任されるようになりました)。
初めはデザインだけだったんですけど、「コードも書けるよね?」みたいな感じで……。
稲荷田:えぇ?
あんみつ:「コーディングを人に任せるのって申し訳ないな。じゃあコーディングもやろう」となりました。(さらに)そこから「裏側の実装も自分でできるよね」となって、「WordPress」や「Rails(Ruby on Rails)」での実装もちょっとやったりしました。そこで後のラブグラフを作るスキルが身に付いた感じです。
共同創業者との出会いがラブグラフの原点になった
稲荷田:その関わりの延長で、「こまげ(駒下純兵氏の愛称)」さんとも会ったという感じですか?
あんみつ:そうです。美学生図鑑っていう美男美女スナップサイトを運営していた会社でカメラマンをしていたのが、(ラブグラフの)共同創業者のこまげだったんですよ。
稲荷田:じゃあ運営元とカメラマンさん?
あんみつ:そうですね。運営のデザイナーとカメラマンさんという関係性。なのでカメラマンの1人として知っているぐらいの感じで、向こうも私のことをデザイナーさんと思っているみたいな感じ。なので、XというかTwitterの相互フォローの友だちみたいなところですね。
稲荷田:じゃあ遠いっちゃ遠いですね。
あんみつ:まぁ、そうですね。
稲荷田:そこから「一緒に何かやろうよ」とまではなりづらそうな……。
あんみつ:そうですね。しゃべったこともなかったですし。