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新設100億円ファンドから、日本を再興する起業家を生み出す物語/Theta Times Ventures 北尾 崇さん(全4記事)

【スタートアップ】起業するはずが投資する側に 苦しい1年が育てた起業家を見る目 [1/2]

【3行要約】
・起業を志して帰国した北尾氏は、事業アイデアを探す中でVCの仕事と出会い、当初は「いずれ起業する」と考えながらも、気づけばその道に深く入っていきました。
・キャピタリストとしての立ち上がりは苦しく、1年間投資を実行できない時期を過ごしましたが、行動量を積み重ね、投資先の営業支援などを通じて少しずつ自分の居場所を見出していきます。
・その後はタイミーやソラジマ、ACROVEなどの出資先と出会い、課題の大きさや創業者の熱量、人を巻き込む力や組織の統制力に可能性を感じながら、投資家としての手応えをつかんでいきました。

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浦島太郎状態で帰国し、起業準備の途中でVCの道に入った

稲荷田和也氏(以下、稲荷田):日本に帰ってきて、なんで急にVCになったんですか。

北尾崇氏(以下、北尾):もう1回日本で本気で起業しようと思って、事業アイデアを探していたのですが、なかなか見つからなかったんです。さっきも言った通り、かなり浦島太郎状態だったので。

そんな時、当時サイバーエージェント・キャピタルでインターンをしていた同い年の男の子から、「崇、次どうするの?」と声をかけられました。「今、うちでも次の人を探しているから、ベンチャーキャピタルに興味があったらどう?」という感じでした。

でも、その時の僕は「ベンチャーキャピタルって何?」という状態で、そもそも存在を知らなかったんです。2015年頃の話なので、そこからキャッチアップが始まりました。そうして紹介してもらったのが、サイバーエージェント・キャピタルでした。

当時の社長は田島聡一さんでした。今はジェネシア・ベンチャーズの代表をされています。今の社長の近藤裕文さんや、先輩の竹川祐也さんもいらっしゃいました。みなさんとお話しする中で、まずは少しお手伝いするところから始まりました。

ただ、その時も「いずれ起業しますよ」とか、「すぐ辞めて、自分のことをやるかもしれませんよ」という前提では伝えていたんです。けれど、結果的には社員として呼んでいただいて、気づけば10年くらい、という感じです。

稲荷田:めっちゃ長いですね(笑)。

北尾:サイバーエージェント・キャピタルにお世話になった……というかたちですね。

1年投資できなかった苦しさが、自分の居場所を探す時間になった

稲荷田:そのキャピタリストとしての立ち上げはどうだったんですか。けっこうバンバン案件がうまくいっていたのか、実際そうじゃなかったのか。

北尾:最初の1年は、今思い出してもちょっと頭が痛くなるというか、それくらい苦しい1年でした。やはり、最初に投資できたのはちょうど1年後くらいで、2016年に入社しているんですけど、1件目はたしか2017年4月17日だったと思います。

稲荷田:めっちゃ鮮明ですね。

北尾:そうですね。要するに、投資を実行できるようになるまでの1年間は、一種の給料泥棒のような感覚だったんです。だからこそ、当時は夜中の2時、3時までずっと仕事をしていないと、自分の無意味さのようなものを紛らわせられない、という感じでした。

起業して、自分で大きな夢を抱いてやろうとしていたところから、一気に「自分には存在価値がない」と感じるところまで落ちるので、その時のメンタルは本当に、何とも形容しがたいものでした。

ただ、やはりそんなに甘い業界でもなくて、そう思って努力していれば投資ができるようになる、という世界でもありません。サイバーエージェント・キャピタルも、当時は特に投資のスクリーニングの目が厳しかったので、何件も付議をかけても、簡単には通らなかったんです。

なので、自分では泳いでいる、努力しているつもりでも、本当に前に進めているのだろうか、という感覚もあって、最初はかなり大変でしたね。

行動量だけが報われると信じて夜中まで働き続けた

稲荷田:起業を経験して日本に戻ってきて、しかも先ほどおっしゃっていたように、自意識もある程度強かったタイミングで、ある意味どん底まで落ちたわけですよね。

そのまま立ち上がれなくなることもあったと思うのですが、そのあたりのマインドセットは、どう捉えていたんですか。

北尾:そうですね。でも、本当に……やるしかない、という感じでした。結局、報われる可能性があるのは行動量しかない、と思っていたので、いろいろリサーチをしたり、アポを取ったり、ドロドロになるまで働いていました。

深夜は、アポを取るというより、勉強やリサーチ、自分磨きですね。それくらいしかできなかったので、そういうことをやることで気を紛らわせていた感じです。

投資先の営業支援に入り込み、少しずつ存在意義をつかんだ

稲荷田:明確にブレイクスルーしたタイミングはあったりするんですか。

北尾:1件目の案件をやった時に、自分の存在意義が少しだけ……本当に少しですけど、ちょっと報われたな、という感覚がありました。

1社目の投資先は、今のLabBaseという会社で、当時はPOLという社名でした。学生のデータベース、特に理系の研究者志望の学生のデータベースを作って、企業に採用の営業をかける事業をやっていたんです。

社長も東大の学生時代にスタートしているので、学生データベースを作るところはすごく強かったんですが、営業はこれから、という段階でした。僕自身、一応起業経験もありましたし、スペイン語や英語で営業していたこともあって、学生時代もアルバイトでいろいろ営業をやっていたので、その経験を活かして「営業を僕にやらせてください」とお願いしたんです。

テレアポをしたり、一緒に営業同行をしたり。そういったことを、週に1〜2日まるまる使ってやらせていただきました。

そうすると、自分にも少し居場所があるような感覚が生まれたんですよね(笑)。それを受け入れてくれたLabBaseの社長や、「行ってきなよ」と言ってくれたサイバーエージェント・キャピタルも含めて、本当に周りの人に恵まれて、自分の居場所を作れたと思っています。

そういうことをやっていきながらも、結局、2年で投資できたのは4社くらいでした。ただ、その中にタイミーさんやPaymeさんが入っていたんです。

稲荷田:めちゃめちゃすごい銘柄ですよね。

北尾:恵まれて投資できた会社がすごく伸びていく中で、「あぁ、ちょっとこの業界やこの仕事好きかもな」とか「向いてるかもな」というのがちょっとずつ出てきた感じですね。

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