【3行要約】・志はあるがスキルがない状態から、商材なしの飛び込み営業を経て、ロボット開発、チャットボット事業へと挑戦し続ける清水正大氏が創業ストーリーを語りました。
・ZEALS創業者の清水氏は「日本をぶち上げる」という大志を持ち、幾度の挫折を乗り越え、米国市場へと挑戦の場を広げました。
・「ワーク・スーパーハード」な開発文化が米国での成功を支え、Omakase AIは驚異的な速度で進化し続けています。
前回の記事はこちら 志はある、でもスキルはない、行き着いたのは“商材なし飛び込み”
稲荷田和也氏(以下、稲荷田):圧倒的な志を持っていても、何もスキルはないわけじゃないですか。事業としては何をするんですか?
清水正大氏(以下、清水):とんでもないことをすることになるんですけど。
稲荷田:とんでもないことですか(笑)?
清水:思いだけ大変な状態で、大きな志がある、熱がある。「日本をぶち上げる」。で、「何をして?」「何ができるん?」。何もできない。
行き着いたのが、藤田さんの本の中の、ビジネスの右も左もわからなかった頃に、飛び込み営業をしていた、というストーリーでした。「僕らもビジネスのビの字もわからん」「藤田さんですら飛び込みからやっとるんだから、飛び込もう」と。商材なしで飛び込み営業を始めるという、まじで新手のテロリストみたいなことをやっていたんですよね。
稲荷田:商材がない?
清水:ない。ビルに急にコンコンって現れて、「こんにちは!」「日本をぶち上げたい、株式会社ZEALSの清水と申します」「困っていないですか?」って(笑)。
稲荷田:(笑)。
清水:目がガンギマった危なそうなやつが現れる、みたいな。本当に当時、多くの人にご迷惑をかけたなと思うんだけど。毎日いろんな雑居ビルに飛び込んで、仕事をいただいてやる、みたいなのを最初はやっていましたね。
稲荷田:1週間ぐらいやって「違うな」って気づいた、とかでもないんですか?
清水:副社長がそうやって辞めていきました。「思っていたのと違う」と(笑)。
稲荷田:(笑)。マサさんはけっこう長らく、そのスタイルでやっていたんですか?
清水:1週間とかって、みんなからボロクソ言われるだけで何も起こらんのですよ。昨日飛び込んでものすごく怒らせてしまった人のところに、今日も現れる。「こんにちは!」「今日も来ました!」「何かあります?」みたいな。ないよね(笑)。みたいなことを毎日やっていた。
稲荷田:(笑)。
清水:そんな中で怪しい人にもぶつかるんですよね。「君の志は本物だよ」「商材なしで飛び込むなんて、僕でもしたことがない」「君、相当持っているもん。そんな君が持っていないものって何だと思う? 商材だよ」みたいな。
稲荷田:(笑)。
清水:「君には商材さえあればどこまでもいける。このサプリメントを売ってみないか?」。
稲荷田:サプリメント?
清水:そう。「このソーラーパネルを売ってみないか?」とか。わからないまま、次の飛び込み先に「ソーラーパネルのご提案があります!」みたいな(笑)。
稲荷田:(笑)。
清水:必死に飛び込んでいましたね。
稲荷田:まずいことにはならなかったですか?
清水:幸い、誰かを不幸にしてしまったとか、本当にまずいものはなかったかなと。ただ、何度もうるさいやつが現れる、みたいな現象を起こしてしまった会社さんはいくつかあって、本当にごめんなさいと今は思います。
そういう中で、いただけるお仕事をとにかく何でもやってみる、というのを最初はやっていました。受託なんて言葉ではかっこいいですよね。飛び込んで「困っていないですか?」「何でもやりますよ!」みたいな感じだったから。
それをしばらくやって、「これでは日本はぶち上がらん。これを続けていても、日本はぶち上がらん」とちゃんとわかりました。日本がぶち上がるには、大きな挑戦、大きな社会課題に真っ正面から挑んでいく。そういう挑戦が必要だと思って、決心したのがロボットの開発ですね。
ドラえもんの夢と、少子高齢化への危機感がつながった
稲荷田:急にロボットって出てきたんですか?
清水:僕、小学校1〜2年の時の夢が「ロボットを作る人」だったんですよ。ドラえもんを作る人になる、ってずっと書いていた。
創業当初って、「自分って何がしたいんだろう?」とか、志はあるけど雲をつかむようなものじゃないですか。だから振り返ってみたんです。そういう中で、僕は小学校の頃ずっと「ドラえもんを作る人になるんだ」と言っていた。ドラえもんという存在に、本当にいいなと思っていて、「あれを作りたい」と思っていたことを思い出したんです。
過去を振り返る中で、日本が向き合わなければならない少子高齢化、人口減少、労働力減少について考えました。世界でも最も課題として大きい課題であり、進んだ課題として向き合わないといけない。
それに真正面から挑むとしたら、「やはりドラえもんだ」と思った。もっと言うと、ロボットを作って共存する社会が作れたら、人手不足や人口減少が進んで、じいちゃん、ばあちゃんばっかりになっていったとしても、持続可能な新しい社会のあり方を作れるし、それを世界にもやっていけるはずだと。
「小学校の時も言うとったしな」「これ、やろう」と思って、ロボットを始めました。ちょうどそのタイミングで孫正義さんがPepperを発表されて、ロボット革命みたいなのをドーンとやられていたんです。
その時に何を思ったかというと、「俺は孫さんと同じところを見とる」「やはり僕らが思うとる道は孫さんが見とる道なんじゃ」と。すごい自己肯定感だなとは今でも思いますけど、自信を持ってロボットを始めました。
結論はトゥー・アーリー、だから次はチャットボットへ
稲荷田:結果、そのタイミングではロボット事業は早過ぎたんですよね?
清水:ロボットを作るのは早過ぎたと思います。しかも産業用ロボットではなく、コミュニケーションロボットという、日々の生活の中に入っていくようなロボットを作ろうとした。
それなのに「コミュニケーションロボット」と言っているロボットのコミュニケーションの技術が追いついていない。そういう状態だったので、技術やマーケットや僕らの資金や、いろんな意味でトゥー・アーリーだったと思います。
稲荷田:そこから次は、チャットボットにいくんですか?
清水:そうですね。ロボットをやったからこそ、ロボットの本質はコミュニケーションだと(思いました)。ロボットが何ができた時に世の中が変わるか。
物を運んでくれたらありがたいし、介護のサポートをしてくれたらありがたい。でも、人みたいにしゃべれるようになった時に最も大きな価値を出せる、世の中が変わる、とやはり思った。だからコミュニケーションだ、と思った。
そのコミュニケーションの技術、可能性をプロダクトにしようと思って、チャットボットをやった、という感じですね。
上場延期と50億円調達、「目的は上場ではない」
稲荷田:ありがとうございます。ここからチャットボットのグロースに深く触れ過ぎると、また1時間になりそうなので、グッと飛ばしますけれども。
そこから上場のタイミングが来て、それを延期する決断をしたり、その後に大きな資金調達をしたりされたと思います。このあたり、どういうエピソードだったのかも教えてもらえますか?
清水:上場を通じて資金調達をして、そのまま世界にチャレンジを広げていく。それが僕らが上場しようと決めていた理由なんですけど。その時にマーケットの状況が大きく変わって、結論、自分たちが実現したかった資金調達ができない上場になる、というのがあったんですよね。
お金は思ったほど集められないが上場企業にはなれるという道と、思ったお金が集められない上場になるなら、その先の挑戦ができなくなってしまうから、上場を見送って、集めたいお金を集めるチャレンジをして、そのお金を投資して、ビジョンに向かってやるべきことをやるという道。
どっちに行くのか意思決定しなければならないタイミングで、僕たちは後者を選んだ。上場企業になることが目的ではなく、集めるべきお金を集めて、ビジョンに挑戦していく。
上場承認もいただいて、公にも出ていたので、社員の家族や地元からも「おめでとう!」と(笑)。上場祝いのパーティーも予定されていたり、いろんな方面から「おめでとう!」と言われていました。
「あの当時、飛び込み営業をしていた時からじゃ想像もできないよ」みたいな温かいメッセージをもらって、ありがたいなと思いながらも、申し訳なさもあった。(上場が)社員にとっては報われる瞬間でもある。
でも「すまん」「僕たちは上場することが目的ではなく、ビジョンがある」と。なので上場を延期して、資金調達を未上場で行うプライベートラウンドに切り替えて、50億円の資金調達を行って、そこから今に至る、という感じですね。
米国挑戦の3年、組織とPMFでつまずき、最後にゼロから作り直した
稲荷田:その資金を元手にグローバルに挑戦しにいった。準備して果敢に挑戦される中で、ハードシングスの連続だったんじゃないかなと思うんですけど。
清水:1年目は、組織を作ることそのものが難しかったですし、文化も違う、言語も違う、自分たちのプロダクトをマーケットにアジャストできているわけでもない。そういう状態で事業を成功させていかなきゃいけない。ギャップの大きさがすさまじくて、組織に苦しんだ1年だった。カルチャーフィットに苦戦した1年だったと思います。
2年目はプロダクトマーケットフィットの難しさを痛感した1年です。組織も作れてきて、自分もカルチャーに順応してきて、これからUSをスケールさせていくチャレンジに出た。でも、そんなに簡単にはうまくいかない。お客さんも増えてきたけど、継続してくれない。「おもしろそうと思ってやってみたけど、思ったほど成果が出ない」とか。
PMFって言うじゃないですか。日本では成果が出ているアプローチを同じようにやっても成果が出ない。2年目はプロダクトマーケットフィットが実現できなかった。
だから3年目はプロダクトをゼロから作りました。アメリカに完全にフィットしたプロダクトをゼロから作って、そのプロダクトで勝負する。そういう勝負に出たのが3年目。それが2025年、Omakase AIです。何度も打席に立っては失敗して、軌道修正して、今につながってきましたね。
稲荷田:3年目でゼロから新しいプロダクトをやる怖さとか、やっている最中での不安に駆られるタイミングはないんですか?
清水:始める瞬間は、雲をつかむような話ですからね。アメリカで、今ないプロダクトで当てるみたいな(笑)。
例えばスタートアップの誰かが「まだアメリカで何も事業をやっていないけど、すげぇプロダクトを今年作って当てます」と言ったら、「やばいこと言っているね」「大丈夫?」ってなるじゃないですか。難易度やばいってすぐわかる。それだったので、とんでもないチャレンジでしたね。
快進撃の肝は「ワーク・スーパーハード」な開発速度
稲荷田:この快進撃を振り返って、一番肝になっていたのはどの部分なんですか?
清水:ワーク・スーパーハードという、ちゃくちゃ働くカルチャーを作ったのが決定的だと思いますね。めちゃくちゃ能力の高いエンジニアが寝ずに働くチームを作っているんですよ。もうこの時点であり得ない。
優秀なエンジニアが集まること自体大変。そしてその人たちが寝る間を惜しんでプロダクトを磨いている。そういうカルチャーを作れたのが決定的だと思います。
Omakaseはとてつもない速度で進化していくんです。1月にローンチした時のベータ版はチャットだけで、音声も入っていなかった。でも4月の本チャンローンチでは、音声のプロダクトとして進化させました。
僕はずっとプロダクトを作ってきている会社にいるので、よくわかるんですけど、こんな速度でプロダクトを進化させているチームはいない、と思うほどのスピードです。
このペースで走っていたら心臓ちぎれちゃう、肺が潰れる、みたいな速度で走り続けている。これはアメリカの話ですが、そのスピードに付いてこられない人は、クビになるわけですから。オールスターズが「もう肺がちぎれそうだ。持たん!」って思うような速度で走り続けているので、普通じゃないですよね。それが今のグロースの本質だと思います。